タグ別アーカイブ: 新潟

Bistro de またのり

新潟でもヒューガルデンを出す店はいくつかある、ということが最近分かってきた。こうしたマニアックな情報の集積度では、新潟はまだまだ改善の余地がある。
ただ、駅周辺でということになると、どうやらここだけのようだ。食べ物も、○○料理っていう感じではないのだが、どれもきちっとした味。ヒューガルデン目当ての客ということで、すでに店の人にも覚えられつつある。たしかに周りの客を見ると、店の自慢を無視して、エビスなんかを飲んでる人も多い。

お客さんがきたときにご案内するところではないが、常連化の予感。

  • びすとろ DE またのり (ビストロ・ド・マタノリ) 新潟市天神2-1-20  グランティグルパート2 1F
  • 025-244-0221 
  • 不定休 
  • 11:30~14:00 18:00~23:30 

コミュニティFMでJ-Waveを流す

ずっと書こうと思っていて、忘れてたこと。新潟に引っ越してきて、あるとき、J-Waveが流れていることに気がついた。J-Waveは首都圏の外に電波飛ばしてもいいことになったのかあ、新潟もそこそこリスペクトされてるんだなあと思ったわけだが。

実はこれ、FM KentoというコミュニティFMのもの。かなりの時間、J-Waveの番組を、そのままスルーで流している。ジングルもJ-Waveのものがそのまま流れちゃってるような気がする。こうなると、聞くほうも聞くほうで、「あーこの時間はローカルなんだなあ」と、せっかく自主制作なのにかえってチャンネルを変えてしまったりする。営業的にはJ-Waveを流すと楽になりそうな気もするが、コミュニティFMという制度の趣旨からするとどうなんだろう。災害時には緊急放送に切り替えるので、それまではどうでもいいってことになるんだろうか。

稚内のFMわっぴーのように自主制作メインでがんばるというのが正しいということになるのだろう。ちなみに、ウィキペディア「 コミュニティ放送 – Wikipedia.」は勉強になる。J-Waveの再送信は、新潟だけでなく、全国各地で行われているようだ。なお、FMわっぴーの項目が、ウィキペディアでまだ記述されてない。

テクノラティによると、この話題のブログでの取扱件数は、過去14件。これを多いと見るか、少ないと見るか。

Flickr

学生に使ってみるよう指示したこともあって、先週あたりから各種の「Web 2.0」的サービスを使ってみている。

テクノラティ(使っている間にGoogleからもブログ検索がリリースされた)、del.icio.usにもユーザ登録をして使ってみた。もともと普段はGooのRssリーダを使っているので、これの登録状況を読み込みたいのだが、どうもうまくいかない(件数が多いからか)。

今のところ一番はまっているのは、Flickr.だ。すでに有料サービスを申し込んで、過去の写真を含めて500枚ほど放り込んだ。気に入ったのは、各種のツールが充実していること。このブログの右側に表示しているのもその一つ。登録データを組み合わせてフラッシュで順々にスライドショーで小さく表示させている。まだまだ過去にさかのぼれば、アップできるデータは多数ある。これまでHDに保存しておいたものを、ネットにあげるだけではあるが、タグをつけておけば、後々そこからたどれる。タグを一つ一つ付けるのはめんどうだと思ったけど、意外と簡単だ。

敬和でウェブの見直しという話が出ている。何年か前に稚内でもたどった道。誰かが人柱にならなければできない話だ。新任の私はしばし様子を見たいと思っている。

上のようなサービスを見れば見るほど、企業なり大学が、自己完結的にウェブをくみ上げていくときの視点を、見直す必要があると感じる。もちろん、使いやすさや見栄えがいいに越したことはないが、作った側が想定していないルート、口コミで情報が広がっていくという要素を見逃すべきではないのだろう。どんなに見栄えがよくても、使い勝手が良くても、悪い評判は口コミで広がってしまう。逆にいい評判はじわじわと、地道な努力を続けている人たちを救うのかもしれない。たとえば、私が新潟にきてから街の情報、たとえば、上のflickr関連の情報、その多くは、既存の公式のルートからではなく、ミクシーの関連コミュから得られたものだ。準メジャー情報の集積度で、日本語では、ミクシーにかなうものはないというのが率直な感想だ。

こうした情報の流れは、マスの情報ソースがきっかけになっているケースも少なくないのだが、「それがすべて」であるかのような代理店の人たちの発言は、大抵眉唾であろう。特に中小企業、地方私立大学の広告は、ほとんどが金をどぶに捨てているようなものであろう。マスで完結せず、バイラルに情報を戻せるようなものは別だけど。「オカムラ食品の味っ子漬」クラスなら、今でも青森でバイラルに流れを戻せるかなあ。

Windowsムービーメーカーで作る学校紹介ビデオ制作入門

Windowsムービーメーカーで作る学校紹介ビデオ制作入門

WAKHOK高谷先生が最近公開されたもの。タイトルに「学校紹介」とあるが、プロットの作り方で「学校紹介」が意識されているが、一般的な「使い方」としてもわかりやすい内容だ。

