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いろいろな大学の学生と接することは大事だと感じた4ヶ月:埼玉工大、立正大での非常勤1年目終了

先週末で2013年度後期が終了。敬和は現在試験が行われているが、これが終われば春休みとなる。個人的には今期から、金曜日埼玉での非常勤をお受けしたこともあり、一週間の授業数はトータル9コマ、非常にいそがしく、このブログもほとんど書けなかったし、新潟日報モアの「新潟ソーシャル時評」も滞ってしまった。

金曜日は朝8:24の新幹線で移動し、高崎を経由して深谷市の埼玉工業大学で「国際法」を1コマ、その後熊谷市の立正大学に移動して午後、「メディアと法」を1コマ担当した。何もなければそのまま熊谷から新幹線で新潟に戻り、あれば、そのまま東京に出て一泊するという生活となった。

このお話をお引き受けした後で妻の妊娠がわかり、ある程度予想はしていたのだが、子供が生まれてすぐの慌ただしさと、授業コマが増えた慌ただしさが、一緒にやってきた4ヶ月であった(埼玉での最初の授業が終わり、その翌日に娘が生まれた)。週末にもさまざまな仕事が入ることが多く、出産後の大変な時期、家族には迷惑をかけたと思う。他にもいろいろなプロジェクトで手が回らず、一緒に仕事をしていた皆さんにもご迷惑をおかけしたであろう。

埼玉工業大学人間社会学部での「国際法」は、久しぶりの担当科目。国際法学会には長らく顔を出しておらず、学会の顔ぶれもかなり入れ替わり、院生の頃若手中心の研究会などで見かけた人たちが、すでに主流となりつつある。今回は、こうした研究者の皆さんの書いたテキストを読み直すよい機会となった。日本の抱える領土問題に注目が集まり、サイバー戦の話題も飛び交い、シリアの化学兵器、南スーダンのPKOでの日韓のやりとりなど、関連するニュースもかなりあって、それらをずいぶんととりあげて、学生たちには興味を持ってもらえたのではないかと思う。埼玉工業大学のある岡部駅周辺には、本当にねぎ畑がひろがっていて、「あまちゃん」で松岡茉優が演じていた入間しおりの「ねぎ衣装」を思い出した。

立正大学での「メディアと法」は、敬和の「情報法2」でやっている内容とシンクロさせて進めたが、立正の学生は法学部生なので少しレベルアップさせてみた。こちらでも、ウェブ関連、メディア関連の各種ニュースをとりあげて、それらの話題をとりあげながら授業を進めた。メールをくれる学生の反応を見ると、法学部の授業の中では、割と身近で親しみの持てる内容だと評価してくれたようだ。マイナー科目なので、受講者数は少ないと思っていたのが、200人以上の受講者がいて、やりがいのある授業であった。ただ、これからの採点活動は大変になりそうだ。

両大学とも、ウェブを利用して教材のやりとりや小テストなどができる仕組みが整っていて、ああこれなら学生とのやりとりも簡単だなと思い、それぞれのシステムの違いにとまどいながらもいろいろ試して見たのだが、実はこれらのシステムは、思ったほど使われていないようだった。「メールで提出でいいですか?」とか「慣れてないので紙でレポート提出していいですか?」といった、反応が学生から出るようになり、帰りに大量の紙レポートを学生に押し付けられるようにもなった。Twitterを使っている人はハッシュタグでいろいろ書いてくれてもいいですよ、といったのが、これも反応は少なかった。よく知らない非常勤の教員が相手だし、さほど反応はないだろうとは思っていたが、そういう警戒感だけが唯一の原因ではないようにも見えた。オンラインと大学教育をつなげていくというのは、大学が体制を作るだけではなく、教員と学生のスキルと意識がついてくるところまで持っていかなければならず、どこでも結構苦労しているんだなというのが、なんとなくわかった。

それぞれの大学の学生達の基礎学力や対人能力については、もちろん個人差もあるのだけれども、やはりそれぞれの学校のカラーがある。また大学自体への帰属意識やプライドの有無も、行き帰りのバスで飛び交う会話からなんとなく想像がついた。総じて言うならば、北埼玉の学生たちは、都心の大学に通う学生たちと、やはりちょっと違い、素朴さの残る関東の学生だ。同じ素朴でも、新潟ローカルの学生たちともまたちょっと違う、独特の雰囲気がある。

98年に、明星大学の青梅キャンパスに非常勤講師に行ったのが、自分の大学教員としてのキャリアの始まりだった。早稲田大学の学生像しかほとんど知らなかった自分には、明星の学生たちの考えていることや人生観なども、かなり新鮮で、勉強になった。それがその後の地方での大学教員生活にも、生かされているといえるかもしれない。

