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新潟市に住みたくなる動画「Timelapse – Coming of night in Niigata City」

ゼミの学生たちと、これから作る映像作品の方向性について、いろんな作品を見ながら検討していたら出てきたもの。

朱鷺メッセから撮影したものを中心に、一眼レフカメラで撮影されたTime Lapse映像が見つかった。

あまり再生数は伸びていないのだが、新潟市の万代橋や柳都大橋など、信濃川周辺の「昼」と「夜」を、微速度撮影したものと通常の動画撮影したものを組み合わせて、うまくまとめている。東京などの映像は、もっときらびやかで、曲もアップテンポなものが多いけれど、新潟の映像に合わせる曲は、これぐらいゆっくりでいいのかもしれない。

東京その他大都市のTime Lapse映像に負けないぐらい、新潟市に住みたくなるような、あるいは、新潟市民が誇りに思うような映像に、仕上がっていると思う。

長女が生まれました

連休初日の9月21日、長女が誕生した。2978グラム。出産前に性別がわかるとはいうものの、通常の診察で確定できるのは男子であるということだけらしく、9割がた女子だろうという状態だったのだが、無事女の子が生まれてきた。性別はどちらでもよかったのだが、男の子よりも女の子のほうが、やはり父親としてはうれしいものなのだろう。比較のしようはないのだけど、たしかにこれからの成長が楽しみだ。

妻の年齢は、出産のリスクが急上昇する年齢には達していないが、自分は40代。一番下の妹が生まれたときの、父の年齢とほとんど変わらない。妹が生まれた後、父が老いと対峙しながら、幼い妹を育てるために奮闘するのを見てきた。今後の生活が大変になることは容易に予想がつくのだけれど、それでも今は、新しいメンバーが、元気に我が家にやってきてくれたことを素直に喜びたいし、それだけの元気が、湧いてきているように感じている。

My Daughter and Me #mydaughterandme

さて、出産までの記録。

予定日の9月27日には出張の予定だったし、それ以外も週末含めて出かける予定がたくさん入っていたので、学期に入ったら立会いは厳しいだろうと思っていた(あるいは、強引に仕事を休むか)が、絶妙のタイミングで、生まれてきてくれた。おかげで出産に立ちあい、「生まれる/産む」という出来事を共有することができた。

妻は体力に自信があるとは絶対に言わない(言えない)人なので、難産になるのではないかと心配していたが、今回の出産は、医師・助産師とも「理想的」と口をそろえるほど、きわめてスムーズであった。

前夜は夜遅く返ってきて、Studio Roopから届いたマタニティフォトを楽しく鑑賞、かなり遅い時間に寝ることになった。

Maternity Photo, Studio Roop 20130913

Studio Roopから写真が届きました

Studio Roopでのマタニティフォト撮影は、ぜひやろうと思っていて、なんとかタイミングを作ることができてよかった。Facebookで見る限り、Roopの皆さんは非常に忙しそうにしているので、急にお願いしたにもかかわらず、撮影していただけたのもラッキーだった。

今回撮影してくれたカメラマンの濱口さんが、「うちも別のカメラマンに撮影してもらったんだけど、撮影終わって数日後には生まれた」という話をしてくれた。うちは2日後には生まれなかったが、写真を見た途端に事態が動き出すことになった。

ちょうど自分が眠り始めた、朝の4時頃。妻ががばっと起きだして「やばい!破水した」とトイレで叫んだ。自分は眠い目をこすりながら何とか起きだして、破水後の対応についてググって確認(妻はすでに臨戦態勢あったので、どうすればいいかあらかじめ勉強済みだったのだけど)。妻には、後部座席で横になってもらい、病院へ。この時点では、陣痛は全くない。通常はこの後陣痛がくるものだけど、こなかったら促進剤などの措置も考えられるという説明。とりあえず24時間様子を見ましょうということになった。

この段階ではまだ妻にも余裕があった。すでに用意してあった入院キットのかばんに入っていなかったものを取りに行く必要もあり、また正直殆ど寝てなかったので、自分は家に帰って寝ることにした。実はこの日、学生たちがボランティアに参加する、「世界網膜の日」全国大会が、新潟市総合福祉会館で開催予定で、Keiwa LunchのチームでUst配信も実施予定だったのだが、私の手元にあるビデオカメラを会場に持ち込む必要があった。さすがに朝から会場に行くのは難しそうだったので、Facebookで学生たちと運営担当のおっちーさんに連絡、おっちーさんにカメラを取りに来てもらうことができた。
そんなこんなで落ち着かず、なかなか寝付けなかったが、なんとか数時間寝たあとで、忘れた物資を持って病院にもどってみた。まだこの段階でも陣痛はきていない。これは自然に生むのは難しいだろうか。破水した後は、胎内に菌が入りやすい状態になるので、そのままにしておくことはできないという。長くなりそうだった。

