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稚内

稚内市に「樺太記念館」開館へ

稚内の副港市場に、全国樺太連盟から資料提供を受けて、樺太記念館を開設というニュース。

「稚内市樺太記念館」開館へ 資料2千点や映像公開 来年5月末、副港市場内に:どうしん電子版(北海道新聞)

樺太出身者らでつくる全国樺太連盟(本部・東京、西本美嗣会長)からの提供資料を展示するほか、映像資料を公開するスペースも設置。市は観光客をはじめ多くの人が樺太について学ぶ機会となることを期待している。

通年で開館するために、冬場閉館する百年記念塔(稚内公園にある北方記念館)ではなく、副港市場にしたのはよい判断だろう。

お土産・温泉・お食事などが入った日本最北端の複合施設 副港市場

北方記念館も、地味ながらいい展示内容なので、通年展示にできたらいいとは思うが、訪れる人も多いとはいえない。記念館のある「稚内公園」は、高台で見晴らしがよく、日によってはサハリンものぞめる立地だが、冬場そこまでのアクセスを確保するのは容易ではない。

全国樺太連盟が2021年までに解散する計画というのは知らなかった。たしかに、引き揚げ者が高齢化しており、北方領土のように返還を求めているわけでもなく、団体として続けていくのは難しい状況にあるのだろう。

少し調べてみたところ、連盟の西本美嗣会長のインタビューが、2016年の8月、毎日の記事に出ていた。資料の引受けは、稚内のほか、北海道博物館にも期待されている。「副港市場」は商業施設なので、展示する以外の資料をアーカイブする機能はあまり期待できないだろう。稚内市がこれに関してどんな姿勢を示すのか、すべて「札幌に任せる」ということにするのか、「アーカイブの一部も稚内が担う」という立場をとるのか、注目されるところだ。

樺太40年史:後世に 歴史書近く完成 「全国連盟」解散へ続く取り組み /北海道 – 毎日新聞

−−連盟の解散をどう進めていくか。
◆会員から寄贈された資料が8000点ほどある。北海道博物館(札幌市厚別区)や稚内市の北方記念館に引き取ってもらうことになっており、引き継ぎをしっかりしたい。樺太では日本が降伏した後も地上戦や空爆があり、多くの人が亡くなった。遺骨収集は調査が難航しているが、できるだけ協力していく。我々が元気なうちに、できることはやっておきたい。

The better beer festival 2017

クアラルンプールでクラフトビールイベントが中止に:マレーシアにおける「不寛容」の現れ方

2017年10月、マレーシア・クアラルンプールで予定されていた「ビール祭り」が、中止になったというニュースが流れてきました。

純粋なイスラム国家を目指す野党・全マレーシア・イスラム党(PAS)が最近、「世界からクアラルンプールがアジア最大のみだらな中心地と見なされる状況をこれ以上放置できない」と中止への圧力を強めていた。

日本語の記事では触れられていませんが、このイベントは、「The Better Beer Festival」のことです。2012年に小さくスタートしたこのイベントですが、今年は日本を含む世界各国の43のブルワリーから250種類のビールが出品される予定とアナウンスされていました。

日本からは「よなよなビール」で知られるヤッホーブルーイングが、参加予定だったようです。

The Better Beer Festival 2017

Better Beer Festival, Malaysia’s Biggest Craft Beer Event, Back In October

クラフトビールイベントは、日本でも全国各地で開催され、この数年でかなり規模を拡大しています。もちろんアルコールのイベントを開催すれば、酔っ払った来場者がある程度出てきてしまうのはやむをえないところ。筆者の暮らす新潟県でも、毎年3月に「にいがた酒の陣」という日本酒のイベントが行われます。普段コンベンションセンターとして使われている大ホールで、多くの人たちが日本酒を楽しんでいるのですが、終盤にはホールの床に座り込み、横になる人の姿も見られます。

新潟淡麗 にいがた酒の陣2017

「にいがた酒の陣」は、「コンベンションセンターで酔っ払う」という意味では「異例」ですが、いちおう酔っぱらいだけをホールに封じ込めている形になるので、通りがかった人の気分を害することはほとんどありません。しかしビールイベントの場合には、開放空間が好まれ、それゆえに通りがかった人で、「酔っぱらい」を見て不快になる人もいるかもしれません。埼玉県で行われている、「けやきひろばビール祭り」は、屋外部分でビールを飲む形になっているようです(行ったことがないので違っていたらごめんなさい)し、新潟市内で行われている「新潟クラフトビールの陣」も、アーケード街で行われていますから、いずれも、「酔っぱらい」の姿は目に触れることになりそうです。

日本でもこうした懸念がないわけではないのですが、そもそも日本人は公の場所での飲酒に大らかだと言っていいでしょう。特に夏に屋外で、それも札幌大通公園のように開放的な空間で、ビールを飲むのは、風物詩として受け入れられています(少なくとも、批判的な世論が湧き上がってはいません)。

マレーシアの場合、イスラム教徒の保守的な勢力の声が、時に高まり、アルコールに対する強い拒否反応が出てきます。マレーシアの中でも、地方、とりわけマレー半島東海岸の地域は保守的とされていて、以前泊まったクアンタンのホテルでは、レストランの中でも屋内ではアルコールを提供できないと言われたことがあります。他の地方でも、たとえばマラッカ州では、イスラム教徒の多い地域ではコンビニでのアルコール販売を禁止しようという動きが出てくることがあります。

マラッカ州、マレー住民多数エリアでの酒類販売禁止へ | マレーシアニュース | マレーシアナビ!

