タグ別アーカイブ: 映像

わくほくてれび | 「さいほく歩き隊」利尻富士編

僕がXactiで撮った映像は、おおむねYoutubeにアップした。
編集はまったく施していない、生素材のまま。

一方、WAKHOKの研究生牧野君が、登山の様子を映像にまとめたものを、ちゃんと編集して、公開した。

リンク: わくほくてれび | 「さいほく歩き隊」利尻富士編.

この映像に登場するメンバーは、おそらくみな、初登頂だったはず。感動もひとしお、だったであろう。

スペイン語でJ-POPを歌うチリのSalomé-Anjarí

Last.FMのRecommend機能で出てきたもの。
ドメインからするとチリ出身で、スペイン語(と日本語)でJ-Popのカバーを歌っている女性アーティストだ。

リンク: Salomé-Anjarí.

日本語での情報は、ウェブにはほとんど載っておらず、Salomé Anjaríでググると、キャンディキャンディを歌っているYoutube映像が一番上に出てくる。日本ではまだ関心をもたれていないようだ。スペイン語で歌った後、「そばかすなんて 気にしないいわ」と日本語で歌い始める。

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FPN-YouTube日本語版は、何をもたらすのか?

FPNで以下のような記事を読んだ。
YouTubeの日本語化は、ユーザにとってのメリットより、YouTube自体にとってのメリットのほうが大きいという説。

リンク: FPN-YouTube日本語版は、何をもたらすのか?.

では、YouTube日本語版のリリースは、いったい何を目指したのか?

これは私見だが、ずばり、広告収入を増やすことではないだろうか。

つまり、動画のタイトルが日本語になることによって、
日本語で検索できるようになり、
Googleアドセンス等の日本語の広告が表示されるようになる。

だから、Googleアドセンス等のリスティング広告が
クリックされる確立が格段に上がるはずである。

英語で何を書いてあるのかわからないものをクリックしようとは思わないが、
日本語で意味がわかる広告文が書いてあれば、
ついついクリックする、ということもあり得るだろう。

すでに使っている人にとってのメリットは少ないだろうけど、初心者が簡単に操作できて、ミクシー並みの気軽さでYouTubeに動画を載せられるようになるならば、ユーザにとって結構なメリットなんじゃないかと思う。英語見ただけでイヤになってしまうユーザは多い。もちろん動画配信が気軽になると、それだけ問題のある映像が流れ出す危険性も高まるのだが。

英語だけの状態でも、日本人向け広告媒体として悪くなかったと思う。でもたしかに広告を出す側の誤解もあっただろうから、これを契機に日本人向けの広告は増えるのかもしれないなあ。ただ今回の日本語化は、権利者団体との摩擦を加速させる可能性もあり、そこからYouTube
のマイナスイメージが日本国内で増幅されるということもありうるので、マスコミは慎重かつ公正に報道すべきだし、ユーザも冷静に状況を見きわめた方がいいだろう。

1910年代日本の着色写真と1935年のカラー動画

リンク: 秋元@サイボウズラボ・プログラマー・ブログ: 1910年代日本の着色写真100枚.


カナダの貿易会社から横浜に派遣された人が、ガラス板に載せたモノクロ写真に着色した1910年代の日本の風景
、というのが公開されている。

1910年代に生きていた人々がいきいきとよみがえる。

それと1935年の東京の動画。

リンク: 動画:1935年(昭和10年)東京 カラー映像.

昭和10年のカラー映像は貴重。この10年後に東京は空襲で焼け野原になるんだなあと思って感慨深く眺めていたら、この動画をアップした、reina1991という人(軍事マニアなのかな?)は、どこから手に入れてるのか、出征の様子もカラーでアップ(新潟の様子も出てくる)してあって、より生々しい戦中の様子もカラーで見ることができそうだ。

今まで白黒であったがために、どこか他人事であった過去の出来事が、かなりリアルに再現されている。

弟の生き方を体現する自分という存在について

僕が大学を卒業したのが1993年。入れ替わりで弟naoyaiは中央大学総合政策学部に入学する。

92年の春ごろ、予備校の春期講習だったのだろうか、当時僕が住んでいた杉並のアパートに弟が宿泊していった。僕は弟の受験勉強のがんばりを、弟は僕の就職活動のがんばりを、別れ際に短く励ましあったような記憶がある。見通しの甘かった僕の就職活動は順調には進まず、結局すべての内定を断って、早稲田の大学院に進むことになる。その先がどうなるかはわからないけれども、早稲田の大学院なんだから、そのまま研究者として進んでいくことも難しくないだろうし、一般就職だってまだまだできるだろう、とまたまた楽観的な見通しのもと、早稲田から降りてきた蜘蛛の糸につかまることになった。

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NaoyaiのWindows Live Gadget解説

週末、新潟-弘前を往復、弘前で両親や弟の奥さんに会ってきた。新しく買った複合機を使えるように設定するため、実家のコンピュータをいじっていたら、弟がしゃべっている映像を発見した。この映像が公開されたときに、母に知らせたのだそうだ。

リンク: MSN一戸さん: ガジェット – Windows Live.

自分の仕事ぶりについて、母に知らせようとしたわけだが、「『えーと』が多すぎる」というのが母のコメントだったため、たいそうご立腹だったそうだ。たしかに「えーと」は多い。そして、やっぱり話し方が自分に似てるなあ。

消費される訃報

最近テレビを見なくなってしまったので、正確に記憶していないが、たしかテレ朝の報道ステーションで、2ヶ月に1回ぐらい、最近亡くなった人のことを映像でまとめたものが流されているように記憶している。あれを見ながら以前から思っていたのだけど、結構な有名人の訃報でも、2ヶ月に1回のまとめでは、ずいぶん前のことのように感じられることが少なくなかった。結局、今の時代の「時間の流れ」とは切り離して、長いスパンで悲しみを背負い続けるのは家族ないしそれに準ずる立場にある人だけで、ニュースに出てくるような有名人の死も、短期間で消費されてしまう。

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吉原家の130年 映像作品上映会at BOOK OF DAYS

先週記事にした、新発田の老舗写真館「吉原写真館」所蔵の写真作品の上映会を、昨日のぞいてきた。

リンク: ICHINOHE Blog: BOOK OF DAYS | SPIRAL LIFE・吉原家の130年 映像作品上映会at BOOK OF DAYS.

この写真館の六代目である、美術家吉原悠博さんが、写真館に残っていた写真をもとに、先祖の歴史をたどった成果を、スライドショーの映像作品としてまとめたものであった。吉原家の歴史をたどるものであるかのようでいて、もちろんそれは、新発田の歴史をたどるものとなる。口で説明すれば「そりゃそうだろ」ということなのだが、坂本龍一の音楽にのせた編集作品は、蔵に眠っていた写真に、いきいきと生気をよみがえらせていた。

5月下旬から、銀座でも再度展示があるようだ。
リンク: EMON PHOTO GALLERY -: Exhibition.

やはり新発田は狭い町のようで、吉原さんは敬和でも何度かお話をされていたようだ。「新発田が今アツい」、と、非常に熱く語っていらっしゃった。