まだ陣痛はなく、さらに持ってくるものが出てきたので、もう一度家に戻り、イベント中の総合福祉会館に立ち寄ることにした。ちょうどお昼休みで学生たちの活動をゆっくり見ている時間はなかったが、2年生も全員揃っていて、UST配信も順調に行われていることを確認することができた。この段階で学生たちも状況を知っているので、「今日生まれるんですか!」という質問をされたが、陣痛も全く来ていない状態なので、「たぶん今日はまだ生まれない。明日だねえ」と話していた。

世界網膜の日全国大会 #niigata #keiwa

13時過ぎに病院に戻ると、軽い陣痛が始まっていた。軽いといってもどの程度かは自分には分からないのだが、会話する余裕はあった。食事は一部吐いてしまったそう。ただこの段階でも助産師さんは「まだまだでしょう。」と。妻が言うには、これからの痛さはいまの何十倍かだと言われたと。えー、そんなにか、耐えられるかなあ。まだこれからときいて、お腹がすいてきた。長期戦に備えて、病院の近くの中華料理でひとり昼食。

14時半ぐらいか(店を出るときには、表の看板が「準備中」に変わっていた)、食事が終わって病院に戻ると、どうも様子がおかしい。本格的な陣痛が始まっている気配がする。「誰かが上に乗っかっているような痛み」といいながら悶絶し、さっきは長期戦の見通しを立てていた助産師さんも、頻繁に様子を見に来るようになった。会話していられるような状態ではない。痛みがおさまったら、分娩室で診察しましょうということで、悶絶しながら移動。自分は陣痛室で待機。分娩室からは定期的にうめき声が聞こえる。「あれ、このままこっちには戻って来ないで、生まれてしまうの?」と思った。結局30-40分ぐらい「診察」は終わらず、その後助産師さんが自分のところへ。「旦那さん、どうも生まれそうです」と。両親など家族に連絡だけしておく。

着替えて、手を消毒し、分娩室に入る。1時間半、何もできず、ただ妻の横にいて、「ひっひっふー」に参加するだけだったが、あっという間だった。助産師さんのすばらしいリードがあったのだろう。

妻は涙を流して苦しみながらも分娩室での会話に参加。助産師さんが「歳のせいで頭のなかに汗をかくようになった」というと、「え、ほんとですか!私もです。」といい、途中で「あー、(さわ山の)おはぎ食べたかった」と言い出して笑いを誘っていた。こうやって途中で普通の会話をする妊婦はめずらしいのか、「一戸さんは面白い人ですね」とほめられていた(たぶんそうやってリラックスさせているのだろうけど)。

最初分娩室に自分が入った時の陣痛ピークは一旦おさまったが(おさまってなければおそらくすぐに生まれていたのだろう)、断続的に陣痛は続いた(なので、下がった時に会話に参加していたのだと思う)。「あれ、おさまっちゃったね」と助産師さんに言われ、妻は「こうやって腰をゆらすと(陣痛が)来るみたいですね」とコツを発見、自力で陣痛を誘発していた。何度かトライした後、最後は力を入れないようにいわれ、その後すーっと産道をすり抜けた。おそらくあれも助産師さんのテクニックなのだろう。16時33分、女の子が外に出てきた。
おかげで妻の体のダメージも最小限に食い止められた。「次は気をつけないと、あっという間に出てきちゃいますね」と言われるほど。赤ちゃんはほどなくして、ちゃんと泣きだすようになった。ひとまず安心した。

Hello World! My Daughter

妻は妊娠がわかってから、いろんな生活上の制約に耐えて、ここまでがんばってくれた。妊娠初期の2月に道後温泉に一緒に行った段階で、(妊婦にはよくないという)まぐろには手を出さず、温泉にも入らず、もちろんお酒も飲まず、ストイックな生活を続けた。飛行機にのるのもどうしようか迷い、結局道後には行くことにしたが、かなり行動は慎重にしていた。しかし結果的には、つわりもほとんどなく、途中で大きく体調を崩すこともなく、直前までFacebookに発言するほどに元気だったように思う。

