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「気を使わせる」英語


 
香港行きの飛行機の中、ANAの機内プログラムで「ベストヒットUSA-タイムマシンスペシャル」を見ている。最近、ANAの国際線では毎回のお楽しみである。以前にも書いたような気がするようなしないような。この懐かし番組、小林克也が進行するおなじみの形式それ自体は、BS-Asahiで復活していて、BSデジタルの映るテレビを買ってから、一度だけ見た。ただ、今の流行曲ではあまり楽しくないので、結局それっきりになっているような気がする。

昔の曲が放映されていて気がついたのは、「あーこの番組は曲に字幕をつけてたんだな」ということ。ベストヒットUSAというのは、当時アメリカの流行曲を紹介するための、開かれた窓の一つであり、特に民放テレビ2局、民放FMのない街で暮らしていた僕にとっては、ものすごい情熱でチェックしなければならない外国への窓であった。字幕に目を凝らしながら、どうしてこういう訳になるのだろう、早くわかるようになりたい、でも何て歌っているのかそもそも理解できない、そういうもどかしい思いが、この番組を見ていると、思い出されてくる。

とりあえず今日分かったこと。Cheap Trickは、70年代に日本の熱狂的ファンが、世界的な人気の震源地となったこと。マドンナとマイケルジャクソンとプリンスは同い年だったこと。プリンスのKissの革新性は、エコーを用いなかったこと(なるほどそうだ)。Nirvanaは革新的だったらしいが、どの辺が革新的だったのか、小林克也から説明はなかった。今となってはWikipediaで追求できそうなネタだけど。
どうして僕がこういうことをリアルタイムで理解できなかったのか、こういう小ネタ的なことを小林克也は当時から言っていたと思うのだけど、やはり少年時代の僕は、今とは違う僕だったのだろう。不思議でしょうがない。

上京して、J-waveも聞けるようになり、外国の音楽もすっかりコモディティする。しかも一人暮らしの僕は常に金欠だから、CDを買って音楽を追及するということもしなくなった。英語はいつかできるようになりたいと思っていたし、多少の勉強はしていたけれども、留学もせず、外国貧乏旅行もせず、結局僕は無
為な時間を過ごしていたんじゃなかろうか。そういう苦い「失われた時間」の記憶を、この番組は思い出させているのかもしれない。

失われた「10年とちょっと」を経た僕は、大学で「国際派」っぽいポジションで仕事をしている。しかし依然として僕の英語は、相手に「気をつかわせる」英語でしかない。英語を英語として勉強するという姿勢は、依然として僕にはどうしても取れないんだけれども、ここから先、どうやって自分の能力を伸ばしていけばいいのか。まだまだ自分の「のびしろ」を疑ってやまない僕は、考えてしまうのであった。

悪意のコメントをつける”アクプラー” – 問題が深刻化する韓国の現状と対策

ブログ(系のニュースサイトというべきか)炎上問題に対する韓国の対応が紹介されている。

日本で2ちゃんねるが話題になっていた頃、韓国ではネティズンという言葉が飛び交い、大統領選挙に影響を与えたという話が聞こえてきていた(真偽のほどは未検証だし、ひょっとするとネティズンの熱狂で選挙をやったことを韓国の人も反省しているかもしれない)。

が、その後日本でもSNSでも根付くようになった。一方で韓国でも「炎上」は起こっている。というわけで、情勢は共通してきているようだ。

リンク: 悪意のコメントをつける"アクプラー" – 問題が深刻化する韓国の現状と対策 (MYCOMジャーナル).

Naverの同好会サービスに開設された「ネイバーコメントリノベーション」は、Naverに掲載されたコメントに対する問題を考え、真の意思疎通ができる場としていこうという目的の下に作られた集まりだ。

ここでは集まりの趣旨に賛同するネティズンが参加して意見交換が行われるのと同時に、Naverのニュースに対するコメント欄で提供されている「コメントを隠す」機能を利用し、コメントを見ないようにしようという「コメントを見ない運動」も実施している。


メントを最初から見る価値のないものと捉え「見ないようにしよう」とする姿勢に対しては、会員の中で賛否両論の意見が交わされているところだが、気分良く
コメントを楽しむためにどうしたら良いのかを真剣に考え、対策を実行していこうという点において意義のある集まりだといえる。

このような倫理感に訴えるやり方は、「IMF」のときに海外旅行を自粛しようという運動が展開されたり、何かと社会運動が起こりやすい韓国ならではだなあと思う。それだけ社会の倫理観がが人々の行動を制約しているということでもあるのだろう。今の日本でこういうことを言っても、たぶんほとんどコントロールは不可能だと思うし、中国でも痰を吐くなといって倫理観だけでやめさせるのは難しいみたいなので、この手のやり方が通じる東アジアの国は、朝鮮半島にしか残ってないのかもしれない。

しかし直感としては、韓国でもこれでコントロールするのは難しくなっているんじゃないかという気がする。

Nepal: 行っていいのか悪いのか

GWを間近に控え、ネパール好きの日本人の関心は、この時期ネパールに行っていいのか悪いのか、そこに集中している。mixiのコミュニティを見る限り、そのように読みとれる。GWじゃなくても、基本的なトピックはそれだったような気がする。

