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私がそれでも新潟に住む7つの理由

ずいぶんと流行りつつある、「それでも◯◯に住む理由」エントリー。新潟に関するものもいくつか見かけたけれども、「青森ー東京ー稚内ー新潟」と渡り歩いた経験に思いを巡らせながら、自分も書いてみよう。新潟は誤解されている部分が多いけれど、潜在的には結構魅力のある都市ではないかと。

食べ物がおいしい
新潟といえば日本酒とお米のイメージが強く、その分他のイメージが弱いわけだが、実は肉、魚、野菜等、食の領域ではおいしいものがたくさんある。四季折々の旬の食べ物も豊富だ。北海道に比べるとかなり地味に見えるが、新潟県は面積も広く食文化が非常に多様なので、新しいものに出会える可能性が、なくなることはない。全国ブランドといえるものは少ないけれども、「自分らがうまいものを食べられるならそれでいいじゃないか」。地元の人がそう言っているわけではないけれど、肩に力の入っていない「地産地消」が新潟にはある。

海あり山あり
残念ながら日本海では、冬になると厳しい景色が広がるが、夏場は海岸線は美しくとてもよい雰囲気だ。しかも新潟駅から車で10分も行けば、海岸できれいな夕日を眺めることができる。渋滞なし、駐車料金不要。夏は浜茶屋が並び、ビーチで楽しい時間を過ごすことができる(らしいことを、Facebookでよく見かける)。
その一方で、山もまた豊富で、東京の人々がスキー・スノボで出かけてくるスキー場の多くは、新潟県にある。温泉も、すべて制覇するのは難しいぐらいたくさんある。

東京からも近い
このエントリーも新幹線で書いているが、新幹線を使えば、東京からも(東京へも)そんなに時間はかからない。最短で1時間半強。平均でも2時間ちょっとで東京までたどりつける。時間だけで見れば、都内への遠距離通勤者とそんなに大きく変わるわけではない。東京からの最終新幹線は21:40。二次会は無理でも、都内で研究会、懇親会と参加してからでも、なんとか家までたどり着ける。関西圏よりも東京への所要時間は短い(新幹線の本数は少ないが)。
北海道でも暮らしていたので、東京からのアクセスがこのレベルで確保されているというメリットは大きい。

新潟空港があって旅行にも便利
新潟空港は羽田路線がないのだが、大阪、札幌、福岡などの国内路線、ソウル、台北、上海、ハルビンなどの国際路線がある。スーツケースを持って電車移動をすることなく、ソウルや上海経由で多様な国への渡航が可能だ。最近ANAが新潟ー成田便も就航したので、成田経由での移動も楽になった。スターアライアンス会員としては大変ありがたい。大阪方面は伊丹にしか飛ばないので、関空経由での海外旅行はちょっと不便だったり、青森その他「地方ー地方」路線が貧弱だったり、完璧とはいいがたいのだが、「隣県からの利用者をどうやったら増やせるか」という議論が成り立つ程度の便利さを持った空港があるというのは、大きなメリットだろう。

雪は案外少ない
新潟市内の雪の少なさは、住むまで全く知らなかった。今でもあまり知られていないだろう。首都圏よりは降るし、日本海側特有の冬の天気の悪さはあるのだが、新潟市内にはほとんど雪が積もることがない。除雪の体制が十分ではないので、大雪が降った時には、東京同様に市内の交通が麻痺することがあるくらいだ(耐えられる積雪量はもちろん違うけれど)。

そこそこな都会感
人口80万人の政令指定都市。本州日本海側初の政令指定都市、だそう。政令指定都市になるために周辺と合併したということもあったようで、区ごとの雰囲気はかなり異なる(新潟市が「田園型政令指定都市」というのは、この状態を言い換えたものと理解している)。他の都市と同様、1)郊外のイオンに客が流れてしまって、中心市街地が力を失ってきていること、2)信濃川をはさんで、駅前・万代地区と古町地区に市街地が分散し、結果的にどこもあまり都会感がないこと、など、問題はいろいろあるが、都市として足りないものはほとんどない(と思う)。