大学教員が本務校だけで授業を持っていると、授業でも学務でも、その中で完結し、新しいアイデアは出てこない。あるいは新しいアイデアも、社会一般の文脈と本務校の文脈をすりあわせて、最善な形で実施するということがなかなかできなくなるのではないか。久しぶりに「フル規格」の非常勤をやってみて、自分や自分の本務校の、客観的な立ち位置を確認するよい機会を得られたように思う。学期中も、両大学の取り組みを見ながらいろいろ気づきがあったし、両大学の学生たちからもいろいろ感じるところがあり、これらは敬和での教育の改善にもつなげていけるように思う。

機会を与えてくださった両大学の関係者の皆さんには、あらためて感謝の気持を記しておきたい。

都市の公共空間とTwitterは「ステージ」

新宿駅を通り過ぎる際に、ホームをハイスピード撮影した映像。まるで時が止まったように、ホームにいる人々の姿を切り取っている。

新宿駅をハイスピード撮影した動画が、人間模様を映し出していてすごい

Adam Magyar, Stainless – Shinjuku from Adam Magyar on Vimeo.

制作したのはベルリンに住む、ハンガリー人の写真家、Adam Magyarさん。作品のコンセプトについて「この作品は、写真と動画の境界に位置づけられるもの。延々と続く、電車待ちの人たちの姿はまさに、生ける彫刻なんだよ」と語っている。

話題になったこの動画に対して、「たつをのChange Log」は以下のように、この動画の面白さを十分に理解しつつある種の「難しさ」をやんわり指摘している。

[を] 肖像権やらプライバシー保護やらでアートを否定したいのではなく自分も同じことをやりたいわけです

でも、これって、肖像権やプライバシーの問題が残ります。撮影された人の許可は間違いなく取ってないだろうからほぼアウト。カメラを向けて拒否されなかったからOK、みたいな話は隠し撮りだから通らない。風景の一部、というには無理がある。これが許されるならグーグルストリートビューで顔をぼかさなくていいよね。

なんかこのへんがクリアされてないとモヤモヤします。

ぐちゃぐちゃ言ってるけど、私はこういうアートを否定したいのではないのです。むしろこれがOKなら自分もこういうことをやりたいと思っているのです。有名アーティストならおとがめなしだけど個人ならダメ、みたいな世界は嫌なのです。

以前、新津美術館の「おんな写真展」を見に行った。過去から現在にかけて、女性たちがどのように生きていたのかを写真で振り返ることができた。非常にリアルな写真が多かったのだが、90年代途中のある段階から、様子が少し変わった。「時代の流れ」で自然な姿を撮影するのが難しくなったと書いてあった。

新津美術館のおんな写真展 | Flickr – Photo Sharing!

というわけで、有名アーティストの側もまた、ストリートで撮影するのは実際にはいろいろと難しい環境にあるように思う。一方、秋葉原では小型カメラがたくさん売られていて、これを使って、極秘に撮影することが可能になっている。有名アーティストであれ個人であれ、まっとうな人は、技術の進化によって「表現者」としての地位を獲得したにもかかわらず、実は撮影することをためらう場面があるということだろう。逆にそんなことは気にしない「ならず者」は、やりたい放題になっているのかもしれない(実際カメラの高機能化の結果、駅での盗撮で逮捕されているケースは少なくない)。

都市に暮らす人々は、匿名化された「群衆」の一人として生活している。自分は東京から離れて10年以上がたち、お店に行けばバイトしている学生に会い、道を歩いていると知り合いに会うという環境にすっかり慣れてしまったが、最初はとても息苦しかった。東京に出張で出てくると、ほっとしたのをよく覚えている。今でも、東京を歩いていると、人の目を気にしないでよくなるために、ちょっとだけ気分が楽になったと感じることはある。

この「匿名化」された空間は、「冷たい」とはいうもののどこか居心地がよいところもあり、そこにどかどかと入り込んで撮影するというのは、権利以前に、撮られる側には抵抗がある行為なのだろう。もちろん、田舎の村にどかどかと入り込んで撮影するのも抵抗はあるだろうが、田舎の場合には「入り込む」という段階で「抵抗」がはじまり、「あんただれ?」という状態になるので、やや状況が異なる。新潟の都市部では村のようにはならないが、街を歩いていて知り合いに会う可能性は決して低くないので、完全に「匿名化」された気分で街を歩いている人、電車に乗っている人は少ないはず。

