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AllPeersのチャット

年末に以下の記事を見て、バージョンアップをしただけになっていた。

リンク: TechCrunch Japanese アーカイブ � AllPeers、チャットを加えて返り咲き.

AllPeersは面白そうなので入れてみてはいたものの、共有したいファイルと人という両方の条件が整わず、なんとなくそのままになっていた。そもそも「これをこの人と共有するぞ」と思うような明確な関係になるような、たとえば僕の場合で行った研究者仲間のような人は、あんまり軽々にこの手のものに手を出さないので、結局あんまり出番がなくなる。むしろ現役学生や卒業生とのやりとりのほうが、使う可能性があるだろう(でも敬和の学生はFirefoxなんて使わないから、wakhokの学生限定だな。)。

というわけで、学生とのやりとりのような少しカジュアルな関係の場合には、チャットしていて、その流れで「こんなのあるけどどう?」って感じで、話の流れでファイル共有ってケースは多いんじゃないかと思う。

# 書いていて思ったけど、学生と自分の関係のほうが、より「カジュアル」だと考える僕の感覚は、ちょっと変かもしれない。それは今まで、信頼できる学生がより多く自分の周りにいたからかもしれない。これから敬和で過ごしていくうちにこの感覚は変わるかもしれない。信頼できる同僚のほうが信頼できる学生より多くなれば、それはそれで健全なことなんだろう。

今日Treetopnやhi-roとチャット機能を試してみて気がついたのだが、AllPeersには複数人でのチャット機能はまだついてないようだ。まあそれはSkypeとMSNとかほかのIMでやればいいじゃんってことかもしれないが、Firefoxユーザとしては、Firefoxの中で完結できると結構ありがたいので、みんなにすすめるんだが。

「Skype Chat」を通じて感染を広げるワーム登場–ウェブセンスが警告 – CNET Japan

これもまた、「わかんないのでとりあえずクリック」する初心者を、ターゲットにしているのだろう。知らない人から送られたexeは開く人は少ないと思うのだが。Skypeのファイル送信機能で、ワームを送りつけるようだ。

リンク: 「Skype Chat」を通じて感染を広げるワーム登場–ウェブセンスが警告 – CNET Japan.

いきなりコンタクトに追加してくれと言ってきて、いきなりファイルを送りつけてくる。たぶんそんな感じだろう。MSNメッセンジャーにも、これと同種と思われる動きがある。

日本ネパール間でのIMの役割

僕が前任校に在職していた最後の時期に、前任校からネパールに派遣されたメンバーは、一人を除きすでに半年以上の期間を、カトマンズですごした。それぞれの持ち場で、努力してくれているようだ。

僕がまだ連絡役をつとめていたときは、MSNメッセンジャーやSkypeのテキストチャット機能をできるだけ使って、彼らと気軽に話をするようにつとめていた。実はマイク付WEBカメラも買って持たせたのだけど、ネパールの回線が遅くて使い物にならなかった。が、チャット機能を使ったこのやり方は、電話以上にある意味時間をとられるし、時差も結構あり、その辺がネックではある。

一方メールの場合、口語体よりはどうしても硬い言葉遣いになるし、そうすると文章力の拙さにより無用な誤解が生じることになりがちだ。特にネパールのメンバーは、現在又は過去に大学に在籍していたメンバーであるから、もともとの立場が教職員と対等ではなく、なかなかストレートなことをメールに書きにくい。かといって、まわりくどいけど強い主張を書くというような芸当はあまりないので、結局語調が弱すぎたり強すぎたりして、ニュアンスを伝えきれないということになりがちだ。

また、IMの場合には、(もちろん対面には及ばないけれども)切迫感等の空気がなんとなく伝わってくるのに対して、メールの場合にはそれがあまりない。メールだと「スルー」できてしまうのかもしれない。

ネパールは国際電話料金も高いし、インターネットも遅いので、スカイプでの通話も難しい。日本国内で使っていると、テキストチャットでは細かいニュアンスが伝わらないよなあと思いがちだけど、そういうネパールのような環境を前提にすると、現地の空気を汲み取って、クリティカルな場面で判断が遅れないようにするのに、IMは結構役立つんだなと最近感じている。

ギニア:「政府職員」ら強制収容 外交ビザで不法就労 -事件:MSN毎日インタラクティブ

リンク: ギニア:「政府職員」ら強制収容 外交ビザで不法就労 -事件:MSN毎日インタラクティブ.

