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名鉄のホームで流れる曲が、中国の高速鉄道で流れる曲と同じだった

先週名古屋への出張があって、名鉄に乗る機会があったのだが、ホームで電車を待っていたところ、聞き覚えのあるメロディが流れた。この動画15秒ぐらいのところで流れるもの。

「なんだっけ?」と脳内の記憶をたどったところ、中国の高速鉄道で流れるものであった。どちらが先に使い始めたのかはわからないが、ほぼ同じといってよい。下の動画の39秒あたりで流れる。

こちらは未確認だが、東武鉄道でも同じメロディが流れるようだ。

旧グマス駅

マレー鉄道が交わるGemas / グマス駅をたずねた

マレーシア南部、マラッカから数十キロの内陸部に、グマスという街がある。マラッカに来て車にのるようになり、初めて東海岸まで車で行った際、道中にやたらと出てきたGemas(最初は「ゲマス」と読んでいた)という表示が気になった。あとで調べてみたら、第二次世界大戦で、日本とオーストラリアが激戦を繰り広げた場所であった。

ハリラヤ休暇の今、混雑を避けて、あまり人が集まっていないだろう(?)、グマスを訪ねてみた。

グマスはヌグリ・スンビラン州に属する小さな町で、人口は3万人弱。駅前の様子を見る限りは、これといった特徴はないのだが、東海岸と西海岸をそれぞれ縦断するマレー鉄道が合流して、ジョホールバルへ連なっていく「交通の要衝」といってよい場所だ。東海岸から来た人たちが、ここで一泊ということもあるのだろう(今でもあるのか?)、駅前には歴史を感じさせるホテルがあった。

グマス駅前旅館

マラッカは鉄道の路線から外れているので、特にそう感じるのかもしれないが、マレーシアは鉄道よりも車の利用率が高い。かつて多くの乗客を運んでいたマレー鉄道は、都市間の移動手段としての存在感は、あまり高いようには見えない。日本の小さな町でも、「駅前旅館」がどんどん消えていっているように、グマスの駅前ホテルもまた、歴史的な役割を終えようとしているように見えた。

グマス駅を訪ねてみると、人影がほとんどなく、薄汚れている。

旧グマス駅

ハリラヤ休暇だからか、売店もあいていない。マレー鉄道もあまり本数は多くないようなので、こんなもんかなあ、でもチケットカウンターに人もいない。ホームにはゴミが落ちている。

旧グマス駅

旧グマス駅

旧グマス駅

思いながらカメラを持って中に入って行くと、なんと線路がなくなっている。日本最北端で、線路が終わっている、稚内駅のようだ。なぜ?東西の路線が一度ホームに入り、後ろ向きに出ていって、ジョホールバルに向かうのか?

旧グマス駅

と思ってよく見たところ、向こう側に線路と新しい建物が。

実は駅舎と線路が新しいものに切り替わっていた。新しい駅舎は、特に特徴はない新しい建物。あとで、マラッカに一番近い駅タンピン駅(Pulau Sebang駅)にも行ってみたら、全く同じ構造の駅舎であった。

グマス駅

グマス駅

このグマスをめぐり、シンガポールを目指して南下する日本軍と、これを食い止めようとするオーストラリア軍が、激戦を繰り広げた。

実は日本語では、検索した程度では、あまり詳しい情報は出てこない。日本が快進撃を続けた「マレー侵攻作戦」の文脈で、グマスのことがちょっと出てくることもあるが、その程度だ。マレー侵攻は、日本海軍が英国海軍を破って制海権を握り、ジョホールバルからシンガポールを陥落させて、最終的に英国を降伏させるというあたりが(日本人にとっての)クライマックス。途中で苦戦したグマスの話は、ウェブではあまり情報が出てこない、端折られた情報なのだろう。しかし英語版のウィキペディアには、グマスの項目のところに、日本とオーストラリアの戦いについて書かれているし、Battle of Gemasという項目もある。調べてみると、この戦いをめぐる戦跡に、記念碑(慰霊碑?)が建っているという。

Gemas – Wikipedia, the free encyclopedia

Battle of Gemas – Wikipedia, the free encyclopedia

グマス駅前で検索してみると、グマスの戦いの跡は、グマスから11キロ離れたSungai Kelamahというところにあり、ナビアプリでは戦跡は出てこなかったが、この集落のモスクが出てきた。マラッカからグマス駅に向かう途中で、通り過ぎてきたらしい。戻って探してみることにした。

