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名鉄のホームで流れる曲が、中国の高速鉄道で流れる曲と同じだった

先週名古屋への出張があって、名鉄に乗る機会があったのだが、ホームで電車を待っていたところ、聞き覚えのあるメロディが流れた。この動画15秒ぐらいのところで流れるもの。

「なんだっけ?」と脳内の記憶をたどったところ、中国の高速鉄道で流れるものであった。どちらが先に使い始めたのかはわからないが、ほぼ同じといってよい。下の動画の39秒あたりで流れる。

こちらは未確認だが、東武鉄道でも同じメロディが流れるようだ。

新潟ソーシャル時評:関東圏の大雪に「防災首都」新潟は何ができるのか?

(2014年02月16日新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」から転載。)

関東甲信越地方を中心にした大雪に、昨日15日、私も大きな影響を受けました。

都内で開催された研究会に参加する予定で、朝9時に新潟駅に向かうも、上越新幹線は始発から復旧、ホームに停車していた新幹線の自由席で、2時間ほど待機してみましたが、「出発できるのは早くても13時以降」とのアナウンスがあり、それでは研究会には間に合わないと判断して帰宅しました。その後越後湯沢ー高崎間が終日運休との発表があり、なんとか復旧できたのは昨日夜遅くなってから、という情報でした。新潟駅は比較的情報が頻繁にアナウンスされていましたが、同じ時間、上越新幹線の他の駅では、人手が足りないからでしょうか、十分なアナウンスがされないという不満の声が、Facebookを通じて聞こえてきました。私は車両内ですわって待っていたので、比較的気持ちの余裕があり、私の方から新潟駅でのアナウンス内容や混雑状況をFacebookでお知らせしました。

県内も荒れ模様、交通機関に乱れ|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア

群馬県から先の雪の影響で上越新幹線が止まるというのは、私としては初めての経験でした。実際、長岡方面の在来線は通常通り運行されているようでした。

ただし雪の備えがもっとも分厚いであろう湯沢町で、関越道に雪崩が発生しています。

関越道で雪崩、1台巻き込まれる|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア

私のように上京を「とりやめる」という選択肢があった人は、まだましでしょう(実際新潟市周辺では、直接的な交通の乱れは起きていなかった)。群馬、埼玉、山梨など、関東甲信越各県では、かなりの被害が出ていて、いまだに被害の全貌がわかっていない状況のようです(その一方で、ソチオリンピックの競技が進み、こちらの報道が優先されているかに見える状況に、一部不満の声が出るほどです)。首都圏中心部の機能を麻痺させないために、相当なエネルギーが注がれる一方、周辺地域は孤立しているように見えます。全体像が見えるまでにはもう少し時間がかかるでしょうから、その評価を待つべきだとは思いますが。

あくまで印象ですが、今回の「記録的な大雪」に対して、各地域の人々が事前に除雪の体制を整えておくのはおそらく不可能だったと思います。新潟のような雪国では、たまに降る雪でよちよち歩きしている首都圏の人々をテレビで見て、ちょっとだけ優越感を感じたりする傾向がありますが、今回はそのレベルではなく、「災害」と言ってよい状況でしょう。「対岸の火事」ではなく、なにか支援ができないものかと感じます。

新潟市は施策の柱の一つとして「防災首都」を掲げます。東日本大震災の経験をもとに、首都直下地震や南海トラフ地震が起きた場合に、バックアップ体制をとる場所として、新潟を位置づけようということです。昨年の年初の言葉で、篠田市長は以下のように述べています。

「防災首都」に向けて前進 新潟市

「個別施策では、3・11大震災で新潟が大きな救援拠点となった実績を踏まえて「防災首都」を目指します。今後は首都直下地震や南海トラフ巨大地震など、太平洋側の大災害への備えが欠かせません。最大の救援拠点は新潟です。日本海軸や列島横断軸を整備し、新潟の救援・減災機能を大きく伸ばしていきます。それは新潟の安全度アップに直結します。」