匿名化されているはずの都市住民のプライバシーは、突然何かの拍子で暴かれる。悪気がある場合もそうでない場合もある。この現象は、個人的に使っているつもりのTwitterアカウントでの発言が、ある時突如として注目を浴び、RTされ、まとめページに掲載されていくというのに、構造は似ているように思った。

ステージに上がっているつもりは全くないのに、突然スポットライトを浴び、幕が開き、多くの観客の前にさらされる。どちらのケースもその点では似ているのではないか(自分でTweetした結果か、勝手に見知らぬ誰かに撮影されたかという違いはあるにしてもだ)。だからどうすべきだということはないけれども、都市の住民というのは、公共空間ではいつ幕が開いているかわからないという状況にあり、それはある意味でやむをえない部分があるということを前提にした上で、たとえばそれが意に反する形で別の情報と結び付けられないようにする方法を考えるとか、実質的な悪影響を最小限にとどめる仕組みを、考え始めたほうがいいのかもしれない。

つながるMap

弘前の大学生たちのプロジェクト「いしてまい」のメンバーに会ってきた

1月2日、弘前市内で、市内の大学生たちのプロジェクト「いしてまい」について、弘前大学の大学生、丹藤さんに話をうかがった。正月のまっただ中、1月2日にもかかわらず、時間を作ってくれてどうもありがとうございました。丹藤さんは大変しっかりした、適切に言葉を選んで話をする学生さんで、楽しい時間を過ごすことができました。

いしてまい

いしてまい (isitemai)さんはTwitterを使っています

「いしてまい」は、学園都市ひろさき高等教育コンソーシアムという市内の大学のコンソーシアムを母体に、これに参加する弘前大学、弘前学院大学、東北女子大学、東北女子短期大学、弘前医療福祉大学、放送大学青森学習センターの6大学から、学生たちが自主的に集まった「学生委員会」で、弘前の活性化のための取り組みをしている。昨秋に新聞記事を見て興味をもったので、Twitterを通じて、年末年始だけれどももし時間をいただけるならばお話をうかがいたいと連絡をしてみたところ、丹藤さんが快諾してくださった。

いしてまい丹藤さん

「いしてまい」は平成22年発足で、実はすでに4年目。丹藤さんは2012年度、大学2年の時から参加したということなので、「いしてまい」という名前が決まった瞬間には立ち会っていない。「いしてまい」は「良すぎて仕方がない」という津軽弁。弘前が地元の自分だが、最初名前を字で見た時には、実は最初意味がわからず、頭のなかで「石手舞」などと字をあてがっていた。メンバーの構成は、弘前大学3人、弘前学院大学6人、弘前医療福祉大学10人、東北女子大学2人、東北女子短期大学2人(というのが、丹藤さんの記憶に基づいて教えてもらった数字。放送大学青森学習センターからは、まだ参加者がいないそうだ。まあそうだろう)。弘前学院大学や弘前医療福祉大学からの参加が多いのは、おそらく先生からの呼びかけがうまく機能しているということだろう。弘前大学のように大きな大学だと連絡が行き届きにくいし、大学の中のコミュニティで自足してしまうということもありそうだ。

昨年度は「6大学合同文化祭」を中心市街地の土手町で開催、よさこい、ファッションショーなどのステージイベントと模擬店を出した。また、弘前市内各地区のお店について、市民の皆さんからの情報を元に取材し、冊子にまとめた「つながるMAP」を発行している。今年度は、弘前ねぷたへの「参加」をテーマに、ねぷたの製作過程から取材をし、最終的にねぷたの運行にも参加したそうだ。ブログやTwitterでの情報発信にも取り組んでいるが、コンテンツを制作して外部に公開するということよりも、実際に人に会って交流するということに力を入れているという印象を持った。

