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グーグルが「Google Docs & Spreadsheets」で目指すもの – CNET Japan

リンク: グーグルが「Google Docs & Spreadsheets」で目指すもの – CNET Japan.

Googleのオンライン上のワープロ、表計算サービスは、MSのオフィスと競合することを意図してない、とGoogleのCEOが発言。レイヤーが違うということを言いたいのだと思うが、結局どっちかができればどっちかはいらなくなる。

学生をMOUSに合格させよう、という掛け声に囲まれている僕としては、その掛け声は結局無駄になるんじゃないかと心配で仕方がないので、競合するなら競合するって、はっきりいっていただきたい。

新潟のことがよくわからない理由

青森や北海道のニュースは、時々刻々とわかるのに、新潟のニュースはあまりわかっていない僕。なぜか。新潟日報はRSSフィードをやってないようなのだ。Googleニュースは、新潟日報の記事を拾っているようにも見えるが。

なぜ地方紙の対応が分かれるのか。一年前の記事で、こんな記述を見つけた。
リンク: D4DRナレッジオピニオン:新聞社のRSSフィード.

結局それは新聞社の論理であって、読者はそんなことはもう気にせず、記事をばらばらに切り刻んで読み始めている。それはやだ、という主張を続けることは結構だが、それだったら他に行くといわれたらどうするつもりなのだろう。いや、今のところそういうことをいわれそうもないということなのかもしれない。僕は新潟のことが細かく分からなくても今のところあまり困っていないが、多くの新潟県民は、わからないと困るのだろうか?この辺は、デジタル化の中での、地方局の「存在意義」にも大きく関わる。ちなみに僕は、新潟ローカルのテレビ番組を、北海道ローカルとどうしても比較してしまうので、いつも悲しい気持ちになっている。

アメリカで紙の新聞の売り上げが激減し、一方でウェブ版が好調に推移しているという記事が、数日前に出ていた。それは感覚的にもよくわかる。そろそろ、日本の地方紙も、発想を改めたほうがいいのではないかという気がする。

ITmedia News:Brightcove、ネットTV局開設サービスを開始

リンク: ITmedia News:Brightcove、ネットTV局開設サービスを開始.

Google Adsenseの動画版という感じ。MXTVのビデオジャーナリスト、ライブドアのパブリックジャーナリストなど、ユーザを取り込む形から、それぞれ勝手にやっていただいて、そこにタグだけつけてくれ、という形へ。着実に変化はしていっている。WEB2.0のホンモノニセモノ論争とは関係なく。

ここまで書いて思ったのだが、大学の広報はもともと「タグだけつけといて」式になっている。たとえば、有名になった人がそのプロフィールに卒業大学を書いてくれるだけで、ちょっとずつであれ、広告効果はあがっていっている。有名な人が少ないと、その影響は多大だ。さらにそれを出身者として大学のパンフレットやウェブに掲載しているケースも多い。有名な人が少ないと、それこそ毎年登場させられる。

ただ、有名になった人に、大学からアフィリエイト料は払われてない(たぶん)。むしろどちらかというと、寄付金のお願いが来たりして。

それほどまでに、大学時代に「薫陶を受ける」ことの価値は大きく、その後生涯にわたって、無償での「恩返し」をしつづけることになっているのだろう。すごいな、その威張り方も。

たぶん僕はまだ、出身校に何も恩返ししてません。

バングラデシュで総選挙運営巡り暴動、19人死亡 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

日本の報道機関で、このバングラデシュの暴動を報じているのは、(Googleによると)今のところ、この読売の記事だけ。

リンク: バングラデシュで総選挙運営巡り暴動、19人死亡 : 国際 : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

ほか、ロイターとCNNも、日本語で報じているが。ダッカにはどこの新聞社・通信社も人を送ってないということだろうか?ダッカは空港までの道も閉鎖され、「陸の孤島」となっているそうだが、、、日本人のバングラデシュへの関心は、インドからの記事一本程度ということか。

# 訂正:時事が18:45に第一報を出していた。これもインドから。速さを競う報道機関の姿勢は僕には理解不能なのだが、一応名誉のため訂正。

もちろんアフリカへの関心はもっと低いと思うが、そういうメディア環境で日々暮らしているのだということを、僕らはもっと自覚しなければならないのだろう。ちなみにBBCは、24日から断続的にバングラデシュ情勢を報じている。

外務省の海外安全情報では、ダッカはまだ、「十分注意してください」となっている。

「Open Office」をモジラ傘下に入れるのはアリ?

最初のバージョンが出た頃に、ちょっと使ってみたけど、無料とはいえ、使い続けるのはちょっと、という感じだったOpenoffice。

リンク: ZDNet Japan Blog – ZDNet.com オープンソースブログ.

