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長女が生まれました

連休初日の9月21日、長女が誕生した。2978グラム。出産前に性別がわかるとはいうものの、通常の診察で確定できるのは男子であるということだけらしく、9割がた女子だろうという状態だったのだが、無事女の子が生まれてきた。性別はどちらでもよかったのだが、男の子よりも女の子のほうが、やはり父親としてはうれしいものなのだろう。比較のしようはないのだけど、たしかにこれからの成長が楽しみだ。

妻の年齢は、出産のリスクが急上昇する年齢には達していないが、自分は40代。一番下の妹が生まれたときの、父の年齢とほとんど変わらない。妹が生まれた後、父が老いと対峙しながら、幼い妹を育てるために奮闘するのを見てきた。今後の生活が大変になることは容易に予想がつくのだけれど、それでも今は、新しいメンバーが、元気に我が家にやってきてくれたことを素直に喜びたいし、それだけの元気が、湧いてきているように感じている。

My Daughter and Me #mydaughterandme

さて、出産までの記録。

予定日の9月27日には出張の予定だったし、それ以外も週末含めて出かける予定がたくさん入っていたので、学期に入ったら立会いは厳しいだろうと思っていた(あるいは、強引に仕事を休むか)が、絶妙のタイミングで、生まれてきてくれた。おかげで出産に立ちあい、「生まれる/産む」という出来事を共有することができた。

妻は体力に自信があるとは絶対に言わない(言えない)人なので、難産になるのではないかと心配していたが、今回の出産は、医師・助産師とも「理想的」と口をそろえるほど、きわめてスムーズであった。

前夜は夜遅く返ってきて、Studio Roopから届いたマタニティフォトを楽しく鑑賞、かなり遅い時間に寝ることになった。

Maternity Photo, Studio Roop 20130913

Studio Roopから写真が届きました

Studio Roopでのマタニティフォト撮影は、ぜひやろうと思っていて、なんとかタイミングを作ることができてよかった。Facebookで見る限り、Roopの皆さんは非常に忙しそうにしているので、急にお願いしたにもかかわらず、撮影していただけたのもラッキーだった。

今回撮影してくれたカメラマンの濱口さんが、「うちも別のカメラマンに撮影してもらったんだけど、撮影終わって数日後には生まれた」という話をしてくれた。うちは2日後には生まれなかったが、写真を見た途端に事態が動き出すことになった。

ちょうど自分が眠り始めた、朝の4時頃。妻ががばっと起きだして「やばい!破水した」とトイレで叫んだ。自分は眠い目をこすりながら何とか起きだして、破水後の対応についてググって確認(妻はすでに臨戦態勢あったので、どうすればいいかあらかじめ勉強済みだったのだけど)。妻には、後部座席で横になってもらい、病院へ。この時点では、陣痛は全くない。通常はこの後陣痛がくるものだけど、こなかったら促進剤などの措置も考えられるという説明。とりあえず24時間様子を見ましょうということになった。

この段階ではまだ妻にも余裕があった。すでに用意してあった入院キットのかばんに入っていなかったものを取りに行く必要もあり、また正直殆ど寝てなかったので、自分は家に帰って寝ることにした。実はこの日、学生たちがボランティアに参加する、「世界網膜の日」全国大会が、新潟市総合福祉会館で開催予定で、Keiwa LunchのチームでUst配信も実施予定だったのだが、私の手元にあるビデオカメラを会場に持ち込む必要があった。さすがに朝から会場に行くのは難しそうだったので、Facebookで学生たちと運営担当のおっちーさんに連絡、おっちーさんにカメラを取りに来てもらうことができた。
そんなこんなで落ち着かず、なかなか寝付けなかったが、なんとか数時間寝たあとで、忘れた物資を持って病院にもどってみた。まだこの段階でも陣痛はきていない。これは自然に生むのは難しいだろうか。破水した後は、胎内に菌が入りやすい状態になるので、そのままにしておくことはできないという。長くなりそうだった。

まだ陣痛はなく、さらに持ってくるものが出てきたので、もう一度家に戻り、イベント中の総合福祉会館に立ち寄ることにした。ちょうどお昼休みで学生たちの活動をゆっくり見ている時間はなかったが、2年生も全員揃っていて、UST配信も順調に行われていることを確認することができた。この段階で学生たちも状況を知っているので、「今日生まれるんですか!」という質問をされたが、陣痛も全く来ていない状態なので、「たぶん今日はまだ生まれない。明日だねえ」と話していた。