稚内で数年でmoovuが作り上げてきた、ムービーを使った地域情報の発信という動き。新発田も新潟もこの動きは非常に鈍いように見えるので、これは私にもなんかやれという思し召しのような気がしている。

Premiere Elementsぐらいは買わなきゃいけないかと思っていたが、ムービーメーカーでとりあえず始めてみるか。大学のカメラは、どういう状態にあるんだろう。まずはチェックだな。

新潟のインド料理

東京の自宅の近くには、ナワブというすばらしいインドレストランがあった。ネパール人のゲストの評判も、一番良かった。

新潟にも、インドレストランはあるようだが、あまりいい話は聞かない。

今日、郊外のラーメン店麺屋空に行ったところ、近くに Mayaaというインドレストランがあり、結構車が止まっていた。インドとネパールの味を再現しているようなので、ネパール人がやってるのかもしれない。今度行ってみようと思う。

今日は移動日

本日東京のマンションを引き払い、車で新潟に移動してきた。明日新居に搬入の予定。新潟ではBフレッツにすることになり、申し込みはしてあるのだが、開通は火曜日。それまでは、大学にいる時間を除けば、「ネット難民」となる。あるいはホットスポットに通うか。

運送屋が去った後、友人がたずねてきてくれて、築地すしざんまいで最後の食事。場内のすし屋に行列ができているときは、すしざんまいに行列はできないようだ。これで都心生活も終わり。感傷に浸りながら、マンションに戻り、さあ退出しますか、となったところで、ハプニング。

保管してあったスペアキーを入れた封筒がない。

どうやら引っ越し荷物に入れてしまったようだ。自分で持っていく荷物の中に入れていたつもりだったが、勘違いしていた。手荷物をひっぱがしてみるものの、みつからない。管理サービス事務所に事情を話して、何とか許してもらった。

ようやく車でマンションを出発したが、出発前に慣れない都心のスタンドで給油をしたところでまたトラブル。

セルフ給油所で、出てきたおつりがプリペイドカード。え、もう引っ越すって言うのに。。。

というわけで、八丁堀のスタンドのプリペイドカードが4000円ほど手元に残った。

言いたいことも感じていることも山ほどあるが、とにもかくにも、練馬ICから4時間弱。意外と早く新潟にたどりついた。期待も不安もあるけれど、明日から自分のできる限りのことで、がんばっていきたいと思う。

新潟に引っ越します

9月30日付で、6年半を過ごした稚内北星学園大学を退職し、敬和学園大学人文学部に移籍することとなった。これに伴い、半年間の東京生活も今週で終了、新潟に引っ越すことになる。6年間、稚内で多くの方々のお世話になったが、こうして遠隔地からひっそりと「稚内」を離れることとなる。お一人お一人にゆっくりご挨拶することができず、なんとも心苦しい。が、これからも稚内のために仕事をすることにはなるだろう。またいつか。

一度東京に戻ってから再度地方に出るというのは、なかなか複雑な気分だ。田舎生まれ田舎育ちではあるが、実は一番長い期間を過ごした場所は東京だし、今回半年間を過ごした新川という街も、今までほとんど縁がなかったが、非常にいいところだった。結構去りがたい思いがあるというのが正直なところ。東京でもまた、この半年でいろいろな方にお世話になった。

新川を中心に東京で見つけた新しいお店や場所については、近いうちにまとめておきたい。東京駅から近いので、新幹線に乗る前にいくこともできそうだ。

新潟、新発田でも、新しい環境になじめるよう、努力していきたい。ここでもまた、新しい人々のお世話になることだろう。どうぞよろしく。

旅芸人生活

金土日、二泊三日で稚内に出張。1ヶ月ぶりの稚内は、幾分温かくなってきていたが、稚内人としての気質・体質が抜けてしまっているのであろう、それでもまだやっぱり寒かった。また、これも「よその人」感覚だからだと思うが、案外稚内は落ち着いていていいところだなあと感じた。暴風雪の日に来ると、また感覚が違うのだろう。

稚内、札幌からヨシツグとユーミーが上京し、しばらく数日間我が家に滞在した後、ネパールに旅立つ。今の情勢にはいろいろな不安を感ぜざるをえないが、今のところ予定通りの派遣日程だ。すでに滞在中の2人と力をあわせて、4人で何とか突破口を見つけ出してもらいたい。

で、昨日帰ってきたばかりなのに、今度はこの後新幹線で新潟へ向かう。移動だけでもきついのに、授業があって、その他移動のためのチケットの手配もあり、いろんな意味で負担のきつい旅芸人生活を実感している。

渋谷カンティプール

札幌の妹が上京してきたので、昨晩は4人兄弟姉妹のうち、上から3人と弟の奥さん、4人で集まった。新潟に移動した月曜日あたりから、店をどうするのか、メールが飛び交っていたが、結局昨今長兄の僕が探索中のネパール料理に挑戦ということになった。