スーパーでも、アルコールの販売にイスラム教徒が関わらないよう、豚肉を販売する「ノンハラル」コーナーの隣に売り場が置かれていたり、その売場も早い時間に閉店したり、しかし、ビールだけは例外で、通常のレジで会計ができたり、地域やお店によって、配慮の仕方が少しずつ違いました。

首都クアラルンプールはこうした地域差の中では、もっとも大らかで、街中のひと目につくところで、アルコールを飲んでいる人を割と見かけましたが、やはり「保守派」の人達からすると、眉をひそめる状況だったということでしょう。今回の会場は、The Square Publikaという、ショッピングモールに付属する屋外イベント会場のようなので、イスラム教徒の目にもつきやすいというのはたしかでしょう。

マレーシアなりの「不寛容」さが時に今回のように強くあらわれ、非ムスリムは我慢を強いられます。せっかく盛り上がってきた「クラフトビール文化」が、こうして座礁してしまうのは、おそらく主催者としてはとても残念だろうと思いますが、盛り上がってきて、6000人もの参加が見込めるイベントになったからこそ、反発も生まれたということなのだと思います。

社会の「不寛容さ」の現れ方は、国・地域によってさまざま。マレーシアは、マレー系、中国系、インド系を中心とする「多民族共存」の中で、互いの不満がときに強く現れます。アルコールを扱うような、許容可能な「ぎりぎり」の部分の仕事をする人たちは、非常に気を使うと思います。イスラム教徒優位の中で「多様性」をどう保証していくのか、マレーシアの人たちが時に直面するこうした課題は、日本の「多様性」問題とは前提が違う部分もある一方、私たちにも「多様性」や「寛容」のあり方について、示唆を与えているようにも感じます。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

最北に暮らす若者が映像で語る地域:観光地稚内の日常は、「内地」の人々に何を伝えるか

私の前任校稚内北星学園大学の学生たちが、「私の暮らすまち、稚内。」を短い映像作品にまとめたものが、先月開催されたわっかない白夜映画祭で上映されています。また、このとき上映された作品がYoutubeに公開されています。北海道稚内市は、日本最北端の街です。最北端に暮らす若者のリアルな思いが、映像に現れているように思います。

第1回白夜祭:日本一短い夏至の夜を楽しんで…稚内 – 毎日新聞

私の暮らすまち、稚内。 – YouTube

いくつかの作品を見て、私にとっては、稚内に暮らしていた時の感覚を呼び起こすような懐かしさがあるわけですが、本州(北海道の人たちは、今でも「内地」という言葉を使います)に戻ってきてからの自分の感覚で考えると、「遠い」作品です。この「遠い」という感覚はどういうことなのか、考えてみました。

中央のマスメディアが伝える情報は、地方に行けば行くほど、遠い「東京からの情報」になります。その意味で言うと、稚内で見る「東京からの情報」は、相当に「遠い」です。この「遠さ」を補うのが「地方紙」などの地域メディアですが、これもカバーするエリアが広くなると、遠い「県庁所在地からの情報」を流す存在になります。

北海道の場合には、道庁のある札幌の存在感が大きく、札幌近郊とそれ以外のギャップが大きいです。大学教員として6年間暮らした稚内では、東京ははるか遠くにあり、札幌も結構遠くにある(たしか360キロ離れている)都会です。どちらのニュースも遠い世界の出来事のように感じます(もちろん陸続きの札幌は相対的には近いのですが)。

北海道新聞はブロック紙の一角を占める大手の地方紙ですが、稚内は北海道の中でもさらに遠く離れた「地方」ということになります。地方の中の地方である稚内には、全国紙の取材体制は十分になく、テレビ局もNHKの報道室があるだけでした。「地方の地方」たる地域に関する情報は、札幌や東京のメディアに取材されて伝わっていくことはほとんどなく、稚内や宗谷地域限定の地元紙の中だけで共有されることが多いです。人々のメディア空間は、インターネット時代になって、変わった部分もあるのですが、この「遠さ」を背負ったままであるように感じることが多かったように思います。

一方、都会の人が稚内のことを知らないわけではありません。都会の人から見れば、稚内は「辺境」ですが、同時に宗谷岬があり、カニがあり、近くに利尻・礼文のある「さいはての街」として知られています。いいかえれば観光地として、稚内はある意味「エッジが立った」状態にあり、この角度での情報だけが、いわば「つまみ食い」され、多く流通しています。

結果的に稚内という街は、観光地としてのエッジの立った部分だけが「全国区」となっていますが、この街で暮らす人達のことは、ほとんど知られていません。観光地である地方都市というのは、大なり小なりそうだと思いますが、稚内を始めとする北海道の地方都市の場合には、北海道特有の複雑なメディア構造の下で、この傾向がさらに強まります。結果的には、稚内の人たちも、自分たちのことを中央メディアを通して共有する機会が、非常に乏しくなります。