世界網膜の日全国大会 #niigata #keiwa

13時過ぎに病院に戻ると、軽い陣痛が始まっていた。軽いといってもどの程度かは自分には分からないのだが、会話する余裕はあった。食事は一部吐いてしまったそう。ただこの段階でも助産師さんは「まだまだでしょう。」と。妻が言うには、これからの痛さはいまの何十倍かだと言われたと。えー、そんなにか、耐えられるかなあ。まだこれからときいて、お腹がすいてきた。長期戦に備えて、病院の近くの中華料理でひとり昼食。

14時半ぐらいか(店を出るときには、表の看板が「準備中」に変わっていた)、食事が終わって病院に戻ると、どうも様子がおかしい。本格的な陣痛が始まっている気配がする。「誰かが上に乗っかっているような痛み」といいながら悶絶し、さっきは長期戦の見通しを立てていた助産師さんも、頻繁に様子を見に来るようになった。会話していられるような状態ではない。痛みがおさまったら、分娩室で診察しましょうということで、悶絶しながら移動。自分は陣痛室で待機。分娩室からは定期的にうめき声が聞こえる。「あれ、このままこっちには戻って来ないで、生まれてしまうの?」と思った。結局30-40分ぐらい「診察」は終わらず、その後助産師さんが自分のところへ。「旦那さん、どうも生まれそうです」と。両親など家族に連絡だけしておく。

着替えて、手を消毒し、分娩室に入る。1時間半、何もできず、ただ妻の横にいて、「ひっひっふー」に参加するだけだったが、あっという間だった。助産師さんのすばらしいリードがあったのだろう。

妻は涙を流して苦しみながらも分娩室での会話に参加。助産師さんが「歳のせいで頭のなかに汗をかくようになった」というと、「え、ほんとですか!私もです。」といい、途中で「あー、(さわ山の)おはぎ食べたかった」と言い出して笑いを誘っていた。こうやって途中で普通の会話をする妊婦はめずらしいのか、「一戸さんは面白い人ですね」とほめられていた(たぶんそうやってリラックスさせているのだろうけど)。

最初分娩室に自分が入った時の陣痛ピークは一旦おさまったが(おさまってなければおそらくすぐに生まれていたのだろう)、断続的に陣痛は続いた(なので、下がった時に会話に参加していたのだと思う)。「あれ、おさまっちゃったね」と助産師さんに言われ、妻は「こうやって腰をゆらすと(陣痛が)来るみたいですね」とコツを発見、自力で陣痛を誘発していた。何度かトライした後、最後は力を入れないようにいわれ、その後すーっと産道をすり抜けた。おそらくあれも助産師さんのテクニックなのだろう。16時33分、女の子が外に出てきた。
おかげで妻の体のダメージも最小限に食い止められた。「次は気をつけないと、あっという間に出てきちゃいますね」と言われるほど。赤ちゃんはほどなくして、ちゃんと泣きだすようになった。ひとまず安心した。

Hello World! My Daughter

妻は妊娠がわかってから、いろんな生活上の制約に耐えて、ここまでがんばってくれた。妊娠初期の2月に道後温泉に一緒に行った段階で、(妊婦にはよくないという)まぐろには手を出さず、温泉にも入らず、もちろんお酒も飲まず、ストイックな生活を続けた。飛行機にのるのもどうしようか迷い、結局道後には行くことにしたが、かなり行動は慎重にしていた。しかし結果的には、つわりもほとんどなく、途中で大きく体調を崩すこともなく、直前までFacebookに発言するほどに元気だったように思う。

もちろんこれからがまた大変なのだけど、ひとまず無事、元気な子を生んでくれたことに感謝。かつ彼女の人間としてのパワーに、女性としてのパワーに、正直あらためて感服した。

出産後、病院から帰る前にあらためて、しみじみと、「うん、良かったね」と二人で再度確認。彼女の安堵する表情に、長きにわたって背負ってきたプレッシャーの重さを感じた。