 関係者によると、3人はギニア政府職員や大使館関係者の親族ら。いずれも外交官らに発給される外交ビザや公用ビザで入国したにもかかわらず、民間の工場
で不法就労するなど公務に就いていなかった。このため入管当局は、不法残留や資格外活動の疑いがあるとして摘発に踏み切った。

イラン人家族の退去強制のニュースでは、ミクシーでのユーザの反応は、「不法残留をやっといて、いろいろ事情があるから在留許可をくれというのは、あまりにむしがよすぎる」
というものが圧倒的多数だった。今回も、「外交ビザや公用ビザできておいて、働いてたのか。金が目当てなのか。けしからん。」と、たぶんそうなるだろう。

そうでもして日本に来たいと思っている人たちがいるのはたしかだし、そう思わせるだけの豊かさ(あるいはそのような幻想)が、日本にはあるということなのだが。

それに対して、日本政府は「よっぽど役に立つ奴しか入れてやらない」とか「お金持ってる人しか日本で勉強させてやらない」といった厳しい基準を設け、国内にいる日本人はそれを知らない(し、他人事なので関心がない)ので、「日本が決めたルールにのっとってくればいいのに」と思っている。でも日本人が彼らに要求している「ルール」は、日本人が旅行に行くときのように、「とりあえずパスポートはちゃんと持っていこう」なんていう生易しいものではないのだ。

日本人と違って、みんな日本に入国したら、そこで圧倒的に異なる貨幣価値のもとで暮らし始めて、もう帰りたくなくなっちゃうので、「そんなことを思わないような金持ち」だけが入国できるということなのかもしれない(特に留学生はそういう基準で計られている)。

おそらく多くの日本人が無意識に立脚しているのは、外国人がいっぱい入ってきたら、怪しいことをやりはじめて治安は乱れるし、優秀だったら優秀だったで日本人の仕事を奪うし、という危機感なのだと思う。でも「研修」なんていう変な制度は、実態は明らかに「就労」なのに、「彼らは研修中なので安い賃金しか払わなくていい」という建前と、「彼らはいずれ技能を身につけて帰る人たちなので、就労しているわけではないですよ」という建前と、「みなさんこの額でも日本に来たいでしょ?」という本音が複雑に絡み合って、人知れず全国津々浦々で定着していっている。で、多くの日本人は、これが何なのかわからず(興味もなく)、ときどき事件が起こったときだけ、「へえ、研修している人たちが居るんだねえ」といっている。

リンク: 東日本の縫製工場、イスラム教徒研修生に「礼拝禁止」 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

おそらくこのニュースに接した多くの日本人は、雇用側に憤慨するのだろう。でもあくまで他人事としてだ。「役に立って共生できて、他人に迷惑をかけない外国人」を受け入れるというのは、入管の基本的な発想であり、広く日本人が望んでいることかもしれない。しかしこれを実現するためには、「疑わしい国」から来た人々の権利は、あまり考慮されない。認められたビザの範囲でしか行動できないというのは、法律上は当然の制度であるが、しかし厳格に適用すれば、人格否定につながりかねない。でもそんなもんだ、あんたら外国人だ。日本人の多くはそう考えているし、入管はそういう世論に支えられている。だから、休憩時間の礼拝禁止はひどいといわれるが、そこまでやるようなセンスの人が、「研修」という名の「雇用」をしていることを、誰も気にも留めなかったのである。

「美しい国」っていうのは行き詰るような監視社会である、という声をちらほら聞く。それに対する論評はまだ差し控えるが、もし「美しい国」になるのだすれば、「自分だけ美しい国」ということになるんじゃないかという気がする。それぐらい日本人の外国人問題への無関心は著しく、相変わらず少子化対策とこの問題をきちんとリンクさせて考える人は少ない。「俺英語できないからなあ」なんて言い訳をしている場合ではないと思う。

グーグルが「Google Docs & Spreadsheets」で目指すもの – CNET Japan

リンク: グーグルが「Google Docs & Spreadsheets」で目指すもの – CNET Japan.

