タグ別アーカイブ: 訃報

金子哲雄さんの通夜参列者への手紙

2日、41歳で亡くなった流通ジャーナリスト金子哲雄さん。テレビで何度か拝見しただけだったが、同世代の訃報に、正直ショックを受けていたところ。実は金子さん、通夜参列者向けに手紙を用意していたという。ネタフルの記事で知った。

[N] 死去した金子哲雄氏、通夜参列者に手紙を用意していた

金子哲雄さん、通夜参列者に手紙 – 芸能ニュース : nikkansports.com

日刊スポーツには手紙の全文が掲載されている。「人生における早期リタイア制度」「魔法のドア」などユーモアあふれるこの「手紙」は、生前いつの段階で用意されていたのか。金子さんの用意周到さを尊敬するとともに、自分が彼の立場になることを考えると、穏やかではない心持ちの中でこの「手紙」を用意するというのは、相当つらい作業だっただろうと考える。

このたびは、お忙しい中、私、金子哲雄の葬儀にご列席たまわり、ありがとうございました。今回、41歳で人生における早期リタイア制度を利用させていただいたことに対し、感謝申し上げると同時に、現在、お仕事などにて、お世話になっている関係者のみなさまに、ご迷惑おかけしましたこと、心よりおわび申し上げます。申し訳ございません。

 もちろん、早期リタイアしたからといって、ゆっくりと休むつもりは毛頭ございません!第二の現場では、全国どこでも、すぐに行くことができる「魔法のドア」があるとうかがっております。そこで、札幌、東京、名古屋、大阪、松山、福岡など、お世話になったみなさまがいらっしゃる地域におじゃまし、心あたたまるハッピーな話題、おトクなネタを探して、歩き回り、情報発信を継続したい所存です。

 今回、ご縁がありまして東京タワーの足元、心光院さまが次の拠点となりました。「何か、面白いネタがないかな?」と思われましたら、チャンネルや周波数を東京タワー方面に合わせ、金子の姿を思い出していただけましたら幸いです。

 このたび、葬儀を執り行うにあたりまして葬儀社のセレモニーみやざき 宮崎美津子さまには生前より真摯(しんし)に相談にのって頂きました。
また、自分の歩んできた道とゆかりのある港区東麻布を終(つい)の住処とすることをお許しいただきました、浄土宗 心光院 御住職 戸松 義晴先生には公私にわたり、死生観などのアドバイスをちょうだいしました。この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。

 最後になりますが、本日、ご列席下さいました、みなさまのご健康とご多幸を心よりお祈りしております。
41年間、お世話になり、ありがとうございました。

 急ぎ、書面にて御礼まで。

 平成24年10月1日

流通ジャーナリスト 金子哲雄

Free Train Station Girls Talking on Cell Phones Creative Commons

10年来の番号を捨てて携帯を解約 : ついにiPhoneに一本化

長らく使ってきた「090-28xx-xxxx」の番号を放棄、解約してきた。というわけで、iPhoneの新しい番号一本になりますので、よろしくお願いします。

Free Train Station Girls Talking on Cell Phones Creative Commons

By Pink Sherbet Photography.

この番号は稚内時代から10年近く使ってきた番号(J-Phone時代から使っている)なのだが、最近はほとんど出番もなくなり、持ち歩くこともなくなってしまった。しばらく放置していたら、SIMカードが認識されなくなり、差し込んでいたハードの調子も悪く、ショップに持って行ったらどちらにも不具合があると言われた。というわけで、がんばって復旧する気力が失せたので、思い切って解約ということになった。実際このところ全く持ち歩いていないので、大きな不都合はないが、古い番号しか知らない方には、番号をお知らせする手段がない。

Facebookのプロフィールには、友人限定で番号も掲載してある。そちらからご覧いただければ。

電話番号がわからなくとも、これだけFacebookが普及すれば、一定時期以降に出会った方々なら、メールかFacebook、いずれか十分連絡可能だし、Facebookでつながれば、連絡先も確認してもらえる。平時にはおそらくそれで、全く問題ない。もし問題があるとすれば、訃報の伝達などで、めったに活用されていない電話帳がフル稼働するときぐらいだろう。

Bandai S.I.C. Volume 55: Kamen Rider Stronger

怪人スタンプ最後のページはストロンガーだった:荒木しげるさん死去

仮面ライダーストロンガーの「城茂」を演じた荒木しげる氏が、14日亡くなった。どうぞ安らかに。子供の頃のヒーローが、年老いて亡くなる。そういう時期に差し掛かってきたということだろう。