もちろんこれからがまた大変なのだけど、ひとまず無事、元気な子を生んでくれたことに感謝。かつ彼女の人間としてのパワーに、女性としてのパワーに、正直あらためて感服した。

出産後、病院から帰る前にあらためて、しみじみと、「うん、良かったね」と二人で再度確認。彼女の安堵する表情に、長きにわたって背負ってきたプレッシャーの重さを感じた。

泣いたり泣き止んだりライフ始めました

「基本的にみんな同じ顔」といわれる一戸家。家族写真を見せるとそう言われることが多い。最近は妻と私も似ていると言われるようになった。後天的にも似てくる要素が何かあるのかもしれない。女の子は父親に似るという。と考えると、父親の要素をある程度引き継いでしまうのだろう。

職業柄、学生を含めて、人に会うことは多い。こうして娘が生まれてみると、女性の「輝き」についても、これまで会った人たちの様子から、思うところはいろいろある。「天は二物を与えた」かのような才色兼備の女性にもお会いすることはあるが、むしろ多くの魅力的な女性は、「知」が「美」を補完したり、「美」が「知」を補完していたりしている。もちろん、他人には見えないところで、努力していることもあるはず。どちらかというと、こうした二物を与えられていないのに輝いている人たちをロールモデルとして、希望を持って進んでいってほしいなあと思う。まずはベースとなる家庭環境の安定が大事になるはずなので、これまで以上に自分自身の精神の安定と充実した家族との時間を持つことができるよう、努力していこう。

敬和学園大学国際ダンスサークルの写真がFlickrのExploreに

敬和学園大学のダンスサークルの1つ、国際ダンスサークルの写真が、Flickrの優秀作品集、Exploreに掲載された。ここに掲載されると、一気にアクセスが増える。

国際ダンスサークル / 敬和学園大学オープンキャンパス 20130818

8/18開催の敬和学園大学オープンキャンパスで、国際ダンスサークルがミニステージをやったときのもの。今回は4年生だけでのステージとなった。今年の4年生はこのサークルをスタートさせたメンバーで、当初は「トッポギガールズ」という仮のユニット名で活動、途中からサークルに格上げになる時に、現在のサークル名となった。

今回の写真は、Flickrの中でウェブアプリとして提供されているAviaryというソフトを利用した。Effectは案外多く、Instagramに負けない写真加工ができる。

国際ダンスサークルは、今年の24時間テレビの関連ステージで、明日8/25新潟市万代のステージでパフォーマンスを行うようだ。万代方面にお出かけの方は、ぜひご覧ください。

国際ダンスサークル

【告知】日曜日に、24時間TV 新潟万代シティ特別会場で、『なりきりパフォーマンスショー』というコーナーに国際ダンスサークルが出演します!!!『なりきり』といえば、私達、国際ダンスサークルですよね♡衣装も新しく揃えて、少女時代になりきってきます!!!
時間は、8月25日(日)12時40分〜13時10分の中の後半に出演。
ラブラ万代や、スタバ、ALTAの十字路の辺りでパフォーマンスします!!万代シティ通りです。
曲は、少女時代『Gee』です!

私達のホームでもある
新発田を抜け出して
新潟で国際ダンスサークルが踊ります♡会場が万代なので、新潟にお住まいの方や、お時間のある方は、ぜひ、会場へお越し下さいお待ちしてます!!!

自分の「撮っただけ」の写真は、FlickrのExploreになかなか入ることはないのだが、今月はもう一枚、現代メディア論で月岡温泉の撮影にうかがった際、ホテル清風苑で撮影した写真も、Exploreに入った。

ホテル清風苑での写真がFlickrのExplore入り | ICHINOHE Blog

ホテル清風苑で記念撮影 / 敬和学園大学集中講義「現代メディア論」 201308

新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」:ラブラ2」に対するさまざまな反応

新潟日報モアに連載している「新潟ソーシャル時評」。その後Facebookページができたり、ソーシャルメディアボタンもうまく動くようになったので、こちらでの告知が止まっていた。すべての記事を紹介している余裕は無さそうだが、それなりに反応があったもの(ありそうなもの)を紹介するようにしたいと思う。

