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VICEが朝鮮大学校の「リアル」に迫る映像を公開

Webサイト「Vice」が、小平市にある朝鮮大学校を取材した映像が、Youtubeで公開されている。学生たちが大学で学ぶ様子、寮生活、事務局長による学内紹介、保護者インタビューなどで構成されており、大学関係者にデリケートなところをインタビューするような内容ではないものの、大学の中の日常という意味では、飾らない「リアル」に迫っているように思えた。

全編朝鮮語で作られていて、Youtubeの字幕機能で日本語で理解できるのだが、冒頭に登場する学生たちの朝鮮語は、どことなく外国語として話しているように聞こえた。彼女たちはまずまちがいなく、日本語を全く問題なく話せるし、おそらく日本語のほうがうまいのであろう。

日朝関係はまだまだ雪解けとはいいがたいし、外交上の課題は多い。朝鮮大学校に対しても、批判的意見、攻撃的意見が、いろいろあるのはわかっている。こうした批判的な立場から、この映像それ自体が、ある種のプロパガンダだという意見(Viceは利用されているという意見)もあるだろう。

学生たちは大学の「民族教育」により、通常の日本人や日本の大学で学ぶ在日の人達よりも、母国に対する親近感を持つだろう。しかし一方で、彼ら彼女らが学んでいるのは日本であり、おそらく日本語で生活する時間もかなり長いであろうから、当然、母国に対する客観的な見方、複雑な思いがあるはず。ひょっとすると、それはあまり口に出さない(出しにくい)ものかもしれないが。

両国の境界線上で揺らいでいる人たちと、日本社会はこの先どのようにつきあっていくべきなのか。というよりは、排外主義の人たちがいろいろ言っているけれども、もうすでに彼ら彼女らは日本社会の中に入っているともいえる。
その「すでに入っている」という感覚が、全面朝鮮語で撮影されたこの映像からはからずも感じられて、非常に興味深いものを感じた。

超絶文教地区小平市鷹の台 (2) 朝鮮大学校 – 東京DEEP案内

敬和学園大学の教職課程は、「教員採用×新潟」を目指す学生の堅実な選択肢になるか

敬和学園大学カレッジレポート78号が発行された。表紙はまるりさんが卒業式で答辞を読むシーン。

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巻頭特集では、教職課程の座談会が掲載されている。敬和には、英語と社会(地歴、公民)の教職課程が設置されている。
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自分の担当する科目は教職必修になっているものの、上級学年になってからの関わりは薄い(いや、「デジタル教科書」時代が近づく今、非常に大事だと個人的には思っているのだが)。というのも、教職課程から路線変更した学生がゼミに来ることはあるのだが、教員免許取得までがんばっている学生は、うちのゼミに来ることはほとんどないからだ(別に教職志望者を門前払いしているわけではない)。

ともあれ、教職課程でがんばっている学生たちは、着実に実績を積み上げている。昨年度は公立学校で3名、私立に1名が現役で合格。大規模校に比べるといかにも人数は少ない。しかし少人数の私立大学としては、非常に高い確率で狭き門を突破してくれたということになる。記事を見ると、これまでにも45人が採用になっているそうだ。

教員採用は、教育学部の実績がよいのは当然だし、より一般的にも、地元国公立で、過去にもたくさんの採用者が出ているところが、採用に近いと判断されがちだ。そういう中では、敬和の採用実績はささやかなものに見えるだろう(実際には、各地域の公立学校の倍率や最終合格者数を見れば、そんなにささやかなわけではない)。しかし、新潟県の私立大学として、現在の受験上のポジションに鑑みるならば、入学後学生たちがいかに努力しているか、また、教職員がそれをいかに指導し支えているかが、想像してもらえるのではないかと思う。「教員採用×新潟」を目指す受験生にとって、敬和は堅実な選択肢だといっていいぐらい、今春の卒業生たちはがんばってくれた。

「受験エリート」とはいえなくとも、大学で自らの実力を伸ばし、生徒たちの心に寄りそえる、人間味あふれる教員になってほしい。指導にあたっている教職課程担当の同僚は、おそらくそのような気持ちで、指導や環境づくりに取り組んでいるはず。その努力に敬意を表する意味も含めて、あまり貢献できていない教員として、手前味噌の記事を書いてみた。皆さんが実際にどのように感じられるかは、近くウェブでも公開されるカレッジレポート78号で確認していただけたらと思う。