お米とお酒はもちろんすごい
コシヒカリがデフォルトの新潟。「県外に出ると新潟の米のおいしさを思い知る」という県民は多い。最近は東北や北海道の米も品質が高いとよく聞くが、たしかに新潟人が要求する米の品質水準は、高いように思う。
新潟の酒蔵は約90、毎年3月に行われる「にいがた酒の陣」に行くと、500種類以上の新潟の日本酒が並ぶ。すべてを飲みつくすのは不可能な上に、選りすぐりのお酒も多数、その奥深さに圧倒される。

新潟淡麗 にいがた酒の陣2014

以上の項目を挙げてみた。「そこそこ」で目立たないポイントが多いのだが、多くの人が満足して暮らしているのが、新潟というところではないか。大学人としては、「県外流出」が大きな課題なのだが、東京で新潟の良さに気がついて、戻ってくる人も増えているそうで、これは良い傾向だろう。18歳の受験生たちにも、新潟の魅力に気づいてもらえると、大学人としてはなおよいのだが。

つながるMap

弘前の大学生たちのプロジェクト「いしてまい」のメンバーに会ってきた

1月2日、弘前市内で、市内の大学生たちのプロジェクト「いしてまい」について、弘前大学の大学生、丹藤さんに話をうかがった。正月のまっただ中、1月2日にもかかわらず、時間を作ってくれてどうもありがとうございました。丹藤さんは大変しっかりした、適切に言葉を選んで話をする学生さんで、楽しい時間を過ごすことができました。

いしてまい

いしてまい (isitemai)さんはTwitterを使っています

「いしてまい」は、学園都市ひろさき高等教育コンソーシアムという市内の大学のコンソーシアムを母体に、これに参加する弘前大学、弘前学院大学、東北女子大学、東北女子短期大学、弘前医療福祉大学、放送大学青森学習センターの6大学から、学生たちが自主的に集まった「学生委員会」で、弘前の活性化のための取り組みをしている。昨秋に新聞記事を見て興味をもったので、Twitterを通じて、年末年始だけれどももし時間をいただけるならばお話をうかがいたいと連絡をしてみたところ、丹藤さんが快諾してくださった。

いしてまい丹藤さん

「いしてまい」は平成22年発足で、実はすでに4年目。丹藤さんは2012年度、大学2年の時から参加したということなので、「いしてまい」という名前が決まった瞬間には立ち会っていない。「いしてまい」は「良すぎて仕方がない」という津軽弁。弘前が地元の自分だが、最初名前を字で見た時には、実は最初意味がわからず、頭のなかで「石手舞」などと字をあてがっていた。メンバーの構成は、弘前大学3人、弘前学院大学6人、弘前医療福祉大学10人、東北女子大学2人、東北女子短期大学2人(というのが、丹藤さんの記憶に基づいて教えてもらった数字。放送大学青森学習センターからは、まだ参加者がいないそうだ。まあそうだろう)。弘前学院大学や弘前医療福祉大学からの参加が多いのは、おそらく先生からの呼びかけがうまく機能しているということだろう。弘前大学のように大きな大学だと連絡が行き届きにくいし、大学の中のコミュニティで自足してしまうということもありそうだ。

昨年度は「6大学合同文化祭」を中心市街地の土手町で開催、よさこい、ファッションショーなどのステージイベントと模擬店を出した。また、弘前市内各地区のお店について、市民の皆さんからの情報を元に取材し、冊子にまとめた「つながるMAP」を発行している。今年度は、弘前ねぷたへの「参加」をテーマに、ねぷたの製作過程から取材をし、最終的にねぷたの運行にも参加したそうだ。ブログやTwitterでの情報発信にも取り組んでいるが、コンテンツを制作して外部に公開するということよりも、実際に人に会って交流するということに力を入れているという印象を持った。