つながるMapつながるMap

活動の話をいろいろ聞いていくうちに一つの疑問がわいた。弘前という街は、文化的にも優れたものがたくさんあり、観光都市としての人気もあるのだけれど、ひょっとして市内のお店についても学生の皆さんは普段あまり行かないし、弘前ねぷたにもあんまり参加していないということだろうか?丹藤さんと話してみた限りでは、その通りのようだった。「いしてまい」に参加している学生の多くは、弘前市外の出身者。弘前市内の出身者で、こうした活動に目を向ける学生は少ないそう。一般的にも、学生たちが市内中心部で遊ぶことはあまりなく、五所川原市のショッピングモール「エルム」をはじめ、ドン・キホーテ、さくらのなどの郊外型の店舗に行っているようだ。新潟の学生たちがイオンに行くのと同じような現象と考えれば、さほど不思議ではないのだが、弘前という街は自分にとって、田舎だけどちょっとセンスのある街というイメージだったので、若者たちは放っておくと弘前の街中には出てこないという現象が起きているというのは、ちょっと意外であった。たしかに自分が高校時代を過ごした80年代後半からすでに20年以上が過ぎたわけだし、当時と違って、今はネットもありアニメなどのコンテンツのパワーも強いわけで、「ローカル」に目を向ける若者はなかなか増えていかないのだろう。ただそれは「きっかけ」がないからともいえる。「いしてまい」のような活動に参加した学生の皆さんは、これを通じて地域のことを再発見、再評価しているに違いない。参加しているメンバーは非常に良い機会を得ているように感じたし、それ自体は地域にとって大きな前進なのだということがよくわかった。

丹藤さんは3年生なので、これから就職活動がスタート。弘前での就職を希望しているそう。もちろん地元就職がそんなに簡単ではないこともよくわかっている。でも何とか地域のために働きたいと思うようになったという。1年間活動してきて、このように思える学生が少なくとも一人は出てきたわけで、これだけでもプロジェクトは大きな成果をあげているといってよいだろう。よい進路を見つけてほしいものだ。

最後に地域社会の現状をどう見ているか、聞いてみた。土手町の「シャッター通り」の空き店舗率は、最近改善されつつあるそうで、まだまだ「伸びしろ」がある。弘前は他の地域に比べると、いろんな催しなどで地域を盛り上げようという行動力のある人が多くいて、活力がある。「いしてまい」の活動を通じて、弘前のこうした「熱い人達」と知り合うことができ、確信を得たという様子であった。

今回は残念ながら、弘前大学以外の学生の皆さんにはお話をうかがえなかった。私立大学のメンバーの感じ方は、もともと大学のコミュニティが大きい弘前大学の学生とは、また違うような気がする。ぜひまたの機会にお話をうかがってみたいと思う。

猪瀬都知事のTweetが止まっている件で、毎日新聞にコメント

12月7日、毎日新聞夕刊にて、下記の記事にコメントした(最近毎日はサイトをリニューアルしたので、過去記事は登録しないと読めない状態になっている)。

猪瀬都知事:ツイッター知事、一転沈黙 「5000万円」発覚以降- 毎日新聞

ソーシャルメディアに詳しい一戸信哉・敬和学園大准教授(情報法)は「企業の場合、情報をオープンにした上で謝罪すべきは謝罪し、反論すべきは反論すると、批判が収まりやすい。黙っているのも一つの方法だが、影響力とこれまでの利用頻度を考えれば、フォロワーと真摯(しんし)に向き合い、5000万円問題の説明を尽くしてもいいのではないか」と指摘する。

きわめて積極的にTwitterを活用し、庁内でも積極的なTwitter利用を促進していた猪瀬知事が、5000万円問題発覚以降、パタリとTwitterをやめたという話についてだ。「これまでソーシャルメディアの積極利用をさんざん言ってきたのに、立場が弱くなると沈黙するというのはどうか」という立場で、記者の方からはご連絡があった。一般的には、「逆風」の状態でどのように毅然と対応できるかというのは、相当気を使って対応すべきところであり、企業の中でも組織的にうまく対応できるところもあるが、うまくできないところもある。猪瀬知事に関しては、そこまで組織的に対応できる状況にないのであるから、沈黙するのはやむをえないのだろうなあというのが、率直な感想であった。ただ一般的には、「きちんと疑問には答えるべきだ」という面はあるので、そのようにもお話ししたところ、この批判的な部分がコメントとして採用された形。私が言ったことではあるのだけど、力点をおいてお話ししたのはそこではない(私の力点とはやや違うところのコメントを引くだろうと思ったので、記者の方に不満があるわけではない)。

今回のような「逆風」下で、組織的に対応できる個人は、政治家でも非常に少ないだろう。また、雄弁な「発言者」であっても、現在の猪瀬さんのような状況では、うまく防衛できないということはあるのだと思う。たしかに「説明責任」という意味では、せっかくのチャンネルを活かすべきだということではあるのだが、もはやそういうフェーズにはなく、適切なフレーズを弁護士と相談しながら最小限しゃべる、ということになっているようにも見えるわけで、その一環としてTwitterでの発言も控えているということではないかと。