小さな大学の小さな教職課程で学ぶということ – 敬和学園大学 新潟県新発田市にあるリベラル・アーツ大学

「シェア」はその価値がわかりにくくもろい存在:「プライバシー」との両立

今学期の最後、いくつかの授業で「シェアとプライバシーの両立」について、自分の考えを書いてもらった。こんな内容で出題し、解説もした上で、少し時間をかけて回答してもらった。

TwitterやFacebookなどのソーシャルメディアは、多くの情報が公開で共有、シェアされることで、メディアとしてのパワーを拡大してきました。「アラブの春」のような政治運動でも、不正を暴く「Wikileaks」のような仕組みでも、こうした「シェア」の力が働いています。しかしその一方で、止められない拡散力は、Twitterでの「炎上」や「リベンジポルノ」などの副作用をもたらし、SnapchatやLINEのような、はじめから限定されたサービスにも、支持が集まり始めています。これから人々は、プライバシーを守りながら「シェア」を続けていくのかどうか。「シェア」のある社会を続けていくにはどうしたらいいのか。皆さんの考えを書いてください。

(Wikileaksの拡散にはマスメディアの存在も関わっているので、「シェア」の力と言い切っていいのかは、実は若干迷ったところもあるのだが、それはさておき。)

学生にとって、SNSとプライバシーの問題は自分の身近に起きうる問題で、「炎上」も「リベンジポルノ」も、すぐそこに転がっていそうな話。なのでこちらについてはだいたい回答があり、気をつけなければとか、キャリアがもっと規制すべきではとか、そういう意見が必ず書いてある。

かたや、ソーシャルメディアの「シェア」がもたらす積極的意義については、さらっと触れている程度で、実感を持って語られているものは、ほとんど見当たらない。やはりあんまり実感がないのだろう。

普段はたわいもない日常が語られているだけに見えても、必要な情報が瞬時に人づてにやってくる、というソーシャルメディアの意義は、なかなかわかってもらえない。受け取った情報を「評価」し、それをさらに「シェア」するというのは、社会的に意義はあるのだが、どちらかというと面倒くさい作業だ。答えだけ欲しがっている人には、面倒なことなのだ。せいぜい、食べログや価格コムなど、自分の生活上の利益に直結したところでしか、この感覚は動かないということなのかもしれない。

いまや「ソーシャルは危険だ」話がおおはやり。かくいう自分も、その手の原稿依頼や講演依頼をいくつも受け取っている。もちろん「炎上」などをめぐって、事態の深刻さは増しており、これはこれで必要な仕事だとは認識している。問題はこの論調をどこまで強めていくか。これは誰にもコントロール出来ない。特に「私は使ったことがない」という人たちは、聞きかじって理解した範囲の知識で危険性を語るので、当然「シェア」の積極的な意義とのバランスは意識されない(なくなっても自分たちにはなんの悪影響もない、と思っている)。かたやユーザの側も、「俺のTLには社会的に有用な情報なんてない」と自嘲することもあり、「シェア」の意義はあまり意識されない。

ソーシャル危険論が、リテラシー教育によって賢いネットユーザを作ることと放棄させ、SNSを地下に潜らせるだけの結果になれば、いつのまにか「ソーシャルメディアは愚民の使うもの」という評価が確立し、「シェア」の可能性はついえて、「ソーシャルメディアは死んだ」ということになるのだろうか。

SnapchatやLINEの流行は、その点新しい動きの現れといえなくもない。プライベートなメッセージのやりとりと、FacebookやTwitterなど、よりオープンな場所での情報のシェアが区別され、これがより人間の身体性に近いものとして確立していけば、案外技術がこの「棲み分け」問題をうまく解決してくれるのかもしれない。

Edu × Digi Niigata 20130210

デジタル教科書学会新潟支部のイベントで登壇

2月10日に開催された、デジタル教科書学会新潟支部のイベント「Edu × Digi Niigata 20130210」に参加してきた。

Edu × Digi Niigata 20130210

会場は新潟大学ときめいと。いつもこの会場で行われる小規模イベントの感覚で出かけていったのだが、参加者は100名近く。県外からもたくさんの参加があった。

この学会は、新潟市の小学校で教員をされている片山敏郎先生や新潟大学の上松恵理子が中心になってスタートしたもので、大学教員によりも小中高の教員の参加が多いことが特徴だ。発表された皆さんも、「デジタル教科書」あるいは「デジタル環境」を積極的に教育現場に取り入れて、成果を上げている人ばかりで、非常に勉強になった。大学の情報化は大して進んでいないが、実は「デジタル教科書」の導入を控えて、小学校などでは、準備が進んでいるのではないか。そういう気持ちにさせられた。たぶんそうではなくて、先進的な取り組みをしている人たちが集まっているのだと思うが。大学研究者の皆さんからのお話も、デジタル教科書導入に向けた動きを踏まえた、非常に興味深いお話であった。