つながるMapつながるMap

活動の話をいろいろ聞いていくうちに一つの疑問がわいた。弘前という街は、文化的にも優れたものがたくさんあり、観光都市としての人気もあるのだけれど、ひょっとして市内のお店についても学生の皆さんは普段あまり行かないし、弘前ねぷたにもあんまり参加していないということだろうか?丹藤さんと話してみた限りでは、その通りのようだった。「いしてまい」に参加している学生の多くは、弘前市外の出身者。弘前市内の出身者で、こうした活動に目を向ける学生は少ないそう。一般的にも、学生たちが市内中心部で遊ぶことはあまりなく、五所川原市のショッピングモール「エルム」をはじめ、ドン・キホーテ、さくらのなどの郊外型の店舗に行っているようだ。新潟の学生たちがイオンに行くのと同じような現象と考えれば、さほど不思議ではないのだが、弘前という街は自分にとって、田舎だけどちょっとセンスのある街というイメージだったので、若者たちは放っておくと弘前の街中には出てこないという現象が起きているというのは、ちょっと意外であった。たしかに自分が高校時代を過ごした80年代後半からすでに20年以上が過ぎたわけだし、当時と違って、今はネットもありアニメなどのコンテンツのパワーも強いわけで、「ローカル」に目を向ける若者はなかなか増えていかないのだろう。ただそれは「きっかけ」がないからともいえる。「いしてまい」のような活動に参加した学生の皆さんは、これを通じて地域のことを再発見、再評価しているに違いない。参加しているメンバーは非常に良い機会を得ているように感じたし、それ自体は地域にとって大きな前進なのだということがよくわかった。

丹藤さんは3年生なので、これから就職活動がスタート。弘前での就職を希望しているそう。もちろん地元就職がそんなに簡単ではないこともよくわかっている。でも何とか地域のために働きたいと思うようになったという。1年間活動してきて、このように思える学生が少なくとも一人は出てきたわけで、これだけでもプロジェクトは大きな成果をあげているといってよいだろう。よい進路を見つけてほしいものだ。

最後に地域社会の現状をどう見ているか、聞いてみた。土手町の「シャッター通り」の空き店舗率は、最近改善されつつあるそうで、まだまだ「伸びしろ」がある。弘前は他の地域に比べると、いろんな催しなどで地域を盛り上げようという行動力のある人が多くいて、活力がある。「いしてまい」の活動を通じて、弘前のこうした「熱い人達」と知り合うことができ、確信を得たという様子であった。

今回は残念ながら、弘前大学以外の学生の皆さんにはお話をうかがえなかった。私立大学のメンバーの感じ方は、もともと大学のコミュニティが大きい弘前大学の学生とは、また違うような気がする。ぜひまたの機会にお話をうかがってみたいと思う。

立教学院佐藤忠男チャプレン長の祈祷動画


青森に帰省していることとは全く関係ないのだが、なぜか実家でネット検索をしていたところ、立教大学佐藤忠男チャプレン長の、祈祷動画が出てきた。

Source: rikkyo.ac.jp via Shinya on Pinterest

佐藤忠男さんは日本聖公会東北教区で長らく司祭をつとめられ、弘前昇天教会の勤務も長かった。最終的には東北教区の主教として、仙台で活躍された。退職後は弘前に居を構えられ、暮らしていた。一度ご自宅におじゃましたこともある。2007年に弟が亡くなったあとにも、とても励みになるお話をしていただいた。お話にはいつも含蓄があった。

その後母校の立教から請われる形でチャプレン長となっている。年齢を重ねてから東京でのお仕事というので、いろいろご苦労もあったと思うが、そろそろ任期も終わる頃ではないかと思う。春には弘前でお会いできるだろうか。

今年の4月に新入生に向けて書かれたメッセージも、イマドキの大学生にはやや難しいかもしれないけれど、よいお話であった。

チャプレン長メッセージ | 立教大学

アルビレックス新潟、奇跡的にJ1残留

今日は横浜にいて、学会の分科会で司会をしていたのだが、裏ではアルビレックス新潟が、奇跡的に残留を決めた。Twitter、Facebookなど、新潟のソーシャルメディア界隈からも残留の興奮が伝わってきている。

