タグ別アーカイブ: 新潟ソーシャル時評

ネット選挙運動関連で取材協力などまとめ

11月に衆議院が解散、それからあっという間に選挙が始まり、14日に結果が出た。今回は「ネット選挙運動」が解禁されて初めての衆院選ということだったが、昨年の参院選同様、盛り上がりは今ひとつ。選ぶ方もネット選挙運動なるものに何ら期待していないし、建設的な使い方をするつもりがなく、選ばれる方もまた、ネットユーザにうまくリーチする手法がわからず、また余計なことを言って炎上させるぐらいなら、寝た子を起こさないほうがよいという思惑もある。

とはいえ、まじめに「対話」をしている人を評価したいと思い、新潟日報モアでは、「新潟ソーシャルメディア選挙」というサブタイトルをつけて、候補者の情報発信について、いろいろ論評する活動をしてみた。どれぐらい話題になったのかはよくわからないが、新潟2区の鷲尾さんのところからは、終盤で連絡をいただいたので、一応関係者には見てもらえたのかもしれない。

カテゴリ:選挙|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

新潟日報の紙版の取材も受けた。11/30の朝刊に、ネット選挙特集でコメントが掲載された。

ネット選挙 県内陣営歓迎、戸惑い|政治・行政|新潟県内のニュース|新潟日報モア

手法確立なお途上

 一戸信哉・敬和学園大人文学部准教授(新潟日報ソーシャル編集委員)の話

 衆院選では初めてインターネットを使った選挙運動が解禁となるが、まだ手法が確立されていない印象を受ける。前回の参院選では、共産党がネットをうまく使い、東京で無党派層を取り込んだ。各党が候補者をどれだけサポートできるかがテーマとなるだろう。

 公職選挙法では政治活動と選挙運動は区別されているが、実質的にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上では、連続している状態だ。以前からSNSを活用している人は、選挙に向けてスムーズに使いこなせているが、選挙のために始めた人は試行錯誤している。

その他、テレビでは新潟放送BSN(2014/11/28放映)、テレビ新潟TeNY(2014/12/11放映)のインタビューを受けた。BSNの番組では、3年ゼミにも取材にきていただき、学生たちと候補者のソーシャルメディア利用について見ていった上で、学生たちにもコメントをしてもらった。こちらの学生のコメントも、関係者には好評だったよう。

写真に眠る街の記憶と現代を生きる学生をつなぐ:「写真の町シバタ」プロジェクト

8/11、新潟県新発田市にて、「写真の町シバタ」プロジェクトの活動に、敬和学園大学の学生たちと参加してきました。このプロジェクトについては、以前に新潟日報モアのブログでとりあげたことがあるのですが、具体的な活動に参加するのは私も初めてです。

写真の町シバタ
「写真の町シバタ」:新発田の歴史と未来を「写真」で引き出す|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

このプロジェクトでは、商店街の皆さんに古いアルバムに眠る写真から、城下町新発田の歴史や人々の記憶を掘り起こしています。

店頭展示の風景

商店街の方からとっておきの一枚を選んでいただき、これを引き伸ばしてきれいに額装し、店先に展示してもらうという活動のうち、今回は最初の写真の選定作業に学生たちが参加、その様子を映像取材させてもらいました(後日Youtubeで公開するほか、プロジェクトの紹介映像としても利用される予定です)。

竹内旅館

竹内旅館でお話
[[image:image02|center|竹内旅館でお話]]

出演してくれた学生メンバーは全員新発田出身なのですが、これまで商店街との接点は少なかったようです。これも地方都市新発田が抱える現実でしょう。とはいえ、学生たちにとっては、自分の住む新発田市の街の人々に出会い、写真を通じてその歴史を知るなど、さまざまな発見をする機会となったかと思います。

田中時計店
田中時計店で写真選び

学生たちは10−20代。プロジェクトのメンバーや自分は30−40代。訪問先でアルバムを引っ張りだしてくれる人は、若い方もいるのですが、写真自体は明らかに60代以上の人々のもの。この世代間ギャップを埋めるのはつくづく大変だなと感じました。写真で語られている内容を理解するには、新発田のまちなかで暮らしている人たちが共有しているコンテキストを理解する必要があり、世代間ギャップも超える必要があります。プロジェクトに関わっている、私と同世代のメンバーが、「翻訳」をしてくれる場面もあり、同世代の役割の重要性も非常に感じました。

