タグ別アーカイブ: 稚内北星学園大学

最北に暮らす若者が映像で語る地域:観光地稚内の日常は、「内地」の人々に何を伝えるか

私の前任校稚内北星学園大学の学生たちが、「私の暮らすまち、稚内。」を短い映像作品にまとめたものが、先月開催されたわっかない白夜映画祭で上映されています。また、このとき上映された作品がYoutubeに公開されています。北海道稚内市は、日本最北端の街です。最北端に暮らす若者のリアルな思いが、映像に現れているように思います。

第1回白夜祭:日本一短い夏至の夜を楽しんで…稚内 – 毎日新聞

私の暮らすまち、稚内。 – YouTube

いくつかの作品を見て、私にとっては、稚内に暮らしていた時の感覚を呼び起こすような懐かしさがあるわけですが、本州(北海道の人たちは、今でも「内地」という言葉を使います)に戻ってきてからの自分の感覚で考えると、「遠い」作品です。この「遠い」という感覚はどういうことなのか、考えてみました。

中央のマスメディアが伝える情報は、地方に行けば行くほど、遠い「東京からの情報」になります。その意味で言うと、稚内で見る「東京からの情報」は、相当に「遠い」です。この「遠さ」を補うのが「地方紙」などの地域メディアですが、これもカバーするエリアが広くなると、遠い「県庁所在地からの情報」を流す存在になります。

北海道の場合には、道庁のある札幌の存在感が大きく、札幌近郊とそれ以外のギャップが大きいです。大学教員として6年間暮らした稚内では、東京ははるか遠くにあり、札幌も結構遠くにある(たしか360キロ離れている)都会です。どちらのニュースも遠い世界の出来事のように感じます(もちろん陸続きの札幌は相対的には近いのですが)。

北海道新聞はブロック紙の一角を占める大手の地方紙ですが、稚内は北海道の中でもさらに遠く離れた「地方」ということになります。地方の中の地方である稚内には、全国紙の取材体制は十分になく、テレビ局もNHKの報道室があるだけでした。「地方の地方」たる地域に関する情報は、札幌や東京のメディアに取材されて伝わっていくことはほとんどなく、稚内や宗谷地域限定の地元紙の中だけで共有されることが多いです。人々のメディア空間は、インターネット時代になって、変わった部分もあるのですが、この「遠さ」を背負ったままであるように感じることが多かったように思います。

一方、都会の人が稚内のことを知らないわけではありません。都会の人から見れば、稚内は「辺境」ですが、同時に宗谷岬があり、カニがあり、近くに利尻・礼文のある「さいはての街」として知られています。いいかえれば観光地として、稚内はある意味「エッジが立った」状態にあり、この角度での情報だけが、いわば「つまみ食い」され、多く流通しています。

結果的に稚内という街は、観光地としてのエッジの立った部分だけが「全国区」となっていますが、この街で暮らす人達のことは、ほとんど知られていません。観光地である地方都市というのは、大なり小なりそうだと思いますが、稚内を始めとする北海道の地方都市の場合には、北海道特有の複雑なメディア構造の下で、この傾向がさらに強まります。結果的には、稚内の人たちも、自分たちのことを中央メディアを通して共有する機会が、非常に乏しくなります。

最北の大学で映像制作の授業が始まったのは、私が赴任した2000年ですが、それから14年、この授業では稚内や宗谷をさまざまな角度から伝え続けています。最初はYoutubのような動画共有サイトはありませんでしたので、当初の作品はどこかにお蔵入りしているようですが、ここ数年の作品はYoutubeにアーカイブされています。映像制作を指導している教員も、私が教えていた時代に学生であったNPO法人のメンバーが担当するようになりました。

稚内北星で制作された動画は、数々の映像賞をとるなど、高い評価をえていますが、地元と都会、それぞれの世間の関心の間隙、谷間に沈みがちな「稚内ローカル」だけを狙った作品ではなく、「内地」の人の関心を意識して作られていたように思います。以下はいくつもの賞を受賞した作品「待合室の片隅で」。建て替えになった稚内駅で営業していた立ち食いそば屋を巡るストーリーで、最北を目指して旅をした人々の心をくすぐりつつ、題材は地元の人々の暮らしです。決して稚内人の関心だけに向けて作られているわけではないと、私は感じています。

今回の作品は、うってかわって非常に「稚内ローカル」な作品です。地元出身の学生たちが、自分たちの思い入れのある場所について、そのストーリーを短い映像で紹介しています。南小学校や南中学校への思いは、稚内人ではない人には「遠い」ものですが、現地で6年暮らした私には懐かしくもあります。観光地ブランドの稚内ではなく、日常の稚内とそこに暮らす人々の思いは、観光地として稚内に来たことがある人や、全く縁のなかった人たちに、何らかの形で「最北」の一断面を伝え、心のなかに何かを残すことができるのか。この動画への反響に、注目したいと思っています。