たしかに旅行を予定している人にとって、もっとも「当事者意識」を持ちうるトピックであるし、重要な問題であろう。しかし比較的ディープにハマる人の多い、ネパールという国に対してですら、(ミクシーに参加している)日本人の関心はそこにしか向かないのかと思うと、ちょっと悲しい気分になる。

個々にはそうではない人がいるだろうし、それがミクシーという、少しお気軽な雰囲気の空間に反映されないからといって、悲観する必要はないのかもしれないけど。

Nepal:アメリカの動き

ちょっとだけアメリカの動きが見えた。

Foreign Ministry summons US envoy Moriarty

ネパール外務省が駐ネパール米国大使を召還したという。この席でどのようなやりとりがあったのかはわからないが、事態打開に向けて米国が圧力をかけているのは間違いないようだ。どこまで本気なのかはわからないが。

それよりネパール政府側が、どういう態度に出るのかが問題だろう。

日本のCNNでは、現在、ネパール情勢の最新記事がトップに来ている。ネパールグンジでデモ参加者のうち1名が死亡、ポカラは終日の外出禁止になったようだ。こうなると、いくらおめでたい日本人でも、観光旅行には行かなくなる(たぶんレイクサイドに危険はないと思うが)。そろそろネパール政府も真面目に考えたほうがいい。

タイのタクシン前首相の辞任劇は、おそらく捲土重来の余地を残すための撤退だったと思うが、それにしても引き際はよかった。国王の威厳も保たれた。国王が当事者になって、どんどん泥沼化するネパールとは、大きなギャップを感ぜざるをえない。

ネパール2日目まで

カトマンズ三日目が終了した。
異変:携帯の電源が入らなくなった。こちらで携帯がつながらないと書いたが、さらに事態は悪化。帰国後のために充電したまま外出したのだが、帰ってきたら電源が入らない。こちらは電圧も不安定のようで、その関係かもしれない。帰国後修理しなければならないかも。
こちらは夜が早い。いまこちらの時間で11時半。薄暗い中をびびりながら、10時半過ぎにタメルという繁華街まで行ってみたが、ほとんどがクローズ。開いている一軒のバーに入ってみたが、11時半で閉まるという。これも治安維持のためなのか。享楽的な東南アジアとはまったく雰囲気が異なる。
食べ物は気がつくとダルバートという、カレー数種とおかずとごはんの入ったプレートを食べている。いろんな味のダルバートがあるようだが、あまり違いがわからない。昼間に入ったタイ料理は、いまいち。札幌の店のほうがまだいいかな。
WAKHOKを卒業したばかりで、今回の旅に同行しているGタムは、いきいきしている。3年ぶりの帰国で大変な歓迎ぶり。一族がみなカトマンズに戻ってきて、なかなか彼をホテルに帰してくれない。
25日:私立高校の校長先生を訪問。いろいろアドバイスをもらう。ネパールの大学の仕組みはなかなか複雑で、CollegeとUniversityが違うとか、Collegeにも二種類あるとか、そのほかにinstituteがあったり、いまだによくわからない。どうもこの先生はなかなかのやり手のようだ。学校の建物の上の階に住んでいる。
26日:朝早く目が覚めたので、一人で散歩。道に迷う。信号がなく、看板もなく、大きな建物もないので、非常に迷いやすい。ダルバート広場で「外国人は金を払え」といわれて、逆にこちらから道を聞く。親切に教えてくれた。Gタムの親戚の別のGタム(以下:Gタム2)が現れる。Gタム2も、Gタムの後を追ってWAKHOKにくる予定だったが、日本語力が追いつかず、断念した経緯がある。今はNGO活動に取り組んでいて、なかなか話してみると鋭い人だった。その後Gタム2が学んだ日本語学校の先生に会う。カトマンズでは数少ない日本人の先生。ネパールの日本語教育事情について非常に丁寧に教えてくれた。状況はなかなか難しい。日本語の先生の層は相当に薄く、日本人の有資格者は一桁。日本語検定3級程度のネパール人が日本語の先生をやっているケースもあるらしい。しかもネパール語と日本語は実は親和性があって、ネパール人は漢字を使わない会話体の習得が早い。「仕事で使う日本語」としてはこれで十分だという。大学留学に必要な2級相当の力をつけるために、ここからさらに漢字を勉強するというのは、いろいろな意味で相当ハードルが高い。だから英語で教えればいいんだよー。
午後は、モンキーテンプルに行った後、Gタムたっての希望で、彼の親戚のうちへ。ポカラから息子に会いに来た彼の両親や親戚に会った。お母さんが我々の額に赤いぽちっとした色を塗ってくれる。縁起物らしい。お兄さんからはネパールの帽子をいただく。そのままの格好でホテルに戻り、この日は前日の校長先生のところで夕食。校長先生は名刺にSingerと書いてあって、あちこちでコンサートもやっているようだった。さらに最近は自分でビデオをとってプレミアで編集するのにハマっていて、自分の旅行とか学校の行事を撮影して、なかなか凝った編集をしていた。まだまだ見せたいビデオがあるようだったが、翌日のプレゼンがあるので、我々は退散。そこからは、Gタムも交えて4人でプレゼンの用意。相談した結果、僕の出番はなくなったので、途中でダウン。二人のGタムは夜中まで格闘したようだった。
(つづく)