「仮面ライダーストロンガー」役 荒木しげるさん死去 ― スポニチ Sponichi Annex 芸能

「仮面ライダーストロンガー」などのテレビ番組で活躍した俳優の荒木しげる(あらき・しげる、本名荒木生徳=あらき・いくのり)さんが14日午後5時2分、肺炎のため都内の病院で死去した。63歳。鹿児島県出身。

Bandai S.I.C. Volume 55: Kamen Rider Stronger

Photo By Murakami Night

仮面ライダーシリーズのうち、小学校時代の自分がチェックしていた一番最後が「ストロンガー」であった。仮面ライダーシリーズの、1号からストロンガーまでは、怪人やライダーなど、登場人物全員の写真カードを貼り付ける「スタンプ」ブックがあり、ウルトラマンの怪獣とともに、二冊ともすべて収集した。袋の中にランダムに「スタンプ」が入っているのだが、どうしても最後の何枚かは揃わず、取り寄せた記憶がある。このスタンプブックに収録されている最後のシリーズが、「ストロンガー」だった。

「スタンプ」について調べてみたが、ほとんどが最近作られている本当の「スタンプ」の情報ばかりで残念だったのだが、一人だけ以下のようなコレクションを紹介している人がいた。

325 マイ・コレクションpart2 (仮面ライダー)の画像 | タカハシのタカの目 ~1%の成功>99%の敗北~

Source: ameblo.jp via Shinya on Pinterest

この方は、スタンプブックはすでに手元に無く、ダブってバラバラに残っていたカードを紹介している。さらにがんばって調べてみたら、名前がわかった。「ワールドスタンプブック」。やはり原本を持っている人がいた。ストロンガーシリーズに、どんな怪人が登場したかはあまり覚えてはいない。一つ目タイタンのあと、百目タイタンが登場したという記憶はある。

ワールドスタンプブック

ワールドスタンプブック ライダー怪人

ちなみにライダー役が亡くなったのは今回が初めてではなく、仮面ライダーV3でライダーマンを演じた山口豪久さんが、すでに80年代に、若くして亡くなっている。

Alumni Reunion, Class of 1989, Hirosaki Highschool

獏不次男・阿部次男先生の訃報

弘前ペンクラブ前会長の獏不次男さんの訃報が、東奥日報に掲載された。弘前高校では、英語の先生で、僕らの学年の学年主任。のちに弘前高校の校長もつとめられた。
作家の獏不次男さん死去/Web東奥・ニュース20111220085332

時代小説「津軽隠密秘帖」や、本紙連載「津軽太平記」で知られる弘前ペンクラブ前会長の獏不次男(ばく・ふじお、本名阿部次男=あべ・つぐお)さんが19日午後3時32分、病気のため弘前市の病院で死去した。77歳。弘前市出身。自宅は弘前市禰宜町1の6。通夜、葬儀の日程は未定。喪主は長男直樹(なおき)氏。

弘前大学文理学部を卒業。弘前高教頭、三本木高校長、弘前高校長などを務めた。現在は弘前ペンクラブ顧問。

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直江重彦先生の訃報

3月に中央大学を定年退職された直江重彦先生が、亡くなられていたことを知った。
テレメ協ニュース秋号に、村岡清男さんによる追悼文が掲載されている。
中央大学 | ニュース | 直江重彦教授最終講義【3/12(土)】を中止します
テレメ協ニュース秋号
直江先生は、90年代に仕事をしていたRITE(現マルチメディア振興センター)の大先輩で、その後情報通信総合研究所でも活躍された方。ご一緒に仕事をさせていただいたことはないのだが、何度か直接お話を伺う機会はあった。迫力のある、歯に衣を着せない話しぶりの先生で、人をひきつける語り口だった記憶がある。
実は直江先生とご縁が深かったのは僕の弟naoyaで、中央大学総合政策学部の直江ゼミの一期生であった。当時直江先生と直接の面識はなかったのだが、僕は弟に、直江先生のゼミがいいのでは?と示唆した記憶がある。
弟の生き方を体現する自分という存在について: ICHINOHE Blog
この経緯についてふれた、上のブログ記事が目にとまり、直江先生の訃報について、今日お知らせいただいた。
直江先生のご冥福をお祈りいたします。

Daegu, Korea

友の眠る街、韓国大邱市を訪問

昨年6月に突然世を去った友人Jungさんの一周忌で、韓国大邱市に行ってきた。昨年6月に亡くなった友人の一周忌が、なぜ5月末に行われるかよくわからなかったのだが、旧暦では、この日が命日ということになるからだそうだ。旧暦で命日を考えるやり方は、韓国でも都会ではあまり一般的ではない風習のようだった。