11/30(土)津田大介さん、コグレマサトさんを交えて語ろう:新潟ソーシャルメディアクラブ


すでに公式ブログではアナウンス済みだが、11月30日に久しぶりの新潟ソーシャルメディアクラブ #14を開催する。

tixee | 新潟ソーシャルメディアクラブ #14

新潟ソーシャルメディアクラブ #14

日時:2013年11月30日(土) 13:00-17:30
会場:新潟国際情報大学中央キャンパス1Fイベントスペース
参加費:2500円
※別途システム利用料が5%かかります。

プログラム
13:00 開会挨拶、オリエンテーション
13:10-14:40 講演:津田大介(ジャーナリスト、新潟日報特別編集委員)「ソーシャルメディアの今、新潟の今(仮題)」

15:00-17:30 パネルディスカッション
ソーシャルメディアと新潟をキーワードに、県内外の「発信力」の高い皆さんをパネリストにお迎えしてお届けします。
モデレータ:一戸信哉(NSMC、敬和学園大学、新潟日報ソーシャル編集委員)
コメント:津田大介(ジャーナリスト、新潟日報特別編集委員)

第一部「伝わるメディアの作り方」
パネリスト加藤雅一(テクスファーム)、コグレマサト(「[N]ネタフル」ブロガー)
第二部「新潟の『切り口』」
中川幸哉(ウォーターセル、アグリノート)、山倉あゆみ(DAIDOCO)

※プログラム終了後、懇親会を開催する予定です。

【追記】懇親会の募集も開始しました。
tixee | 新潟ソーシャルメディアクラブ #14 懇親会
【追記終わり】

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新潟県外からは、ジャーナリストの津田大介さん、「ネタフル」でおなじみブロガーのコグレマサトさんにおいでいただく。

津田大介 (tsuda)さんはTwitterを使っています

[N]ネタフル

この二人に絡む県内からのパネラーも豪華。「新潟美少女図鑑」のテクスファームからは加藤雅一さん。「新潟美少女図鑑」は、新潟を代表するフリーペーパー。テクスファームは、新潟の洗練されたメディアを作り上げてきた第一人者といってよい。先日五泉市のニットメーカー「高橋ニット」と共同で、新しいブランドをスタートさせたというのも話題になっている。

新潟県五泉市の高橋ニット、若年層向けの自社ブランド  :日本経済新聞

フリーペーパー[新潟美少女図鑑]

昨今話題のクラウド型農業生産管理ツール「アグリノート」を開発、運営している、ウォーターセルの中川幸哉さんにもおいでいただく。新潟の視点から生まれた(と思われる)「アグリノート」の開発秘話に迫りたい。

アグリノート

新潟を代表する「食のクリエイティブ集団」である、DAIDOCOさんからは、山倉あゆみさん。DAIDOCOは今年、岩室温泉に古民家を活かしたレストラン「Kokajiya」を開店したり、新潟食材を生かしたオリジナルのかき氷店を開くなど大活躍。これらの活動もソーシャルメディアで「可視化」され、多くのファンを魅了している。DAIDOCOの活動理念など、クリイエイティブな活動の裏側に迫りたい。

DAIDOCO(ダイドコ)新潟ケータリング&フードデザインラボ

タイムスケジュールをご覧になるとわかると思うが、休憩時間も長めにとって、交流ができる設定とした。近日中に懇親会のご案内もある予定。「講演会」形式の体裁だが、いつもどおり、交流を重視したイベントにしたいと思っている。

ぜひ多くの皆さんのご参加をお待ちしています。参加登録は、以下のTixeeでお願いします(事前登録制)。

tixee | 新潟ソーシャルメディアクラブ #14

新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」:「ネット選挙解禁」から見えたメディアの「中立・公正」次のステップ

しばらくこちらのブログでの告知はサボっていたが、新潟日報モアの「新潟ソーシャル時評」は、こちらと同等ないしそれ以上のペースで、書き続けている。新潟日報の公式アカウントも当初は外部での告知が遅れていたが、現在はFacebookページとTwitterからの告知が進んでいるので、こちらのブログで自分が告知するペースもちょっと落ちていた。

ただ今回は久々に、新聞記事に関するブログエントリーではないので、こちらで紹介しておく。情報ネットワーク法学会で続けている研究会「ソーシャル社会における情報流通と制度設計」での議論を紹介するもの。

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「ネット選挙解禁」から見えたメディアの「中立・公正」次のステップ