先月下旬に発表になった、新潟市万代の新しいビル「ラブラ2」については、ソーシャルでの反応を紹介しながら記事にした。

Bandai Bridge, Niigata, Japan

「ラブラ2」に対するさまざまな反応|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

今回面白いなと思ったのは、

 

という反応。新潟に来てしまったブランドは、特別なものではなくなってしまう。わざわざ東京まで買いに行くものであってほしい。私はそのように理解しました。このユーザの声もまた、「全国行脚」をめぐる複雑な(?)人々の心をあらわしているように思います。

新潟日報モアは、新潟日報購読者向けのサービスだが、世帯内で複数アカウントの発行は可能なので、新潟日報購読家庭であれば、すべての家族が登録可能だ。また、「購読予定」の人も登録ができるので、実は「これから登録しようかな」という人も、問題なく登録ができる(販売店が営業に来るのではないかと思う)。

敬和学園大学「ラーメン愛好会」メンバーが、「新潟ラーメンバトル外伝」審議委員に

Cut in Campus2013年7月号の配布が始まった。今月から「新潟ラーメンバトル外伝」という企画がスタートするのだが、いつのまにか敬和の学生たち4人が「審議委員」をつとめることになっていた。横綱を決めるかのような重々しい肩書きで、しかも、プロフィールもいろいろ「盛られて」いて笑ってしまう。4人のうち2人が、一戸ゼミのメンバーであり、そのうちの一人は、Keiwa Lunch MCの横田さん。川島なお美のような、あかねさんのプロフィールもすごかった。

ラーメンバトルには、新潟市内のラーメン店が9つエントリーし、オリジナルメニューを制作。読者が店舗にある採点表に点数をつけて投票できる仕組み。おそらく「審議委員」もこれら9店舗をすべて回るのだろう。

結果的に一戸ゼミからも2名が、ラーメンバトル審議委員になっていた #keiwa

ラーメン愛好会

ラーメン愛好会は、正式なサークルではなく、Facebookの中で学生と教職員がグループを作り、県内のラーメン情報を交換するもの。敬和の学生なら、誰でも参加できる(匿名だとダメだろうけど)。

実際には学内の学生、教職員だけではなく、教職員の知り合いも混じり込んでいたりして、敬和学園大学をハブとしつつ、県内ラーメン情報を共有する拠点となっている。Facebookを使って、というところが、敬和っぽい部分(といっていいだろう)。別に楽しく情報が共有されていれば、大学の公認サークルである必要は全くない。むしろ「大学の活動」としての枠をはめないことにより、学外の人ともに緩やかにつながり、交流できるというメリットもあるだろう。大学の中に「サークル」という組織を作り、それを大学が「公認」するというのは、大学としては学生活動を管理する上でやりやすいのだろうが、実際には、大学の枠を超えた「インカレサークル」となり、さらには社会人とつながっていくほうが、学生の成長にはプラスの部分が多く(危険もあるが)、(体育会系の部活を除けば)そろそろ限界に近づいているような気がする。

ラーメン愛好会の顧問(?)は、キャリアサポート課の川崎さん。先週のKeiwa Lunchに出演、その中でもラーメン愛好会についてお話ししている。

新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」に「『ソーシャル系ニューシニアン』は登場するか」を書いた

先日スタートした、新潟日報モアのブログ「新潟ソーシャル時評」。新潟日報モア本体のソーシャル連携にいろいろ不具合があり、まだ今ひとつ、読者からのフィードバックは感じられない。そもそも新聞購読者にとって、無料とはいえ、登録するのは大変なのではないかという気もしている。初動の遅れを取り戻せるよう、がんばっていただきたいところ(だが、私には何もできない)。今のところブログへの導線もトップページへのリンクしかない。新着ブログの表示とか、編集部の紹介する話題のブログなどといった、複数の導線を用意していただけるよう、お願いをしているところ。

今朝の新潟日報に、電子版「新潟日報モア」の詳細記事。電子版発行に伴い、ソーシャル編集委員を拝命、「新潟ソーシャル時評」というブログを書かせていただくことになりました。 津田さんは特別編集委員に。 #niigata #keiwa

今朝、南京のホテルからアップしたのが、表題の記事。

「ソーシャル系ニューシニアン」は登場するか

シルバー人材センターへの登録者が減少しているという、以下の記事についてコメントしたもの。事務・管理系の仕事に、60代以上がつくとすれば、「頑固親父」ではなく柔軟性がないと難しいだろうが、その点では、ソーシャルメディアの日常利用は有効ではないかという話を書いた。