最北の大学で映像制作の授業が始まったのは、私が赴任した2000年ですが、それから14年、この授業では稚内や宗谷をさまざまな角度から伝え続けています。最初はYoutubのような動画共有サイトはありませんでしたので、当初の作品はどこかにお蔵入りしているようですが、ここ数年の作品はYoutubeにアーカイブされています。映像制作を指導している教員も、私が教えていた時代に学生であったNPO法人のメンバーが担当するようになりました。

稚内北星で制作された動画は、数々の映像賞をとるなど、高い評価をえていますが、地元と都会、それぞれの世間の関心の間隙、谷間に沈みがちな「稚内ローカル」だけを狙った作品ではなく、「内地」の人の関心を意識して作られていたように思います。以下はいくつもの賞を受賞した作品「待合室の片隅で」。建て替えになった稚内駅で営業していた立ち食いそば屋を巡るストーリーで、最北を目指して旅をした人々の心をくすぐりつつ、題材は地元の人々の暮らしです。決して稚内人の関心だけに向けて作られているわけではないと、私は感じています。

今回の作品は、うってかわって非常に「稚内ローカル」な作品です。地元出身の学生たちが、自分たちの思い入れのある場所について、そのストーリーを短い映像で紹介しています。南小学校や南中学校への思いは、稚内人ではない人には「遠い」ものですが、現地で6年暮らした私には懐かしくもあります。観光地ブランドの稚内ではなく、日常の稚内とそこに暮らす人々の思いは、観光地として稚内に来たことがある人や、全く縁のなかった人たちに、何らかの形で「最北」の一断面を伝え、心のなかに何かを残すことができるのか。この動画への反響に、注目したいと思っています。

(Yahoo!ニュース個人より転載)

あいかわらず「利用者不在」の新幹線駅名:「奥津軽いまべつ」「新函館北斗」

北海道新幹線の北海道北斗市までの駅名が決定しました。新青森からの先は「奥津軽いまべつ」「木古内」「新函館北斗」になります。

JR北海道は11日、北海道北斗市で建設が進む北海道新幹線の新駅名を「新函館北斗」、青森県今別町の新駅名を「奥津軽いまべつ」にすると発表した。札幌市の本社で記者会見した島田修社長は「多くの人に愛され、使ってもらえる駅になってほしい」と述べた。

 新函館北斗は「新函館」との仮称だったため北斗市側が反発。函館市との協議もまとまらず、両市はJR北海道に一任していた。禍根を残すことを恐れた同社は道に意見を求め、道は新函館の仮称がなじんでいるとする一方、立地する北斗市への配慮も求めていた。

 島田氏は「新函館北斗なら新幹線が函館行きであり、駅が北斗市にあることも分かる」と命名理由を説明した。

北海道新幹線新駅名は新函館北斗、奥津軽いまべつ  :日本経済新聞

北海道側の、駅の所在地である北斗市に配慮しつつも、おそらくメインの訪問地となる函館市の玄関口としての機能を重視して「新函館北斗」という名前になったということでしょう。たしかに北斗市のイメージはあまりないので、駅名に入ることにより、北斗とはどんなところなのか、想起してもらえる効果はあるように思います。

青森側の最北の駅「奥津軽いまべつ」の決定の経緯もまた、なかなかややこしいです。現在の駅が「津軽今別」で、新駅は「奥津軽」という駅名が当初予定されていましたが、今別町の提案に沿う形で「奥津軽いまべつ」に落ち着いたということです。

函館の集客力を前にすれば、現在の終着駅である青森ですら存在がかすみ、「通過駅」の存在になってしまう懸念があります。実際新青森開業の際にも、「函館まで延伸する前に、『通過駅』にならないよう自力をつけなければ」という話がでていたように記憶しています。はたして「自力」はついたといえるのか。青森出身者としては、実は正直、この点も心もとないです。

「北斗」は「函館」にくっついて名前が表示されることにより、存在を認知される可能性があるでしょう。北斗市については、ずーしーほっきーのイメージはありますが、そのほかは特に強く記憶に残っているものはありません。しかし駅の利用者はそれなりに見込まれるわけですから、これでも十分な宣伝効果があるのではないかと思います。

かたや「今別」はどうか。これは非常に苦しいところです。青森県今別町は、日本創成会議が先日発表した、全国市区町村別「20~39歳女性」の将来推計人口によると、2050年の「20~39歳女性」は、2010年の数との比較で-88.2%となる町です。人口も1200人台まで落ち込むと予想されています。あくまで予想といえば予想ですが、今別はつまり、圧倒的な「過疎」の町です。この今別を救済するいわば「起爆剤」として、「奥津軽」に「いまべつ」をくっつけるという案が提案され、採用されたということになります。地元が要望する気持ちは痛いほどわかりますが、この名前だけで、駅の乗降客が増えるとは考えにくいです。