新発田市は城下町であり、その後も軍都として栄えた歴史があります。こうした街にはさまざまな歴史的な記録、繁栄の記録が残っています。残念ながらそれをそのまま取り戻すのは非常に困難ですが、今を生きる学生たちが、新発田が繁栄していた時代を知り、それを別の形で継承していくために、写真を通じてバトンを受け取ることはできるような気はします。若者のライフスタイルと記録の中に残っている「繁栄」の間にある、ギャップは大きいのですが、豊かな文化があったということを知ること、さらにはその時代を知る人達とつながることで、学生たちの地元新発田に対する見方を、少しは変化させられたのではないかという気がします。

撮影の最後には、ちょうどお盆前ということで、市内で開催されていた、お盆前の伝統的な市「花市」を見学。これまた新発田出身の学生たちにとって、全員初めての「花市」体験となりました。さらに「花市」に出ていたちんどん屋についても、「あれは何ですか?」と学生たちにきかれて、説明することに。なるほど、自分ももう10数年とちんどん屋をみた記憶がなかったわけで、学生たちが知らないのも無理ないのかもしれません。

花市
ちんどん屋

実は私も最近まで、この新発田の「花市」のことは知りませんでした。かつては花屋などの露天が道を埋め尽くしていたようですが、今はポツポツと間が空き、静かなローカルイベントになっていますが、これはこれでよい雰囲気の、風情あるイベントでした。タイの郊外で見かけた観光化されていないナイトマーケットを思い出しました。ここにはまだ、写真だけでなく、現実のイベントとして残っている、街の記憶がありました。

花市/にいがた観光ナビ

写真に眠る街の記憶と現代を生きる学生をつなぎ、その先に何があるのか。実はまだよく見えないのですが、古い写真を媒介にして、地域の人々が世代を超えてつながることはできるのではないか。充実感あふれる学生たちの表情から、少し期待感を持ちました。

【追記】当日の様子をまとめた短い動画をYoutubeにアップしています。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

新潟ソーシャル時評:Newsナビ参加の敬和生が、日本新聞協会のウェブサイトの「特派員」に

(2014年06月27日新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」から転載。)

今月から、日本新聞協会のウェブサイト「よんどく!」で、新潟日報の記事を紹介する「特派員」として、Ustream番組「敬和×日報『Newsナビ』」のメンバーが参加させてもらうことになりました。

「古町芸妓薫風舞う 新人お披露目会 初の県外出身者も」HAPPY NEWS | 新聞には気づく、感じる、考えるがいっぱい。日本全国、新聞から見つけたHAPPY NEWS募集中!!

最初の回では、6月9日の番組で紹介した「古町芸妓薫風舞う 新人お披露目会 初の県外出身者も」について、NewsナビMCの小池まどかさんが紹介しています。

Ustream配信に向けて、学生たちはニュースに対する関心を深め、準備をするよう、これまでも取り組んできました。今後は「よんどく!」にコメントするというアウトプットも磨いていって、読者の皆さんに新しい独自の視点を提供できるようになって欲しいです。

「地元」に残った学生とローカルニュースのいい関係?:敬和×日報「Newsナビ」から考える(一戸信哉) – 個人 – Yahoo!ニュース

敬和×日報「Newsナビ」

新潟観光の「眠れる獅子」、佐渡は変われるか?:佐渡市が「観光」「広報」の戦略官を採用

4月から佐渡市が採用した、「観光」と「広報」の戦略官について、朝日新聞がインタビューを行っています。
この件は一度別のところでも書いているのですが、インタビューが出たので、あらためてYahoo!個人にも書いてみることにします。

新潟ソーシャル時評:湯沢の南雲純子さんが佐渡の観光戦略官に | ICHINOHE Blog

佐渡市が4月、新たな非常勤特別職「戦略官」を設けた。全国的に知名度の高い観光地でありながら、来客は落ち込むばかり。島のPRも上手とは言い難い。市は民間で10年以上の職歴を持つ女性2人を戦略官に任命し、佐渡の振興に期待をかける。