会員数減少 団塊世代に熱い視線|ニューシニアン|特集|新潟日報モア

このほか、開始以降書いた記事はこんな感じだ。
「ネット-新聞-世論」の関係|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

ソーシャル発の写真展を1面でピックアップ|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

ソーシャルメディアから垣間見る、新潟県の大学事情|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

新潟日報モア連動Ustream番組「敬和×日報『Newsナビ』」がスタートします|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

新潟市都市政策研究所が、「これからの新潟空港のあり方」報告書を発表|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

新潟日報モアは、新潟日報購読者向けのサービスだが、世帯内で複数アカウントの発行は可能なので、新潟日報購読家庭であれば、すべての家族が登録可能だ。また、「購読予定」の人も登録ができるので、実は「これから登録しようかな」という人も、問題なく登録ができる(販売店が営業に来るのではないかと思う)。

新潟日報モアのソーシャルメディア連携には、少し時間がかかりそうなので、しばらくはこちらのブログで、記事更新情報をポストすることにしたいと思う。

新潟市新津美術館「仮面ライダーアート展」で撮影された「改造手術」写真を募集します

5月18日(土)から新津美術館で開催されている、「仮面ライダーアート展」に行って「改造手術」写真を撮ってきたところ、Facebookでの反応がよかったので、皆さんの写真も募集します。誰でも無理なく(?)、改造されている写真を撮れますので、ぜひ皆さん参加してください。

仮面ライダーアート展 新潟市新津美術館

改造人間にされているところ(二日酔いではない) #niigata

開催は、7月28日(日)まで。歴代のライダーが展示されていて、その他多くのものが展示可能となっています。改造手術の撮影コーナーは、歴代主題歌の映像を流しているコーナーの近くにあり、多くの人が座って主題歌映像を見ているため、ちょっと恥ずかしいです。恥ずかしさを乗り越えて(?)、苦悶の表情で改造される写真を撮ってください。。

撮影した写真は、Instagramで、「#riderope」というハッシュタグ付きで投稿してもらえると、自動的にこちらに表示されるはずです。

#riderope | listagram

Instagramでの投稿が難しい場合には、別の方法で投稿していただいて、 @shinyaiまでTwitterかFacebookでお知らせください。許可いただければ、Instagramには、こちらから投稿させていただきます。

敬和学園大学の学バス、5/20より新発田駅方面にも試験運行

これまで白新線佐々木駅行きしかなかった敬和学園大学行きの学バスが、来週から新発田駅行きも運行されることになった(試運転)。

200609学バス

本数は少ないが、市内商店街にも停車する。新潟市内から通う多くの学生にとって、佐々木駅はたしかに最寄りなのだが、結果新発田駅界隈をよく知らないまま、卒業する学生も少なくなかった。また同時に、村上方面や羽越線を利用する学生は、新発田駅での乗り換えとなり、長時間の待ち合わせが発生することも多く、新発田駅直行便への需要がそれなりにあった。

5月20日(月)~8月2日(金)の月~金曜日試運行。午前中、新発田駅からは、新発田駅発8:15、9:30、12:00。大学からは、大学発16:30、18:00。それぞれ大学から出発するので、午前中大学から乗って途中下車もできるようだ。
途中、コメリ書房前、まちカフェ前、北越銀行新発田西支店前、新発田大手郵便局前、県信用組合新発田支店前、NSG新発田本校前、ネッツトヨタ新発田店前にも停車する。

個人的には学生をつれて、シンガポール食堂のオッチャホイを食べに行ったり、その他市内の店を訪ねたり、「しんみち」にいくなどの活動ができたらいいなと思う。街の人たちと学生たちをつなぐ仕事もやりやすくなる。

オッチャホイ / Singaporean Noodle

対外的な意味でも、学生と市民の交流を進めていく上で、非常に大きな意義を持っている。今後新発田市内でのプロジェクトをいろいろ進めていく上で、交通手段の心配をせずとも、学生たちが授業後に新発田市内に足を延ばせるというのは大きい。