今もイマイチのようだ。Mozillaの傘下に入れば、少しは改善できるんじゃない?という話。

情報処理の授業をMous(名前変わったけど)対応にしてくれという意見が出て、今さらそれはないだろ、と渋りたおしているのだが、さてしかし、こうしたアプリケーションをGoogleが提供し始めて、いよいよこれらも「あちら側」にいくんだろうと思うわけだが、どうなんだろう?

ブログが就職の「落とし穴」? ググられる学生たち : ITmediaニュース : ネット&デジタル : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

ブログが就職の「落とし穴」? ググられる学生たち : ITmediaニュース : ネット&デジタル : YOMIURI ONLINE(読売新聞).

稚内というところは、プライバシーなるものを意識できないぐらい小さなコミュニティだったので、教員のプライバシーも学生のプライバシーも、ググるもなにも、コミュニティの中でかなりの程度共有されていたような気がする。

人知れず書かれたブログであっても、意図を持って調べればすぐに見つかるんだということは、学生だってわかっているはずだが、自分たちのコミュニティの外側にいる人たちに、こうやってググられる可能性があるんだということは、あんまり想定してないんだということだろう。ただ、教員も見ている、あるいは教員も見ている可能性が高いということを意識しながら、学生たちは大学のことを記述しているように思うので、そうだとすれば、就職のときに過去のログも見られちゃうかもなあ、と思っておけばいいだけではないのだろうか。

【追記】読売の配信ページは消えているので、元のITmediaの記事にあらためてリンク(2012年9月2日)。
ブログが就職の「落とし穴」? ググられる学生たち (1/2) – ITmedia ニュース

味っ子漬

気になったので調査。

テクノラティでは、「味っ子漬」の検索結果は2件。「オカムラ食品」は10件。

Googleブログ検索では、「味っ子漬」の検索結果は1件。「オカムラ食品」は3件(当ブログの直前エントリーがもう出てきた)

意外にも、ミクシー内の検索には、いずれも出てこなかった。

Flickr

学生に使ってみるよう指示したこともあって、先週あたりから各種の「Web 2.0」的サービスを使ってみている。

テクノラティ(使っている間にGoogleからもブログ検索がリリースされた)、del.icio.usにもユーザ登録をして使ってみた。もともと普段はGooのRssリーダを使っているので、これの登録状況を読み込みたいのだが、どうもうまくいかない(件数が多いからか)。

今のところ一番はまっているのは、Flickr.だ。すでに有料サービスを申し込んで、過去の写真を含めて500枚ほど放り込んだ。気に入ったのは、各種のツールが充実していること。このブログの右側に表示しているのもその一つ。登録データを組み合わせてフラッシュで順々にスライドショーで小さく表示させている。まだまだ過去にさかのぼれば、アップできるデータは多数ある。これまでHDに保存しておいたものを、ネットにあげるだけではあるが、タグをつけておけば、後々そこからたどれる。タグを一つ一つ付けるのはめんどうだと思ったけど、意外と簡単だ。

敬和でウェブの見直しという話が出ている。何年か前に稚内でもたどった道。誰かが人柱にならなければできない話だ。新任の私はしばし様子を見たいと思っている。

上のようなサービスを見れば見るほど、企業なり大学が、自己完結的にウェブをくみ上げていくときの視点を、見直す必要があると感じる。もちろん、使いやすさや見栄えがいいに越したことはないが、作った側が想定していないルート、口コミで情報が広がっていくという要素を見逃すべきではないのだろう。どんなに見栄えがよくても、使い勝手が良くても、悪い評判は口コミで広がってしまう。逆にいい評判はじわじわと、地道な努力を続けている人たちを救うのかもしれない。たとえば、私が新潟にきてから街の情報、たとえば、上のflickr関連の情報、その多くは、既存の公式のルートからではなく、ミクシーの関連コミュから得られたものだ。準メジャー情報の集積度で、日本語では、ミクシーにかなうものはないというのが率直な感想だ。

こうした情報の流れは、マスの情報ソースがきっかけになっているケースも少なくないのだが、「それがすべて」であるかのような代理店の人たちの発言は、大抵眉唾であろう。特に中小企業、地方私立大学の広告は、ほとんどが金をどぶに捨てているようなものであろう。マスで完結せず、バイラルに情報を戻せるようなものは別だけど。「オカムラ食品の味っ子漬」クラスなら、今でも青森でバイラルに流れを戻せるかなあ。

InTheSpiral: キーワード広告が区別できない人々:キーワード広告が別にイヤじゃない人々?