(長くなったので、戦跡訪問は別項目で)。

あいかわらず「利用者不在」の新幹線駅名:「奥津軽いまべつ」「新函館北斗」

北海道新幹線の北海道北斗市までの駅名が決定しました。新青森からの先は「奥津軽いまべつ」「木古内」「新函館北斗」になります。

JR北海道は11日、北海道北斗市で建設が進む北海道新幹線の新駅名を「新函館北斗」、青森県今別町の新駅名を「奥津軽いまべつ」にすると発表した。札幌市の本社で記者会見した島田修社長は「多くの人に愛され、使ってもらえる駅になってほしい」と述べた。

 新函館北斗は「新函館」との仮称だったため北斗市側が反発。函館市との協議もまとまらず、両市はJR北海道に一任していた。禍根を残すことを恐れた同社は道に意見を求め、道は新函館の仮称がなじんでいるとする一方、立地する北斗市への配慮も求めていた。

 島田氏は「新函館北斗なら新幹線が函館行きであり、駅が北斗市にあることも分かる」と命名理由を説明した。

北海道新幹線新駅名は新函館北斗、奥津軽いまべつ  :日本経済新聞

北海道側の、駅の所在地である北斗市に配慮しつつも、おそらくメインの訪問地となる函館市の玄関口としての機能を重視して「新函館北斗」という名前になったということでしょう。たしかに北斗市のイメージはあまりないので、駅名に入ることにより、北斗とはどんなところなのか、想起してもらえる効果はあるように思います。

青森側の最北の駅「奥津軽いまべつ」の決定の経緯もまた、なかなかややこしいです。現在の駅が「津軽今別」で、新駅は「奥津軽」という駅名が当初予定されていましたが、今別町の提案に沿う形で「奥津軽いまべつ」に落ち着いたということです。

函館の集客力を前にすれば、現在の終着駅である青森ですら存在がかすみ、「通過駅」の存在になってしまう懸念があります。実際新青森開業の際にも、「函館まで延伸する前に、『通過駅』にならないよう自力をつけなければ」という話がでていたように記憶しています。はたして「自力」はついたといえるのか。青森出身者としては、実は正直、この点も心もとないです。

「北斗」は「函館」にくっついて名前が表示されることにより、存在を認知される可能性があるでしょう。北斗市については、ずーしーほっきーのイメージはありますが、そのほかは特に強く記憶に残っているものはありません。しかし駅の利用者はそれなりに見込まれるわけですから、これでも十分な宣伝効果があるのではないかと思います。

かたや「今別」はどうか。これは非常に苦しいところです。青森県今別町は、日本創成会議が先日発表した、全国市区町村別「20~39歳女性」の将来推計人口によると、2050年の「20~39歳女性」は、2010年の数との比較で-88.2%となる町です。人口も1200人台まで落ち込むと予想されています。あくまで予想といえば予想ですが、今別はつまり、圧倒的な「過疎」の町です。この今別を救済するいわば「起爆剤」として、「奥津軽」に「いまべつ」をくっつけるという案が提案され、採用されたということになります。地元が要望する気持ちは痛いほどわかりますが、この名前だけで、駅の乗降客が増えるとは考えにくいです。

ところでこれらの決定の経緯に、一般の利用者の利益はどれぐらい考慮されているのでしょうか。一般の利用者は、(鉄道ファンでもなければ)現時点でこれらの駅にさほどの関心はないので、どうしても「地元」の声が強まります。しかし長い駅名は、利用者にとってのメリットは少ないです。

上越新幹線では、「燕三条駅」がその典型でしょう。隣接する燕市と三条市、どちらの駅名にするかなかなか決まらず、結局2つ合わせた駅名になったと聞いています。「燕」が先か「三条」が先かが争われ、「燕」が先になったけれども、駅長室は三条市になったというような話を聞いたことがありますが、正確なところはわかりません。つまりそれぐらい、駅名をめぐる争いは激しかった。しかし今はどうでしょうか。実は燕市、三条市というそれぞれの存在よりも、圧倒的に「燕三条」という地名が存在感を得ています。他県の方の中には、燕市と三条市ではなく、燕三条市として認識している人もいるのではないでしょうか?

