10月21日行われたGLOCOM主催の中国人ジャーナリストMichael Anti氏(@mranti)の講演録、なかなか読みごたえがある。@mranti さんのことを知ったのは新疆ウイグルでの暴動のとき。彼は現地にいたわけではないのだが、冷静な分析や情報提供により、中国で起こっていることの全貌が、非常によく見渡せた。
Business Media 誠:「Twitterは中国に100%自由な言論空間を与えた」――トップツイーター安替氏の視点 (1/7)
Michael Anti (mranti) on Twitter
さて、講演録から面白かったところ。
中国のインターネットには“五毛党”と呼ばれる人たちがいて、政府に雇われてインターネット世論を左右させたり、政府を賛美したりするような書き込みをしています。中国の通貨の0.5元のことを5毛と呼ぶのですが、つまり「政府を賛美する文章を1つ書き込むことによって、政府から5毛程度もらって活動する奴ら」という意味で、インターネットユーザーは政府の支持をする連中を五毛党と呼んでいます。
五毛党がTwitterに出現した時、Twitterユーザーたちは興味を持ち、五毛党の人たちが何を書き込むか見たわけです。しかし、書き込みを見て「ああ、こいつが言っていることは大したことないな」と思って、みんな簡単にアンフォローしてしまいました。五毛党たちはどんなに自分の言論を広めたくても、誰もフォローしてくれなければ、自分の言論を読んでくれる人はいないわけです。そのため、五毛党はフォローとアンフォローが自由なTwitterでは生き残れない、という現象が起こっています。
政府が雇っている工作員がいても、それらは見破られ、フォローを外されてしまう。これが「五毛党」現象だ。たしかにフォローによって成り立っているTwitterでは、その影響力を自らコントロールすることができない。「五毛党」扱いされたアカウントがどこまで信用を失うのか、実態はよくわからないが、たしかにそのようにtwitterが機能すれば、言論統制は難しくなるだろう。
中国でインターネットカフェが普及したり、家庭でインターネットが使えるようになったりしたのは1998年前後のことです。そして、2000年に大きな変化がありました。2000年にメディアの商業化が進んだのですが、その時、各地に大きなメディアグループが形成されました。
そうしてメディアが拡大したのですが、問題はそこで働いてくれる記者が見つからなかったことです。学校でメディアについての教育も行われていたのですが、それは通信社系の伝統メディアである新華社の方式にのっとった政府系の教育だったので、商業化されたメディアの要求にはこたえられませんでした。そこで、その時にメディアが目を付けたのが、すでにインターネットを使って情報発信しているユーザーだったのです。
(中略)
2000年にメディアが拡大してから、ちょうど10年が経ちました。この過程で生まれてきた記者の60%ほどは、もともとネットユーザーだったというバックグラウンドがあります。中国でブログやWebサイトが注目されるのはこういうところに理由があるんですね。つまり、彼らは記者になる前にブロガーとして、情報を発信していたんです。これは多分ほかの国ではありえないと思いますし、「日本だとまったく逆の状況だ」と僕は理解しています。
中国の現役のジャーナリストの多くが、もともとネットユーザだったというはたしかに驚きだ。彼らが自由な言論活動を保障されていないにしても、おそらく匿名で、現場で見聞きしたことを発信できる能力を持っていることになる。もちろん日本の場合でも、そのような活動ができる余地はあるのだけれども、若手の記者の中に「夜はネットで書いています」という人はあんまりいないだろう(そもそもネットでの個人的発言が制限されているケースも多いようだし)。置かれた現状が違うといえばそれまでだが、中国ではジャーナリストも、ネット世論をきちんとフォローしながら、(本音と建前を使い分けながら)取材活動をしているということになる。
Twitterはパブリックディプロマシー(公共外交)においても活用されています。例えば、中国にある米国大使館はTwitterだけでなく、中国国内の人たちが普通に見られるブログを作って、中国人たちに自分たちが何を考えているか、何をやろうとしているかを伝えています。そうすることで、彼らはほかのメディアに頼らずに自分たちが言いたいことを直接インターネットユーザーに届けられるわけです。
僕は、日本の外交関係者に直接Twitterで中国語で情報を発信していただきたいと思っています。中国メディアに頼って情報発信した場合、情報を変えられる恐れがあるわけですね。しかし、Twitterで日本の外交関係者が中国語で直接つぶやけば、それに手を加えることは不可能なわけです。
中国の米国大使館では毎月1回、中国の有名ブロガーや有名オピニオンリーダーたちを呼んで、会合を開いています。下写真はその時の記念写真なのですが、手前の真ん中にいる2人が現在の中国大使ご夫婦です。そして、後ろから2人目が僕です。僕の左側にいるのが、饒謹(ラオ・ジン)という有名なインターネットユーザーです。彼は「アンチCNN」というCNNの報道などをけなすようなWebサイトを運営しているのですが、彼もこの米国大使との交歓会に参加しています。また、大使のすぐ後ろにいる孔慶東(コウ・ケイトウ)さんは北朝鮮政府の支援者ですが、そういう方たちもゲストとして呼ばれている。こういうのを見ると、米国はパブリック・ディプロマシーにおいて、非常に賢い方法をとっていると思いますね。
