タグ別アーカイブ: 写真

敬和学園大学のUST番組「Keiwa Lunch」、新メンバーを加えて5年目がスタート

一戸ゼミを中心に実施しているお昼休みにUstream番組「Keiwa Lunch」、2014年度に入り、新メンバーで配信を再開した。今週は最初なので、新MCを交えて7人の写真を撮る予定だったが、2人が欠席、5人での写真となった。

10254008_663326937037766_5707992653537953932_n

新メンバーの1人目。前列右側の中島綾子さんは英語文化コミュニケーション学科の学生。「歯茎は恋の落とし穴」というキャッチフレーズを発表していた。国際ダンスサークルのメンバーでもあり、学科は違うのだけど、よく話をしていた学生。Keiwa Lunchには一度出演したことがあるほか、敬和×日報「Newsナビ」にも、一度ピンチヒッターで出演してもらった。

新メンバーもう一人は、後列右側の大倉菜穂好さん。共生社会学科の学生。共生社会学科と自分の接点はあまりないのだけど、3月に卒業したメンバーとしては、まるりさんが共生社会学科であった。というわけで、大倉さんがまるりさんの後を継ぐ形となった。

この2人を含めてKeiwa Lunchは7名、Newsナビは5名をMCとして、配信を行うことになった。後継者をどうするかかなり悩んでいたのだが、いい形に収まった。今後もよいしゃべり手を発掘して、番組に参加してもらおうと思う。

配信側は代替わりでかなり手薄になり、どうしたものかと思っていたが、今週は2−3年生がかなり参加してくれた。もちろん、基本的な設営作業などを単独でできるようになったわけではないので、みんなまだまだ訓練が必要。ともあれ、いい番組を作っていくチームはできそうなので、大いに期待したい。

ウェブカムとPCだけの装備で、とりあえず配信してみるといって始めた2010年4月から、丸4年が過ぎている。最初の時の記事が出てきた。

3年ゼミの学生と昼休みUSTを始めた「Keiwa Lunch #1」 | ICHINOHE Blog

当時に比べれば、参加する学生たちの主体性も向上したし、準備にかける手間も増えた。しかし番組としての完成度をもっとあげていくことにより、学生の成長の機会にしたいと思うし、学内外での認知度ももっと向上させ、「Keiwa Lunchをやっていたら就職には困らない」と、名実ともに言われるようにしたいところだ。

番組は今年も毎週水曜日の12:30スタート。ゲストに出たい/出したい、という要望もお待ちしております。

USTREAM: keiwa-lunch: . 教育

新潟ソーシャル時評:「紙の日報忘れたけれどもモアがあるから大丈夫」は実現できる?:新潟日報モアのリニューアル

(2014年4月1日新潟日報モア「「新潟ソーシャル時評」」から転載。)

4/1から、新潟日報モアがリニューアル、「デジタル紙面ビューア」が登場しました。

デジタル紙面ビューアー|新潟日報モア

「パソコンではもちろんのこと、専用アプリ(無料)を使用することで、スマートフォンやタブレットでも日報やその他の紙面が閲覧いただけます。」

今まで新聞の中身をウェブに変換して表示していた新潟日報モアですが、PC・スマホ・タブレットで、新聞紙面それ自体を表示できるようになったことになります。テキストでの表示も可能ですし、検索もできます。「先週たしか新発田のアスパラの記事が出ていたと思うんだけど」というときにも便利です。見つけた記事のスクラップも可能です。

新潟日報モアは、新聞購読者向けサービスである一方で、読者であることを確認するために画面から改めて「登録」を求めており、正直言って参入障壁が非常に高くなっています。新聞読者の多くはITになじみのない人が多いという相性の悪さもあり、読者サービスといいながら、読者向けサービスとして成立させるのが難しい状況があるように思います。ただしそこは中身との相関もあるでしょう。高いハードルを乗り越えてもぜひ登録したい、というぐらいサービスが充実していれば、どうにか登録しようという読者も増えるはずです。

2月の読者満足度調査特集で私は、「紙の新聞を忘れたけどモアがあるから大丈夫という存在を目指すべき」というコメントをしました。今回の「デジタル紙面ビューア」は、「紙の日報忘れたけれどもモアがあるから大丈夫」に向けて、重要な一歩を踏み出したのではないかと思います。さらに望むならば、対象を地方面以外にも広げてほしいということでしょうか。地方面と「ふむふむ」以外にも、日報ならではの記事はあります。「紙の日報忘れたけれどもモアがあるから大丈夫」といえるには、そこまでぜひ実現してほしいと思います。

「デジタル紙面ビューア」では、写真をクリックすると動画が再生できるようにもなりました。これまで写真を撮るだけだった取材シーンで、動画も必ず撮ることになるのでしょうか。記者の皆さんがしばらく苦労することになりそうですが、これもまた、新しい新聞の読み方として期待したいところで、モアの登録者が増える可能性を秘めているように思います。

このほか、各地方で配布されている「assh」も同時にデジタル化され、地域にかかわりなく読めるようになりました。新潟日報の外付けの「フリーペーパー」的なポジションにある「assh」の、波及力も増すことでしょう。

公開前夜の3/31に、UST番組「敬和×日報『Newsナビ』」でも、新潟日報モアのリニューアルをとりあげました。先行してリリースされた、先生の異動すいすい検索についても紹介しています(モア始まって以来の大きな反響があったとか)。
 