泣いたり泣き止んだりライフ始めました

「基本的にみんな同じ顔」といわれる一戸家。家族写真を見せるとそう言われることが多い。最近は妻と私も似ていると言われるようになった。後天的にも似てくる要素が何かあるのかもしれない。女の子は父親に似るという。と考えると、父親の要素をある程度引き継いでしまうのだろう。

職業柄、学生を含めて、人に会うことは多い。こうして娘が生まれてみると、女性の「輝き」についても、これまで会った人たちの様子から、思うところはいろいろある。「天は二物を与えた」かのような才色兼備の女性にもお会いすることはあるが、むしろ多くの魅力的な女性は、「知」が「美」を補完したり、「美」が「知」を補完していたりしている。もちろん、他人には見えないところで、努力していることもあるはず。どちらかというと、こうした二物を与えられていないのに輝いている人たちをロールモデルとして、希望を持って進んでいってほしいなあと思う。まずはベースとなる家庭環境の安定が大事になるはずなので、これまで以上に自分自身の精神の安定と充実した家族との時間を持つことができるよう、努力していこう。

Facebook is like Dance Floors

「私たちをつなぐもの」 = Facebook:登録ユーザ10億人突破記念ビデオ

Facebookの登録ユーザ数がついに10億人を突破した。これを記念して、「The Things That Connect Us(私たちをつなぐもの)」というビデオが公開されている。椅子から始まって、その他諸々、人々をつなげるツールが登場する。もちろんつまり、Facebookは「人々をつなげるもの」だという意味だ。

Facebook is like Dance Floors

10億人突破を記念して、Mark Zuckerbergもメッセージを発表している。

This morning, there…

This morning, there are more than one billion people using Facebook actively each month.

If you’re reading this: thank you for giving me and my little team the honor of serving you.

Helping a billion people connect is amazing, humbling and by far the thing I am most proud of in my life.

I am committed to working every day to make Facebook better for you, and hopefully together one day we will be able to connect the rest of the world too.

実名の壁に阻まれると見られていた日本でも、Facebookはすっかり定着し、人々をつなげるツールとなった。もちろん「つながりたくないのに見つかってしまう(つながってしまう)」という、ややこしい問題はあるわけだが。

地方で暮らしながらさまざまな人々とつながっていきていけるかどうか、ネットの可能性を信じて、10年以上を地方で暮らしてきた自分には、メリットのほうが大きい。もちろん、そう思わない人もいるだろう。ただ人々が会い、名刺を交換し、会話し、付き合いを深めて、信頼しあうというプロセスの中で、Facebookの占める役割はどんどん大きくなってきている。

これがいやだという人もいるだろう。面と向かって話すほうが大事で、ネットに頼るなんてもってのほか、と、極端な意見を述べる人もいるだろう。しかし、人間社会のネットワーキングを支えるSNSが、今後もFacebookなのかどうかはわからないが、Facebookがもたらした強力なネットワーキングの効果は明白だ。今後、「ネットワーキングを回避したい」という意向をどう実現するか、調整局面はあるとは思うが、もはや仕組みそれ自体をリセットすることは、不可能なところまで来ているように、自分には思える。

The way out? (from Hell)

Wassrが10月1日でサービス終了

Twitterクローンと呼ばれる「ミニブログ」サービスがまたひとつ終了する。国産のサービス「Wassr」が10月1日でサービスを終了すると発表していた。

The way out? (from Hell)

By Giampaolo Macorig

サービス終了のお知らせ – Wassr [お気軽メッセージングハブ・ワッサー]

ミニブログ「Wassr」がサービス終了へ – ITmedia ニュース

実はこの発表は8月1日に行われていたのだが、自分自身はさっき気がついた。それだけ存在感が薄くなっていたということだろう。WassrはTwitterライクなサービスの一つで、Second Lifeにも同時投稿可というのがウリだったが、個人的にはその機能は全く使っておらず、正直アカウントを取っただけ。ブラウザ拡張のTaberarelooで同時投稿する際には対象に入れているので、ブックマークなどは同時投稿していたけれども、友達が増える(増やす)わけでもなく、反応を見に行くでもなく、正直放置してきた。

Twitterが不安定だった頃には、「退避先」として利用されていた時期もあるのだが、それもほとんどなくなり、歴史的役割を終えたということだろう。

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敬和学園大学初の映像制作に関する授業「現代メディア論1」開講

