タグ別アーカイブ: Japan

Java Contest in Nepal

リンク: カサレアルと稚内北星学園大学が『ネパール国初のJavaコンテストを開催』 – CNET Japan.

プレスリリースが出たようだ。
人はいる。知識もある。英語も数学もできる。賃金は安い。
創造性は。。。未知数かもしれない。

一番大事なことは、インドに対するコンプレックスを乗り越えて、ネパールの技術者が自立した社会をリードしていこうという意識を持つことが大事だと思う。

関係者の皆さん、がんばってください。

「ユーチューブは本当にWeb 2.0か」–「Web 2.0の倫理」をめぐって盛り上がる議論(その1) – CNET Japan

リンク: 「ユーチューブは本当にWeb 2.0か」–「Web 2.0の倫理」をめぐって盛り上がる議論(その1) – CNET Japan.

非常に興味深い。このところFlickrを使ってみて、その自由で開放的な環境が気に入ってたところ。その意味では、ユーチューブが自由にダウンロードさせないところや、ミクシーの中でできることをリストアップしてみると、あれ?WEB2.0って、こういうことだったっけ?という気になってくる。

そこで定義論争をして見たり、Buzz wordだと断言しても意味はない。そうではなく、この局面で私たちはいかなる価値を大事にしなければならないのかということということが、本質的な問題なのだろう。

卒業生凱旋講演

ネパールから無事帰国。
公式レポートを書いたので、こちらに非公式レポートの残りを。
27日:朝目覚めると、2人のGタムが隣のエクストラベッド(シングル)を分け合って寝ていて、ちょっとびっくり。ネパール人にとっては普通の光景だそうだ。
インターネットカフェ(といってもPC2台しかなかった)で、配布資料の印刷。その後学長とともにタメールのタイ料理「インヤン」で昼食。普通に辛くしてくれっていったのに、日本のタイ料理店よりも甘いソムタムが出てきてがっかり。帰り道、後日訪問するMICに行っていたGタムが、MIC訪問中の哲学の先生を連れてきていたので合流。彼はノマド哲学者なのだそうで、中国語で本を出していた。奥さんは北京での元教え子。恐らく一回り以上年下だろう。この先生は、セメスターごとに中国やネパールを渡り歩いているようだ。たくましい。
一部印刷忘れなどもあって焦ったが、なんとかプレゼン会場のハイアットへ。この会合はComputer Association of Nepal(ネパールコンピュータ協会、CAN)のミーティングで、今回は「Wakkanai University」との共催ということになっていた。文部次官など政府関係者も集まり、かなりものものしい雰囲気。学長はゲスト代表ということで、政府関係者や司会と並んで、会場前方の「来賓席」へ。Gタムの緊張感が高まる。
WAKHOKの発表は三番目。まず学長から短いスピーチ。関係者への感謝と、大学の紹介、訪問の目的を述べた上で、詳細をWAKHOK初のネパール人留学生Gタムに譲ると締めくくった。その間、プロジェクタの接続がうまくいかず、一戸は壇上でドタバタ。結局CANのPCを借りてのプレゼンになった。
Gタムのプレゼンは、WAKHOKのIT教育の特徴とそこで行った自分の研究をメインにして、最後に協力内容について提案するもの。資料を英語で作成した上で、「みんなネパール人だし、ネパール語でいいでしょ」といってネパール語で発表した。学部卒業生の発表が、こうしたミーティングでどれだけ評価されるのか、彼自身もかなり不安げであったが、実際にはかなりウケた。「この研究で学長賞を受賞した」という部分については、大きな拍手が会場で沸きあがった。質問も多数(でもネパール語)。
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レセプションでは、名刺交換の嵐。学長、僕、ゴータム、3人がそれぞれに、多数の関係者に取り囲まれた。Japan Moneyに対する期待もあるのだろう(Moneyの面で僕らに期待されても困るのだが)。だが、それとは別に、多くのCollegeから、今までアメリカ留学をメインにしてのだけど、ぜひ日本にもチャネルを広げたいという趣旨の発言があった。それだけ門戸が閉ざされているということだと思う。
「世界の中の日本」という章が、子供のころ社会の教科書にあった。「国際社会の中で席にある役割を」とか「アジアのリーダーとして」とか、耳障りのいい言葉を聞くことも多い。しかしそんな美辞麗句通りに、事は進んでいない。実際には、ビザ取得には高いハードルが課されていて、相当に高い日本語能力、べらぼうに高い預金残高が求められる。結局日本は、日本語で暮らせるごくごく少数の裕福な外国人しか、助けるつもりがないのだ。それは言い方をかえると、日本人の生活空間に日本語以外の言語が多数のさばることを望まないということであり、単純労働の市場を外国人が荒らすことを望まないということであり、貧しい人たちが入ってきて治安を乱すことを望まないということでもあるだろう。そういう痛みを分かち合う「リーダー」になりたくはないということだ。えばってにこにこしていたいのだ。
レセプション終了後、ホテルへ。Gタムはこの日も、親戚の家に向かった。ホテルに戻った後、一人でタメルを散歩。すでに街は暗くなっていて、首都カトマンズは、弘前か稚内かというほど。ぐるっとまわってきてホテルに戻ると、敷地内のカジノだけにこうこうとネオンが輝いていて、中を覗くとギャンブラーたちの血の気が、フロアに充満していた。
(つづく)