新潟)佐渡市戦略官登場 島外女性2人が描く佐渡再興:朝日新聞デジタル

新潟は観光地として大きな可能性を秘めながら、地味さをなかなか払拭できていないということは、以前も書きました。

観光地としての新潟は「地味さ」を解消できるか(一戸信哉) – 個人 – Yahoo!ニュース

新潟県内はみな、似たような状況にあるのですが、その中でも特に、大きな潜在的可能性を秘めつつも、観光客の落ち込みに苦しんでいる「眠れる獅子」として、佐渡を挙げることができます。世界遺産をめざす佐渡金銀山など鉱山遺跡をはじめ、自然も文化も豊かな場所なのですが、残念ながら新潟県内での認知度もさほど高くなく(修学旅行で金山の蝋人形を見て、それ以外を知らない人も多いようです)、県外からのアクセスも良いとは言いがたいです。団体旅行中心の集客からうまく脱却できなかったのが、落ち込みの原因と指摘する声も聞きます。記事の中でも、「佐渡島の観光客は1991年の121万人をピークに2011年には53万人に減っている」としています。

そこに報酬1日5万円×月8日の特別職を採用して、テコ入れをしようというのが、今回の佐渡市の試みです。実際、募集の段階で、私の周りでも、ソーシャルメディアを介して話題になりました。記事を見ると、佐渡の中でも賛否両論がある中、最終的に甲斐市長が決断したということのようです。

新たな特別職導入には、市議会から「月8日間ではなく常勤が良いのではないか」「報酬1日5万円の費用対効果はどうか」といった疑義もあった。だが、甲斐市長は戦略官着任の記者会見で「(導入は)私が決めた。佐渡には素晴らしいものがあるのに戦略がない。2人には大変期待している」と話した。

新潟)佐渡市戦略官登場 島外女性2人が描く佐渡再興:朝日新聞デジタル

外から戦略官を採用するということですから、地元には「お手並み拝見」という空気もあることでしょう。実は、発表直前の3月末に知ったのですが、観光戦略官は、越後湯沢でご縁のあった南雲純子さんでした。新潟県湯沢町を拠点に、リクルートで湯沢観光の仕事をされていたのですが、私が大会委員長として関わっている[http://www.anisec.jp/yuzawa/ 情報セキュリティ・ワークショップ in 越後湯沢 ]の中で、地元との交流イベントの企画を、数年間一緒にやらせていただきました。

彼女の視点も、個人向けへのシフトという点に注がれています。

――佐渡観光の弱点は

 素晴らしいものがありすぎて情報が整理できていない。個人旅行のプランがつくりづらく、交通の便がいい定番コースを選びがちだ。一般的に観光施設に行く客は「1度でいい」となるので、趣味や興味を軸にしてリピーターを増やす。

 季節変動も大きい。オフシーズンを短くし、ピークとオフの間の「ショルダー期」にも力を入れる。佐渡なら6、7、9、10月がポイントだ。

――なぜ佐渡は自ら弱点を克服できなかったのか

 旅行会社がパッケージを組んで団体客を送り込んできた。船賃からも、その方が安い。だから個人客の対応が遅れた。市民も観光事業者がやればいい、と思われていたのではないか。

――何から着手するか

 ワークショップを開き、観光素材の棚卸し。それをエリアや興味別などに整理。そしてターゲットを想定する。仕事ばかりで会話のない東京在住の父と小学5年息子と、仕事に疲れた新潟市の30代独身女性ではおすすめルートは違う。トイレ整備も必要。佐渡は悩みや不安を抱えている色々な人を楽しませる力がある。観光素材を磨きあげたい。