ところでこれらの決定の経緯に、一般の利用者の利益はどれぐらい考慮されているのでしょうか。一般の利用者は、(鉄道ファンでもなければ)現時点でこれらの駅にさほどの関心はないので、どうしても「地元」の声が強まります。しかし長い駅名は、利用者にとってのメリットは少ないです。

上越新幹線では、「燕三条駅」がその典型でしょう。隣接する燕市と三条市、どちらの駅名にするかなかなか決まらず、結局2つ合わせた駅名になったと聞いています。「燕」が先か「三条」が先かが争われ、「燕」が先になったけれども、駅長室は三条市になったというような話を聞いたことがありますが、正確なところはわかりません。つまりそれぐらい、駅名をめぐる争いは激しかった。しかし今はどうでしょうか。実は燕市、三条市というそれぞれの存在よりも、圧倒的に「燕三条」という地名が存在感を得ています。他県の方の中には、燕市と三条市ではなく、燕三条市として認識している人もいるのではないでしょうか?

「奥津軽」という切り口はこれまで認識されてこなかったもので、青森の中でも津軽半島の北部には、津軽海峡をのぞんだ雄大な自然があるのではないかという、印象を持たせてくれます。そこに「いまべつ」をつけるかどうかは、正直利用者にとってはどちらでもよかったのではないかと思います。今別町にとっては、短期的に町の知名度があがるという効果がありそうですが、それだけでは乗降客は増えないと思います。むしろ「奥津軽」としてのブランドをどう築いていって、新青森でもなく新函館北斗でもないこの駅を、どうやって利用してもらうかを考えることが大事ではないかと思います。

さもなくば、新函館北斗駅に向かう乗客に、「誰もいないのになんで止まるんだろうなあ。政治駅だよな。」といわれる存在になってしまうことでしょう。

(Yahoo!ニュース個人より転載)

私がそれでも新潟に住む7つの理由

ずいぶんと流行りつつある、「それでも◯◯に住む理由」エントリー。新潟に関するものもいくつか見かけたけれども、「青森ー東京ー稚内ー新潟」と渡り歩いた経験に思いを巡らせながら、自分も書いてみよう。新潟は誤解されている部分が多いけれど、潜在的には結構魅力のある都市ではないかと。

食べ物がおいしい
新潟といえば日本酒とお米のイメージが強く、その分他のイメージが弱いわけだが、実は肉、魚、野菜等、食の領域ではおいしいものがたくさんある。四季折々の旬の食べ物も豊富だ。北海道に比べるとかなり地味に見えるが、新潟県は面積も広く食文化が非常に多様なので、新しいものに出会える可能性が、なくなることはない。全国ブランドといえるものは少ないけれども、「自分らがうまいものを食べられるならそれでいいじゃないか」。地元の人がそう言っているわけではないけれど、肩に力の入っていない「地産地消」が新潟にはある。

海あり山あり
残念ながら日本海では、冬になると厳しい景色が広がるが、夏場は海岸線は美しくとてもよい雰囲気だ。しかも新潟駅から車で10分も行けば、海岸できれいな夕日を眺めることができる。渋滞なし、駐車料金不要。夏は浜茶屋が並び、ビーチで楽しい時間を過ごすことができる(らしいことを、Facebookでよく見かける)。
その一方で、山もまた豊富で、東京の人々がスキー・スノボで出かけてくるスキー場の多くは、新潟県にある。温泉も、すべて制覇するのは難しいぐらいたくさんある。

東京からも近い
このエントリーも新幹線で書いているが、新幹線を使えば、東京からも(東京へも)そんなに時間はかからない。最短で1時間半強。平均でも2時間ちょっとで東京までたどりつける。時間だけで見れば、都内への遠距離通勤者とそんなに大きく変わるわけではない。東京からの最終新幹線は21:40。二次会は無理でも、都内で研究会、懇親会と参加してからでも、なんとか家までたどり着ける。関西圏よりも東京への所要時間は短い(新幹線の本数は少ないが)。
北海道でも暮らしていたので、東京からのアクセスがこのレベルで確保されているというメリットは大きい。

新潟空港があって旅行にも便利
新潟空港は羽田路線がないのだが、大阪、札幌、福岡などの国内路線、ソウル、台北、上海、ハルビンなどの国際路線がある。スーツケースを持って電車移動をすることなく、ソウルや上海経由で多様な国への渡航が可能だ。最近ANAが新潟ー成田便も就航したので、成田経由での移動も楽になった。スターアライアンス会員としては大変ありがたい。大阪方面は伊丹にしか飛ばないので、関空経由での海外旅行はちょっと不便だったり、青森その他「地方ー地方」路線が貧弱だったり、完璧とはいいがたいのだが、「隣県からの利用者をどうやったら増やせるか」という議論が成り立つ程度の便利さを持った空港があるというのは、大きなメリットだろう。

雪は案外少ない
新潟市内の雪の少なさは、住むまで全く知らなかった。今でもあまり知られていないだろう。首都圏よりは降るし、日本海側特有の冬の天気の悪さはあるのだが、新潟市内にはほとんど雪が積もることがない。除雪の体制が十分ではないので、大雪が降った時には、東京同様に市内の交通が麻痺することがあるくらいだ(耐えられる積雪量はもちろん違うけれど)。