「奥津軽」という切り口はこれまで認識されてこなかったもので、青森の中でも津軽半島の北部には、津軽海峡をのぞんだ雄大な自然があるのではないかという、印象を持たせてくれます。そこに「いまべつ」をつけるかどうかは、正直利用者にとってはどちらでもよかったのではないかと思います。今別町にとっては、短期的に町の知名度があがるという効果がありそうですが、それだけでは乗降客は増えないと思います。むしろ「奥津軽」としてのブランドをどう築いていって、新青森でもなく新函館北斗でもないこの駅を、どうやって利用してもらうかを考えることが大事ではないかと思います。

さもなくば、新函館北斗駅に向かう乗客に、「誰もいないのになんで止まるんだろうなあ。政治駅だよな。」といわれる存在になってしまうことでしょう。

(Yahoo!ニュース個人より転載)

検閲を避けて潜る中国のソーシャルメディア、炎上を恐れて退潮する日本のソーシャルメディア

中国版Twitterと呼ばれている微博(weibo、ウェイボー)が、 米ナスダック市場に上場しました。ロイターは、微博自身による米ナスダックへの「デビュー」とならんで、微博の著名ユーザであって懲役8カ月の刑で服役していたチャールズ・シュー氏が釈放されたという、もう一つの「デビュー」について報じています。

2つの出来事のタイミングは偶然の一致に過ぎないが、上海に拠点を置く微博にとっての根本的な試練を浮き彫りにした。すなわち、中国で驚異的なマイクロブログの伸びによって発展を遂げた微博が、国際的なソーシャルメディア企業の一員として定着できるかどうかだ。

焦点:米上場の「微博」、中国政府の検閲への対応が課題 (ロイター) – Yahoo!ニュース BUSINESS

FacebookもTwitterも、株式市場に上場して「表舞台」出てくる段階では、すでにユーザ数の伸びも「踊り場」に差し掛かっていたという印象ですが、今回の微博も中国での盛り上がりのピークは過ぎていたという見方があります。

過去1年間はネット上で影響力を持つ評論家の身柄拘束が相次ぎ、そのおかげで微博のユーザー数が減少した可能性があるとする調査結果も出ている。

英テレグラフ紙と上海の華東師範大学が1月に発表した調査によると、政府がコンテンツ投稿の際に実名の表示をユーザーに義務付けたことを受けて、微博の投稿数は2012年のピークに比べ70%も減少したという。

焦点:米上場の「微博」、中国政府の検閲への対応が課題 (ロイター) – Yahoo!ニュース BUSINESS

FacebookやTwitterは、中国からのアクセスが制限されていることはよく知られています。情報流通をコントロールしたい中国政府にとって、政権の安定をゆるがすような発言が、コントロール不可能な状態で流通することは、なんとしても避けなければならないということでしょう。一方、微博はTwitterに類するサービスでありながら、中国国内でのアクセスが認められ、成長してきました。微博は中国政府によるコントロールが及びやすい中国国内の事業者です。実際政府を批判する発言が削除されることもあります。チャールズ・シュー氏のように買春の罪で起訴されるようなケースでも、これまでの微博での発言がチェックされていたと見られているようです。

中国政府は、コントロールしやすいはずの国内事業者微博での投稿ですら、手を焼いているということでしょう。反政府的な発言、少数民族問題などにとどまらず、鉄道事故などでの政府対応への批判や公務員の汚職の告発などもあるようです。今回、ユーザの投稿数が激減した背景には、動画投稿に対する実名登録の義務付けなど政府による規制強化の影響があると見られています(とはいうものの、アクティブユーザはむしろ増加していると、微博側は発表しています)。

微博を去ったユーザはどこに行ったのか。受け皿になっているのはメッセージングサービスの微信(ウィチャット)です。私も先月の中国出張を契機に、出張先のカウンターパートとのやりとりに、このサービスを使ってみることにしました。微信は、日本のユーザに普及しているLINEの中国版というべきサービスで、世界的には、Facebookに買収されたWhatsAppをあわせて、世界を三分しているメッセージングサービスの一つです。「三分」とはいうものの、微信の場合には圧倒的に中国、LINEも日本での強さが際立っている状態です。メッセージングサービスですので、LINE同様に友人同士の閉じたコミュニケーションに使うのが一般的ですが、「モーメンツ」という、LINEでいう「タイムライン」のような機能があり、これがFacebookのタイムラインのような、近況を広く友達に伝えるためのツールになっています。