学生の要望としては、西新発田駅のイオンに立ち寄りたいというものもあるだろうし、新潟市内の学生からは、新潟駅まで行ってほしいという要望もあるだろう。人的リソースが限られており、すべての要望に答えていくのは難しいのだが、要望があることを学生がきちんと表明し続ければ、対応は検討されると思うので、いろいろ意見をよせてほしい。

[追記]
大学のウェブページでも運行スケジュールが発表されている。朝と夕の5往復。

学バス – 敬和学園大学 新潟県新発田市にあるリベラル・アーツ大学

古町どんどんに古賀絵里子さん登場「番組最後の締めコメ、記憶にないことがある」

昨日から開催されているイベント「古町どんどん」の企画で、BS-TBS「おんな酒場放浪記」に出演中の写真家、古賀絵里子さんのトークショーが行われた。聞き手は劇団NAMARAの江口歩さん。

 

会場につくと、古町どんどんに出展している店は、ほぼ店じまい状態で、天気も悪く人通りは少なくなっていたのだが、7番町の屋外ステージ(雨のため当日変更)の前に、100人ほどの人が集まっていた。開始前からステージには江口さんが立って、いろいろ話しながら空気を和ませていた。開始後も、江口さんが上手に話題をふり、会場との一体感を作っていた。

古町どんどん特設ステージ

古賀さんにはおそらく、新潟(とくに新潟市内)のイメージはほとんどなかったと思うが、取材で燕三条や佐渡に来たことはあり、佐渡でのテレビ取材がきっかけとなって、酒場放浪記への出演依頼が来たという。佐渡でのテレビ取材は、写真家として佐渡を訪ねて撮影するという企画で、取材先の佐渡は「好きな酒蔵を訪ねる」のが目的で自分で選んだそうだ(このイベントは、石本酒造がスポンサーで、来場者に越乃寒梅が一杯づつ配られていたこともあり、どこの酒蔵がお気に入りかは、明らかにされなかった)。

江口さんはこちらの動画で予習していたようで、ベンチの端にすわって倒れそうになったり、「ケダモノの香りがする」とコメントしたり、という、古賀さんの「天然」エピソードを紹介し、上手に彼女の個性に迫っていた。

個人的に印象深かったのは以下の二点。
– 番組最後の「締めコメ」、締めのコメントで、何をしゃべったか覚えていないことがある。

吉田類さんの「酒場放浪記」同様に、「おんな酒場放浪記」でも、お店から出てきて最後に「ほろよい」でお店についてコメントするというのが、この番組の一つの見せ場。この日も「実は飲んでいるのは水なのでは?」という質問が出ていたが、ちゃんとお酒を飲んでいるそう。吉田さんや古賀さんは、やや呂律が回らなくなっていることもあり、「最後のコメントを考えながら、楽しく飲む」というのは、なかなか大変だろうなと思ったのだが、実は「何をしゃべったか覚えてないことがある」んだとか。オンエアを見て、「え、こんなことを話してたんだ!」ということになるのだろう。

– 番組の台本はない。前日「ここいってください」と言われる。

佐渡で取材した番組を見て、出演依頼があったという話の中で、江口さんからは「初めて入っていくお店にもすっと馴染んで入っていけると思われたのだろう」とコメント。実際に番組の台本はない(ほとんどない、だったかもしれない)そうで、前日に「この店に行ってください。」といって突撃するのだそう。都内の人に聞くと、「今日は◯時から酒場放浪記の取材が入るんで」といったやりとりを、店の人とすることがあるらしいので、ということは、本人にも事前に情報を入れておくこともできるだろうし、事前打ち合わせも可能なんだろうけど、あえてそれはやらないで、「天然」の古賀さんに突撃させているのかもしれない。

全体的には、江口さんの話芸で、古賀さんの個性がうまく引き出された面白いトークであった。最後の質問が異性の好みを聞く方向に集中したのは、まあ「お約束」だろうけど、うーん、というところ。もう少し日本酒に関する方向に展開したほうが、世代性別を超えた話題になったような気もする。

よくわからなかったのは、撮影・録音が禁止だった件。酔っぱらって近づいてくる人がいないようにしておくのは大事だと思うけど、そこまで厳格にやる必要があったのだろうか(フラッシュ禁止ぐらいでよかったような)。アーケード街の公開ステージでやるわけだから、実際規制することは困難で、たびたび江口さんが「大人の事情で撮影は、、」と言わされていたのは気の毒であった。しかも「事務所のほうから、、、」と江口さんが言ったら、「私事務所はないです。」と古賀さんがしゃべってしまい、じゃあ「誰の都合なんだ?」という状況になっていた。実は本人からNGが出ていたのかもしれないけれど、主催側が過剰に気を使ったのでは?と思ってしまった。うがりすぎだろうか。