それぞれの居場所を考慮して、最終的には、渋谷・恵比寿の3つのネパール料理店から、渋谷桜丘町の「カンティプール」を選択した。店内は、(意外にも?)女性客を中心にかなり込み合っていて、予約しておかなければ席がなかったかもしれない。ここもネパール料理なのに、「ダルバート」がない。やはり「ダルバート」、つまり「定食」状態にしてしまうと、客単価が下がるからだろうか。ご飯と他のおかずを頼んで混ぜちゃえばいいんだけど。

弟妹には、「チョエラ」という料理の発音がおかしかったようだ。どうも僕がふざけて、適当かつあてずっぽうに、変な音を発しているように聞こえたようだ。おそらく子供の頃、実家でやってたことを想起させるのであろう。弟の奥さんにはその面白さが通じてなかったもの。

ここでも料理人や店長に話しかけて情報収集。店長はネパール好きあるいは山好きが昂じてネパール料理店を始めたわけではなく、前の店を引き継いだときにネパール人の料理人ごと引き継いだので、ネパール料理店にしただけだといっていた。謙遜じゃないとすれば、それであの繁盛ぶりは大したものだ。

料理人のカマルさんは、「ナンの専門家」だそうだ。それは、ネパール料理の専門家ってことになるのだろうか?と思ったが、まあいいか。彼の勤めていたホテルはNarayaniというところで、ヒマラヤホテルの近くだそうだ。帰ってきて「歩き方」を見たら、地図上には載っていた。一部にはおなじみのPulchowk。

新発田の学生達

4月から新潟県新発田市にある、敬和学園大学で非常勤講師をやることになった。
東京駅から新潟まで、新幹線で2時間ちょっと。敬和学園までは、そこから電車で30分(プラス駅から学バス)ほどかかる。稚内から札幌まで、5時間の旅を何度もしていた立場から言うと、たいしたことはないのだが、まあそれなりに往復移動で体力を吸い取られそうだ。
今回は車で移動したのだが、関越トンネルを抜けると、本当に「雪国」になった。
今週はガイダンスで、ゼミ所属の学生たちと履修相談をした。驚いたことに、学生たちのPC使用率は異様に低い。学内施設は45台のPCだけで、しかもそれらもあまり使われている形跡がない。学生に聞いてみると、重たいのでノートPCはあまり持ち歩かないそうだ。教員も学生もPC依存症にどっぷりつかっているWAKHOKを当たり前だと思っていたけれども、世間の常識っていうのはそんなもんなのか。。。
敬和はキリスト教主義に基づいて、しっかりした教養教育を行うというコンセプトの学校だ。実学とか即戦力とか、そういう発想には、少なくとも理念的には立っていない。ゆるぎない教養人であれば、卒業後仕事に必要な「スキル」はすぐに習得できる。そういう前提に立っているように見える。
そう、WAKHOKの考え方と全く正反対だ。WAKHOKは、形式的な教養が学生をスポイルしてしまうという考え方だと思う。常に実践的かつ先進的であることを志向している。
いずれにせよ、そうした「哲学」は、おおむね大学サイドの都合によって作り上げられている面があり、必ずしも学生の将来にどのように作用しているか、あるいは少なくとも、学生にどのように受け止められているかを、きちんと評価した上で作り上げられているわけではないように思う。ネパールやバングラディシュの学校と話していると、彼らがいかに市場競争力と教育の質の向上に取り組んでいるかがよくわかる。彼らは、学生の需要にどのように答えるべきかという出発点に立っている。実際には学生に対する管理は結構徹底していて、別に学生にこびへつらうわけではないのだけれど、マーケティング戦略は非常によく考えられていて、いい意味での「顧客満足」が追求されている。日本の大学はその点、供給サイドの都合でやり方が決まっていて、あまり市場志向的ではない。大学全入時代の激しい競争を勝ち抜くために、というお題目はよく唱えられていて、そのためにみんな努力しなければという掛け声はあるのだけれど、結局どんな手を繰り出すかは、学校や構成員の都合(プラス財力)が非常に大きな制約条件としてのさばってしまっているので、実際には中途半端な改革にとどまってしまっていることが多い。
敬和の学生たちは、このカリキュラムで学んで、どんな将来展望を持つのかが非常に不明瞭であるように思えた。WAKHOKの学生たちにもその傾向はあるが、それはITの領域で自信を持てないからに過ぎず、実はWAKHOKでの「そこそこ」は世の中では「結構すごい」ぐらいにはなるんだという気持ちを、持てばいいだけなのであろう。そうした自信創出の仕掛けが、WAKHOKには欠けている。そうした点を補うのが、敬和学園のいうような「人間教育」「教養教育」なのかどうか、それはよくわからないが、両者の「哲学」は何か相互補完的であるように感じている。敬和の学生は、大学の掲げる旗印の意味を、おそらくほとんど理解していないだろう。少なくとも学びのプロセスの前に掲げられるものとしては、ちょっと難しすぎるかな。卒業した後、じわじわ効いてくるのかもしれない。
留学生たちは、もっとはっきりした専門性、あるいは世の中で通用する「実学」を求めているように感じた。「日本の大学」を卒業しましたというだけではほとんど評価されない、という彼らの意見は、もっともだと思った。また新しい宿題を抱えたような気分になった。
新潟なのに、帰りの新幹線で、富山のますずしを食べた。