日本がLINE、中国が微信と、サービスこそ違いますが、全公開のソーシャルメディアから友達間の閉じたコミュニケーションに閉じ始めている点では、共通した傾向が見て取れます。欧米でもWhatsAppが普及してきていますので、ひょっとすると全世界的に、「ソーシャル疲れ」が出ているのかもしれません(日本の場合には、閉じているLINEが、閉じているがゆえにいじめの温床になったりもするわけですが)。オープンなソーシャルメディアの「退潮傾向」は、世界的な流れというべきなのかもしれません。

ただし中国の場合には、政府からの検閲をまぬがれて情報を交換しようという人々の欲求があり、そのために使われるサービスが微信に移りつつあるという側面があるでしょう。その証拠に中国政府は、本来プライベートであるはずの微信でのメッセージのやり取りまで、監視しているという報道も出ています。

WeChat(微信)を使うと、中国国外のユーザも当局の検閲下に – THE BRIDGE

日本の場合には、Twitterでのうっかり発言で炎上し「私刑」を受けるという現象があり、これもまた、メッセージングサービスに人々が移行している原因の一つではあるように思いますが、政府による「検閲」を恐れてメッセージングサービスに移行するという人は皆無でしょう。しかし、モラルに反することを書くのはけしからんといわれるのと、社会秩序を乱すことを書くのはけしからんといわれるのは、同一線上にあるようにも思います。「けしからん」というのが権力なのか社会全体なのかという点はもちろん大きな違いなのですが。「けしからん」と社会から糾弾される個人を、完膚なきまでに叩き潰そうとする「炎上」現象に対し、何らかのセーフティネットが用意できないという点では、日本もあまり褒められた現状にはありません。

また、日本のメッセージングサービスも、青少年保護の観点で、監視への圧力が高まっているように見えます。つまり青少年への犯罪行為につながるメッセージングサービスでのやりとりを、事業者側がきちんと監視する必要があるのではないかという議論です。実際、ソーシャルゲーム上でのやりとりについては、実質的なチェックが行われています。これもまた、中国と日本で、違う観点ながらパラレルに起きている現象です。青少年保護のために一定の仕組みが必要であるにしても、それが受忍できない個人の権利侵害につながっていかないよう、注意が必要です。

これから微博というサービスは、株式市場でもきちんと評価を受けるよう「オープン」で「自由」なプラットフォームであることを強調するでしょうし、株式市場もまたそれを厳しくチェックするでしょう。日本人としては、中国のサービスに対して向けられる厳しい視線を横目で見ながら、日本の言論空間の自由さをあらためて噛みしめるところもあるでしょう。とはいうものの、中国の現象を見ながら、日本もまた襟を正して、日本のネット言論空間を検証していくべきだとも感じます。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

青函連絡船の時代を知る一冊:金丸大作「写真集 青函連絡船」

実家の本棚から引っ張りだしてみたら、予想外に面白かった一冊。1984年出版なので、廃止される前に出版された本。実家にいた時代にもパラパラめくってみていたはずだが、あまり印象に残っていない。

写真は昭和30年代を中心に掲載されており、青森と函館を往来する人々の姿、船を運行に関わる船員その他の表情などをリアルに伝えている。個人的最も興味深かったのは、景福丸。「景福」といって思い出されるのは、ソウルの「景福宮」なので、韓国と何か関係が?と思ったら、その通り。関釜航路から、青函航路にうつってきた船だそうだ。空襲で、青函航路の船の多くが被害を受け、他の航路から船を確保したそうで、稚泊航路からも「宗谷」が応援に入ったという記述もあった。

景福丸は戦後引退し、函館港に係留され、日本で唯一の船上旅館としてしばらく営業していたという。景福丸が解体後も函館ハーバービューホテルの一角に、船上旅館を運営していた鉄道弘済会によるお土産店「景福」がしばらく残っていたそうだ。

 

