oosawatechnicaこと、「つゆ」さんが、iphoneの購入を検討しながら、弟naoyaiのことを思い出してくれた。弟の死から1年以上たったいまも、こうして言及してくださることに感謝するとともに、思うところは非常に多い。
リンク: 死んだ友人は、日本で iphone が発売されたことを知らない。 – Geekと割烹着.
naoyai は、iphone の日本発売を知らない。1年半前、あの時間に止まったままだ。私は想像する。きっと彼は意地でも blackberry を使ったことと思う(私が知る限り彼は一度も ipod を購入していない)。でも、あれ程にタブレット型PCを愛し、PDAをいくつも買い換えていた彼のことだから、さすがに買ったかもしれない。でも、shinyai さんが早々に買ったことだし、ここはあえて買わない動きをするかもなあ。
久々にいろいろ思うところを書いてみたが、まとまらない。とにかくこの世から退場してしまった人はiPhone 3Gについて語らない。語れない。そういう次元にはいない。でも弟ならば皮肉っぽくiPhone 3Gの音質の悪さを論評したいはず。
生死とiPhoneを同時に語ることの滑稽さに笑ってしまう一方で、僕は結局、「この世」と「あの世」の、絶望的なまでの断絶の前に、いまだに呆然と立ち尽くしているのだと、あらためて感じる。