Jungさんのこと: ICHINOHE Blog

彼が葬られているのは、大邱市内にある仏教研修所のようなビルの中の納骨堂。
Daegu, Korea

한국불교대학(구.영남불교대학)에 오신것을 환영합니다.
ロッカーのようなスペースの、奥の方に骨壷が入っていて、触ることはできるが、鍵がかかっている状態。手前側には写真などをしまっておいて、訪ねてきたときに取りだしてみることができるようになっていた。日本の納骨堂と同じような感じなのだろうか。

いずれにしても、東京での元気な姿しか知らず、突然の訃報に接した僕にとって、一年越しに見た現実は、依然として茫然と眺めるしかないものであった。
昨年東京でお会いしたJungさんのご家族にも、再会できた。日本人の奥さん以外には、言葉が通じない私たちだが、Jungさんの人生を知り、ともにこの世に生き続ける関係として、交流を続けていきたいと思う。

かつて新宿でお世話になった朴さんにも再会した。大学院に入ったばかりのころ、Jungさんに連れて行かれた、在留韓国人向けのお店を経営していたのが、この朴さん。僕は顔を見てすぐにわかったが、朴さんは、髪の毛が白くなり、髭をはやした僕のことをみても、すぐにはわからなかったそうだ。こうした再会もまた、なんだか複雑ではあるが、故人が引き合わせくれた縁を、大事にしたいと思う。

一周忌の行事は、自宅で行われ、遺影の前にさまざまな料理が並べられた。料理の種類、並べ方については、家ごとのならわし、地域ごとの風習があるそうだ。正しいやり方については、成均館大学が定めたものがあるのだが、それに家庭や地域のしきたりが加味されるため、結局いろいろなやり方が乱立してしまうのだろう。

大邱はりんごの街であった。Jungさんとは、りんごの街出身だというのが共通項であった。いつか一緒に旅したいと思っていたが、残念ながら僕が大邱を訪れるのは、彼が亡くなって1年も経ってからとなってしまった。

韓国の高速鉄道KTXは安く、ソウルから2時間弱で大邱まで行けるようになった。これではストロー現象がさらに進み、地方の大学が苦しくなるのもよくわかる。もっとも、日本から行く場合、釜山から移動するとさらに楽だという話。釜山エアーが新潟からも飛んでくれるといいんだけど。KTXは、日本の新幹線に比べて、座席スペース、とりわけ、前後のスペースが狭いように感じた。

大邱式のぺたんこ餃子。どういう食べ方が正しいのかよくわからないが、あっさりした味。
Daegu Dumplings

Jungさんのお姉さんが作ってくださったチムタク。

チムタクもまた、Jungさんに連れて行ってもらった、大久保の店で食べたのが最初だ。今は渋谷にもお店ができたようだ。

鳳雛 チムタク 大久保店 ボンチュチムタク – 東新宿/韓国料理 [食べログ]

大久保のお店の味は、コチュジャンが聞いていて甘い味だったが、今回いただいたのはかなり辛いものであった。しかしこれも、辛さ控えめだと言われた。

ソウル、釜山以外の街としては、大邱はインチョンにつぐ規模だそうだ。地下鉄もあり、それなりの都市インフラが整っている印象だが、せわしなさよりも少しゆっくりした空気を感じた。KTXに乗って移動しないと来れないというのもよい。韓国好きの大学生はかなり増えたが、韓国エンタメを入り口としつつも、さらに立体的に韓国に触れるには、日本語でほぼ不自由なく暮らせるソウルを離れて、大邱のような地方を訪れて、しばらく勉強するのがいいんじゃないかと思った。

中野潔先生逝去

昨晩メールで、大阪市立大学の中野潔先生が亡くなったことを知った。47Newsにも訃報が出た。

リンク: 中野潔氏死去 大阪市立大大学院教授 – 47NEWS(よんななニュース).