(Yahoo!ニュース個人より転載)

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敬和学園大学初の映像制作に関する授業「現代メディア論1」開講

8/6からの集中講義期間に、敬和学園大学初の映像制作に関する授業「現代メディア論1」が開講された。

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この授業は、情報メディアプログラムのスタートにあわせて復活、映像制作を主として行う授業としてリニューアルスタートとなった。授業の担当は名古屋短期大学の高谷邦彦先生。一戸の前任校、稚内北星学園大学で、学生たちが作るNPO法人映像コミュニティムーブユーのスタートに関わった、「市民メディア」の専門家。稚内とはまた異なる、新発田という新しい環境で、映像を使った地域の発見と発信を、学生と行おうという考えに共鳴し、名古屋から出張してきての集中講義を引き受けて下さった。

敬和生の皆さんへ新規開講科目紹介1:映像作品を作ろう「現代メディア論」 | ICHINOHE Blog

当初は新発田をテーマにした映像制作を考えたが、今回は受講生も少なく、高谷先生自身が初めて新発田に来たということもあり、大学をテーマにした映像を制作することにした。3チームにわかれて、3つの作品ができあがった。

現代メディア論、絶賛編集中その3 #keiwa

講義は6日−9日の間に開催され、最終日に上映会を実施した。夏休みで、集中講義に参加している学生以外はあまり学内にいなかったのだが、それでも多くの教職員や学生が上映会に来てくれて、受講生たちの制作した作品を見てくれた。作品は学生たちの個性が溢れており、普段文字で書かれているレポートよりも、数倍の説得力があったように思う。撮影時に何をカメラに納めておくか、編集時にどこを注意すべきか、一つ一つのポイントは、横で聞いている自分にもとても勉強になった。映像制作という作業を通じて、学生たちのメディアリテラシーが高まっていくというのも、手に取るようにわかった。この授業を企画して、あらためて良かったと思う。

上映作品は近く、Youtubeで公開される。2月にも「現代メディア論2」が開講される。多くの学生の皆さんの参加を期待したい。

新潟で集中講義 – Life3.0 ~ 短大教員の雑想

講義期間中に、新潟大学の新潟デジタルメディア研究会が行われたので、高谷先生とお邪魔した。高谷先生の共著『市民メディア論』『市民メディア活動―現場からの報告』を読んでいる人がいて、ちょうど話と縁がつながった。これからも新潟で映像を軸にした学生交流などもすすめて行けたらと思う。

※共著書名は、『市民メディア論』ではなく、『市民メディア活動』のほうであった。お詫びして訂正します。

敬和生の皆さんへ新規開講科目紹介1:映像作品を作ろう「現代メディア論」

新学期が近付いてきて、そろそろ新年度の科目選択を始めている学生たちがいると思うので、今年から新規に開講する情報・メディア関連の科目をいくつか紹介しようと思う。学生の多くは保守的な科目選択、すなわち、過去の履修者からの評判のいい科目を選択する傾向にある。したがって、新規開講科目の場合、先生の評判もよくわからないので、ハンデを負うことになる。そういったことも考慮して、新しい科目の内容について自分が知っていることと、私がお願いして担当いただくことにした講師の先生のプロフィールについても、紹介したいと思う。

まず一つ目。現代メディア論。この科目はしばらく開講されていなかった科目だが、念願の「映像制作」の科目として、復活させることができた。担当は名古屋短大の高谷邦彦先生。何も経験のない学生に、スマホやPCを組み合わせて映像を編集し、作品に仕上げるまで、丁寧に指導してくれる先生だ。

高谷先生は、名古屋短大の前任校が稚内北星学園大学、つまり一戸の元同僚なのだが、同時に北海道宗谷地区で映像制作を行うNPO法人ムーブユーの理事長でもある。

ムーブログ 〜 NPO法人映像コミュニティ・ムーブユー

M00VU – YouTube

このムーブユーは、授業をきっかけにスタートしたNPO法人だが、映像を中心にした地域情報の発信を支援する活動を続けており、取材して制作された映像作品の中には、全国の市民映像祭で受賞した作品も多数ある。そのうちの一つが、先日紹介した稚内駅の立ち食いそばやを取材したもの。