By Albirecks(今日の写真ではない)。

J1残留決める、札幌に4-1|アルビレックス新潟|アルビレックス|新潟日報netpark

 サッカーJ1のアルビレックス新潟は1日、J1残留を決めた。新潟市中央区の東北電力ビッグスワンで行われた今季リーグ最終戦で札幌に4―1で勝利し、残留圏の15位に滑り込んだ。新潟は2004年シーズンから続く、J1の座を守った。

 前節まで降格圏17位だった新潟は、残留へ向け必須だった勝利をつかんだ。残留を争う神戸とガンバ大阪がともに敗れ、勝ち点で上回った。新潟はリーグ戦10勝10分け14敗となり、順位は昨年より一つ下げ15位だった。

普段サッカーを見ているわけではないが、今日はなんとなく気になって、司会業務終了後、さっそく試合速報をチェックした。

FM

学生が運営を支えるなとり災害FM「なとらじ801」

くびき野メディフェス2日目は、臨時災害FMについてのセッションに出席した。東日本大震災以後に東北地方でスタートした臨時災害放送局は多数あるが、登米、山元、名取、南相馬の局からパネラーが登壇した。

<災害を超えて日常を支える持続可能なコミュニティー放送のあり方とは?>
東日本大震災被災地のコミュニティー放送や継続して地域に根ざしてゆこうとする臨時災害FM局、早くから救援に入った被災地外のFM局の関係者が経験を持ち寄り、災害時と日常を支えるラジオの在り方を検討します。

大久保 良  なとらじ(名取市臨時災害FM局)
今野 聡   南相馬ひばりエフエム(南相馬市臨時災害FM局)         
斉藤恵一   H@!FM(はっとエフエム)(株)(登米コミュニティエフエム)
高橋 厚   りんごラジオ(山元町臨時災害FM局)
日比野純一 (特)FMわいわい(神戸市長田区)(インドネシアから中継)
脇屋健介   FMながおか(株) (新潟県長岡市)
コメンテーター 金山智子  (情報科学芸術大学院大学)
コーディネーター  松浦さと子   (龍谷大学政策学部)

りんごラジオの高橋さんには、昨年、情報ネットワーク法学会特別講演会で、電話で出演していただいた。音声の品質が維持できずに申し訳なかったが、情報から隔絶された山元町に、どのようにしてラジオをスタートさせたか、非常に興味深いお話をうかがうことができた。今回はクリアな音声で、生でお話をきくことができた。

高橋さんと40以上年下という大久保さんは、なとり災害FMのな「なとらじ」を運営しているのだが、実は名取市の大学生だった。1日目、私たちの「ソーシャルメディア」分科会にも出席していたが、てっきり聴衆で参加している普通の大学生だと思っていた。大学生ではあったが、実は臨時災害放送局を代表してお話するパネラーだった。現在なとり災害FMは名取市から委託を受けて、NPO法人が運営しているのだが、常勤は1名。残りの運営スタッフの多くが大学生で、午前は大学、午後は放送、というような生活を送っているという。

FM

なとり災害FM なとらじ801のブログ

なとり災害fm なとらじ801(Facebookページ)

なとり災害FM ”なとらじ801” (fm_natori801mhz)さんはTwitterを使っています

コミュニティFM関連のシンポジウムでは、ネットを含めた新しい環境下で、ラジオの機能を誰がどのように担うかという話はあまり出てこない。たいていの場合、みんなラジオに愛着があり、同じ機能がネットによって担われるということについては、(テレビの人ほどではないが)あまり関心がなく、ある意味補完的な役割しか見出していないことが多い。もちろんラジオ局の運営においては、さまざまなプロのノウハウが必要だと思うが、ラジオは伝達手段の一つであり、他の手段との組み合わせで、とにかく必要な人に情報が届けばいいはず。また、ラジオとネットを連動させることで、新しい面白さも見つかるはずだ。しかし人員の少ない小さなFM局では、なかなかそれを実現するだけの余裕もないのだろう。