この研究は春から月1回のペースで継続していて、今回は7月に、「ネット選挙運動」について、立命館大学の西田亮介さんから報告していただき、議論をしたときのことをまとめた。「ネット選挙運動」それ自体よりも、その先にある、メディアの「中立・公正」をどうするのかという問題が議論の中心になっている。実はこの議論は、春からずっと続いているのだが、「ネット選挙運動」でユーザが「選挙運動」に関わるようになる中で、既存メディアの側が建前として貫いている「中立・公正」が、揺らいでいるのではないかという話だ。さらにいえば、既存メディアだけではなく、ニコニコ動画のような、どちらかというと通信サービスに近い「プラットフォーム」についても、今まで通りの「無色透明」ではいられないのではないかということにもなる。

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この研究会での議論については、一緒に研究会主査をやっている藤代裕之さんが、日経とYahoo!個人において、それぞれまとめたものを発表している。

「理念なきネット選挙」 試される政治との距離感  :日本経済新聞

偏向報道が問題なら、メディアの中立・公正を禁止したらどうか(藤代 裕之) – 個人 – Yahoo!ニュース

高校野球青森大会で、母校弘前高校が準優勝:優勝した弘前学院聖愛は初優勝

今日行われた、第95回全国高校野球青森県大会決勝は、弘前の高校同士の対戦。自分の母校である弘前高校と弘前学院聖愛高校が対戦した。どちらも勝てば初優勝。弘前高校はかつて選抜大会に出場したことがあるが、聖愛高校は初めての甲子園ということになる。白熱するゲーム展開(といっても新潟ではテレビ中継がないので、もっぱらTWitterで見ていただけだが)だったが、7回に勝ち越した聖愛高校が勝利した。

弘 前|102 000 000|3
聖 愛|120 000 10×|4

聖愛高校は、2年連続の決勝進出で、ついに優勝を勝ち取った(2年連続ということは、最近知った)。聖愛高校は、弘前の歴史あるキリスト教学校で、もともとは女子校であった。2000年に共学化し、その後野球部が創部して、10数年で甲子園にたどり着いた。今回は八戸学院光星(元光星学院)、青森山田という、青森県の強豪私立を破っての堂々の優勝だ。
前任校稚内北星時代には、サマースクールに来てくださる先生がいた縁もあり、何度か聖愛高校にうかがったことがある。共学化に踏み切ったところで、新しいイメージ作りに取り組んでいる様子が、非常に印象的だった。同じ学校法人が設置している弘前学院大学との関係を明確にするため、「弘前学院聖愛」と弘前学院という名前をつけるようになったようだ。

弘前高校は、弘前では進学校なのだが、たしか昭和40年代に一度、選抜大会に出場している。「文武両道」をうたっているので、野球部も上位に勝ち進んでいた時代はあり、自分が青森にいたころにはまだ新聞で、「古豪」というキャッチフレーズが使われていたのだが、今回はほんとうに久しぶりの上位進出。ノーシードから勝ち上がり、決勝までのぼりつめた。久しぶりの母校の活躍は、県内の卒業生はもちろん、自分のような県外の卒業生の耳にも、ソーシャルメディアを通じて、広く届いた。

弘前高校は7月の学校祭「弘高祭」の前夜祭で、クラスごとに作ったねぷたを街中で運行する「弘高ねぷた」を行なっている。ねぷた自体をクラスごとに作るので、7月はみんなこの作業に集中する(ので、3年生もこの時期、あんまり受験勉強をしない。というか、できない)。この校内が盛り上がる時期に、野球部は毎年、県予選を迎える。みんなが盛り上がる「弘高ねぷた」にもあまり参加できず、ストイックに野球に取り組んでいるのが、弘前高校野球部ということになる。そう考えると、40年近く、なかなかチャンスをめぐってこなかったストイック集団には、なんとか甲子園にたどりついてほしかったというところ。実際、こうした歴史を積み上げた野球部OBの興奮はかなりのものだっただろう。

試合終了後

ただ、弘前高校平川投手の試合後のコメントには、負けた悔しさはあるものの、ある種の充実感は感じられる。

弘前初出場まであと1歩で涙/青森大会 – 高校野球ニュース : nikkansports.com

それでも今大会全6試合に登板し、この日も125球を投げきった平川は「青森は私学が甲子園に出ることが決まりきった感じになっていた。県立高がここまでやれることを示せて良かった」と充実感をにじませた。

青森県は長らく、高校野球の弱い地域で、かつて三沢高校が甲子園で準優勝して以後は、長らく低迷時代が続いていた。「あの三沢高校以来の悲願の初勝利を目指して」というフレーズがよく使われていた。その後、青森山田、光星学院の二校が積極的な選手の勧誘もあって、頭角をあらわし、県大会優勝の常連校となっただけではなく、今や甲子園でも常に上位をうかがう強豪校と目されるまでになった。県外から積極的に選手を受け入れる一部の私立高校が力をつけてきて、しのぎを削るようになると、もはやその他の私立高校や、まして公立高校が甲子園に行ける可能性はほとんどなくなっていった。こういう経緯の中で、弘前高校などに対しても、まだちょっとだけ可能性があるかのような「古豪」という言葉を使うようなことも、おそらくなくなっていたのではないかと思う。