中野潔氏死去  大阪市立大大学院教授
 中野 潔氏(なかの・きよし=大阪市立大大学院教授、都市情報学)25日午前8時5分、間質性肺炎のため堺市の病院で死去、53歳。神奈川県出身。葬儀・告別式は28日午後1時から横浜市戸塚区川上町916、鳳倫閣で。喪主は妻純子(じゅんこ)さん。

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声楽家の伯母武村浩子のこと

昨朝、実家からメールがあり、横須賀在住の伯母武村浩子が亡くなったことを知った。「はとこ」からのメールについてエントリーを書き、Nancyさんから「新しく暮らす土地に親族がいる心強さ」について、コメントをいただいた直後であった。武村の伯母は、僕が大学在学中にもっとも世話になった親族の一人だ。

近々一度会いに行こうと思っていた矢先、という思い、またしてもである。
伯母は母の姉にあたり、長野県飯山市から東京芸大の声楽科に進学し、その後声楽家として活動した。昨日調べてみたら、洗足学園音楽大学のウェブにプロフィールが載っていた。洗足ではかなり長く講師をつとめていたように記憶している。

Hiroko TAKEMURA, my aunt

from shinyai

以前書いたように、伯母は芸大で知り合った画家の武村次郎と結婚し、横須賀の伯父の実家にアトリエ、レッスン室を構えて、自宅でもそれぞれ芸術
活動や後進の指導に励んだ。僕が大学に在学していた頃は、二人とも元気だった。いつも三崎のまぐろを用意してくれて、伯父の酒と語りに延々とつきあった。
時々静養のために長期滞在する祖父もまた、この輪の中にいたし、僕の弟もたびたび一緒に参加したし、ほかにも友人がよく訪ねてくるにぎやかな家だった。

ここ数年体調を崩していた伯母だが、今回の訃報は突然であった。これで、伯父、祖父、弟、伯母と、あの頃のにぎやかなメンバーがほとんどいなくなってしまった。思い出が箱の中に、完全に封印されてしまったような気分だ。

今日横須賀に行き、葬儀の準備を手伝うなかで、伯母のプロフィールをまとめる作業をした。いろいろなコンサートの際に使われたプロフィールを編集して平易にしたものだ。

1943(昭和18)年 長野県飯山市北海道室蘭市生まれ
1967(昭和42)年 東京藝術大学声楽科卒業
1969(昭和44)年 東京藝術大学大学院オペラ科修了

「第九交響曲」や「メサイア」のソリストとして、また、カンタータ、モテット等でオーケストラと共演。「春琴抄」「三人の女」「葵の上」「袈裟と盛遠(もりとお)」等日本オペラ協会の公演に出演。その他「泥棒とオールドミス」、「ボッカチオ」、「ラ・ボエーム」、「フィガロの結婚」、「小さな煙突掃除やさん」などに出演。その他数多くのコンサートに取り組んできた。

二期会会員、日本オペラ協会会員、横浜シティオペラ会員、洗足学園音楽大学講師、三浦高校音楽講師。R・リッチ、佐々木成子、岡部多喜子各氏に師事。1999年文化庁在外研修員としてミラノに派遣され、帰国後は帰国リサイタルや文化庁芸術家在学研修制度35周年記念「アートフェスティバル21」ガラコンサートに出演、すばらしい美声で聴衆を魅了し、多くの優秀な後進を育てた。

ステージでの写真が、伯母の部屋に何枚か飾られていた。

Hiroko Takemura, My aunt

 

 

 

 

 

from shinyai

 

 

 

Hiroko Takemura, my aunt

 

 

 

 

 

from shinyai

 

 

立花隆さんががんで手術

立花隆氏は、昨年末に膀胱がんの手術を受け、その後も治療中。

リンク: 中日スポーツ:立花隆さんががんで手術 月刊誌の手記で公表:芸能(CHUNICHI Web).

広川太一郎氏は、亡くなった。

訃報:硬軟自在の声優・広川太一郎さん逝く – 毎日jp(毎日新聞)

いずれも父と同世代だ。

かと思えば、元レピッシュの上田現氏は、47歳。若すぎる。

上田現、3月9日にがんで逝去 – bounce.com [ニュース]

僕らの多くは日ごろ、死に目を向ける機会を持たず、隣にいる友人や同僚や自分自身が死ぬなんてことをぜんぜん考えていないけれど、誰にも等しく、終わりのときはやってくる。

消費される訃報

最近テレビを見なくなってしまったので、正確に記憶していないが、たしかテレ朝の報道ステーションで、2ヶ月に1回ぐらい、最近亡くなった人のことを映像でまとめたものが流されているように記憶している。あれを見ながら以前から思っていたのだけど、結構な有名人の訃報でも、2ヶ月に1回のまとめでは、ずいぶん前のことのように感じられることが少なくなかった。結局、今の時代の「時間の流れ」とは切り離して、長いスパンで悲しみを背負い続けるのは家族ないしそれに準ずる立場にある人だけで、ニュースに出てくるような有名人の死も、短期間で消費されてしまう。

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