この点、今日の大久保さんはなかなか斬新であった。
ラジオを持っている事自体が大事なのではなく、コミュニティが大事。NPO法人化することで、今後どうするのか、みんなで決めることができるようになった。その先はラジオという形ではないかもしれない。という発言。前日の「ソーシャルメディア」分科会に引き続き、「コミュニティ」が大事というキーワードが出てきた。臨時災害FMが、コミュニティFMになるのかどうかは、営業的な問題がリアルにあるだろうし、そのためにはまず、「コミュニティ」の中でラジオ局が根付いているかどうかにかかっているのだろう。もし今後の自律的運営が難しい場合には、閉局して、別の方法で情報が循環すればよいということになる。この点は、大槌みらい新聞の「引き際」に言及した、藤代さんの影響があったかもしれない。
制度的にも、市民の声を拾う方法は多様に用意されている今、番組審議委員会を開催することはそんなに重要ではない。またラジオ局の開設についても、臨時災害やコミュニティ以外の免許があってもよいという話題も出た。なんらかの「交通整理」が必要であるにせよ、ラジオ局の設置理由はもう少しいろいろな可能性があるわけで、ネットではなく電波である意義があるのであれば、積極的に認めていくという可能性も、たしかにあるように思う(実際臨時災害放送局も、安定的に継続しているものだけではなく、すでに閉局してしまったものもある)。

何はともあれ、学生たちが番組を持つのではなく、局を運営しているというのは、初めて聞いた。もちろん学生「だけ」ではないのだろうけれど、震災後の非常事態を支えるべく、学生たちが献身的に局の運営を支えてきたという構図だ。今日のセッションでは、どこの臨時災害FMも運営は苦しく、給料も十分には払えないという話が出ていた。その中で、スタッフたちの使命感が、局の運営を支えているということだろうし、面的に局の運営をカバーするためには、学生が学業を犠牲にしなければならない場面もあるかもしれない。

非常に興味深いケースであった。ラジオ番組をやっているメンバーを含めて、一度学生たちをつれて、なとらじに行ってみたいと考え始めている。

shinyai's wedding

弘前昇天教会で聖婚式

4月14日、実家のある弘前の、弘前昇天教会で、聖婚式を行なってきた。青森聖アンデレ教会の八戸功司祭が司式をして下さり、弘前昇天教会に常駐する聖職候補生佐々木康一郎さんや教会の皆さんに多大なご支援をいただいた結果、素晴らしい式となった。新潟ではすでに2年以上夫婦で活動し、初めから二人セットでお付き合いいただいている方も多いのだが、改めて、自分たちの立ち位置を確認して歩み出す、良い機会になりました。どうもありがとうございました。

shinyai's wedding

妻の着たドレスは、妹たちと同様に、母が作ってくれた。二人共実家で着替えて一緒に車に乗り、そのまま教会に移動した。

式は家族、親戚、お手伝い下さった教会の関係者だけで行ったのだが、指輪を作ってくれた友人、Karen JewelのKarenが香港から指輪を運んできてくれて、そのまま参加してくれた(なので、弘前にいる間、会話の半分ぐらいは英語だった)。カタカナ以外は読めるので、礼拝の流れにはついていけたそうだ。

Our Rings

当日の午前中に突如、Facebookに「報告」を書き込んだところ、大量の「いいね」とコメントをいただいた。こちらもまた、どうもありがとうございます。

弟がこの教会で式を行ったのが2004年で、自分の式が4人の兄弟姉妹で最後となったが、結局全員が弘前昇天教会で式を挙げることとなった。今回Karenが実家にも遊びに来てくれたので、父が過去の写真を取り出してきて、いろいろな話をした。Karenに質問を受けて気づいたが、両親も70年に弘前昇天教会で式を挙げているので、これでうちの家族全員が同じ教会で式を行った形になる。両親が結婚した時には、礼拝堂の隣に幼稚園があり、幼稚園のホールで、お茶会を行なっているが、礼拝堂はその時と基本的に変わっていない。祖父母も弘前昇天教会に連なっていたので、教会で何らかの式をあげたのかもしれない。祖父母や親族は、弘前の教会で葬送され、墓地に葬られている。弟の葬送式は東京で行ったが、彼は祖父母たちと同じく教会の墓地に葬られ、礼拝堂の中にも名前が刻まれている。家族それぞれの、教会との距離感は微妙に異なるのだけれども、弘前昇天教会がベースとなって、自分たちの人生の要所には、ずっと弘前の教会がある、ということになる。