また、青森山田は青森市、八戸学院光星は八戸市の学校なので、長らく弘前市の学校にもチャンスはめぐってこなかった。弘前の高校が夏の甲子園に出場したのは、96年の弘前実が最後で、それ以後は青森山田、八戸学院光星が代表を争う時代が続いてきた(何回か八戸工大一が出場している)。以下の様なTweetがたくさんRTされるわけだ。今回の決勝、弘前市内数カ所では、パブリックビューイングも行われたそうだ。

聖愛高校のキャプテンは一戸選手。二本柱のピッチャーの一人でもあり、クリーンナップの一角でもあり、チームの大黒柱のようだ。別に親戚ではないのだが、ぜひとも活躍してほしい。

ひょっとして弘前高校が勝ったら、どうにかして甲子園に見に行きたいと思っていたが、その心配はなくなった。聖愛高校の活躍を、新潟で応援しようと思う。

新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」:Twitterアカウントから、政治家のこれまでの「実績」を確認

参院選公示前後から、「新潟ソーシャル時評」には、「ネット選挙関係」の記事をいくつか書いた。こちらは公示直前に、党首なりすましアカウントがいろいろ見つかったという報道について書いたもの。

そんなのに引っかかる人はあんまりいないと思うので、もう少し候補者のこれまでの取り組みをしっかり見るための手段として、ソーシャルメディアを活用する方法を、広めたほうがいいのではと提言したつもり。

User Chart

Twitterアカウントから、政治家のこれまでの「実績」を確認|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

公職選挙法が改正され、ネット選挙運動が解禁されたわけですが、「選挙運動」それ自体は、これまで通り公示後に始まります。ただこれまでと違って、注目を浴びる公示後にも、ウェブの更新が行われることになります。その結果、「政治活動」として区別されている、日頃の政治家の皆さんの活動実績、これに関する情報発信の姿勢が、あらためて明らかになります。「にわかTwitterユーザ」であるかどうかも、容易に明らかになります。ただし、このことをきちんと評価するためには、有権者である私たちが、候補者の皆さんのこれまでのネットでの「実績」を解析するさまざまな方法を、きちんと身につける必要もあるように思います。「偽アカウント」に騙されず、本物のアカウントの日頃の情報発信の態度までも評価できる有権者が、どれぐらい増えるのか。有権者のネットリテラシーが、今後問われることになります。

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新潟日報モアについて:新潟日報モアは、新潟日報購読者向け無料サービス。世帯内で複数アカウントの発行は可能なので、新潟日報購読家庭であれば、すべての家族が登録可能だ。また、「購読予定」の人も登録ができるので、実は「これから登録しようかな」という人も、問題なく登録ができる(販売店が営業に来るのではないかと思う)。

新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」:ラブラ2」に対するさまざまな反応

新潟日報モアに連載している「新潟ソーシャル時評」。その後Facebookページができたり、ソーシャルメディアボタンもうまく動くようになったので、こちらでの告知が止まっていた。すべての記事を紹介している余裕は無さそうだが、それなりに反応があったもの(ありそうなもの)を紹介するようにしたいと思う。

先月下旬に発表になった、新潟市万代の新しいビル「ラブラ2」については、ソーシャルでの反応を紹介しながら記事にした。

Bandai Bridge, Niigata, Japan

「ラブラ2」に対するさまざまな反応|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

今回面白いなと思ったのは、

 

という反応。新潟に来てしまったブランドは、特別なものではなくなってしまう。わざわざ東京まで買いに行くものであってほしい。私はそのように理解しました。このユーザの声もまた、「全国行脚」をめぐる複雑な(?)人々の心をあらわしているように思います。

新潟日報モアは、新潟日報購読者向けのサービスだが、世帯内で複数アカウントの発行は可能なので、新潟日報購読家庭であれば、すべての家族が登録可能だ。また、「購読予定」の人も登録ができるので、実は「これから登録しようかな」という人も、問題なく登録ができる(販売店が営業に来るのではないかと思う)。

インフルエンサーの推薦は無党派層を動かせるか?:湯浅誠さんの推薦候補者名発表から

昨日湯浅誠さんが、Facebook上で、秋田の民主党候補である松浦大悟氏を応援しにいったというポストとともに。自ら推薦する候補者名を発表した。

Street Speech of Election of The Presidents of Democratic Party of Japan
Photo by Dick Johnson.