新潟)佐渡市戦略官登場 島外女性2人が描く佐渡再興:朝日新聞デジタル

すでに南雲さんは、 佐渡旅(sadotabi)というブログをスタートさせていて、佐渡の知られざるおもしろスポットの紹介記事や、知っている場所だけど見る目が変わる紹介記事を、1日1本のペースで書かれています。彼女のいう「磨きあげ」の一環でしょう。「トイレ整備」の話が出てきますが、ブログを作って広報するのは彼女が孤軍奮闘すればできるのですが、観光に必要なインフラ整備には、関係部署の協力が不可欠。市長肝いりの戦略官とはいっても、実際どこまで後ろ盾できるのか。新潟大学の田村先生が「採用側の行政は戦略官の良さを引き出し、受け入れる態勢があるか。」という指摘をしています。試されるのは、戦略官本人の力だけではなく、地元の覚悟ということになるでしょう。

ブログでの情報発信は、すでに興味を持っている人が、さらに深堀りしようとしてたどり着く場所です。この点は、多くの人々の生活空間になっている都会とは大きく異なり、いくらいい記事を書いていても、全く佐渡に興味のない人は、なかなかこのページにたどり着くことはないのでしょう。

その意味では、広報戦略官の田中雅子さんの働きも合わせて、佐渡そのものへの関心をどのように高めるかも、大きな課題になると思います。

私も一昨年の夏、ゼミの学生たちとともに、1泊2日で佐渡を一周しました。一周200キロ余り、実際にはあちこち寄ったのでもう少し距離は走っているのですが、佐渡の広さを実感する旅でした。学生たちがゼミ合宿のタイトル(?)を「のへさど」(ゼミ名である私の名前をもじった)として、ダイジェスト動画を作成してくれました。夏の佐渡の雰囲気を感じてもらえるかと思います(「ダイジェスト版」を作ったところで満足してしまい、完成版は公開されていません)。

2日目の午後になって、一部の学生が「吉野家食べたいよね」と言い出しました。自然豊かな佐渡にも、ファーストフードやチェーン店のようなものも一部あったと思いますが、なにせ広いですから、場所によっては簡単に行ける場所にあるわけではないのです。ファーストフードに飼い慣らされてしまった学生の様子に半ば呆れつつも、一方でこうした均一化された食習慣に対応できないのは、離島にとっては大きなハンデなのだろうと感じました。その一方で、均一化された食習慣に慣らされた地域に暮らしている立場からすれば、そうではない佐渡には、大きな魅力があるようにも見えます。

このギャップをどのようにとらえて、それを埋めながら、観光を含めて、「眠れる獅子」佐渡の魅力を発信していくのか。二人の戦略官は定期的に島外から通って仕事をするそうですが、「よそもの」として仕事に、今後も期待して見ていきたいと思います。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

新潟ソーシャル時評:地域おこし協力隊が定住したくなる街はどうしたら生まれるのか?

(2014年4月4日新潟日報モア「「新潟ソーシャル時評」」から転載。)

十日町市で「地域おこし協力隊」としての任期を終えた人たちが、全員十日町市に定住することになったそうです。

地域おこし協力隊全員定住・十日町|地域|新潟県内のニュース|新潟日報モア

「3月末まで十日町市の地域おこし協力隊員を務めた4人全員が、市内に定住することになった。4人は31日、関口芳史市長にこれまでの活動を報告するとともに、今後の生活や仕事への抱負を語った。」

「地域おこし協力隊」については、昨年Newsナビの配信で津南町秋山郷に出かけた時に初めて知ったのですが、そのときにも、十日町がかなり積極的に取り組んでいることは聞いていました。今回も含めて、19人の協力隊経験者のうち、13人が定住することになったそうで、かなりの実績といってよいでしょう。

「地域おこし協力隊」が入っていく地域は、中山間地域など、生活環境が厳しいエリアが多いわけで、自然に若者が増えていく可能性は高くないはずです。しかしその中で、これだけ高い確率で、定住する方がでてきたというのは、非常に驚異的なことのようにも見えます。今回の4人の方は、いずれも協力隊時代に取り組んだ活動をもとに、十日町で仕事を続けるということのようです。記事には出ていませんが、関わった地元の皆さんからのさまざまな支援があったのかもしれません。

もちろん、定住することだけがこの取り組みのゴールではないでしょう。生活環境の厳しい地方で協力隊として活動した人々が、その後都会に戻って、地域の応援団として活動してくれるということも、重要なことでしょう。しかし活動した地域に残りたいと思ってもらえる人が多ければ多いほど、十日町市の将来について、人々はますます、明るい希望をいだくことができるでしょう。