そこそこな都会感
人口80万人の政令指定都市。本州日本海側初の政令指定都市、だそう。政令指定都市になるために周辺と合併したということもあったようで、区ごとの雰囲気はかなり異なる(新潟市が「田園型政令指定都市」というのは、この状態を言い換えたものと理解している)。他の都市と同様、1)郊外のイオンに客が流れてしまって、中心市街地が力を失ってきていること、2)信濃川をはさんで、駅前・万代地区と古町地区に市街地が分散し、結果的にどこもあまり都会感がないこと、など、問題はいろいろあるが、都市として足りないものはほとんどない(と思う)。

お米とお酒はもちろんすごい
コシヒカリがデフォルトの新潟。「県外に出ると新潟の米のおいしさを思い知る」という県民は多い。最近は東北や北海道の米も品質が高いとよく聞くが、たしかに新潟人が要求する米の品質水準は、高いように思う。
新潟の酒蔵は約90、毎年3月に行われる「にいがた酒の陣」に行くと、500種類以上の新潟の日本酒が並ぶ。すべてを飲みつくすのは不可能な上に、選りすぐりのお酒も多数、その奥深さに圧倒される。

新潟淡麗 にいがた酒の陣2014

以上の項目を挙げてみた。「そこそこ」で目立たないポイントが多いのだが、多くの人が満足して暮らしているのが、新潟というところではないか。大学人としては、「県外流出」が大きな課題なのだが、東京で新潟の良さに気がついて、戻ってくる人も増えているそうで、これは良い傾向だろう。18歳の受験生たちにも、新潟の魅力に気づいてもらえると、大学人としてはなおよいのだが。

ドラマ「足尾から来た女」谷中村住民の集団移住先は、北海道佐呂間町であった

1月18日と25日、NHK総合で放映される「足尾から来た女」。田中正造の紹介で福田英子宅に派遣された女性を軸にしたドラマだ。

足尾から来た女

土曜ドラマ「足尾から来た女」|NHKオンライン

明治末。栃木県谷中村は足尾銅山の鉱毒で田畑を汚染された。田中正造の闘いもむなしく、村は16戸にまで激減。国は住人に村を捨てるように命じ、残った家の強制執行に踏み切った。
この谷中村の娘が田中正造の仲介で社会運動家・福田英子宅に家政婦として派遣された史実をもとに、一人の女性が見知らぬ東京の地で石川三四郎や幸徳秋水ら社会主義者たち、さらに石川啄木や与謝野晶子など多彩な人物と交わる中で成長する姿を描く。
故郷を失う苦しみを味わいつつ人間としての尊厳を守り、たくましく生き抜くヒロインを、NHKドラマでは連続テレビ小説「カーネーション」以来の単独主演となる尾野真千子が演じる。

尾野真千子さんは、「カーネーション」以来の「単独主演」ということだが、先日放映された「夫婦善哉」でも、森山未來さんと二人で主演している。文字が読めない貧しい農村生まれの女性が、とまどいながら東京で暮らすという設定を、見事に演じている。
柄本明さん演じる田中正造は、なんだか本物に見えてくるようであった。

さて、強制的に廃村に追い込まれる谷中村の人々はどうなったのか。ちょっと検索してみたところ、北海道常呂郡サロマベツ原野に集団移住したとある。稚内の近く「サロベツ原野」があるので、似ているなと思ったが、そこではなく、現在の北海道佐呂間町であった(その後、妻がいろいろ調べてみていたようで、「サロベツ」も「サロマベツ」も、もともとはアイヌ語の同じ言葉が語源のようだと教えてくれた)。

佐呂間町に「栃木」という集落があり、ここが谷中村の人々が集団で移住してきて、苦労しながら開墾した土地だそうだ。札幌の開拓記念館だっただろうか、道北開拓の歴史に関する展示を見たのを思い出した。


大きな地図で見る

佐呂間町のウェブページに「もう一つの栃木」という、集団移住者の歴史に関するページがある。開拓の歴史がかなり詳しく記録されている。
大切なサロマの歴史|佐呂間町の紹介|佐呂間町

2013年に、読売新聞が栃木地区を取材した記事も残っていた。住民が「栃木」という地名にこだわりをもって、祖先が苦労して切り開いた土地を守っていこうとしていると報じている。

102年前 北の大地へ入植 : 伝える 北海道の栃木 : 企画・連載 : 栃木 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

栃木の谷中村の痕跡については、産経に記事があった。
【ロケ地巡りの旅】ドラマ「足尾から来た女」渡良瀬遊水地 昔、ここに村があった 水塚や墓石…ヨシ原の中にわずかな痕跡+(1/2ページ) – MSN産経ニュース

屠畜という営みを素直に受け止められる映画「ある精肉店のはなし」

先週末、埼玉での授業が終わった後、東中野へ移動、ポレポレ東中野で「ある精肉店のはなし」を見てきた。上京して最初に住んだのが新宿区の落合斎場の近くで、東中野駅から10分位だった。新宿駅に出るのによく使ったこの駅近くには、24時間営業のモスバーガーが山手線沿いにあり、よく夜中に勉強するのに使ったし、食事もしたし、オウム真理教の選挙運動にも遭遇した。しかし今はもう、今の東中野駅前には、当時を思わせるものはほとんど残っていなかった(山手通りを渡った先の商店街には、まだ何か残っているような気もしたけれど、当時あまり行った記憶がない)。