【稚内】待合室の、片隅で。:市民がつくるTVF(東京ビデオフェスティバル)2012「筑紫哲也賞」 | ICHINOHE Blog

名古屋でも、短大の学生に映像制作を指導しており、いくつか作品が公開されている。

このほか、高谷先生が稚内時代に作った映像作品も、いくつかあるようだ。

freebee66 – YouTube

新発田や新潟を取材した映像作品、新発田や新潟を舞台にした映像作品は、まだまだたくさん作ることができると思う。この科目は夏休みと冬休みの集中講義科目。撮影するための素材が屋外にたくさんありそうだ。夏季冬季の集中講義は、教室での講義が何時間も続き、学生も先生も疲弊するものが多い。しかしこの科目については実習を行う時間も多く、楽しく作業して、映像作品の企画、撮影、編集の一連の技術を身につけることができるはず。敬和からも多くの映像作家が生まれてほしい。

なお新潟大学人文学部でも、同様の映像制作の授業が行われており、担当の先生も知り合いなので、敬和から良い作品が次々に生まれるようならば、ぜひ一緒に上映会をやりたいと、個人的には考えている。

【追記】
もう一つの新規開講科目として、「情報管理基礎論」についての記事も書いた。

敬和生の皆さんへ新規開講科目紹介2:Webサイトの構築手法をきっちり学ぶ「情報管理基礎論」 | ICHINOHE Blog

【稚内】待合室の、片隅で。:市民がつくるTVF(東京ビデオフェスティバル)2012「筑紫哲也賞」

ちょっと前の情報になるがご紹介。
NPO法人ムーブユーが制作した、映像作品「待合室の、片隅で。」が、市民がつくるTVF(東京ビデオフェスティバル)2012で、「筑紫哲也賞」を受賞した。ムーブユーは、前任校稚内北星学園大学の、映像制作の授業からスタートしたNPO法人(一戸も発足以来監事をつとめている)。地元紙で紹介されるなど、地元ではちょっとした話題になっているようだ。

この作品は、稚内駅の建て替えにより閉店することになった立ち食いそば「宗谷」が題材。最北の駅のそばやさんで働く3人の女性とそこを訪れる人々とのふれあいを描いている。大手メディアがなかなか拾ってくれない、最北の街の日常を、ドキュメンタリーとして仕上げる活動は、ムーブユーの存在意義の中核部分であり、この部分での活動がきちんと評価され続けているというのは、大変素晴らしい。

なおこの作品は、「地方の時代」映像祭でも入選している。
ムーブログ: 【受賞】市民がつくるTVF(東京ビデオフェスティバル)2012「筑紫哲也賞」受賞!

ムーブログ: 【受賞】地方の時代映像祭2011入選しました。

筑紫哲也賞! – Life3.0 ~ 短大教員の雑想

暴風雪で稚内が「陸の孤島」に

今日の昼間、元同僚の安藤先生から以下のTweetが流れてきて、驚いた。

え、そんなことあるのか、と思ったが、やはりレアな出来事のよう。90年代、まだ稚内北星短大だった時代に、似たようなことがあったようだが、僕がいた時代にはそこまでのことはなかった。

さいほくネットに、荒れ狂う暴風雪の様子が、動画で公開されている。

【ぷちコミ】今日の稚内は陸の孤島。 (さいほくネット)

稚内に通じる交通網はどこも通行止めになっていて、稚内市内の都市機能もマヒしたようだ。いろいろ検索してみると、コミュニティFMのFMわっぴーがかなり細かく情報を出していたことがうかがえる。市民や各機関のTweetでもさまざまな情報が共有されていたことが分かる。

さて完全に「陸の孤島」となった稚内。これだけの事態ならば、さぞ大きく報じられたかと思い(実際、本州でこんなことがあったら大騒ぎだ)、検索してみると、Google検索にはなにも引っ掛からない。北海道新聞のウェブを見てみると、大雪に関する記事が出ていた。

道内大荒れ 交通網寸断-北海道新聞[道内]

道内は低気圧が急速に発達しながら通過している影響で、15日朝から日本海側を中心に風雪が強まった。16日朝にかけて日本海側などで局地的な大雪、太平洋側やオホーツク海側では強風になるなど、全道的に荒天となる見通しで、札幌管区気象台は警戒を呼びかけている。

 

同気象台によると、15日正午までの12時間の降雪量は上川管内幌加内町で24センチ、同管内上川町層雲峡で21センチ、宗谷管内中頓別町で18センチ。旭川市は8センチ、札幌市は4センチだった。最大風速は襟裳岬で22・5メートルを観測した。

 

この影響でJRは午後1時現在、学園都市線の一部で運転を見合わせているほか、特急など19本が運休や部分運休し、約2千人に影響が出た。旭川市の東旭川駅構内では雪で線路のポイントが切り替わらなくなるトラブルがあった。

 

ハートランドフェリーは奥尻―江差、稚内―利尻・礼文の計12便、津軽海峡フェリーは函館―大間の2便が欠航。

 

というわけで、道内全域で大荒れであったこともあるのか、稚内のあらゆる機能が止まってしまったというニュースは、現時点では道新ですら報じていないようだ(ちなみに道新は稚内支局がある)。