「函館市史」通説編4 7編1章コラム14

景福丸 – Wikipedia

景福丸 – 函館鉄道写真館 – Yahoo!ブログ

1984年に出版されたものと同じ写真で再度2006年に出版されたのが、「青函連絡船の記録」だそうだ。

Now

全国の電車の運行情報をGoogleマップに表示する「鉄道Now」

電車の運行予定にもとづいて、地図上を電車が動いていくサービス「鉄道Now」がリリースされ、話題になっている。今のところ、動作はやや重い。

鉄道Now

電車が線路のどこを走っているのかを地図上にリアルタイム表示する「鉄道Now」を使ってみた – GIGAZINE

実際の運行状況を表すものではなく、時刻表の情報に基づいて動いているようだ。

東京都内。たくさんの電車が動いている。
Now

それぞれの電車の行き先などを表示させることができる。
Now

札幌。そんなに多くはないが、まあまあ動いている。
Now

新潟駅周辺。もうちょっと走っていると思ったが、時間帯の問題か。
Now

青森駅周辺。こちらも静かだ。
Now

現在の運行状況だけでなく、時間帯を変えて、それぞれの時間帯の運行状況や「密度」を見ることも可能だ。

鉄道Now (tetsudonow)さんはTwitterを使っています

中国高速鉄道「和諧号」の写真、「旅と鉄道」に掲載

以前中国で撮影した、新幹線、高速鉄道「和諧号」の写真。先月ご連絡をいただき、「旅と鉄道」に掲載されることになっていたのだが、今日大学に行ってみると見本誌が届いていた。どうもありがとうございました。採用になったのは以下の写真。

今回の「旅と鉄道」8月号は、「新幹線は愉快だ」!」と題する「完全保存版」の特集号。日本の新幹線を紹介するのがメインだが、その中の「世界の高速鉄道」を紹介するコーナーで、上の写真を使ってもらっている。

「旅と鉄道」は、2009年に休刊になっていたものが、版元を朝日新聞出版に変えて、2011年9月に復刊したのだと、さっき知った。

朝日新聞出版 最新刊行物:雑誌:旅と鉄道

朝日新聞出版 最新刊行物:News: 『旅と鉄道』復刊!

Flickrに載せている写真を、雑誌に掲載したいという連絡を受けることはよくあるのだが、見本誌を送っていただいたのはこれが初めて。完成したら連絡しますと言ったきり、どうなったのか、特に教えてもらえないこともある。

Flickrに写真を載せて、タグをつけて、他のユーザの写真と串刺しで検索されて、人々の共有資産になる。今日も学生たちにその意義を説いていたのだけど、こうやって雑誌に載るようなことがあると、特にそのことを実感する。

Suzhou Station

敬和学園大学から蘇州大学への短期留学プログラム、来春からスタートできそう

3月に続き、先週の訪中でも蘇州大学を訪問した。3月の訪問時に話題に出た敬和と蘇州大学の交流プログラムについて、日本側での調整を担当した国際交流係のスタッフとともに、蘇州大学側との最終調整を行なってきた。交流は基本的に相互に行うのだが、まずは来春、敬和から蘇州大学を訪問する短期の留学プログラムをはじめることで、両校の代表者で合意することができた(すでに大学間の調整はほぼ終わったので、今年度の留学を考えている学生の皆さんの便宜も考えて、先行して概要をブログにも書いています。ただ最終決定はまだです。具体的な実施の詳細については、大学の公式発表をお待ち下さい。最終決定があり次第、このエントリーの但し書きにも訂正を入れます。)。

蘇州市は上海に近い観光都市

Suzhou Station

蘇州市は、世界遺産「蘇州古典園林」を中心とする、江蘇省第一の観光都市。高速鉄道なら上海から1時間かからないで到着する。高速バスでも1時間30分。上海周辺を観光するツアー客の多くが、蘇州を訪れる。総人口は600万人ほどで、上海や南京に比べると、落ち着いた古都の趣がある。一方経済活動も盛んで、日系企業も400社以上が進出している。

上海には新潟空港から中国東方航空の直行便が、週4便飛んでいる。これは新潟人にとっては大きい。

by http2007.

蘇州大学は江蘇省で最も歴史のある名門大学

蘇州大学は、江蘇省で最も古い歴史を持つ大学。前身となる東呉大学は、もともとメソジスト教会の宣教師たちが作った大学。国共内戦後、大陸側では大学の改組が行われ、現在の蘇州大学という名称に。現在は、100以上の学科がある大きな総合大学だ。
こうした建学の経緯もあり、日本のキリスト教系大学との交流も盛んだ。

留学生受け入れの経験も豊富
留学生の受入にも早くから取り組み、様々な国々から留学生を受け入れている(下のリンク先に国別の内訳が出ている。上位の日本、韓国に続いて、サウジアラビア、アメリカ、ラオス、フランス、ロシア、イギリスといった国名があがっている)。日本人の留学生も多い。短期の留学プログラムも、関学、立命館、宮崎公立など、様々な大学から、日本人学生を受け入れており、経験も豊富。留学生寮も大きく、様々な学生たちが行き交う、国際的な雰囲気の寮であった。