Japan Day 2 – SOA Seminar in Japanese!

Japan Day 2 – SOA Seminar in Japanese!
丸山学長が登壇したSOAセミナーについて、別の登壇者であったDave Chappellさんがコメントしている。でも日本語ばっかりで中身はよくわからなかったようで、日本人の名刺交換とか、日本の同時通訳の話が中心。
たとえ有意義な話しでも、日本人だけでしか共有できなければ、やっぱり広がりに限界があるのだ。でも日本語だけで暮らしているとそういう限界も認識できなくなってしまう。
英語で論文書いて、英語で教えて、っていう覚悟だなあ。「日本語でいい」っていうのは、甘えだと考えよう。
もちろん、Yaleでも、Malaysiaでも、英語ばっかりの空間で、僕は逆に同じようなことを感じたんだけど。日本人だから日本語でいいじゃないかっていうのは、やはり現実を無視した開き直りじゃないかと思う。

グーグル検索おそるべし–ウェブでの小論文公開が名誉毀損裁判に – CNET Japan

グーグル検索おそるべし–ウェブでの小論文公開が名誉毀損裁判に – CNET Japan
Matimulogからたどった。
僕が担当している4年生の一人が、キュッシュの著作権問題について卒論を書いている。
キャッシュのような「一時的蓄積」については、一部の態様について複製権の対象とするべきだという点で国際的に一致を見ているが、「一時的蓄積」が「複製」に含まれると解した上で権利制限を設けることでバランスをとろうとするアプローチと、「一時的蓄積」の中にも「複製」に含まれるものと含まれないものもあるとするアプローチがある、というところまではたどりついた。さて、ここから先どんな結論が出てくるか、楽しみだ。
立ち戻ってこの記事。
Googleのキュッシュは、もはや「一時的」蓄積というようなものではない。
この記事でははっきりしないが、論文を削除した後も検索すれば「出てきて」しまう状態だったという。Googleのキュッシュなのか、話題になったのですでにあちこちに情報として転載されてしまったのか。
もちろん、最初に掲載した者の名誉毀損の成否が、このGoogleキャッシュの存在によって成立する方に傾いたと単純にいうことはできないし、公開した者が一次的責任を負うべきかどうかという問題の設定自体に変わりはない。
しかし、「取り返しのつかない」事態が発生するかもしれないキャッシュの問題について、著作権法の解釈としては、「複製」に当たる場合もあるしあたらない場合もあるという程度の整理で、問題ないのだろうか。もう少し類型的な整理をして、予見可能性を高めるべきではないのか。制定法がどこまで新しい技術に対応して「親切な」制度を設計するべきなのかについても、考えさせられること大である。
ついでに。
前に白田先生のWEBで知ったもの。
Wayback Machine
数年前のWEBページの内容が保存してあります。
これもまた「ありがたい」サービスではあるのだけれども、90年代に軽い気持ちで公開してしまった過去の過ちが、容易に出てきてしまうわけだ。
この便益を社会が享受するためには、人々がそれなりの知識、見識、覚悟を持って、ネット社会で活動するようにならなければならないということだろう。しかし、「学生時代に法学を専攻し」、「名誉毀損を教えている」人も、この「ついうっかり」をやってしまったというわけだ。