InTheSpiral: キーワード広告が区別できない人々:キーワード広告が別にイヤじゃない人々?
また弟の後追い。
趣味趣向も違うし、性格も違うし、東京にいる間もめったに会うことのなかった弟なのだが、ことネット関連や韓国関係での関心事項は、なぜか似ているように思う。もちろん、拾ってきたネタについての考え方まで完全に同じわけではないけれど。
キーワード広告を広告として認識していない人がこれほど多いとは思わなかった。しかし、広告であっても役立つ情報ならば別にかまわないと思っている人は多いだろう。Googleさんにお願いして、Googleさんが自分のほしい情報をくれるならば、それがGoogleさんのサーチエンジンが探したものであれ、Googleさんのアドワーズさんが「これが欲しいんじゃないの?」と(実は)クライアントさんに言わされているものであれ、ユーザは「裏事情」に関心ないということかな。
実は大学の広告も、アドワーズでやってみたら?という意見を以前言ったことがある。レアなITコア層(高校生では本当にレアな人たちだ)への訴求を狙っている稚内の場合には、一般的な受験雑誌に高い金を払って掲載してもあんまり効果がないので、ニッチというかレアな高校生の「検索行動」に合わせたアドワーズをやってみたらどうか、という話だ。いまいち、関係者の反応がよくなかったのは、ひょっとしたらこの仕組みがどのように動いていて、どのようにひっそり我々の「検索行動」に影響しているのか、関係者の皆さんもあまり自覚していないということかもしれない。
アドワーズは日本人のアイデアではないと思うが、日本人の性格にマッチしているような気もしている。
日本のサイトでは、派手な広告は嫌われ、おとなしくつつましやかな広告が好まれるように思う。
控えめになるように努力している業界関係者がいるからそうなっている、というのがうちの弟の分析だが。
各国のYahooサイトを順に開いていってもらうとわかるが、アジアの他のYahooでは、トップで「飛び出す」広告を多用している。欧米は日本と同じく割とおとなしい。中国や韓国の場合には、飛び出す広告が画面全体に飛び回って、ポータルなのにしばらくおとなしく見てないとその先に進めない、というものも多い。
これは、各国のクライアントの発言力の違い(つまり日本の場合は業界関係者が努力して、サイト内の「秩序」(?)を保っている)なのか、ユーザの嗜好の違いなのか。両方なのか。

グーグル検索おそるべし–ウェブでの小論文公開が名誉毀損裁判に – CNET Japan

グーグル検索おそるべし–ウェブでの小論文公開が名誉毀損裁判に – CNET Japan
Matimulogからたどった。
僕が担当している4年生の一人が、キュッシュの著作権問題について卒論を書いている。
キャッシュのような「一時的蓄積」については、一部の態様について複製権の対象とするべきだという点で国際的に一致を見ているが、「一時的蓄積」が「複製」に含まれると解した上で権利制限を設けることでバランスをとろうとするアプローチと、「一時的蓄積」の中にも「複製」に含まれるものと含まれないものもあるとするアプローチがある、というところまではたどりついた。さて、ここから先どんな結論が出てくるか、楽しみだ。
立ち戻ってこの記事。
Googleのキュッシュは、もはや「一時的」蓄積というようなものではない。
この記事でははっきりしないが、論文を削除した後も検索すれば「出てきて」しまう状態だったという。Googleのキュッシュなのか、話題になったのですでにあちこちに情報として転載されてしまったのか。
もちろん、最初に掲載した者の名誉毀損の成否が、このGoogleキャッシュの存在によって成立する方に傾いたと単純にいうことはできないし、公開した者が一次的責任を負うべきかどうかという問題の設定自体に変わりはない。
しかし、「取り返しのつかない」事態が発生するかもしれないキャッシュの問題について、著作権法の解釈としては、「複製」に当たる場合もあるしあたらない場合もあるという程度の整理で、問題ないのだろうか。もう少し類型的な整理をして、予見可能性を高めるべきではないのか。制定法がどこまで新しい技術に対応して「親切な」制度を設計するべきなのかについても、考えさせられること大である。
ついでに。
前に白田先生のWEBで知ったもの。
Wayback Machine
数年前のWEBページの内容が保存してあります。
これもまた「ありがたい」サービスではあるのだけれども、90年代に軽い気持ちで公開してしまった過去の過ちが、容易に出てきてしまうわけだ。
この便益を社会が享受するためには、人々がそれなりの知識、見識、覚悟を持って、ネット社会で活動するようにならなければならないということだろう。しかし、「学生時代に法学を専攻し」、「名誉毀損を教えている」人も、この「ついうっかり」をやってしまったというわけだ。