蘇州大学の留学ガイド 「中国留学情報」

敬和生向けプログラムの概要(予定)
以下は、今回現地でお話しして決めた内容。敬和で用意していった案と、大きく異なるわけではないが、最終決定ではないことを再びお断りしておく。

【実施時期】
敬和生の留学時期は2月下旬から3月上旬にかけて2週間程度(2012年度)。もっと長い方が勉強になるが、最初は短めにスタート。金銭的に心理的にも負担を軽くしたいという考えだ。
試験期間は確実に外し、卒業が決まった4年生も、卒業式前に戻ってこれる日程になる。
日本の他大学の学生で、短期プログラムで蘇州大学が気に入って、再度1年間の長期留学をしている学生もいるようだ。

【基本内容】
午前中国語、午後文化講座。文化講座のプログラムの中で、蘇州市内に進出している日本企業の訪問も企画する予定。蘇州市内にはたくさんの「世界遺産」があり、これらを訪れるだけでも、二週間では足りないかもしれない。敬和からの参加者が最低人数に達しない場合にも、レギュラーの語学講座のスタートに合わせて渡航するスケジュールとし、きちんと勉強できる体制をとる。

【エクストラな企画】
日系企業は日本の大手企業が軒並み進出しており、蘇州大学を通じて、見学をお願いする予定。打ち合わせ時に名前をうかがった企業は、いずれも日本の大手メーカー。こうした企業への訪問は、国内では、とりわけ新潟県内では、なかなか出来ない経験になるだろう。
江蘇省周辺では、上海は別格の大都市。静かな蘇州で日常を過ごし、週末は国際的な大都市上海へ。ある意味東京以上に刺激的な経験をすることができるはず。

Shanghai, China

Shanghai, China

【サポート体制】
蘇州大学には日本語学科で学部学生がいる。彼らにサポートのために、寮に一緒に寝泊まりしてもらうことができそうだ。またこの時期は、敬和から教職員が江蘇省を訪問する時期でもあり、引率も可能。

【日常生活】
寮は二人部屋。留学生用の学生寮なので、世界各国の学生と一緒に暮らすが、偶数で参加すれば、部屋での生活は、敬和の学生同士で安心できるだろう。買い物は、売店が学内にあるし、学食もあるので、キャンパス内で安心して生活できる。さらに大きなスーパー(オーシャン)も徒歩圏内にある。カルフールやウォルマートは、がんばって歩く距離だという。

【費用】
新潟からの飛行機代チケット、学費、寮費を含めて、10万-15万円にはおさまる。がんばれば、10万以内になるかもしれない。いずれにしても、欧米に行くと1ヶ月で40-50万クラスのお金がかかるのに比べて、かなり格安になるのは間違いない。費用面で、学生時代の「留学」をあきらめていた学生たちにも、ぜひ利用してもらいたいプログラムになるだろう。自分で計画していく「自由留学」(という制度がある)に比べると、相当充実した、コストパフォーマンスの高い内容になるはずだ。

というわけで、敬和の学生の皆さん、一緒に上海に飛び、蘇州にわたって、中国語を学び、中国の文化、中国の街、中国ビジネスの今を体験しましょう。

これまでの自分の数少ない中国経験で言えることは、「親中」かどうかに関わりなく行ってみるべき、ということ。言葉ができなくとも、数日行くだけで、中国という国にはいい面悪い面があること、「中国人」といっても良い人悪い人さまざまだということが、それなりに理解できるようになるはずだ。
ましてこのプログラムに参加すれば、中国語を学び、日本語を学ぶ学生や中国で学んでいるさまざまな国の人達と知り合い、日本人ビジネスマンが中国で格闘する姿を知ることができる。日本にいて抽象的に考えている中国イメージが、たとえ「厄介な隣国」であったとしても、帰るときの中国観は、もっと複眼的になってくるはずだ(当然よくない面もより深く理解できるはず)。