8/6からの集中講義期間に、敬和学園大学初の映像制作に関する授業「現代メディア論1」が開講された。

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この授業は、情報メディアプログラムのスタートにあわせて復活、映像制作を主として行う授業としてリニューアルスタートとなった。授業の担当は名古屋短期大学の高谷邦彦先生。一戸の前任校、稚内北星学園大学で、学生たちが作るNPO法人映像コミュニティムーブユーのスタートに関わった、「市民メディア」の専門家。稚内とはまた異なる、新発田という新しい環境で、映像を使った地域の発見と発信を、学生と行おうという考えに共鳴し、名古屋から出張してきての集中講義を引き受けて下さった。

敬和生の皆さんへ新規開講科目紹介1:映像作品を作ろう「現代メディア論」 | ICHINOHE Blog

当初は新発田をテーマにした映像制作を考えたが、今回は受講生も少なく、高谷先生自身が初めて新発田に来たということもあり、大学をテーマにした映像を制作することにした。3チームにわかれて、3つの作品ができあがった。

現代メディア論、絶賛編集中その3 #keiwa

講義は6日−9日の間に開催され、最終日に上映会を実施した。夏休みで、集中講義に参加している学生以外はあまり学内にいなかったのだが、それでも多くの教職員や学生が上映会に来てくれて、受講生たちの制作した作品を見てくれた。作品は学生たちの個性が溢れており、普段文字で書かれているレポートよりも、数倍の説得力があったように思う。撮影時に何をカメラに納めておくか、編集時にどこを注意すべきか、一つ一つのポイントは、横で聞いている自分にもとても勉強になった。映像制作という作業を通じて、学生たちのメディアリテラシーが高まっていくというのも、手に取るようにわかった。この授業を企画して、あらためて良かったと思う。

上映作品は近く、Youtubeで公開される。2月にも「現代メディア論2」が開講される。多くの学生の皆さんの参加を期待したい。

新潟で集中講義 – Life3.0 ~ 短大教員の雑想

講義期間中に、新潟大学の新潟デジタルメディア研究会が行われたので、高谷先生とお邪魔した。高谷先生の共著『市民メディア論』『市民メディア活動―現場からの報告』を読んでいる人がいて、ちょうど話と縁がつながった。これからも新潟で映像を軸にした学生交流などもすすめて行けたらと思う。

※共著書名は、『市民メディア論』ではなく、『市民メディア活動』のほうであった。お詫びして訂正します。

道光高原そばいたや

魚沼市泉沢の「道光高原そばいたや」。11時の開店にあわせて店についたが、すでに数組待っている人たちがいた。開店から十数分で満員に。

Soba Itaya - from Instagram

Itaya Soba - from Instagram

道光高原そば いたやそば|新潟県 魚沼・広神

いたや – 越後堀之内/そば [食べログ]

TEL 025-799-3101
住所 新潟県魚沼市泉沢140
営業時間 11時~14時30分
定休日 月曜日

魚沼ツーリング 2 道光高原そば いたや: chandra's Life

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With @ttachi

ブロガー @ttachi こと立花さんと15年ぶりに再会

With @ttachi

With @ttachi, a photo by shinyai on Flickr.

「必ず結果が出るブログ運営テクニック100 プロ・ブロガーが教える“俺メディア”の極意」出版記念オフ会で、「15年ぶりぐらいでお会いできた方」というのが、 @ttachi こと、立花岳志さん。

以前立花さんが、Web日記「思うこと」を本名で書いていらした90年代後半、歌舞伎町の韓国料理「まつや」で開催したオフ会に来てくれて、たった一度だけお会いした。

当時の歌舞伎町コリアタウンは、今とは違って、日本人には近寄りがたい雰囲気の街だった。そこであえて、色んなネット界の人をごちゃまぜにして集まる企画をやってみたところ、実際にも見事なカオスだったのを、なんとなく覚えている。

その後再会する機会がないまま、自分が稚内に引っ越してしまったが、「思うこと」という立花さんのブログは、ときどき読んでいた。

かつてはもっと内省的な内容だった(気がする)立花さんの日記。昨今「No Second Life」という、前向きな、iPhoneやLifehackなどのトピックが並ぶブログに変わり、ご本人も独立して活躍されている。