ある精肉店のはなし

映画は大阪府貝塚市の精肉店「肉の北出」を描いたドキュメンタリー。親の代から肉屋を営む北出兄弟とその家族の実像に迫ったものだ。北出さんは、単に肉を売っているだけではなく、自ら牛を飼育し、これを近所の屠畜場で処理して一頭まるごと食肉として売っている。この昔からの一連の営みは、市営の食肉処理場の閉鎖に伴い、途絶えることになった。最後の屠畜が行われる日の様子も、映像に収められている。

牛が屠殺されるシーンも、それらが肉になっていくシーンもすべて出てくる映画で、最初はかなり「構えて」見に行ったのだが、実際の印象は全く違っていた。「牛を割る」という行為は、昔から被差別部落の人々の仕事とされ、それ以外の人々は、「屠った動物の肉を食べている」という感覚を、どこかで隠して生きてきた。現在はYoutubeでも屠畜の現場は映像として流れていて、「流れ作業」で動物が殺されるシーンが、多数紹介されている。その多くは「流れ作業」で動物が殺されていくことへの批判的な意味合いが込められているのだが、この映画の映像を見るとあきらかに違う印象を持つ(少なくとも自分にとってはそうだった)。人間が生きていく上で避けては通れない、他の生き物の「いのちをいただく」という行為に対して、避けることなくきちんと向きあおうという気持ちにさせられた。そう思わせてくれたのは、長らく向き合ってきた屠畜や精肉店の営みについての北出家の皆さんの語り口、あるいは、その気持を見事に映像にのせることに成功したこの作品の力ということになるのだろう。

以下のインタビュー映像の中で、纐纈あや監督が「上映後、お肉を食べたくなったいうお客さんがいてうれしかった」と語っている。自分自身も、食肉を嫌悪するような気持ちは全く起こらず、むしろおいしい焼肉屋でも行きたい気分になった(内臓の処理過程を見て、ホルモン焼きも食べたくなったぐらいだ)。肉好きを自称する皆さんに、むしろ見てもらいたい映画だ。

映画は被差別部落、部落解放運動の話も、避けることなく切り込んでいる。青森生まれで、(実はなかったわけではないのだが)あまり馴染みのなかった自分にとって、部落差別問題はどのように触れていいのかもよくわからない問題なのだが、結婚において問題が起きていないのかとか、この地域の祭りで太鼓を使わないのは藩から禁じられていたという説があるなど、具体的な表現がいくつか出てきて、なんともいえないざわざわとした気持ちにさせられた。ネットでなんでもわかるこの時代に、お店・家族まるごと映画に登場するということが、どれぐらいの覚悟を要するのかは、想像するしかない。ひょっとすると、部落解放運動に長らく関わってきた北出兄弟だからこそ、その意義を受け止めて、あえて登場したということなのかもしれない。また部落差別をめぐる現状もまた、いろいろ変化しているということもあるように感じた。とはいえ、この点もまた、映像では「からっと」描いていて、むしろ部落差別の現状について、少し勉強してみようかなという気持ちにさせられた。

今後の上映日程はこちらに。東京、大阪が現在上映中で、今後名古屋、神戸、福岡、京都、札幌、広島、長野、静岡まで決まっているようだ。新潟でもシネ・ウインドでの上映を期待したいところ。

上映劇場情報 – ある精肉店のはなし

こちらに貝塚での屠畜を見学した時の様子が、ブログで紹介されていた。
貝塚市の屠場に行ってきました。

アルビレックス新潟、奇跡的にJ1残留

今日は横浜にいて、学会の分科会で司会をしていたのだが、裏ではアルビレックス新潟が、奇跡的に残留を決めた。Twitter、Facebookなど、新潟のソーシャルメディア界隈からも残留の興奮が伝わってきている。

By Albirecks(今日の写真ではない)。

J1残留決める、札幌に4-1|アルビレックス新潟|アルビレックス|新潟日報netpark

 サッカーJ1のアルビレックス新潟は1日、J1残留を決めた。新潟市中央区の東北電力ビッグスワンで行われた今季リーグ最終戦で札幌に4―1で勝利し、残留圏の15位に滑り込んだ。新潟は2004年シーズンから続く、J1の座を守った。

 前節まで降格圏17位だった新潟は、残留へ向け必須だった勝利をつかんだ。残留を争う神戸とガンバ大阪がともに敗れ、勝ち点で上回った。新潟はリーグ戦10勝10分け14敗となり、順位は昨年より一つ下げ15位だった。