来年度予算についての報道が先週出ていましたが、その中でも「防災首都」という言葉は出ています。

今回関東圏が大雪になって気がついたのは、他地域からの支援が難しいということ。大雪の場合には支援に行くための道路や線路が使えなくなってしまうということなのでしょう。昨日は24時間以上駅で立ち往生した特急列車がいたり、旅館が山奥で孤立してしまい、自衛隊が救援に向かったり。

ワイドビューしなの24号、大雪で立ち往生し34時間かかって名古屋に。乗客は車中で2泊

山梨県富士河口湖町のホテルで宿泊客100名以上が孤立 ライフラインがストップ 雪崩発生 救援求める | 堀潤

首都圏やその周辺で起きている「お手上げ」状態に対して、備えのある新潟が支援するにも、非常に困難が伴うように見えました。孤立した地域の隣町ならばまだしも、遠く離れた新潟から、陸路で何かを運ぶなり、救助に向かうなりするのは、現実的ではないということなのでしょうか。

「防災首都」を目指す新潟は、太平洋側の大雪に備えて何ができるのか。大雪のトラブルは現在も収束していませんが、非常に考えさせられる事例かと思います。

【追記】新潟県は山梨県に職員4人を派遣、北陸地方整備局も除雪車と操作員を派遣するそうです。

県、大雪被害の山梨県に職員派遣|政治・行政|新潟県内のニュース|新潟日報モア

屠畜という営みを素直に受け止められる映画「ある精肉店のはなし」

先週末、埼玉での授業が終わった後、東中野へ移動、ポレポレ東中野で「ある精肉店のはなし」を見てきた。上京して最初に住んだのが新宿区の落合斎場の近くで、東中野駅から10分位だった。新宿駅に出るのによく使ったこの駅近くには、24時間営業のモスバーガーが山手線沿いにあり、よく夜中に勉強するのに使ったし、食事もしたし、オウム真理教の選挙運動にも遭遇した。しかし今はもう、今の東中野駅前には、当時を思わせるものはほとんど残っていなかった(山手通りを渡った先の商店街には、まだ何か残っているような気もしたけれど、当時あまり行った記憶がない)。

ある精肉店のはなし

映画は大阪府貝塚市の精肉店「肉の北出」を描いたドキュメンタリー。親の代から肉屋を営む北出兄弟とその家族の実像に迫ったものだ。北出さんは、単に肉を売っているだけではなく、自ら牛を飼育し、これを近所の屠畜場で処理して一頭まるごと食肉として売っている。この昔からの一連の営みは、市営の食肉処理場の閉鎖に伴い、途絶えることになった。最後の屠畜が行われる日の様子も、映像に収められている。

牛が屠殺されるシーンも、それらが肉になっていくシーンもすべて出てくる映画で、最初はかなり「構えて」見に行ったのだが、実際の印象は全く違っていた。「牛を割る」という行為は、昔から被差別部落の人々の仕事とされ、それ以外の人々は、「屠った動物の肉を食べている」という感覚を、どこかで隠して生きてきた。現在はYoutubeでも屠畜の現場は映像として流れていて、「流れ作業」で動物が殺されるシーンが、多数紹介されている。その多くは「流れ作業」で動物が殺されていくことへの批判的な意味合いが込められているのだが、この映画の映像を見るとあきらかに違う印象を持つ(少なくとも自分にとってはそうだった)。人間が生きていく上で避けては通れない、他の生き物の「いのちをいただく」という行為に対して、避けることなくきちんと向きあおうという気持ちにさせられた。そう思わせてくれたのは、長らく向き合ってきた屠畜や精肉店の営みについての北出家の皆さんの語り口、あるいは、その気持を見事に映像にのせることに成功したこの作品の力ということになるのだろう。

以下のインタビュー映像の中で、纐纈あや監督が「上映後、お肉を食べたくなったいうお客さんがいてうれしかった」と語っている。自分自身も、食肉を嫌悪するような気持ちは全く起こらず、むしろおいしい焼肉屋でも行きたい気分になった(内臓の処理過程を見て、ホルモン焼きも食べたくなったぐらいだ)。肉好きを自称する皆さんに、むしろ見てもらいたい映画だ。