Facebookで調べてみたところ、元隊員の一人高木千歩さんが開くという飲食店の情報が少し出てきました。今度十日町市に出かけた際に、訪ねてみたいと思います。

十日町市ではなく、津南町からの配信でしたが、昨年、津南町秋山郷の「地域おこし協力隊」について、敬和×日報「Newsナビ」でとりあげました。アーカイブはこちらです。

新潟ソーシャル時評:湯沢の南雲純子さんが佐渡の観光戦略官に

(2014年4月4日新潟日報モア「「新潟ソーシャル時評」」から転載。)

2日の新潟日報朝刊に、佐渡の非常勤特別職として、観光戦略官と広報戦略官に辞令交付があったという記事が出ていました。

観光戦略官と広報戦略官の採用内定者が決まりました(2014年1月 募集分)[佐渡市ホームページ]

私の知人であり、湯沢町で「湯沢日和」というブログを続けていた南雲純子さんが、観光戦略官に就任されました。

今回の非常勤特別職の募集は、私の周りでは結構話題でした。観光も広報のいずれも、佐渡に興味のある人にとっては、チャレンジしてみたくなるポストでした。ただ、今仕事を持っている人が兼業としてやるには、佐渡との往来が大変かなという印象でも有りました。南雲さんもおそらく、佐渡と湯沢を行ったり来たりで仕事をされるのだと思います。

南雲さんはプロフィールにある通り、リクルートの立場で旅行の仕事をされていて、その一環でブログも使われていたのだと認識しています。また、地元のメンバーとUstream番組もやっていた時期がありました。非常にスマートに、小さな町の魅力を伝えてくださる方ですので、未開拓の魅力があふれている佐渡では、大きな力を発揮してくれるのではないかと思います。

逆に佐渡の人達からすれば、「よそもの」が何をしてくれるのか、お手並み拝見というところもあるでしょう。ちょうど新潟ソーシャルメディアクラブでも、「佐渡」の企画を考えようと思っていたところです。一緒に何か企画してみたい、そういう気分になりました。

南雲さんは、すでに「佐渡旅(sadotabi)」というブログをスタートされています。

佐渡旅(sadotabi)

新潟ソーシャル時評:「紙の日報忘れたけれどもモアがあるから大丈夫」は実現できる?:新潟日報モアのリニューアル

(2014年4月1日新潟日報モア「「新潟ソーシャル時評」」から転載。)

4/1から、新潟日報モアがリニューアル、「デジタル紙面ビューア」が登場しました。

デジタル紙面ビューアー|新潟日報モア

「パソコンではもちろんのこと、専用アプリ(無料)を使用することで、スマートフォンやタブレットでも日報やその他の紙面が閲覧いただけます。」

今まで新聞の中身をウェブに変換して表示していた新潟日報モアですが、PC・スマホ・タブレットで、新聞紙面それ自体を表示できるようになったことになります。テキストでの表示も可能ですし、検索もできます。「先週たしか新発田のアスパラの記事が出ていたと思うんだけど」というときにも便利です。見つけた記事のスクラップも可能です。

新潟日報モアは、新聞購読者向けサービスである一方で、読者であることを確認するために画面から改めて「登録」を求めており、正直言って参入障壁が非常に高くなっています。新聞読者の多くはITになじみのない人が多いという相性の悪さもあり、読者サービスといいながら、読者向けサービスとして成立させるのが難しい状況があるように思います。ただしそこは中身との相関もあるでしょう。高いハードルを乗り越えてもぜひ登録したい、というぐらいサービスが充実していれば、どうにか登録しようという読者も増えるはずです。

2月の読者満足度調査特集で私は、「紙の新聞を忘れたけどモアがあるから大丈夫という存在を目指すべき」というコメントをしました。今回の「デジタル紙面ビューア」は、「紙の日報忘れたけれどもモアがあるから大丈夫」に向けて、重要な一歩を踏み出したのではないかと思います。さらに望むならば、対象を地方面以外にも広げてほしいということでしょうか。地方面と「ふむふむ」以外にも、日報ならではの記事はあります。「紙の日報忘れたけれどもモアがあるから大丈夫」といえるには、そこまでぜひ実現してほしいと思います。