No Second Life

こうした活躍をずっと見ていたので、1度しか会ったことがないにも関わらず、長く深い付き合いの人に再会したような、不思議な気分であった。

【稚内】待合室の、片隅で。:市民がつくるTVF(東京ビデオフェスティバル)2012「筑紫哲也賞」

ちょっと前の情報になるがご紹介。
NPO法人ムーブユーが制作した、映像作品「待合室の、片隅で。」が、市民がつくるTVF(東京ビデオフェスティバル)2012で、「筑紫哲也賞」を受賞した。ムーブユーは、前任校稚内北星学園大学の、映像制作の授業からスタートしたNPO法人(一戸も発足以来監事をつとめている)。地元紙で紹介されるなど、地元ではちょっとした話題になっているようだ。

この作品は、稚内駅の建て替えにより閉店することになった立ち食いそば「宗谷」が題材。最北の駅のそばやさんで働く3人の女性とそこを訪れる人々とのふれあいを描いている。大手メディアがなかなか拾ってくれない、最北の街の日常を、ドキュメンタリーとして仕上げる活動は、ムーブユーの存在意義の中核部分であり、この部分での活動がきちんと評価され続けているというのは、大変素晴らしい。

なおこの作品は、「地方の時代」映像祭でも入選している。
ムーブログ: 【受賞】市民がつくるTVF(東京ビデオフェスティバル)2012「筑紫哲也賞」受賞!

ムーブログ: 【受賞】地方の時代映像祭2011入選しました。

筑紫哲也賞! – Life3.0 ~ 短大教員の雑想

「死ぬ前に語られる後悔」トップ5

仮に「後悔する時間」が与えられていれば、だが、緩和病棟で死を前にした人々が後悔すること、トップ5が紹介されている。

ナースが聞いた「死ぬ前に語られる後悔」トップ5 – Pouch[ポーチ]

人生最後の時を過ごす患者たちの緩和ケアに数年携わった、オーストラリアの Bronnie Ware さん。彼女によると、死の間際に人間はしっかり人生を振り返るのだそうです。また、患者たちが語る後悔には同じものがとても多いということですが、特に死を間近に控えた人々が口にした後悔の中で多かったものトップ5は以下のようになるそうです。

 

1. 「自分自身に忠実に生きれば良かった」
2. 「あんなに一生懸命働かなくても良かった」

3. 「もっと自分の気持ちを表す勇気を持てば良かった」

4. 「友人関係を続けていれば良かった」
5. 「自分をもっと幸せにしてあげればよかった」

自分の性格を冷静に見ると、1や3は思い当たるところがある。もっと思った通りに生きるべきか。4についても思い当たるけれども、これは死ぬ前に思うことではなく、すでに思っていることかもしれない。

これはオーストラリアの病棟での話だが、日本でも同じ兆候が見られるのだろうか。

死ぬ前に後悔する時間が与えられるかどうかわからないけれど、もし過去を振り返る時間が与えられるとするならば、楽しかった時間のことだけを思い出せるよう、日ごろから後悔のない日々を送ることが必要、ということか。「アリ」であれ、「キリギリス」であれ、死ぬ前にはもう片方の生き方をしてみたかった、と思うような気もするけれど。

Instagr

盛り上がるトイカメラアプリinstagr.am

思った以上にハマる人続出の、iPhone用写真アプリ、instagr.am。各種のブログですでに紹介されているけれども、本ブログ読者向けにも一応ご紹介。
instagr.am
Instagr