弘前昇天教会は、昨今観光名所の一つとなり、よく観光客が見学に訪れている。その割にはKarenの乗ったタクシーは、教会の場所を知らず、だいぶ迷ってたどり着いたようで、必ずしも市民には認知されていないのかもしれないが。

Hirosaki Shoten Church, Hirosaki, Aomori / 弘前昇天教会(青森県弘前市)

えきねっと(JR東日本)|弘前昇天教会(青森県)

式の後は、妹たちの時と同じように、親族が各地から持ち寄ったお菓子でお茶会。妻が新潟から買っていった、中身がさまざまの笹団子は話題となった。特にあらめやきんぴら入の笹団子はしょっぱいので、その意外性が好評であったようだ。夕方は家族・親族等、さらに少人数でシェ・タテヤマに行き食事。弘前の洗練されたフランス料理店の一つで、なごやかな雰囲気の中で、皆さんと親しくお話ができた。

弘前市にあるフランス料理のレストラン『シェ・タテヤマ』|レストランウェディング/結婚式/デザート/カフェ

翌日15日は、Karenを連れて3人で弘前市内を観光。弘前城天守閣やねぷた村へ。弘前公園の桜はまだつぼみも膨らんでいない状態で、桜好きのKarenには申し訳なかったが、まあ次の機会にということで。自分たち夫婦は、GWにまた戻ってきて、ベストタイミングで桜を見ることができそうだ。

弘前城の天守閣からは、岩木山が頂上まではっきり見えた。前日父がKarenに自分の版画を披露していたが、多くの作品の背景にある岩木山が、弘前の人々にどれだけの存在感を示しているものなのか、よくわかってもらえただろう。

Mt. Iwaki

ねぷた村の中にも、久しぶりに入った。香港人から見ると、なんで青森の祭りに三国志や水滸伝の絵が出てくるのか、よくわからないようだった。たしかにその通りではある。しかし、竹森節堂が葛飾北斎の画風に習って、現在の三国志・水滸伝をベースとする弘前ねぷたの鏡絵の形態を確立したことも、ちゃんと説明されていた。他にも、こぎん、津軽塗、駒など、津軽地方の伝統工芸品が制作工程を含めて展示されていて、あらためてよい施設だと思った(残念ながら日曜日なのにお客さんは少なかった。オフシーズンはあんなもんなのか)。

津軽藩ねぷた村ホームページ

その後、東京に戻るKarenを見送りに新青森駅へ。1Fのお店を一通り見たが、新しいけれども、青森駅とさして変わらないサイズで、欲張らず身の丈にあったサイズといったところ。駅周辺の開発はまだまだこれから、なのだが、すぐに函館への延伸が見えているだけに、行く末がちょっと心配ではある。

その後日本海側を一路新潟へ。往路では見逃したが、帰りは鶴岡からあつみ温泉の間も、日本海東北自動車道を利用した。あつみ温泉ICの入口は、ちょっと奥まったところにあるので、気をつけていないとまた往路では見逃しそう。ともあれ、あつみ温泉も鶴岡市なのだが、鶴岡ーあつみ温泉の間もかなり距離があり、高速道路ができたことで30分ぐらい短縮された(ような気がする)。

海外向け東北観光CM「Colourful emotions TOHOKU」

中国出張中、CNNかブルームバーグか、英語チャンネルを見ていた時に流れた映像。

Source: youtube.com via Shinya on Pinterest

 

外務省が、日本のイメージ回復・向上のための取組として、東北の魅力を海外に発信するCMであった。3月8日から放映しているということなので、ちょうど始まったところだったということになる。

外務省: 日本及び東北の魅力を発信するCMの放映

今般、外務省は、東日本大震災による風評被害を解消し、日本のイメージ回復・向上につなげるため、日本及び東北の魅力を海外に向けて発信するテレビCMを作成しました。CMは以下の4種類です。
(1)「日本編」(JAPAN Power of harmony)は、日本が世界に誇る漆塗りの技術やiPS細胞の研究開発、宇宙開発、新幹線等、日本の優れた技術力を折り紙の手法を用いながらPRするCMです(60秒)。