「デジタル紙面ビューア」では、写真をクリックすると動画が再生できるようにもなりました。これまで写真を撮るだけだった取材シーンで、動画も必ず撮ることになるのでしょうか。記者の皆さんがしばらく苦労することになりそうですが、これもまた、新しい新聞の読み方として期待したいところで、モアの登録者が増える可能性を秘めているように思います。

このほか、各地方で配布されている「assh」も同時にデジタル化され、地域にかかわりなく読めるようになりました。新潟日報の外付けの「フリーペーパー」的なポジションにある「assh」の、波及力も増すことでしょう。

公開前夜の3/31に、UST番組「敬和×日報『Newsナビ』」でも、新潟日報モアのリニューアルをとりあげました。先行してリリースされた、先生の異動すいすい検索についても紹介しています(モア始まって以来の大きな反響があったとか)。
 

敬和×日報「Newsナビ」(Facebookページ)

「新聞×ネット」は、年々変化を続けており、新潟日報モアのような「購読者限定サービス」としてのコンテンツが増えつつありますが、ソーシャルメディア上での情報流通は、この制限とどうしても衝突します。新潟日報モアもまた、ビジネスの論理を追求し過ぎると、ネットでの存在感が低下するというジレンマの中、さまざまな試行錯誤が続いています。しかし新潟のニュースを発信する存在として、新潟日報は非常に大きな存在です。今回大きな変化への一歩を進めて新潟日報モア。さらなる変化が実現されるのかどうか、注目していきたいと思います。

新潟ソーシャル時評:老獪な新潟人が新潟を救う

(2014年03月31日新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」から転載。)

3月31日朝刊にて、連載「再考原子力」の企画。田中角栄氏の秘書官を長らく務めた小長啓一氏をインタビュー、電源三法が原発立地に果たした役割などを聞いています。聞き手は論説編集委員の横井裕さん。

[再考原子力 新潟からの告発]田中角栄氏の元秘書官・小長氏に聞く|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア

オイルショックで電力需給が逼迫し、原子力政策の推進が「まったなし」の状況に陥った結果、立地市町村から歩み寄りを引き出すために交付金を分配するための制度を設ける必要があったと、小長さんは説明しています。どのように立地市町村が受け入れに向かっていったのか、「自分で受け入れたのではないのか」という声もあるでしょうが、電力需給が逼迫している状況を改善することは「国策」としても非常に重視されており、地方は交付金と引き換えに、この状況に貢献する道を選んだとも言えます。

しかしこうした「貢献」が都会で顧みられることはなく、立地市町村のことを消費地の人々は、忘れていったということでしょう。「電気は見えないから」というのが小長さんの説明です。

最後のやりとりが非常に興味深いです。

-立地を急ぐあまり、安全性が置き去りにされたのではないでしょうか。

「決して安全性を無視していたわけではないが、東京電力福島第1原発事故を目の当たりにすると、当時は安全神話に埋没していたと思う。原発誘致を進めていた町長さんの言葉を思い出す。『電力会社の若手社員の安全に関する説明に“お任せ”の気持ちだった。一流大学を出て米国で技術研修を積み、しかも立地地域に住んで通勤するというので自分も納得しました』と。その辺が実態だったのではないか」

「安全神話に安易に乗っかった地元が悪い」、そこまでは言っていないかもしれませんが、文面から見る限り「愚鈍な地元住民たちが安易に受け入れた」というニュアンスも感じます。名指しされた「地元」は怒るかもしれません。しかし「都会」からやってきた「エリート」の「専門家」にお任せしてしまうというのは、原発立地だけではなく、さまざまな事柄について、しばしば見られる現象です。

この対極にあるのが「よそものは出て行け」という排除の空気でしょうか。「よそもの わかもの ばかもの」が地域を変えるとよく言われますが、そのような変化を望まない人々が、外部からの善意の指摘を無視することも多いです。対極ではあるのですが、「お任せ」と「排除」の合わせ技で、「お任せ」しているふりをしていつの間にか「排除」するという現象もあります。