映画は被差別部落、部落解放運動の話も、避けることなく切り込んでいる。青森生まれで、(実はなかったわけではないのだが)あまり馴染みのなかった自分にとって、部落差別問題はどのように触れていいのかもよくわからない問題なのだが、結婚において問題が起きていないのかとか、この地域の祭りで太鼓を使わないのは藩から禁じられていたという説があるなど、具体的な表現がいくつか出てきて、なんともいえないざわざわとした気持ちにさせられた。ネットでなんでもわかるこの時代に、お店・家族まるごと映画に登場するということが、どれぐらいの覚悟を要するのかは、想像するしかない。ひょっとすると、部落解放運動に長らく関わってきた北出兄弟だからこそ、その意義を受け止めて、あえて登場したということなのかもしれない。また部落差別をめぐる現状もまた、いろいろ変化しているということもあるように感じた。とはいえ、この点もまた、映像では「からっと」描いていて、むしろ部落差別の現状について、少し勉強してみようかなという気持ちにさせられた。

今後の上映日程はこちらに。東京、大阪が現在上映中で、今後名古屋、神戸、福岡、京都、札幌、広島、長野、静岡まで決まっているようだ。新潟でもシネ・ウインドでの上映を期待したいところ。

上映劇場情報 – ある精肉店のはなし

こちらに貝塚での屠畜を見学した時の様子が、ブログで紹介されていた。
貝塚市の屠場に行ってきました。

金子哲雄さんの通夜参列者への手紙

2日、41歳で亡くなった流通ジャーナリスト金子哲雄さん。テレビで何度か拝見しただけだったが、同世代の訃報に、正直ショックを受けていたところ。実は金子さん、通夜参列者向けに手紙を用意していたという。ネタフルの記事で知った。

[N] 死去した金子哲雄氏、通夜参列者に手紙を用意していた

金子哲雄さん、通夜参列者に手紙 – 芸能ニュース : nikkansports.com

日刊スポーツには手紙の全文が掲載されている。「人生における早期リタイア制度」「魔法のドア」などユーモアあふれるこの「手紙」は、生前いつの段階で用意されていたのか。金子さんの用意周到さを尊敬するとともに、自分が彼の立場になることを考えると、穏やかではない心持ちの中でこの「手紙」を用意するというのは、相当つらい作業だっただろうと考える。

このたびは、お忙しい中、私、金子哲雄の葬儀にご列席たまわり、ありがとうございました。今回、41歳で人生における早期リタイア制度を利用させていただいたことに対し、感謝申し上げると同時に、現在、お仕事などにて、お世話になっている関係者のみなさまに、ご迷惑おかけしましたこと、心よりおわび申し上げます。申し訳ございません。

 もちろん、早期リタイアしたからといって、ゆっくりと休むつもりは毛頭ございません!第二の現場では、全国どこでも、すぐに行くことができる「魔法のドア」があるとうかがっております。そこで、札幌、東京、名古屋、大阪、松山、福岡など、お世話になったみなさまがいらっしゃる地域におじゃまし、心あたたまるハッピーな話題、おトクなネタを探して、歩き回り、情報発信を継続したい所存です。

 今回、ご縁がありまして東京タワーの足元、心光院さまが次の拠点となりました。「何か、面白いネタがないかな?」と思われましたら、チャンネルや周波数を東京タワー方面に合わせ、金子の姿を思い出していただけましたら幸いです。

 このたび、葬儀を執り行うにあたりまして葬儀社のセレモニーみやざき 宮崎美津子さまには生前より真摯(しんし)に相談にのって頂きました。
また、自分の歩んできた道とゆかりのある港区東麻布を終(つい)の住処とすることをお許しいただきました、浄土宗 心光院 御住職 戸松 義晴先生には公私にわたり、死生観などのアドバイスをちょうだいしました。この場をお借りして御礼申し上げます。ありがとうございました。

 最後になりますが、本日、ご列席下さいました、みなさまのご健康とご多幸を心よりお祈りしております。
41年間、お世話になり、ありがとうございました。

 急ぎ、書面にて御礼まで。

 平成24年10月1日

流通ジャーナリスト 金子哲雄

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敬和学園大学初の映像制作に関する授業「現代メディア論1」開講

