ブログ実名派(実名推奨派)の小倉先生のブログで、ついにコメントへの「承認制」を採用し、過去の「匿名」コメントの削除を行うことにしたようだ。
リンク: la_causette: どこの誰だか分からない人のコメント.
僕は大学で働き始める前、「ネットでは匿名にしておいたほうがよさそうだ」、と思えるような職場環境で、数年間働いていた。なので、小倉先生の立場にかみついている人たちの気持ちも、わからないではない。
でも、コメント欄で匿名派の人の「言論の自由」を保証することが、そんなに大事なことだとも、僕には思えない。「匿名の発言は卑怯だから別に発言の場所を与えなくてよい」からではない。いくらでも外側に発言の場所が確保されているからだ。
自分の匿名のブログに他人のブログのエントリを批判する記事を書くのでもいいし、はてなブックマークなどに、自分のコメントを書くのでもいい。他人がブログに書いた内容に関連付けたコメントは、他の場所にいくらでも書く場所が確保されている。もちろん、ブログエントリのコメント欄に書かれた内容は、そのエントリとの関連性が明示的になっているので、見ているほうにはわかりやすい。また、コメント欄に比べると、コメントする人があらかじめ、常設的な自分用の発言の場所なり、アカウントなりを用意する必要がある。でもそれも、たびたびコメントしている人にとっては、大した手間ではないだろう。
かつて日記猿人(その後「日記才人」に。あ、いま検索したら、日記才人は健在だ。)の新着リストで、微妙に関連づけを主張しあいながら、日記を書いている人たちがいた。それらは今のネットに比べると非常に脆弱な関連付けのもとで交流していて、外側(とりわけ日記猿人の仕掛けを理解していない人たち)から見ると、非常にわかりにくかったに違いない。
その頃の構造に比べれば、ブログでの意見に他人から「コメント」される可能性というのは、コメント欄が閉鎖されても、依然としてきわめて高い状態をキープするように思う。実際にブログ検索、トラックバック、ソーシャルブックマークといった仕掛けの組み合わせにより、関連付けの仕組みは相当に洗練されてきている。多少のタイムラグはあるにせよ、言論空間への影響は、大してないんじゃないかと思う。
ちなみに僕のこのブログは、すでに以前から、コメントもTBも承認制にしてある。ほとんどがスパムで、承認するのも内輪からのコメントがほとんど(内輪に成りすましたコメントがないとは断定できないけど。)なので、大勢に影響はない。
承認制って大規模なコミュニティでは到底個人では運営出来なくなるんだよね。
書込み者がある程度まで判別判断出来る2chの半匿名のID表示は評価出来るものなのに。
ilvedoorブログとか「○○IDを取得する事でコメント出来ます」あのタイプと管理者承認タイプしか
使えないって管理者側も閲覧側も全く使えない機能なのにね。