(2)「東北編」(Colorful emotions TOHOKU)は、外国人の家族が東北に家族旅行に行ったときのドキドキ感、わくわく感をテーマに、ねぶたや赤べこづくり、雪遊び、温泉、いちご狩り、戦国武将など東北各地の観光の魅力を伝えるCMです(60秒)。

(3)「福島編」(We believe in FUKUSHIMA)は、東日本大震災前の日常を取り戻そうとする福島の方々の復興に向けた静かな決意をテーマに、いちご農家、福島駅、絵ろうそく祭り、鶴ヶ城などで働く福島の方々が出演しているCMです(60秒)。

自分がみたのはおそらく、「東北編」であろう。テレビで見たときは途中からだったので気付かなかったが、ねぶたなど青森の映像も序盤に出てくる。

新潟のラジオ局もradikoでの配信をスタート:4月2日から

本日付で発表があり、岩手、宮城、富山などのラジオ局と並んで、新潟の県域AMとFM3局が、4月2日よりradikoでの配信をスタートさせる。

radiko.jp

4月2日(月)12時(正午)より新たに民放ラジオ11局が参加、ラジオNIKKEIと放送大学を初の全国各地へ配信開始
『radiko.jp』に、新たにIBC 岩手放送、東北放送、ラジオ福島、新潟放送、エフエムラジオ新潟、新潟県民エフエム、北日本放送、富山エフエム放送、大分放送、エフエム大分、宮崎放送の民放ラジオ11局が参加し、4月2日(月)正午より実用化試験配信を開始します。

また、ラジオNIKKEIと放送大学を初の全国各地へ配信開始します。

プレスリリース(PDF)

radikoはスマートフォンアプリも提供されているので、これにより、新潟のラジオ3局のリーチも大きく広がることが期待される。これまで大都市圏に限られていたradikoの利用シーンは、徐々に地方都市に広がってきているわけだが、ここからの問題は、エリア制限をどうするか。今のところ新潟のラジオは新潟県内のIPアドレスからしか聞くことができない(したがって、モバイルWi-Fiでは聞けないはず)のだが、有料で他地域の番組が聞けるようになるというオプションを提供するなどして、それぞれの地域のラジオがしのぎを削る構造になっていけば面白いことが起こりそう。ラジオでも、出演者の知名度などでは、都会の方が有利には違いないが、テレビほどの差があるわけではない。地方発のメジャー番組が生まれ、それがラジオ全体の活性化につながるかどうか。新潟の3局にもぜひがんばっていただきたい。

TEDx Tohoku

TEDxTohoku 2011のビデオ公開

10月30日に東北大学で開催されたTEDxTohoku。震災復興をテーマにした非常に興味深いセッションはもちろんのこと、運営する学生たちの熱意と実行力に打たれたイベントであった。このイベントでの感動についてブログに書けないでいたが、今日Youtubeに講演のビデオが公開された。こちらを見ていただくのが早かろう。
TEDxTohoku – YouTube
TEDx Tohoku

TEDxTohoku

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Yahoo! Japanが「東日本大震災で被災地の人は何を検索したのか」を発表

Yahoo! Japanの検索ランキング担当者が、震災から半年というタイミングで以下のエントリーを公開した。
東日本大震災で被災地の人は何を検索したのか – Yahoo!検索 スタッフブログ

Yahoo!検索ではIPを用いた地域別の検索を集計しています。(詳しくは「サーチのなかみ – 地域別」などを参照)
そこでこの情報を利用し、東日本大震災において被災地から検索されたワードのデータを収集、分析することで、あの震災時、被災地で本当に探し求めていたもの、その時に本当に必要だったものなどの分析をしていきたいと思います。
なお、今回は被害が大きくかつ検索傾向に類似性の見られる「岩手県」「宮城県」「福島県」の検索ログデータを対象に検証を行っております。

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