欧米諸国の中国外交では、影響力あるブロガーとの対話をきちんとしているということか。日本の大使館はネットユーザとの対話がきちんとできていない。@mranti さんは、「中国のインターネットにおけるオピニオンリーダーたちはメディア界のトップジャーナリストや、学術界のすぐれた人たちだ」と述べている。日本ではブロガーをこのようにとらえている形跡はあまりないわけで、その感覚を日本大使館は北京まで持ち込んでいるということだろう。
Twitterアカウントについても。公的な機関がTwitterを利用することについて、日本ではまだまだ肯定的な評価は多くないのだが、一つのチャンネルとして可能性を探っていくことは大事だし、実際対中関係においては、直接日本政府が自らの主張を伝えられるチャンネルを持つことは非常に重要であろう。後半出てくるのが、韓国の事例。韓国メディアは中国語で記事を提供しているようだ(日本語でもやっている)。地道な広報活動ではあり、日本ではさほど影響大きくないように思うが、日本に関する情報の少ない中国では、非常に大きな影響を持つだろう(産経新聞がやったらGFWにブロックされるだろうか)。
魯迅はかつて上海租界に住んでいました。彼は租界について批判していましたが、租界の中の言論の自由は存分に活用していました。中国のインターネットではいろいろとアクセスがブロックされているわけですが、VPNの技術を使ってそれを乗り越えて発言したり、情報を得たりすることを、僕は魯迅の例に習って「VPN租界」と呼んでいます。僕たちが100%の自由を利用してTwitterでつぶやいた発言は、国産マイクロブログ「新浪微博」でコピーされて、次から次へと人々に伝わっていきます。
「VPN租界」での発言は、影響力が限られているので、中国世論にはあまり影響しないのかなあと思ったが、やはり「新浪微博」にきちんと伝播している(それだけに「新浪微博」もときどき止められるわけだ)。
Twitterが現状を変えるためになぜ大きな影響力を持てるのかというと、プロパガンダの入り口を変えられるからです。なぜなら共産党の統治は、まず彼らのプロパガンダで成り立っているからです。
例えば、汚職関係の悪い噂が流れてくると、政府はそれを隠そうとして、たくさんプロパガンダを行うわけです。しかし、そこでインターネットユーザーがTwitterなどで、その汚職やみっともないことをした政府関係者を笑ったりすることで、多くの人たちがその事実を知ることになる。そうなると、ごまかすために政府が手間やお金、時間を多くかけなくてはならないわけです。そうなると、政府もさすがに「やってられない」となります。噂を隠すためにかかるコストを考えた上で、「こいつはダメだ、使えねえ」と思って切る判断が下されるわけです。これまで政府が作り上げてきたプロパガンダの形を壊すための間口を僕らは今握り始めているということだと思います。
コストの話は非常に面白い。プロパガンダが表のメディアを覆い尽くしていたとしても、それに対抗する言論がTwitterで飛び交い、草の根世論まで覆い隠すことはできなくなる。日本人はまだそのことの重要性には気づいておらず、相変わらず「2ちゃんねるの無責任さ」や「出会い系のあやうさ」にばかり目を奪われているが、実は現状はそんなに変わらないような気もする。
日本の場合には、30代後半から40代にかけての世代が、非常に保守化していて(というか、メディアの変化についていけず)、若い世代とのオープンな対話を責任を持って引き受けない。結果、さらに保守的な上の世代のネット排除論に加担するものだから、社会の変化は起こらない。結果的に「こいつはダメだ、使えねえ」として切り捨てられるのは、メディアスクラムで吊るしあげられた人たちだけ。ネット世論が何かを起こすことはない。それは僕らの世代には幸せをもたらしてくれるのかもしれないが、若い世代には大きな負担となっているのだろう。いや、中国のようにネットで吊るしあげをやればいい、というわけではないのだけれど。
最後のところで反日デモが起こる経緯についての解説がある。彼自身は中国にいたわけではないので、推測に基づいているのであるが、中国世論の動きについての分析は、そんなに外れていないだろう。
中国政府と民主主義との関係には非常に微妙なところがあって、「中国政府が絶対にあおっている」、また「中国政府が絶対におさえている」というだけは語れない部分があるんです。中国国内において、反日感情というのは確実にあるわけです。それは歴史的な観点によるものなのか、それとも現在の関係に対する不満によるものなのかという部分とは関係なく、とにかくそういう感情があるので、「方法さえ見つかれば、それを利用してやろう」と思っている人もたくさんいるわけです。
@mranti 氏は国際交流基金の招きで、12月まで日本に滞在するとのこと。Twitterによると札幌にも行っているようなので、新潟にも来てくれないものかなあと考えている(国際交流基金でいらしているので、すでに予定はすべて決まっているのかもしれないが)。もし来てくれるなら、急きょときめいとあたりで、講演会を開催したいところ。