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弘前さくらまつり開幕:「お城と桜」の定番風景は、今年をのがすと、しばらく見ることができなくなる?

私の故郷である青森県弘前市の春のイベントといえば、GWが見頃となる弘前さくらまつり。今年も4月23日に開幕しています。

毎年開花の時期がいつになるか注目されるのですが、今年は28日が満開だそうで、期待通りGW前半が見頃になりそうです。かつて毎年のようにGWに満開を迎えていた弘前公園の桜ですが、昨今は温暖化の影響で開花が早まっていて、例年私が帰省するGW後半には「葉桜」になっていることもあります。市の関係者はあの手この手で開花時期を遅らせているという話も、よく聞きます。

弘前市には、「お城と桜とりんごの街」というキャッチフレーズがあります。りんごの産地である津軽地方ですので、りんごは当然に街のシンボルですが、それと同等に弘前城とその周りに咲く桜が、街を象徴する要素になっているわけです。石垣の上に立つ弘前城天守閣をバックに、桜が咲き誇る様子を、赤い下乗橋の上(やその近く)で写真に撮るというのが、市民にも観光客にも定番になっているように思います。

実はこの定番シーン、来年からしばらく見ることができなくなります。石垣の大規模修理が必要になったため、天守閣を移動させて、10年かけて大掛かりな修理を行うのだそう。

弘前城は2007年からの市の調査で、天守閣の石垣が東に約1メートル張り出していることが判明。崩落の恐れがあるため、市は約100年ぶりとなる大規模修理を実施することを決めた。
 市によると、修理は秋からで、重機を搬入するために内堀の一部を埋め立てる。石垣を積み直すため、天守閣も来年のまつり後に移動する。
 土台を持ち上げ、レールで動かす曳屋(ひきや)と呼ばれる方法を使う。本丸の北西方向に約70メートル移すため、有名な下乗橋の撮影ポイントからは写らなくなる。
 天守閣を移した後は約3000個の石を隙間なく積み直す。天守閣が元の位置に戻るのは5年後、工事全体の終了は10年後を見込んでいるという。

弘前さくらまつり開幕 今秋から石垣改修工事でしばしの別れ | 河北新報オンラインニュース

どのように工事が行われていくかは、こちらの動画でごらんになることができます。

弘前公園はその名もズバリ「城が動く」というウェブページを作っています。

弘前城石垣修理事業「城が動く」 | 弘前公園総合情報

元の風景に戻って写真が撮れるのは10年後。自分自身や家族が10年後どうなっているのかなあと思うと、今年はぜひ家族でこの場所で写真を撮っておいて、10年後にまた同じ構図で撮りたいものだなと、個人的には思っています(実際には混み合っていて、この場所で、家族揃っての撮影はなかなか難しい?)。「弘前の桜」を見たいという方は、ぜひ今年弘前までおいでになるとよろしいかと。修復前の弘前城の、はらみのある石垣を桜とともに見たいという、「石垣ファン」の皆さんにも、オススメできます。

もちろん弘前公園には、他にも桜が美しく映えるシーンがたくさんあります。来年以降も弘前までおいでいただく価値は十分ありますので、その点はご心配なく。

Hirosaki Sakura Festival 20110503

この情報は、私の弘前高校同期の友人のブログ「nonvlog from nonvey」の記事から得たものです。

弘前城と桜のコラボはしばらく見納めです!!

(Yahoo!個人掲載記事を転載)

Sakura flowering tunnel

naoyai逝去から5年

弟naoyaiが、GW真っ只中の5月4日に亡くなって、5年が過ぎた。それまでGWに青森に帰省することはあまり無かったのだが、以来5年間、毎年帰省し、家族で弟の墓を訪ねている。GWは弘前さくらまつりの時期にあたるので、毎年桜の開花状況を確認することができる。また、墓地はりんご畑の隣にある。桜の開花が早い年には、りんごの花が咲いていることもある。墓参の後、毎年山菜採りに訪ねている相馬(旧相馬村、現在弘前市)には、家族写真を撮っている遅咲きの山桜があり、こちらの開花状況も確認することになる。

今年りんごはまだ色づいておらず、相馬の山桜もまだつぼみ。弘前公園の桜が葉桜、というタイミングであった。

依然弟のFlickrアカウントは健在なので、6年前のGWに弟の撮影した、弘前公園の桜が、今もネット上に残っている。そしてもちろん弘前公園の桜は、6年前と同じく、しかし毎年少しずつ違うタイミングで、春の訪れを弘前の人々に伝えている。

2006年GWの弘前公園(naoyai撮影)

Sakura flowering tunnel

Sakura flowering in old castle

2012年GWの弘前公園(shinyai撮影)

Hirosaki, Aomori, 20120504

Hirosaki, Aomori, 20120504

過去記事:

naoyaiを偲び、弘前公園の桜を撮る | ICHINOHE Blog

naoyai、二度目の逝去者記念日 | ICHINOHE Blog

naoyai逝去者記念礼拝 | ICHINOHE Blog

相馬にて、山菜採り、MVE育成 | ICHINOHE Blog

柏崎市高柳荻ノ島で撮影された映画「キャタピラー」を見てきた

6月のフォトウォークで訪れた柏崎市高柳。高柳の荻ノ島という地区は、かやぶきの里として知られているが、このエリアでロケが行われた映画「キャタピラー」を、公開初日の8月14日に見てきた。試写会以外で映画館に足を運ぶのは本当に久しぶりで、ひょっとすると新潟に引っ越してきてから初めてかもしれない。この映画は、寺島しのぶがベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞した作品ということで知られている。

新潟県内では、新潟市の「シネウインド」のみで上映されている。

戦時中、四肢を失った帰還兵とその妻のストーリー。冒頭、四肢を失った夫(すなわち芋虫、キャタピラーとなった夫)が、家族の前に現れるシーンは、非常にショッキングで、戦争とはここまで残酷な運命を人々に強いるのかと、誰もが思うだろう。フォトウォークで、のどかな荻ノ島の風景を見てきた僕にとっては、なおさらその思いは強かった(ロケはこのほか、新潟県内の栃尾や刈羽でも行われたそうだ)。

戦場で命を落とす兵士たちの姿ではなく、帰還兵とその家族の苦悩を描くというのは、あまり日本映画にはない切り口なのだろう。しかも、その食欲や性欲と言って、原始的な欲求のレベルまで切り込んだ作品となると、非常に珍しいとは思うし、この視点は重要だ。

子どもの頃、弘前さくらまつりの会場近くで、傷痍軍人の人たちが音楽を演奏しながら物乞いをしているのを見たことがある。母は「あれは偽物だ」といって取り合わなかったし、事実そのようなケースが多かったのであろう。しかしそうした「にせ傷痍軍人」の存在もあいまって、戦後自分たちは、傷痍軍人たちの存在について、無関心になっていき、結果としてことの本質に向き合うのを忘れてきたような気がする。

『戦争における「人殺し」の心理学』という本のように、「生きる」「死ぬ」以上にもう少し詳細に、戦場に送られた人間がどのような犠牲を強いられ、生きて帰るにしてもどのような状態に陥るのかを、考えるべきなのだと思う。

元ちとせの「死んだ女の子」が主題歌として流れる。ヒロシマをテーマとしてこの曲は、映画のストーリーに直接関係はないのだが、日本から「反戦」のメッセージを発するとおいう意味では、統一されているという趣旨なのだろう。コンテキストとしてはあまりピンとこなかったが、それを吹き飛ばして、心を揺り動かす迫力がある曲であった。