8/6からの集中講義期間に、敬和学園大学初の映像制作に関する授業「現代メディア論1」が開講された。

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この授業は、情報メディアプログラムのスタートにあわせて復活、映像制作を主として行う授業としてリニューアルスタートとなった。授業の担当は名古屋短期大学の高谷邦彦先生。一戸の前任校、稚内北星学園大学で、学生たちが作るNPO法人映像コミュニティムーブユーのスタートに関わった、「市民メディア」の専門家。稚内とはまた異なる、新発田という新しい環境で、映像を使った地域の発見と発信を、学生と行おうという考えに共鳴し、名古屋から出張してきての集中講義を引き受けて下さった。

敬和生の皆さんへ新規開講科目紹介1:映像作品を作ろう「現代メディア論」 | ICHINOHE Blog

当初は新発田をテーマにした映像制作を考えたが、今回は受講生も少なく、高谷先生自身が初めて新発田に来たということもあり、大学をテーマにした映像を制作することにした。3チームにわかれて、3つの作品ができあがった。

現代メディア論、絶賛編集中その3 #keiwa

講義は6日−9日の間に開催され、最終日に上映会を実施した。夏休みで、集中講義に参加している学生以外はあまり学内にいなかったのだが、それでも多くの教職員や学生が上映会に来てくれて、受講生たちの制作した作品を見てくれた。作品は学生たちの個性が溢れており、普段文字で書かれているレポートよりも、数倍の説得力があったように思う。撮影時に何をカメラに納めておくか、編集時にどこを注意すべきか、一つ一つのポイントは、横で聞いている自分にもとても勉強になった。映像制作という作業を通じて、学生たちのメディアリテラシーが高まっていくというのも、手に取るようにわかった。この授業を企画して、あらためて良かったと思う。

上映作品は近く、Youtubeで公開される。2月にも「現代メディア論2」が開講される。多くの学生の皆さんの参加を期待したい。

新潟で集中講義 – Life3.0 ~ 短大教員の雑想

講義期間中に、新潟大学の新潟デジタルメディア研究会が行われたので、高谷先生とお邪魔した。高谷先生の共著『市民メディア論』『市民メディア活動―現場からの報告』を読んでいる人がいて、ちょうど話と縁がつながった。これからも新潟で映像を軸にした学生交流などもすすめて行けたらと思う。

※共著書名は、『市民メディア論』ではなく、『市民メディア活動』のほうであった。お詫びして訂正します。

Shinjuku #tokyo

安世鴻個展「重重 中国に残された朝鮮人元日本軍『慰安婦』の女性たち」

写真展中止をめぐって、写真家とニコンで法廷での争いが続く中、ニコンサロンでの写真展をのぞいてきた。
この写真展は、名古屋市在住の安世鴻さんが、中国に残された元慰安婦と接触し、撮影した写真を展示するもの。開催にあたっては右翼団体が抗議行動にやってくるなどして、かなり揉めたようだ。実は個人的にはあまり事態を把握しておらず、Google+経由で(しかも英語で)、このイベントのことを教えてもらっただけだった。行く前に調べて少し事情がわかった。

新宿エルタワーからの眺望は非常にすばらしかった。

Shinjuku #tokyo

会場のニコンサロンでは、日大芸術学部の学生たちの写真展と、安世鴻の写真展で、半分ずつのスペースを使っていたが、外には安世鴻写真展の表示は出ていなかった。裁判所の仮処分に基づいて、安世鴻写真展に会場を使わせているというのが、おそらくニコンの立ち位置で、しかも異議申立てをしている最中でもあったので、このような消極的な対応になったのであろう。

一方入り口でのセキュリティチェックは、金属探知機を導入する物々しさで、この展覧会をめぐっていかに抗議が殺到していたかがわかった。

写真の内容は、正直そんなに衝撃的な内容ではなかった。中国のいずれかの町で、ひっそりと暮らす女性たちの日常を、(やや悲しさを強調する形で)撮影している。写真に対する説明には、日本統治時代の朝鮮半島から「慰安婦」として中国に渡ることとなり、そのまま残留することを余儀なくされた女性たちの深い悲しみが、述べられていた。

