BSNラジオ「近藤丈靖の独占!ごきげんアワー」に出演してきました


昨日11/21のBSNラジオ「近藤丈靖の独占!ごきげんアワー」に出演してきた。この日のテーマが「インターネットの匿名性」についてで、コメンテータとして15分ほど、近藤さん、りんりんこと山田かおりさんとお話ししてきた。15分というのはラジオでは長い枠だが、調子に乗ってしゃべってるとあっという間に終わってしまう。放送の短い枠でうまく言いたいことをを伝えるには、まだまだ修行が必要だ。
BSNラジオ「近藤丈靖の独占!ごきげんアワー」: 匿名意見はあり?なし?
ちなみにこの番組には、以前「丈立靖」さんのTwitter @joerissei をスタートするときに、敬和学園大学まで取材に来ていただいたし、山田かおりさんは、スナッピー中継で何度もお会いしているので、アウェイ感もなく、楽しくお話しすることができた。番組前には、Facebook、Twitter、さらにはリアルでお会いした局内の関係者の皆さんが、たくさん会いに来てくださって、いろいろお話ができた。
局に向かうまでに自宅や車内で番組を聞いていたが、すでにリスナー投稿が紹介されていて、おおむね予想された通りのコメントが読まれていた。匿名コメントは「認めない」という立場が多いなという印象。認める認めないというよりも、現にあるこの存在とどのように付き合うべきかという立場で、お話をしてきた。現状としては、そのような対処方法しかないように思う。
自分個人としては、匿名、というか、リアルと切り離されたインターネット空間から、すでに長らく離れてしまったので、学生もそちらに誘導するように接しているけれども、自分の存在がさらされてしまうという恐怖感を持つ人たちの気持ちが、わからないではない。しかしだとすれば、他者を断罪したい気持、批判したい気持になったとしても、そのさらされていない自分の優位性を利用すべきではないだろう。
たまたま直前に、藤代さんが就職セミナーで話した内容をブログに書いていて、読んでいたのだが、このテーマにもフィットすると思うので少し引用しておこう。
ソーシャルメディア活用について就職活動生に話をしました – ガ島通信

今すぐできることでは、人の名前が検索される時代の情報発信の重要性、ネットの噂は残ってしまうことから、炎上するような写真や記述のチェックをすること。これから取り組むことでは、社会学者のグラノベッターが提唱した弱い絆の概念、評判と信頼を積み重ねる大切さ、師匠を見つけて弟子入りする、などソーシャルメディアは短期的なものではなく自分の分身で大切に育ててほしいことなどを話しました。

この内容は藤代さんが最近書かれた『発信力の鍛え方』 (PHPビジネス新書)にも書かれている。

「自分の分身」を育てるという感覚で発言する人が増えれば、少しずつ状況は改善するはずだし、同じような感覚の人たちと接する機会を持つことで、一人一人の気分も変わる。匿名けしからんという人は、組織に属する個人(部下?)の対外的発信に対して、ぜひ寛容であってほしいと思う。さもなくば、自分の嫌っている、匿名で他者を攻撃する人たちは、一向に減らないだろう。


以下は、前夜に制作の方にお送りしたメモ。あくまで意識合わせのためにお送りしたものなので、ちゃんと整理できていないし、ここで書いた内容をそのまま番組で話したわけではないが、参考としてコピペ。

新潟ソーシャルメディアクラブを通じて知り合った人たちは、だいたい名前も素性も分かっています。女性のプロフィールや写真なので、こちらがわかっていても気を使ってネット上の会話に出さないこともありますが、それも含めて、お互い信頼関係を作り合ってコミュニティを作っています。かつてのネット空間よりも、こうした傾向が強まったいるというのが、私の実感。
匿名で他人を攻撃するのはとんでもない。また、プロフィールを偽る人たちもいます。これは、青少年に近寄るために、うそのプロフィールを使っている者たちで、こういう現象を見れば、ネットは犯罪の温床なのでけしからんという声も出てきます。しかし一方で、Facebookを中心にした「実名制」の世界では、互いの素性を明かしながら付き合うので、大きな問題は起きにくくなっています
誤解を恐れずに、現在のネット空間を分類するならば、1.Facebooのような実名の空間、2.2ちゃんねるのような匿名の空間、3.mixiやTwitterのような中間的な形態(素性が明らかになっている人が多いが、匿名だったり偽りであるケースも多い、ゲームの世界もこのパターンで、匿名の割合が高い)、大まかにこの3つにわけられます。3番目はいろいろありますが、固定的なIDが連続して使われること、プロフィールや友人関係が明らかにされていること、などから、比較的リアルでの姿が見えやすいものもあり、単純に匿名か実名かというだけの分類以外にも、相手に対する信頼性が確保されているケースもあります。ラジオネームに近い。
(Twitterは連続して使おうと思えば、プロフィールやフォロワー数やその内容がくっついた一貫したIDを背負うことになるので、比較的に荒れにくい(ただ、ちょっと使ってすぐにIDを捨てるというような行為には対応できないというのが弱点)
Facebookでも似たようなことができないわけではないが、今のところ「実名」は強い抑制効果をもたらしています。)
これらのさまざまな空間は、特に性格が異なる空間の間では、本来あまり接点がないのですが、まれにクロスするケース、たとえば、Twitterでの発言を2ちゃんねるがとりあげる(バカ発見)ようなことが起こります。この場合、立場はイコールではないので、匿名の側から、本人のあいまいながら「調べればわかる」状態のプロフィールが、暴きだされます。しかも、安全な場所から気軽に話す人が多いので、全体のリミッターが下がって、面白半分でプライバシーが暴かれがち(公開されているのだけど)。
例:飲酒運転をつぶやいた学生、電車内で寝ている人の写真を撮ってTwitterにアップした学生など
ひとたび「祭り」が始まってしまうと、エゴサーチの結果が汚染されてしまう。
→長期的には回復されるが、実名やプロフィールが分かっている場合には、そうなったときの危険はあります。しかしそれはかつてのメディアスクラムのようなもの。誰にでも可能性があるものと思って、うまくつきあうべきでしょう。
アドバイス:
まず、匿名か実名かということではなく、現実社会でも発言できることしか書くべきではないということ。深夜に書くラブレターみたいに、妙なテンションで書いてしまったものは、恥ずかしい。それぐらいならまだいいが、他人を傷つけたり法を犯したりしないこと。記録はずっと残ると思うべき。
匿名というか素性を明らかにしていない人の言っていることは、その範囲でしか信用されないということ。
TwitterにしてもFacebookにしても、継続的に発言している内容が、その人の信頼の証にもなる。なので、悪い面ばかりではない。ある意味で、自分もタレントだと思って、イメージを大切にしてつきあうべき。
多少トラブルが起きても感情的にならないこと。スルー力も大事。自分が発言力あるメディアを作るということは、それなりの防衛力にもなる(Googleの上位をおさえられる)。

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