ともあれ、若者の中国イメージは、あまりよい状態にはない。このプログラムも、すぐに若い大学生が両手をあげて参加してくれるものにはならないかもしれない(むしろ蘇州は、中高年の旅先として、人気のようだ)。しかし就職できるかどうか不安な学生には、抽象的に悩んでいるよりも、まずは海外で見聞を広めてほしいと思う。考えるのはそれからだ。「憧れ」の欧米の学校に高いお金を払って出かけていくのも悪くないけれど、比較的安い費用で、これからビジネスの最前線となる、アジア地域に出かけていくのは、多くの学生にとって現実的な選択だといえる。さらに新潟の保護者の皆さんとは、たった二週間の中国沿岸部での経験でも、若い学生の意識を高める第一歩として、十分な刺激になるという認識を、共有できたらと思う。費用の安さにも、ぜひご注目いただきたい。

ことは「我が子」だけの問題ではなく、グローバル経済をタフに生きていく新潟経済人を、どのように育てていくのかという次元の問題でもある。上海や江蘇省は、新潟県がいま、積極的に関係を構築しようとしているエリアの一つだ(そして、正直なところ、中国にいって、新潟の存在感はあんまり感じられない)。今後実施に向けて、新潟と江蘇省との間で仕事をしている皆さんとも、いろいろ相談させていただき、お力をお借りし、また将来的には、人材を送り出す仕事ができたらと、個人的には考えている。

Flickrで「Suzhou」と検索した結果。

数年前にアップされた蘇州の観光CMっぽい映像。Youtubeでもそれなりにいろいろ出てきますね。

鉄な人々はたしかにこんな感じ : 映画「僕達急行 A列車で行こう」

森田芳光監督の遺作となった作品。何の予備知識もなく、昨晩妻から提案があり、面白そうだなと思ったので、一緒にいってきた。結果的には「当たり」だった。

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映画『僕達急行 -A列車で行こう-』オフィシャルサイト

松山ケンイチと瑛太のコンビというので、あまりリアリティがないだろうなと思ったが、どうしてどうして。少なくとも、僕のイメージの中にある鉄な人々の、ちょっと変わった雰囲気が、デフォルメされつつもうまく現れていた。

主人公二人が、鉄道好きといっても微妙に違うところとか、世俗的な上司たちのバブリーな感覚とか、それに適当に合わせつつも我が道をいく若い世代の姿とか、細かい部分でも、時代性がうまく反映されていた。

大学界やIT業界には、職業柄ということなのか、鉄道好きが多い。自分はどちらかというと、世俗的な感覚でこれまで生きてきたようで、鉄分は薄めなのだが、旅をすることは多いので、鉄な方々にいろいろアドバイスをいただく。その結果なのか、次第に「乗り鉄」や「撮り鉄」な感覚は、理解できるような気になりつつある。少なくとも、楽しくお話をすることはできる。

最終的に「ただしイケメンに限る」という部分もあるのだが、この映画によって、「鉄な人々」の趣味の領域が、これまで以上にプラスに評価され、認知されるようになったらいいのではないか。

映画をみた後、行きたいなと思ったのは、行く機会がありそうということもあり、京急蒲田と喜多方。もちろん九州にも行きたいが。

青森県版「鉄道むすめ」リリース

突然Facebookで流れてきたこの画像。青森の私鉄の乗務員が、キャラクター化している。

Source: facebook.com via Shinya on Pinterest

 

どうやら今日は記者発表があり、トミーテックが青森県版「鉄道むすめ」をリリースしたという。

青森県版「鉄道むすめ」デビューについて(プレスリリース) – 青森県庁ホームページ

「鉄道むすめ」というのが何かわからなかったのだが、実は以前からシリーズ化しているらしく、今回その「青森県版」が出たということ。一つの県でまとめて、というのは、初めてのことのようだ。

鉄道むすめ ~鉄道制服コレクション~
最新鉄道むすめニュース|鉄道むすめ~鉄道制服コレクション~

左から、
十和田観光電鉄から、アテンダントの「 清水なぎさ 」。
弘南鉄道から、トレインキャストの「 平賀ひろこ 」。
青い森鉄道から、駅員の「 八戸ときえ 」。
津軽鉄道から、アテンダントの「 芦野かな 」。
南部縦貫鉄道から、車掌の「 七戸ちびき 」。
苗字は地名から取っているので、残念ながら「一戸」は不採用であった。

今後は、JAアオレンから「りんごジュース」商品化、県内鉄道各社で使用できる「記念切符」発行、トミーテック「鉄道むすめステーションポスターvol.4」収録、が予定されている。高校時代、平賀(現在のつがる市)から通ってきていた友人が、すごいなまりの強い津軽弁をしゃべっていたので、「平賀ひろこ」は強烈な津軽弁をしゃべるのではないかと予想している。