普段サッカーを見ているわけではないが、今日はなんとなく気になって、司会業務終了後、さっそく試合速報をチェックした。

It's a tweetoff @ #thestudiotweetup

11/24開催「新潟県コミュニティ・フォーラム2012」に参加します

昨日新潟日報に記事が出たようなので、一応ブログでも告知。コワーキングスペース「Jelly Jelly Cafe Niigata」を立ちあげメンバー、西村治久さんが、県内のコワーキングスペース、コミュニティカフェ、交流スペース、コミュニティ活動、シェアハウス、ゲストハウスなどなどをつなげるイベントを開催する。声をかけていただいたので、15時30分からNSMCの話をさせていただく予定。

It's a tweetoff @ #thestudiotweetup

By John Biehler

多くの活動紹介が予定されており、名前だけ聞いたことのある活動も多数あるので、交流のきっかけにさせていただければと思う。

一般参加の申し込みは11/12までだそう。コクヨ北陸新潟販売さんの『ライブオフィス』にうかがうのも、大変楽しみだ。

新潟県コミュニティ・フォーラム2012

【新潟県コミュニティ・フォーラム2012】参加申込フォーム

——- 主旨

県内のコワーキングスペース、コミュニティカフェ、交流スペース、コミュニティ活動(朝活、○○会など)、シェアハウス、ゲストハウス、その他もろもろのコミュニティ(もしくはそれらを今後つくりたい人)が一堂に集結し、互いを知り、つながり、ひろがることが目的。

また、新潟県へ移住/移住予定の人、もしくは新潟県とつながりたい方々など、皆さんの活動の場、発表の場の幅が広がることを願い、開催します。

——- 概要

■イベント名
新潟県コミュニティ・フォーラム2012

■日時
2012年11月24日(土)13:00〜19:30
*タイムテーブルは下記に掲載

■会場
コクヨ北陸新潟販売(株)『ライブオフィス』
http://www.kokuyo-h.com/liveoffice/niigata/index.html

■参加方法
エントリーフォーム
http://bit.ly/niigatacf_form
☆応募締切 2012年11月12日(月)24:00

■会費
2,000円
*学生証の提示で500円

■事務局へのお問い合わせ先
west2538@gmail.com 担当: 西村
TEL 090-6193-6086 担当: 卯田(ウダ)

■主催者のメッセージ
昨今、コワーキングスペースはもちろん、県内で新しいコミュニティが各種生まれています。

それらのコミュニティが、会社や自宅につぐ第三の職場であり活動拠点として需要が高まっていることに対応し、一堂に集結する【新潟県コミュニティ・フォーラム2012】という県内初イベントを開催することにしました。

県内のコミュニティ関係者はもちろん、すでに利用されている方、これからの利用を検討される方、今後コミュニティを作りたい方、そしてプレス、行政、教育機関、企業を巻き込んで100人超の規模にするつもりです。

開催宣言後1週間も経たずして数十名の賛同者を得ており、期待の大きさを感じております。

コミュニティが個々に奮闘するのでなく、互いを知り、つながり、ひろがることで、皆さんの活動の場、発表の場の幅が広がることを願っています。

■ゲストスピーカー(以下3名様)

・河田 珪子さま
http://www.chiiki.pref.niigata.jp/dukuri/pickup/no_9.html
新潟県新発田市出身。
全国に広まった常設型・地域の茶の間というコミュニティの創設者。

・広瀬 眞之介さま
https://www.facebook.com/hirose/info
東京・水道橋のコワーキングスペース【ネコワーキング】の代表。
全国の地方コミュニティの成功事例に関わっています。

・金森 裕樹さま
http://www.worksight.jp/
コクヨ WORKSIGHT LAB.
WORKSIGHT編集員。2006年にコクヨに入社。欧州のオフィス家具の国内販売企画や各種イベントプロモーションを担当。2011年には東日本大震災復興支援プロジェクトに所属。2012年よりWORKSIGHT LAB.所属 働くしくみと空間をつくるマガジン[ワークサイト]の編集に携わる。

■情報発信用アドレス

・Facebookグループ
http://bit.ly/niigatacf

・Twitter ハッシュタグ
#niigatacf

☆以上を、フォーラム開催後も新潟県コミュニティの情報交換の場として活用します

■フォーラム当日、ライブ配信します
Ustream番組【PLAGE-TV(プラージュ-ティーヴィー)】にて
http://www.ustream.tv/channel/plage-tv

——- タイムテーブル

▼12:30 開場

▼プロローグ
13:00 開幕の挨拶&1day cafe紹介(プロデューサー・西村 治久)
13:05 会場スポンサーの挨拶(コクヨ北陸新潟販売株式会社)
13:10 ゲストスピーカーの講演 1(常設型 地域の茶の間 創始者・河田 珪子)
13:40 休憩

▼第1部(県内コミュニティ プレゼン)
13:50 新潟駅南・JELLY JELLY CAFE NIIGATA
14:00 新潟市東区・Yumeスペースひだまり/Cafe korarema/シェアベーカリー工房
14:10 新潟市古町・meme
14:20 燕市・Nico*mam
14:30 燕市・サマンサハート
14:40 新発田市・古本いと本
14:50 村上市・地域の茶の間 心のわが家
15:00 休憩
15:10 新潟×朝活/green drinks Niigata
15:20 無名大陸
15:30 新潟ソーシャルメディアクラブ
15:40 新潟フューチャーセンターネットワーク
15:50 シェアハウス/ゲストハウス
16:00 サロン・ド笑天街
16:10 新潟プレゼン研究会
16:20 ビデオレターTime
16:30 休憩&1day cafe終了案内