自分はあまりおもしろいネタもなかったのだけれども、外野の自分なりの目線で、お話をさせていただいた。「教育の「非同期」化が課題」「『ググればわかる』時代の教育の役割」というフレーズは、少し刺激が強すぎたかもしれないが、いろいろな人と問題意識を共有する機会にはなったと思う。

当日しゃべった音声が、新潟ニッチトークで公開されている。

#ひとりニッチ @shinyai 先生のデジタル教科書シンポジウムの話 #nntalk: 新潟ニッチとーく

Innocent girl on laptop

『保護者のためのあたらしいインターネットの教科書』発売:一戸も執筆に参加

一般社団法人インターネットユーザー協会 (MIAU)の、『保護者のためのあたらしいインターネットの教科書』が発売された。

Innocent girl on laptop

Photo by PictureYouth

若年層のネット利用が広がる中で、保護者が理解しておくべき項目を、わかりやすくまとめたもの。

東浩紀さん、西田宗千佳さん、小寺信良さんといった執筆陣とともに、自分も参加させていただいた。

MIAU : 公式サイト

 

西田さんのアカウントは、@mnishi41 が正しいようだ。

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女子中高生のiPhoneへの乗換が進行中

女子中高生のためのポータルサイト“ふみコミュ!”で、女子中高生209名から寄せられたアンケート結果、「第2回ニッポン全国スマホいっせ~大調査!」が発表された。着実に女子中高生のiPhoneへの乗換が進行しているという調査結果。「ポータルサイト」での調査であるから、ある程度バイアスがかかると割り引く必要はあるかもしれない。

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Photo by Zenonline

女子高生 : 「女子中高生のiPhone乗換」が進行中、この半年では60%がiPhoneを選択 | RBB TODAY (エンタープライズ、モバイルBIZのニュース)

それによると、この半年間にケータイを変えた(買った)女子中高生が選んだ機種トップは「iPhone」だった。60.0%が「iPhone」を選んでおり、2位の「iPhone以外のスマホ」33.3%を大きく引き離していた。ちなみにの「iPhone」ユーザー60.0%の内訳は、「SoftBank」43%、「au」17%となっている。

またスマホ買いかえの主要ポイントは「みんなが持っているから」が43.8%で、「学割キャンペーンで安く買えたから」42.9%、「デザインが気に入ったから」42.9%を僅差で上回った。この3項目はほぼ横並びのポイントとなっており、機能よりも重視されていると言える。

「みんなが持っているから」というのが、「絵文字」や「入力方法の違い」を乗り越える瞬間がきたということだろう。この世代は周りと異なることを恐れる傾向があり、その意味でのクリティカルマスは、すでに超えたということになるか。

中学校や高等学校はここから、「学ぶためのスマートフォン利用」に舵を切ることができるか。依然として勉強には不要なものとして扱うのか。「学ぶための」利用に誘導する仕掛けを考えなければならず、おそらく指導のノウハウは確立されていないだろう。となると、まだしばらく、変化への足取りは重いかもしれない。

もちろん大学でも同じ問題はある。スマートフォンで学習ポータルを作るのはいいが、導入コストがかかる上に、今まで作ってきたPC用のサイトとの整合性の問題もある。そこまでやっても、教員側の意欲が弱ければ、実際に定着させていくのは難しい。

ただこれで、学校での「スマホ対応」」への圧力は必ず強まる。これまでの「携帯対応」とは全く意味が異なる。「手のひら」で勉強できるわけがないといった決めつけは避けて、いろいろな検討をはじめる段階にあるというべきだろう。

 

David Wileyさんによる高等教育のOpennessに関するプレゼン

ユタ州立大学David Wileyさんのプレゼンテーション。さっき本人のTwitterから告知があった。

リンク: ELearn 2008 Presentation at iterating toward openness.

 

教育がこれまで独占的地位を持っていた分野、すなわち、1.コンテンツ、2.サポートサービス、3.社会生活、4.学位は、いずれも環境が大きく変化し、変わりがいくらでもきくようになってきた。たとえば、キャンパスライフはFacebookのようなSNSが代替しているし、学位についても、分野によってはCCNAのような民間の資格が力を持ち始めているというようなことだ。教育コンテンツについてはいうまでもない。その中で、高等教育機関は何をするべきなのか、というのが、前半のスライド。

後半は後で見るが、非常に刺激的な内容であろう。学内で勉強会をするとしたらこういうテーマだよなあと思う。