ともあれ、大きな「国策」を背負って、周到にお膳立てをされてしまうと、しかもそこに目先の利益があるならばなおさら、地域住民はついつい「お任せ」の姿勢になってしまうことが多いように思います。専門家と協調しながら、自分たちの利益を守り、地域を発展させられる老獪な人がどれぐらいいるのか。それが地域力になるのかもしれません。私自身は、役に立つ誠実な「よそもの」あるいは「ばかもの」と評価されるように、また、学生の中から老獪な新潟人を一人でも生み出せるように、教育の場所で努力していきたいと思います。

新潟ソーシャル時評:関東圏の大雪に「防災首都」新潟は何ができるのか?

(2014年02月16日新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」から転載。)

関東甲信越地方を中心にした大雪に、昨日15日、私も大きな影響を受けました。

都内で開催された研究会に参加する予定で、朝9時に新潟駅に向かうも、上越新幹線は始発から復旧、ホームに停車していた新幹線の自由席で、2時間ほど待機してみましたが、「出発できるのは早くても13時以降」とのアナウンスがあり、それでは研究会には間に合わないと判断して帰宅しました。その後越後湯沢ー高崎間が終日運休との発表があり、なんとか復旧できたのは昨日夜遅くなってから、という情報でした。新潟駅は比較的情報が頻繁にアナウンスされていましたが、同じ時間、上越新幹線の他の駅では、人手が足りないからでしょうか、十分なアナウンスがされないという不満の声が、Facebookを通じて聞こえてきました。私は車両内ですわって待っていたので、比較的気持ちの余裕があり、私の方から新潟駅でのアナウンス内容や混雑状況をFacebookでお知らせしました。

県内も荒れ模様、交通機関に乱れ|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア

群馬県から先の雪の影響で上越新幹線が止まるというのは、私としては初めての経験でした。実際、長岡方面の在来線は通常通り運行されているようでした。

ただし雪の備えがもっとも分厚いであろう湯沢町で、関越道に雪崩が発生しています。

関越道で雪崩、1台巻き込まれる|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア

私のように上京を「とりやめる」という選択肢があった人は、まだましでしょう(実際新潟市周辺では、直接的な交通の乱れは起きていなかった)。群馬、埼玉、山梨など、関東甲信越各県では、かなりの被害が出ていて、いまだに被害の全貌がわかっていない状況のようです(その一方で、ソチオリンピックの競技が進み、こちらの報道が優先されているかに見える状況に、一部不満の声が出るほどです)。首都圏中心部の機能を麻痺させないために、相当なエネルギーが注がれる一方、周辺地域は孤立しているように見えます。全体像が見えるまでにはもう少し時間がかかるでしょうから、その評価を待つべきだとは思いますが。

あくまで印象ですが、今回の「記録的な大雪」に対して、各地域の人々が事前に除雪の体制を整えておくのはおそらく不可能だったと思います。新潟のような雪国では、たまに降る雪でよちよち歩きしている首都圏の人々をテレビで見て、ちょっとだけ優越感を感じたりする傾向がありますが、今回はそのレベルではなく、「災害」と言ってよい状況でしょう。「対岸の火事」ではなく、なにか支援ができないものかと感じます。

新潟市は施策の柱の一つとして「防災首都」を掲げます。東日本大震災の経験をもとに、首都直下地震や南海トラフ地震が起きた場合に、バックアップ体制をとる場所として、新潟を位置づけようということです。昨年の年初の言葉で、篠田市長は以下のように述べています。

「防災首都」に向けて前進 新潟市

「個別施策では、3・11大震災で新潟が大きな救援拠点となった実績を踏まえて「防災首都」を目指します。今後は首都直下地震や南海トラフ巨大地震など、太平洋側の大災害への備えが欠かせません。最大の救援拠点は新潟です。日本海軸や列島横断軸を整備し、新潟の救援・減災機能を大きく伸ばしていきます。それは新潟の安全度アップに直結します。」

来年度予算についての報道が先週出ていましたが、その中でも「防災首都」という言葉は出ています。

今回関東圏が大雪になって気がついたのは、他地域からの支援が難しいということ。大雪の場合には支援に行くための道路や線路が使えなくなってしまうということなのでしょう。昨日は24時間以上駅で立ち往生した特急列車がいたり、旅館が山奥で孤立してしまい、自衛隊が救援に向かったり。