写真は、カメラマンと被写体が作る一つのストーリーであり、キャプションには、カメラマンあるいは出展者の意図が含まれる。これは普通のことだ。元「慰安婦」を撮影するという意思を持って中国に通い、被写体と信頼関係を作りながら、タイミングをはかって写真をとったと、説明には書かれていた。つまり撮影する際に、安氏は元「慰安婦」の現在を撮るという目的を持っていたわけで、そこに特定の意図が反映されるのは当然のことであろう。

もちろんこの写真展での展示内容に、違和感を覚える日本人がいてもいいだろう。しかしこうした取材モノの写真展はおそらくつねに、このような撮影者の意図を含んでいるわけだから、それぞれの判断で、この安氏の写真を読み解けばよい。

個人的には、中国の町でひっそり暮らす女性たちの姿を撮った写真としては、非常にリアリティのある写真だと感じた。しかしながら、この写真それ自体から、元「慰安婦」についての何かをすっと感じ取ることは、正直難しかった。

今日になって、ニコンの異議申立ては退けられた。案内板は出るようになっただろうか。

従軍慰安婦写真展:中止通告のニコン 異議認められず- 毎日jp(毎日新聞)

安世鴻 Ahn Sehong (ahnsehong) は Twitter を利用しています

photographer AHN SEHONG           写真家 安世鴻

Youtubeで検索すると、この写真展をめぐる動きやネットでの番組がいろいろ出てくる。

ニコニコ生放送「当事者に聞く」。6月25日の放送。

こちらは、Fotgazet通信。

敬和生の皆さんへ新規開講科目紹介1:映像作品を作ろう「現代メディア論」

新学期が近付いてきて、そろそろ新年度の科目選択を始めている学生たちがいると思うので、今年から新規に開講する情報・メディア関連の科目をいくつか紹介しようと思う。学生の多くは保守的な科目選択、すなわち、過去の履修者からの評判のいい科目を選択する傾向にある。したがって、新規開講科目の場合、先生の評判もよくわからないので、ハンデを負うことになる。そういったことも考慮して、新しい科目の内容について自分が知っていることと、私がお願いして担当いただくことにした講師の先生のプロフィールについても、紹介したいと思う。

まず一つ目。現代メディア論。この科目はしばらく開講されていなかった科目だが、念願の「映像制作」の科目として、復活させることができた。担当は名古屋短大の高谷邦彦先生。何も経験のない学生に、スマホやPCを組み合わせて映像を編集し、作品に仕上げるまで、丁寧に指導してくれる先生だ。

高谷先生は、名古屋短大の前任校が稚内北星学園大学、つまり一戸の元同僚なのだが、同時に北海道宗谷地区で映像制作を行うNPO法人ムーブユーの理事長でもある。

ムーブログ 〜 NPO法人映像コミュニティ・ムーブユー

M00VU – YouTube

このムーブユーは、授業をきっかけにスタートしたNPO法人だが、映像を中心にした地域情報の発信を支援する活動を続けており、取材して制作された映像作品の中には、全国の市民映像祭で受賞した作品も多数ある。そのうちの一つが、先日紹介した稚内駅の立ち食いそばやを取材したもの。

【稚内】待合室の、片隅で。:市民がつくるTVF(東京ビデオフェスティバル)2012「筑紫哲也賞」 | ICHINOHE Blog

名古屋でも、短大の学生に映像制作を指導しており、いくつか作品が公開されている。

このほか、高谷先生が稚内時代に作った映像作品も、いくつかあるようだ。

freebee66 – YouTube

新発田や新潟を取材した映像作品、新発田や新潟を舞台にした映像作品は、まだまだたくさん作ることができると思う。この科目は夏休みと冬休みの集中講義科目。撮影するための素材が屋外にたくさんありそうだ。夏季冬季の集中講義は、教室での講義が何時間も続き、学生も先生も疲弊するものが多い。しかしこの科目については実習を行う時間も多く、楽しく作業して、映像作品の企画、撮影、編集の一連の技術を身につけることができるはず。敬和からも多くの映像作家が生まれてほしい。