それともう一つ、古町どんどんが「店じまい」になっていたのも謎。トークイベントが終わってから、それぞれ個店に飲みに行くのでもよいし、その前に買い物を済ませてからというのでもかまわないけれど、「客寄せ」として期待していたのであれば、時間帯の設定には疑問が残る(ゲストの都合かもしれないが)。そもそも古町どんどんは、静まってしまった商店街に対する「カンフル剤」で、すっかり古町から離れてしまった人々に、「結構楽しいところだな」と思わせるのが目的のはず。だとすれば、昨日久々に古町に集まった古賀ファンは、古賀さんを見て満足したと思うけれど、「魔法」が解けて静かになった(しかも雨が降ってどんよりした)古町を歩いて、帰ることになったわけで、「寂れた古町」という印象を払しょくすることにはつながらなかったのではないか。

少し苦言っぽいことを書いてしまったが、古町らしい「文化的」なよいイベントであったと思う。ソーシャルメディアとの口コミとのうまく連携することなど、いくつか課題は残るけれども、これからもよい企画を続けていって欲しいと思った。

【おんな酒場放浪記】古賀絵里子さん【写真家】 – NAVER まとめ

新潟のスーパー「パワーズフジミ」が事業停止

少し前から様子がおかしいと懸念されていた、新潟の地元スーパー「パワーズフジミ」が全店舗を閉鎖、事業停止と、今日新潟日報が報じた。10日に新潟地裁へ自己破産を申請した。

パワーズフジミが事業停止|経済|新潟県内のニュース|新潟日報netpark

県内で食品スーパー14店舗を展開する「パワーズフジミ」(新潟市東区、守谷学社長)が10日付で全店舗を閉鎖し、事業停止することが9日、分かった。従業員は全員解雇する。

今年に入ってしばらくして、店舗の商品棚がスカスカだという口コミが広がり、そのうちに営業時間が短縮、一部店舗が休業したり、他社に営業譲渡するなどの動きが見られていた。うちからもっとも近い笹口店も、ちょっと前に営業時間が短縮され、5月5日から休業していた。

今朝の段階ではアクセス可能だったウェブサイトも閉鎖され、ディレクトリが見える状態になっている。Youtubeに残っていたCM動画も、関係者がアップしたものだったのかどうかは不明だが、すべて削除されている。

笹口店は、引っ越してきた当初は「セサミ」という高級路線のスーパーであった。調べてみたら2006年6月に業態を転換したようだ。ただ、紀ノ国屋や成城石井のような飛び抜けた高級感はなく、しかも、そんなにニーズがあるとは思えないと見ていたところ、数年して「パワーズフジミ」に名前を戻した。2008年のことだと、以下のリンクに書いてある。

店舗偵察レポート

パワーズフジミはもともと、サトウ食品工業の子会社だったが、2007年に仙台の株式会社モリヤに譲渡され、その後モリヤ自体が民事再生法の適用を申請したりするなどで、不安定な経営状況に陥ってしまったようだ。負債は約27億4000万円とのこと。

スーパーが営業停止となると、正社員はもちろんのこと、たくさんのパート社員の再雇用が、大きな問題となる。もちろん取引先も、債権が回収できずに、大きな影響が出る。掲示板で飛び交っている怒りの書き込みから推測するに、給料の未払いもあるようだ。

Step!らくだのこぶ – 新潟の店舗偵察レポート パワーズフジミ 自己破産申請 事実上倒産へ

「パワーズフジミ」が破産申し立て | NNNニュース

大型倒産速報 | 帝国データバンク[TDB]

数年前、地元青森でも、マルエス主婦の店が、突然破産手続となった。マルエスの場合も、いきなりお店が閉店となり、多くの従業員が投げ出された。また、一部の店舗だけが営業譲渡されていて、今回と非常に似たケースだった。

【弘前】マルエス主婦の店破産手続きへ | ICHINOHE Blog

マルエスの「お隣さん」の歌は、おなじみの歌だった。こちらもスーパーで流れていたオリジナルの曲は消えてしまったが、FMラジオアップルウェーブのイベントでのステージの様子が残っている。