ワイドビューしなの24号、大雪で立ち往生し34時間かかって名古屋に。乗客は車中で2泊

山梨県富士河口湖町のホテルで宿泊客100名以上が孤立 ライフラインがストップ 雪崩発生 救援求める | 堀潤

首都圏やその周辺で起きている「お手上げ」状態に対して、備えのある新潟が支援するにも、非常に困難が伴うように見えました。孤立した地域の隣町ならばまだしも、遠く離れた新潟から、陸路で何かを運ぶなり、救助に向かうなりするのは、現実的ではないということなのでしょうか。

「防災首都」を目指す新潟は、太平洋側の大雪に備えて何ができるのか。大雪のトラブルは現在も収束していませんが、非常に考えさせられる事例かと思います。

【追記】新潟県は山梨県に職員4人を派遣、北陸地方整備局も除雪車と操作員を派遣するそうです。

県、大雪被害の山梨県に職員派遣|政治・行政|新潟県内のニュース|新潟日報モア

新潟ソーシャル時評:学生たちも「日報抄」の朗読に挑戦 「朗読日報抄」をテーマに敬和×日報「Newsナビ」を配信

(2014年02月5日新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」から転載。)

1月から、新潟日報モアで、地域FMのアナウンサーが日報抄を朗読する「朗読日報抄」というコーナーが始まりました。

朗読日報抄|新潟日報モア

新潟日報社と県内の地域FM局が連携し、本紙1面のコラム「日報抄」の朗読サービスをはじめました。県内の地域FM6局が、その週に掲載された日報抄から1本を読み上げてオンエア。 併せて「新潟日報モア」では毎週1局をピックアップして紹介します。

座標軸でも、吉岡和彦論説編集委員が「朗読日報抄 人の心に伝わる言葉の力」というタイトルのコラムを書いています。

県内の地域FM局6局で新年から、週1回本紙1面のコラム、日報抄を朗読する番組「朗読日報抄」が始まった。

 FMしばた、FM-KENTO、エフエム角田山、エフエムながおか、エフエムゆきぐに、エフエム上越、6局の看板アナがその週の日報抄の一つを読み上げる。

(中略)

基本的にご当地以外では受信できないのが地域FMだが、各局の1回目の放送は新潟日報のホームページ「モア」ですべて試聴できる。
 聞いてみると、同じ原稿でも声の特徴、読むスピードなどはそれぞれ個性的だ。
 途中に出てくる川端康成の「雪国」の一節、「国境のトンネルを抜けると雪国だった。夜の底が白くなった-」のくだりなどは、言葉の間の取り方に違いがあって興味深い。

[座標軸]朗読日報抄 人の心に伝わる言葉の力|座標軸|オピニオン|新潟日報モア

敬和学園大学のUstream番組「Keiwa Lunch」が、新潟日報の協力を得て配信している、「敬和×日報『Newsナビ」では、2/3の配信で、この「朗読日報抄」をとりあげました。ゲストとして、FMしばたで朗読を担当している加藤恵里花アナ、解説役として、日報抄の執筆者の一人である野沢俊雄論説編集委員に、出演していただきました。

地域FMでの加藤アナの仕事ぶり、朗読原稿と新聞で読ませる原稿の違い、日報抄の舞台裏など、「朗読日報抄」だけでなく、地域FM、日報抄に関わるさまざまなお話を聞くことが出来ました(Youtubeに動画残っておりますので、ぜひご覧ください)。

番組の最後、45分以降で、学生2人も朗読にチャレンジし、加藤アナからアドバイスをいただきました。

日報抄は、もっともファンの多いコラムの一つですが、ファンの平均年齢は高いのではないかと思います。新聞において「定番」のコーナーとはいうものの、正直学生たちにとって、馴染みのあるコーナーとはいえないでしょう。
このコラムに対する書き手の文章術や思い、朗読日報抄の読み手の皆さんの思いなどを聞き、学生たちの日報抄に対する見方も、変わったように思います。