そんな中コミュニティFMのFMわっぴーが活躍、わっぴーはおりしも、念願の出力アップを実現し、近々出力50Wになるそうだ。宗谷岬あたりまでカバーするにはたしかにこれぐらいの出力が必要になる。今回の暴風雪は、まさに大出力で市内全域をカバーする必要性を、タイミング良く示した形となった。

またTwitterも力を発揮した。一次情報は大手のメディアからはほとんど報じられなかったが、わっぴーが活躍し、それを補完する形でTwitterを通じて情報が共有された。日本のニュースで、大手メディアがカバーできないことなどないかのように思われがちだが、実は稚内に限らず、離島などでもカバーされていないニュースは多いはず。地域メディア+Twitterにより、この機能が補完され、コミュニティ内部はもちろんのこと、外側との情報共有も、可能になっているように思う。

稚内北星学園大学のはてなダイアリー

前任校の稚内北星学園大学が、学生の様子を伝えるブログを始めたことを知った。
稚内北星学園大学
8月下旬からスタートしていたようで、選ばれたのははてなダイアリー。以前に比べGeekな学風(?)はかなり弱まったと感じていたが、ここではてなダイアリーに行くあたりは、wakhokらしいところと言えるだろう。それなら自分たちのドメインに作るだろうという声もあるだろうが、事務方に「はてな記法」を操らせようというのはやはりwakhokらしいと思う。ついでにTwitterも、とはいかないのかな?
先日行われた10周年記念式典の様子についても書かれていた。
稚内北星学園大学創立10周年記念式典・祝賀会 – 稚内北星学園大学
岩本先生のブログで、参加者数が比較的多かったと書かれていたが、なるほど写真にもたくさんの来場者が写っていた。
カムチャツカの雪: 大学10周年記念式典
前任校の様子を垣間見るチャンネルが、ひとつ増えた。これからが楽しみだ。

WAKHOK東京サテライト校、市ヶ谷に移転

前任校稚内北星学園大学が、2010年1月1日付で、東京サテライト校での3年編入の募集と、4月からの市ヶ谷への移転を発表している。当初市ヶ谷(正確には曙橋)でスタートし、クロスフィールドのスタートとともに秋葉原ダイビル(UDXの隣)に移転したwakhok東京サテライトだが、再び市ヶ谷に戻ることになったようだ。

リンク: 東京サテライト校・3年次編入生募集のお知らせ : 稚内北星学園大学.

稚内北星学園大学は、秋葉原ダイビル(東京都千代田区)に東京サテライト校を設置しておりますが、2010年 4月からは市ヶ谷(東京都新宿区)にキャンパスを移転します。

来年からおそらくカリキュラムも変わり、オープンウェブの「最先端」を志向していた以前に比べると、かなり基礎にシフトした内容に変わる模様(詳しい発表はまだない)。

東京サテライト校では、IT技術者としての基礎的な技術力を養成します。この目標のため、稚内北星学園大学のカリキュラムは情報処理技術者試験「基本情報技術者試験」と「応用情報技術者試験」の資格取得に対応しています。

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丸山不二夫先生(@maruyama097)、Twitterに復帰

最近Facebookに現れたことで、Twitterを再び使い始めたことがわかったのが、丸山不二夫先生。

現在は日本Androidの会会長で、クラウド関連の講演も多数行われているが、もともとは僕の前任校の稚内北星学園大学(wakhok)で、学長をされていた。僕は移籍する直前まで、カトマンズ、成都、ダッカなどの提携校訪問でご一緒した。

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稚内北星学園大学 最寄り駅

wakhok、「なかのひと」に登場

どこの組織の人が、自分のページを見ているかがわかる「なかのひと」というサービス。このブログにもずいぶん前から設置している。昨日、このサービスでログを見ていたところ、僕の前任校である「稚内北星学園大学」が表示されていた。

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稚内北星学園大学 最寄り駅

以前より、稚内北星学園大学から見に来てくださる方はいたはずなので、おそらく回線の切り替えなどで、IPアドレスから大学名が割り出せるようになったのであろう。

ちなみに、現時点でのなかのひとでの「メジャー度」は、「激レア」。敬和学園大学と同じだ。激レアといわれて、あまり気分の良いものではないが、おそらくトラフィックの総量で見ているのであろう。敬和が「激レア」を脱するには時間がかかりそうだが、wakhokはネットユーザが多いので、ほどなくランクアップ(?)することだろう。

上のキャプチャをみて、ネタフルのコグレさんから、かつてwakhokのサマースクールに参加していたことを教えていただいた。

やりとりを総合すると、コグレさんが参加されたのは1996年のようだ。

たぶん担当は、植田龍男先生だろう。