湯浅 誠

なお、私は参院選で、以下の方たちの推薦人(的なもの)になっています。
ご要請をいただき、かつ、国会で力を発揮してもらいたいと私が思う人たち。

(五十音順)
大河原雅子(東京)(無所属)
鴨ももよ(比例)(社民)
鈴木寛(東京)(民主)
田口まゆ(全国比例)(緑の党)
松浦大悟(秋田)(民主)

これに対しては多少批判的なコメントもついていたようで、その後非常に長いコメントで、自らが個人的に推薦する候補者を表明した理由を述べている(以下は一部抜粋)。

自民党圧勝確実と言われる中、私はそれが望ましいとは思わないので、1人区でも勝てる可能性のある候補がいるなら応援したい。
自分が動いても、しょせん数票とか10票とかにしかならないかもしれないし、1票にもならないかもしれないが、「競ってる」勝負なら、もしかしたら意味があるかもしれない。
「最善を求めつつ、最悪を回避する」ことが重要と思うから。
それが自殺対策や社会的包摂をやってきた松浦大悟なら、なおさら。

政治的中立とは、すべての候補者を平等に評価します、ということ。
政治総体に対して批判的立場を堅持とは、「どうせ誰がやったってダメだよ」とか言いながら棄権する(もしくは白票)ということ。
でもそれは、私がやらなくてもマスメディアがやっているし、多くの有権者がやっている。
私も、前回の衆院選までは、誰かの推薦人になることはすべてお断りしてきた。
でも前回から、個人単位で推薦人を受けることにした。
間近で見てきて、誰が、何を、どういう思いでやっているのかを多少なりとも知ってしまったのに、頼んできた相手に「あなたを他候補と平等にしか評価できません」とは言えなかったから。
そして、いま私は、誰かを応援することによって私が受けるリスクよりも、誰も応援しないことによるリスクのほうが高く、そこに一有権者としての責任を感じているから。

ご本人は、「自分が動いても、しょせん数票とか10票とかにしかならないかもしれないし、1票にもならないかもしれない」と謙遜しているが、都市ならばもっと大きな動きがあるのではないか。秋田での影響力は未知数だが。

公職選挙法の改正の中で、主に懸念されていたのは、「なりすまし」や「誹謗中傷」の横行であったと思うが、これまでのところ、目に見えて大きな影響は見えていない。また、所属する政党の財力によって、露出が左右されてることも懸念され、ネット広告についてはそれなりの規制がなされている。しかしネット選挙運動解禁で大きく変わるものの一つは、実は湯浅さんのような発言力のある個人、インフルエンサーの影響力なのではないか。湯浅さんの発言への反響を見ると、どうもそんな気がしてきた。

実はこの点、6/1の情報ネットワーク法学会特別講演会で、韓国中央選挙管理委員会選挙研修院教授高選圭さんから指摘があった。韓国でも、「Power Twitterian」と呼ばれる「インフルエンサー」の動きが注目され、候補者がこうした人々を訪問するといった動きが見られているという。

特別講演会「インターネット選挙運動解禁で選挙はどう変わる」

湯浅さんはおそらく「リベラル」を自認する人たちから比較的支持されているはずで、そのなかにも「無党派層」は多数いるはず。こうした人達が、たとえば秋田の選挙区で、どれぐらい動くのか。新潟で様子を見ている限りでは、地方の選挙区がこれで動いていくのは容易ではなさそうだが、たとえば秋田県でも秋田市その他の都市部では、一定程度、湯浅さんを知っているリベラル層は存在しているはずなので、この辺の票を掘り起こす効果があるかもしれない。

この講演会で、情報セキュリティ大学院大学の湯淺墾道先生が指摘していたのは、地方議会議員選挙のケース。地方議会議員選挙では、次点との得票数の差が1桁ということはよくあるそう。となると、インフルエンサーが誰を支持するかというのが、実は非常に大きな影響を持つ可能性もある。参院選は比較的選挙区も大きいので、一人の発言で結果が大きく左右されることはないのかもしれないが、湯浅さんの発言の反響を見ていると、そうとも言い切れないような気がしてきた。となると、地方議員の選挙だと、さらに振れ幅は大きくなるのかもしれない。

このほか厳密な意味では個人ではないのだが、楽天の三木谷浩史さんが、「新経連」という立場で、8人の候補の推薦を発表している。

三木谷浩史楽天会長や、北村晴男弁護士ら著名人も参院選の応援演説