今月半ばあたりから日本でもブームがきて、各種有名ブログで紹介されたところで、一気にブレークした感じだ。
iPhoneで写真を撮り、トイカメラ風に加工し、共有する。他のユーザの写真にコメントしたり、likeボタンを押す。それだけだ。このように説明すれば、どこにも新しい要素はない。トイカメラ風の加工を施すアプリはたくさんあるし、写真の共有は、FlickrやFacebook、あるいはTumblrなどで提供されている機能と同じだろう。
あえて違いを述べるならば、すべてをオールインワンで、しかもシンプルに提供しているということか。instagr.amでの写真共有に参加するには、iPhoneが必要だ。写真をアップできるのもiPhoneのみ。instagr.am以外(FlickrやFacebook)にも写真をアップできるし、Twitterにリンクを流すこともできるが、PCでinstagr.am上の写真を開いても、見ることしかできない(Flickrにアップされたものはまた別だ)。Likeをつけたり、コメントをつけるには、iPhoneのアプリが必要だ。iPhoneアプリはプッシュにも対応していて、Likeがついたり、誰かにフォローされると、プッシュでお知らせが届く。
僕自身は流行りかけで使い始めたので、最初の感じがわからないのだけれども、少なくとも僕が使い始めてからは、ものすごい勢いでユーザが増えた。Techcrunchは、開始から1週間で10万ユーザに達したと報じている。
iPhone専用写真共有サービスのInstagram、わずか1週間で10万人のユーザーを獲得
実はinstagr.amには、TwitterやFacebookの友達、フォロワーを検索機能がついていて、アーリーアダプタたちは最初の段階で一気にinstagr.amでも友達になった。これもまた、一気に利用者を増やすきっかけになっている。
FlickrのExploreに載るような、高級一眼レフで撮ったすごい写真は、instagr.amにはない。しかし、一般の人がiPhoneで撮った写真も簡単にそれらしく加工でき、しかもそのまま同じようなクオリティの写真が集まるサイトで、共有される。これはおそらく、Flickrのプロ級の力作と、それとはけた違いに量の多い、Facebook上のブレた写真たち、そのちょうど中間の質と量を実現した、ニッチなサービスなのだろう。このようなプラットフォームを短期間に作り上げるための仕掛けが、非常によくできているように思う。
僕のアップした写真たち(正確にはFlickrに同時にアップしたデータ。自動的にinstagramのタグがつけられる)。
Flickr:tagged with instagramapp
Suibara Festival

Daifuku, Sawayama

Kathmandu

Furumachi

Spices

Kathmandu

今のところ僕は蔵出しをやっていて、一眼で撮ったものを加工してアップしているので、iPhone単独でという形になっていないけれども、なんとなくわかってもらえただろうか。
次に流行るサービスの本命はやはり『Instagram』じゃないかな・・・ – IDEA*IDEA ~ 百式管理人のライフハックブログ
手軽で美しい写真共有アプリ Instagram が面白い理由 | Lifehacking.jp
急成長する写真共有アプリ「Instagram」の舞台裏  | 世界を変えるスタートアップ | 現代ビジネス [講談社]

Evernote と Google の「同時検索」機能:過去と現在の串刺し検索

Google Chromeのエクステンション(拡張機能)で、Evernoteの検索結果をGoogle検索と同時に表示できるようになった。

はてぶやdeliciousにブックマークする際に僕は、Evernoteにも同時にブックマークをためこんでいくようにしている。実際のところ、Evernoteにためこむことで何かしようというもくろみはなくて、ほとんどはdeliciousなどを掘り返すことで用が足りている(したがって、一か月の容量ギリギリの状態にあるけれど、無料からプレミアムへの移行は行っていない)。

というわけで、今回の拡張機能で、GoogleでEvernoteを検索できるといっても、さほど注目はしていなかったのだが、以下のLifehacking.jpの記事を読んで、合点がいった。

リンク: Evernote と Google の「同時検索」機能。その意味とは?.

Google の検索がいかに個性化されたところで、本質的にそれは「自分がまだ触れていない情報」へのアクセスを促しています。

それに対して Evernote は「過去に自分が触れた情報」「自分が Evernote にいれるくらいには興味をもっていた情報」という側面を探し出してくれます。

このことは、過去にすでに Evernote に入れたのを忘れていた情報を取り出すのに便利なだけでなく、過去の経験を「現在知りたいこと」の検索ワードで串刺しにするという意味ももっています。

過去に自分が接した情報といっても、ウェブのブックマークに限らない。たとえば、紙でもらったパンフレットのデータや名刺をスキャンしたもの(Evernoteはプレミアムにすると日本語OCR機能がある)を、Googleと同時に検索できるなら、現在と過去のネット情報にとどまらず、過去に手に入れて紙の情報や口コミ情報(のメモ)なども一気に検索できることになる。いわば自分の外部記憶と、ウェブ上の未知の情報をつなぎあわせるわけだ。

というわけでこの拡張機能で、ただためっぱなしだった、僕のEvernoteのデータを、役立つ外部記憶として、しばらく利用してみようと思う。