なお新潟大学人文学部でも、同様の映像制作の授業が行われており、担当の先生も知り合いなので、敬和から良い作品が次々に生まれるようならば、ぜひ一緒に上映会をやりたいと、個人的には考えている。

【追記】
もう一つの新規開講科目として、「情報管理基礎論」についての記事も書いた。

敬和生の皆さんへ新規開講科目紹介2:Webサイトの構築手法をきっちり学ぶ「情報管理基礎論」 | ICHINOHE Blog

Niigata Airport

ANAが新潟-成田便を開設

今日ANAが、新潟-成田便の新規開設を発表した。

Niigata Airport

Photo by Kristi san

企業情報

新潟日報社 netpark ::: 全日空新潟成田線、3月25日開設

全日空(東京)は12日、新潟空港と成田空港とを結ぶ新規路線を3月25日から開設すると発表した。毎日午後に1往復を運航する。新潟空港で成田への路線開設は初めて。同社は「成田から国際線を利用してもらうことが狙い。ビジネス、観光とも需要は見込める」としている。

新潟―成田線のダイヤは午後3時10分新潟発(午後4時20分成田着)と同5時40分成田発(同6時45分新潟着)。全日空によると、米国・西海岸のロサンゼルスやハワイ、アジアではシンガポールや中国・広州などの路線に往復とも乗り継ぎがしやすい時間設定になっているという。

asahi.com(朝日新聞社):全日空、成田―新潟便を新設 3月25日から – ビジネス・経済

稚内時代は、かならずANAで東京に出ていたので、スターアライアンスの常連となった。新潟空港は東京便がないので、関西、名古屋、札幌への出張で、たまに飛行機を使うぐらい。国際線は、KALでインチョンに出て乗り換えるのが便利だが、日本のエアラインのアライアンスとの相性が悪い。スターアライアンスにこだわるなら、関西経由ということになるが、新潟からは伊丹にしか飛べない。

スターアライアンスを利用したい自分としては、成田に出て乗り継ぐというのも、現実的なシナリオになってきた。成田への到着時刻が16時20分と少し遅いのだが、それなりにフライトはあり、夕方便ということで安いチケットも手に入るようになるだろう。国内線を含めて、成田はLCCが集中する方向にもあるようで、そちらの方面でも期待ができそうだ。

最強のマイレージ(ANA&スターアライアンス編)

マイレージ新時代

20080619 Green Wall

情報ネットワーク法学会第11回研究大会:参加申込受付中

10月15日、北海道大学で開催される、情報ネットワーク法学会の今年度の研究大会、個別報告のプログラムが固まり、参加申し込みの受け付けが始まっている。
20080619 Green Wall

Photo by BONGURI

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脱原発とソーシャルメディアに関してコメント(中日新聞)

5/9付中日新聞の下記記事で、僕のコメントを掲載してもらった。名古屋での「脱原発」行進が行われ、いわゆる「活動家」ではない一般の人々が、ソーシャルメディアで情報を共有し、多くの人々が今回の更新に参加したという記事。
ネットで結集、脱原発へ行進:トピックス:中日新聞女性向けサイト:オピ・リーナ(Opi-rina)

ソーシャルメディアに詳しい一戸信哉・敬和学園大(新潟県新発田市)准教授は「ソーシャルメディアは一般の人にとって、広く情報取得の手段になり始めている。震災や原発後、人々の意識が高まっているところに、関連情報に触れ、これだけの数のパレードに結び付いたのだろう」と話している。

実は昨日、笹団子屋の中で連絡をもらって電話で答えた内容。したがって、この出来事の詳しい背景については調べられずに回答した。実際には「活動家」も中に入っていた可能性もあるし、その辺の実態はもっとよく調べてみなければわからない。原発に関する関心は、一般の人々の間でも高まってきているところに、人々の関心をつなげていくものとして、ソーシャルメディアが機能した、と見るのは、それほど外れてはいないだろうと思っている。ただFacebookがそこまで機能したか、という点については、やや疑問に思っている。