▼第2部
16:40 ゲストスピーカーの講演 2(東京都 ネコワーキング 代表・広瀬 眞之介)
17:10 近県コミュニティ プレゼン 1(石川県金沢市・cafe? IKAGAWADO)
17:20 近県コミュニティ プレゼン 2(長野県上田市・HanaLab.)
17:30 近県コミュニティ プレゼン 3(栃木県足利市・SPOT3)
17:40 休憩

▼第3部
17:50 コクヨ WORKSIGHT・金森 裕樹『シリコンバレーにみる先端オフィス事例』
18:20 コミュニティデザイナー・唐澤 頼充からの提案
18:30 プロデューサー・西村 治久『フォーラムの今後と予告/本編閉幕の挨拶』

▼エピローグ
18:40 交流会
19:30 撤収
*交流会が始まったら自由解散となります

——-

【下記を必ずお読みのうえ、ご参加ください】

■当日は受付の際、事前にお申し込みいただいたお名前(もしくは団体の代表者名)をおっしゃってください
■駐車場の台数に限りがありますので、あいのりでのご来場をおすすめします
■Wi-Fiおよびインターネット接続環境は各自でご用意ください
■飲食物の持ち込みOKです。ただし、ゴミは各自でお持ち帰りください。また、会場にある当日限りのカフェ(1day cafe)でも軽食を販売しています(にいがた農園倶楽部のおいしい新米を使ったおにぎり等)
■会場内では、相席のうえ交流をお楽しみください。また、開催中の席の移動や飲食、1day cafe/トイレ/キッズスペース/喫煙室の利用、質問はいつでもOKとなっています
*一般的なセミナー形式と違い、席の位置や各種タイミングを固定せず、交流しやすい雰囲気を尊重しています。ご質問ある方は随時、挙手のうえどうぞ
*上記タイムテーブルのうち10分枠のプレゼンタイムでは、各5〜7分のプレゼンのあと、3〜5分のディスカッションタイムがありますので、プレゼンテーターと積極的に意見を交わしてみてください
■ご質問・お問い合わせは、担当・卯田(ウダ)まで TEL 090-6193-6086

——-

■参考事例

・以下、他地域での同様のイベント開催事例です。

▼東京。コワーキングカンファレンス東京2012
http://cct2012.coworking-jp.org/

▼大阪。コワーキング・フォーラム関西2012
http://cfkansai.org/

▼札幌。コワーキング・パーティー
http://www.hkd.meti.go.jp/hokid/20120824/index.htm

以上、皆さんのご参加をお待ちしております。

Flight attendant of EVA AIR

新潟 – 台北、エバー航空が新路線開設

南方路線のなかった新潟空港に、貴重な新路線。エバー航空が台北路線を週2便飛ばすようだ。

新潟―台北に定期便 エバー航空、13年1月から週2便  :日本経済新聞

台湾のエバー航空が新潟空港と台北を結ぶ定期便を新たに就航する。新潟県が5日、発表した。新潟空港に海外便が新規就航するのは1998年以来となる。運航期間は2013年1月12日~3月30日までだが、同社では4月以降の運航も検討中という。

 副知事を団長とする台湾訪問団に対し、同航空が就航決定を伝えた。今後、日本で申請手続きに入り、正式な決定を経て詳細な運航スケジュールを発表する見通し。現時点では水曜日と土曜日の週2便を予定している。

Flight attendant of EVA AIR

by chi227.

Eva air

新潟航空から乗り継ぐ場合、これまではインチョンが乗り継ぎ空港のメインで、次が上海。東南アジア方面に向かう場合にも、新潟からは南下せず、これらのいずれかを利用するしかなかった。最近就航した新潟ー成田便が、これに代替する路線で、現在結構人気がある。エバー航空の就航により、チャンスは週二日と限られるが、新潟空港ー台北経由で、香港、バンコク、マレーシア、シンガポール、インドネシア、ベトナムなど、東南アジア方面への乗り換えが可能になり、格段に便利になる(と期待できる)。フライトスケジュールがあわない場合にも、台北で一泊ということであれば、空港から市内までやや距離はあるにしても、日本人にもなじみやすい店が多くある。日韓、日中の緊張関係が続いている中ではとりわけ、台北は比較的ハードルが低く、オススメといえるかもしれない。

もちろん、列車など時間をかけて台湾を一周するのも、学生の皆さんには特にオススメ。日本統治時代の建物等も比較的残っており、勉強になる。

エバー航空は札幌から台北に飛んでいたので、道民だった時代には何度か利用し、学生たちと千歳ー台北ーバンコクーカトマンズと乗り継いだこともある。当時は、羽田国際線がほとんどなかったので、スケジュールと価格を見比べて、この路線で移動した。マイレージカードも一応持っていたはずだけど、まだどこかにあるだろうか。

エバー航空 – 航空券のご予約・購入・空席照会・運賃案内