Googleのオンライン上のワープロ、表計算サービスは、MSのオフィスと競合することを意図してない、とGoogleのCEOが発言。レイヤーが違うということを言いたいのだと思うが、結局どっちかができればどっちかはいらなくなる。

学生をMOUSに合格させよう、という掛け声に囲まれている僕としては、その掛け声は結局無駄になるんじゃないかと心配で仕方がないので、競合するなら競合するって、はっきりいっていただきたい。

BBC NEWS | UK | Call for legal copying of own CDs

こうやってブログを書き始めると、自分の勉強不足を自覚する。
それはそれでいいことなのだろう。

リンク: BBC NEWS | UK | Call for legal copying of own CDs.

自己所有のCDやDVDを複製することを、法的に承認すること。著作権の保護期間を延長しないこと。がこのレポートの趣旨。

前者について、英国では、私的使用のための複製(そういう書き方ではないと思うが)が認められていないということだろうか?この記事によると、日々英国民の多くが著作権侵害を繰り返している、そうなのだが。こちらをみたほうが良さそうだ。

http://www.ippr.org.uk/pressreleases/?id=2404

Current intellectual property law provides the owner of copyright in a
work with the exclusive right to copy it ‘in any material form’. While
exceptions to copyright do exist, for example copying for the purposes
of research, reporting or parody, these apply only in special
circumstances and only where a ‘reasonable proportion’ of the work is
copied. What constitutes a reasonable proportion is not defined;
however, it is not taken to cover copying a work in its entirety. The
UK’s exceptions to copyright – so called ‘fair dealing’ provisions – do
not include a private right to copy.

(中略)

The EU Copyright Directive gives scope to introduce a private right to
copy: Article (38) Member States should be allowed to provide for an
exception or limitation to the reproduction right for certain types of
reproduction of audio, visual and audiovisual material for private use,
accompanied by fair compensation.

というわけで、英国著作権法では、著作物を丸ごとコピーするのは、私的使用のための複製として許容されないということになる。英国発のLast FMは、自分でCDからコピーしたか、あるいはダウンロードした音楽ファイルのプレイリストを、みんなに晒してシェアしている。自分で買ったものかどうかはバレないの?という項目がFAQにあったが、自分で買ってても、このレポートにしたがうなら、UKでは法的に許容されないということになる。

なので、「private right to copyを著作権法に含めろ」と、話としては納得だが、ほんとにそうなっていたのか。ノーマークだったのでちょっとびっくりでがっくり。UKがそうだとすると、コモンウェルスの他の国もそうなっているのだろう。

追記:日本語にフォロー記事がITmediaに出た。

リンク: ITmedia
News:「私的利用目的での複製を合法化せよ」――英シンクタンクが主張
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ISMSの形骸化

まるちゃんの情報セキュリティ気まぐれ日記: ISMSの形骸化
トーマツの丸山さんによる、ISMSについてのエントリー。
「ISMSははじめから形骸なので、形骸化しようがない」
画面の前で笑ってしまいました。
当地の「基幹産業」である建設業界も、ISO9000シリーズを、入札資格を得るために取得している企業が増えていますが、まさに「形骸化」が進んでいるようです。
それでも「何もしないよりはよい」と、他人事としてはいえるのですが、業務プロセスの見直しを伴わないと、従業員から見ると、無駄な約束事や無駄な宿題が増えるばかりで、余計な負担ということになってしまうようです。つまり、トップがこの制度の意義をきちんと理解していないと、下の人たちが振り回されて終わるということでしょう。
タイムラグが相当ありましたが、個人情報保護法対応の波が当地稚内にもやってきたようです。
来月、某業界の研修会でお話をすることになりました。
「心」の入った対応が少しでも促されるようなお話をしたいものです。

弟の結婚式

週末、弟の結婚式のため弘前に向かった。
金曜日の午前中の授業が終わった後出発し、夜8時半頃に室蘭到着。

乗船手続の後、室蘭の焼鳥店「一平」へ。ここは「流木」に教えてもらって以来、室蘭を通る度に通っているところなのだが、実は焼「鳥」というのは正確ではない。室蘭では「焼鳥」は豚肉が基本なのだそうで、一部鳥も混じっているが基本は豚肉である。ちなみに室蘭出身の流木さんは、鶏肉しか食べない。
いつも思うのだが、稚内の某焼き鳥屋はどうしてあそこまで焼きすぎてしまうのか。ちょっと血がしたたっていると、稚内の人は抗議してしまうのかもしれないが、ほどほどに焼く技術さえあれば、もう少しまともな焼鳥が稚内でも出せると思うのだけど。「一平」はとりたててすごい店という感じでもないのだが、その辺はきちんとしているので、地元客でいつもにぎわっている。室蘭でもできることは稚内でもできるだろう。もともと稚内では焼き鳥屋の競争があまりないのだから、多少の努力で稚内を代表する焼き鳥屋として君臨できると思うのだが。いや、競争がないからそういう努力が生まれないのか。

明朝フェリーは青森へ。7時過ぎに弘前到着。その後午前中に少し準備をして、15時から式という流れ。
太ってしまった私の体に、数年前に入手した礼服が、すでに悲鳴をあげていることが判明。ウェストがきついことはわかっていたのだが、すでに「尻割れ」寸前であることが母親に発見される。若干の補修工事を行い、今日は立ったり座ったりの動作を慎重に行うべきことが提案される。

結婚式については、この1年かなりの時間をかけてやり方について検討した結果、うちの一家が所属する弘前昇天教会で行われることとなった。弟の結婚相手は韓国の人なので、まず国際結婚一般に関する懸念があれこれ、その後ソウルと青森に暮らす両家のバランスを巡ってあれこれ、弘前を離れて以来教会に寄り付かない弟と教会委員をつとめるほど教会に深くかかわっている父との間での結婚式の定義をめぐることであれこれと、世間にありがちな結婚式をめぐるどたばたが一通りあった末のこの形である。甲斐性なしですっかり出遅れてしまった兄のために、弟には大変な苦労を強いたなあと思う。

結局先月ソウルで両家の顔合わせ(僕ら兄弟は行かないで、本人と両親だけがソウルへ)を行い、式は弘前で行うということになった。ソウルでの300人規模の披露宴(親の友達の友達みたいな人まで来るらしい)は行わなかった。興味本位で言うならば、そういうのにも参加してみたかったけど、まあやったらやったで大変なことになっていただろう。

弘前での式には、ソウルの両親は参加せず、インターネット中継を行った。
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司祭館から50メートルのケーブルをレンガ造りの教会の中まで引き込んで、無線で礼拝堂の中からストリーミング。MSN Messangerにカメラをつけてという段取りだったが、MSNがメンテナンスだったため、何か別のものをつかったようだ。聖婚式(結婚式)では、礼拝堂を縦に移動する場面があり、カメラをパソコンから制御できる範囲を超えてしまった。仕方がないので式の最中にあたふたとカメラを物理的に移動するなどして対応した。おかしかったのは、カメラの向こうにいるソウルの両親が、あまりに普通の格好でいたということ。茶の間に礼服で座っていたらそれはそれでおかしいのだが、こちら側から見て、向こう側があまりに日常的な姿で、しかもこちらとの通話に備えてヘッドセットをつけて参加している様は、それはそれで笑えた。こういう形態に誰もが慣れていないので、どちらにしてもおかしな光景だっただろう。

式の後は、教会の礼拝堂の後ろで簡単な「披露宴」(?)。といってもケーキとお茶だけのシンプルなものであった、
父が司会をして、立会人の佐藤主教からの二人の紹介やその他関係者の紹介などを行い、ケーキカットをするという流れ。ほんとかどうかは知らないが、欧米流には新郎新婦がケーキを食べさせあうというならわしがあるそうで、それも真似した(させられていた)。父は「金剛山なんたら」という韓国の歌を練習していて、座興として披露。ソウルにもほとんどタイムラグなく伝わったようで、画面の向こうから拍手をしているのが見えた。弘前の教会には、父と母が主体的に関わっているのだが、18で青森を離れた僕を含めた子供たちは、いつまでたっても一人前の働きをしない、「一戸さんちの子供たち」のままであり、上の世代の人たちと正直そんなに深いかかわりがない。そういうことも両親と弟の当初の方針の違いに現れたようにも思うが、思いのほか多くの人が土曜日の教会に集まってくれて、おそらく弟も驚いたに違いない。弟に「先を越された」形の僕には、「つぎはあなたの番ね」といった「お言葉」がちらほら。でも予想よりは少なかったかな。

夕方から、市内の翠明荘というところで、親族と遠方からの友人を招いて「食事会」。一度皆さんを車で送った後、僕と父は一旦自宅に戻り、タクシーで再度移動したのだが、その際に父が一言「内輪だけでやるといったけど、こうしてみると結局そういうわけにはいかなくなってるな」(津軽弁でいったものを翻訳した)。翠明荘は由緒ある建物を料亭にしたようで、庭園も立派なのだそうだが、すでに暗くなっていて庭園はほとんど見ることがなかった。カラオケとか詩吟とか、ありがちな趣味の悪い座興はなかったが、友人からの言葉もあったりして、たしかに「そういうわけにはいかない」食事会は、普通の披露宴と変わらないといえば変わらないのであった。僕には「乾杯の音頭」で出番が与えられた。うちの兄弟が歳が離れていて、父の転勤で住む場所も時々で変わったため、その時期・場所での経験や感じ方が違っていることを話した。その上で我が家の異文化体質に「韓国文化」がやってくることは、僕にとっては非常に歓迎すべきことであることを話した。自分たちのことだけを言いすぎたかなとも思ったが、僕が弟の「国際結婚」を肯定的にとらえているということを、正直に皆さんに伝えたかった。座は盛り上がり、弟の友達とも話ができた。

さらに二次会は通称「一戸家アネックス」、父のアトリエとなっているロフト部屋で行われた。父の兄弟と新婦のお姉さんの家族がやってきて、さらに宴会が続いた。父の兄弟もなかなか一堂に会する機会はなくなっているようで、久々にゆっくり話をしたような感じがした。結婚式や葬式は、参加者同士の再会の機会も提供するというのが、今回の弟のこじんまりした結婚式も、やはりそういう機能を果たしたと思う。僕は例によって、終盤の「ちょっといい話」の場面では寝てしまったようで、翌朝目覚めると布団の中にいた。いい加減にしてもらいたい。

翌朝午前中に出発。室蘭港20時着。日曜の夜だったが、札幌で卒業生たちが集まってくれた。予想通り、例の件が話題にのぼった。なぜか彼のことはみな気になるようだった。といっても、そろそろ「限界」に来ているような気もする。札幌で一泊。

母が体調を崩したことなど、いろいろ困難もあったが、弟の結婚式は無事終了した。弘前で結婚式をすることが決まって、両親がずいぶん積極的に奔走したことがわかった。それはなかなか本音を出さない両親が、今回の結婚式についてどう考えていたかを現すものであった。もたもたしている兄に代わって、すぱっと決断した弟が、面倒な役割を果たしてくれたということだろう。