敬和×日報「Newsナビ」(Facebookページ)

「新聞×ネット」は、年々変化を続けており、新潟日報モアのような「購読者限定サービス」としてのコンテンツが増えつつありますが、ソーシャルメディア上での情報流通は、この制限とどうしても衝突します。新潟日報モアもまた、ビジネスの論理を追求し過ぎると、ネットでの存在感が低下するというジレンマの中、さまざまな試行錯誤が続いています。しかし新潟のニュースを発信する存在として、新潟日報は非常に大きな存在です。今回大きな変化への一歩を進めて新潟日報モア。さらなる変化が実現されるのかどうか、注目していきたいと思います。

国際ダンスサークルのメンバーと写真を撮ったら、女子会に紛れ込んだ人になった

昨年12月19日に、自分が顧問を担当している国際ダンスサークルが、単独イベント」と題して4年生卒業前の最終ステージを行った。最後終わってからの集合写真で、自分も一緒に撮ってもらったものが出てきた。女子会に紛れ込んだカメラを持った男性、という体になっていた。

2010年暮れにスタートした活動スタートした国際ダンスサークル。K-POPダンスのサークルを作りたいと相談を受けて、継続できるかなーと思いつつ顧問を引き受けた。それから3年間、いろいろあったと思うが、自分はたまに書類に判を押したり、撮影の手伝いをするぐらい。あとは学生たちが自主的に取り組んでくれた。現在はK-Popだけでなく、各国のポップスをベースにしたダンスに取り組んでいる。

特に競技としてやるわけではない中で、どのように活動していくのだろうかと思いながら見ていたが、どんどんサークルは拡大し、学外のイベントからもお声がかかるまでに発展している。

創設メンバーの4年生は、とにかく元気よく、まわりとうまく関係を作って、内外に存在を認知されるようになった。今後は後輩たちの中から「中興の祖」が出てくることを期待したい。

国際ダンスサークル

子どもを授かる幸せと責任:タマホームの「1more Baby応援団」

タマホームの「1 more Baby応援団」というキャンペーン。「ふたりめ」を生むことを推奨、とまではいってないけれど、その意義を考えようという提案だろう。

140131-0005

1 more Baby応援団

「家族会議」の動画は、ドラマなのだけれど、それぞれが自分の家族のことに重ねて、さまざまな思いを抱くであろう映像であった。子どもがいるいないにかかわらず、それぞれの立場で、心に響くものがあるはず。

自分の場合には、世間とは周回遅れで子どもを授かり、数ヶ月が経ったところ。

長女が生まれました | ICHINOHE Blog

この動画に出てくる子どものように、娘はまだ主張してくれない。そうではあるけれども、このまま娘をひとりっ子で育てていくことが、彼女の人生に何をもたらしていくのか、いろいろ思うところがあるわけで、その思いにこの動画は、うまくシンクロしてきた。

一方、自分自身の兄弟姉妹は、4人でにぎやかであった。むしろずっとうるさかった。両親は自分が生まれてから、下の妹が大学を卒業するまで、36年間、子育てをしていたことになる。その歴史は、青森県内各地に刻まれていて、一つの家だけにあるわけではないけれども、今両親が住む家にはやはり、いろいろなものが残っている(自分自身は今の実家には住んでいないので、妹達とはちょっと事情が違うのだが)。

弟がこの世を去って、まもなく7年になる。弟はいつまでも若いおじさんとして、娘や甥っ子に写真で存在しつづける。彼が上京するまでの歴史もまた、弘前の家に蓄積されている。今は静かに父と母が二人で暮らす家には、兄弟姉妹がそれぞれの時代を過ごし、いろんな手をわずらわせた歴史が、たしかに詰まっている。映像の後半には、それも重なった。

子を育てることへの価値観は、人によりさまざまだ。子どもに恵まれなかった人もいるし、子どもを望まない人もいるだろう。それぞれの事情や心の内は、なかなかうかがえるものではない。自分自身、これまでは、「自分のことで精一杯」と考え、子どもを持つことにあまり積極的ではなかった。その自分の気持も、周りの人たちにはわかりにくく、立ち入りにくいものであったと思う(にもかかわらず、ほんのちょっと入ってきてくださった何人かの方の言葉で、娘を迎えた今があるような気がしている)。今も「自分のことで精一杯」なのは変わらないが、余裕のなさを抱えながらも、何とかエネルギーを子どもに振り向けて、この4ヶ月、充実した時間を過ごしている。一方、自分の子どものことを話す時、聞いている相手にはどんな風に響くのか、子どもがいることがはっきりわかっている人以外が相手の場合には、いつもちょっと気になる。立ち入り方は、いつも難しい。

実家の母は新潟で孫に対面して、「おめぐみ」という言葉を使った。娘はまだ何もしゃべらないけれども、無力な父と母をある意味励ましてくれる、まさに「おめぐみ」なのだろう。「おめぐみ」としてやってきた子どもは、やがて自らの意思を持って独立していく。それまでの時間を、ともに充実した時間を過ごせるよう、責任感を持ちつつも、おだやかに過ごしていこうと思う。

新潟ソーシャル時評:センター試験と電話取材

(2014年01月19日新潟日報モア「「新潟ソーシャル時評」」から転載。)

今週末は、大学入試センター試験が行われました。受験生の皆さん、試験会場校の皆さん、大変お疲れさまでした。

私の勤務する敬和学園大学も会場となり、新潟リハビリテーション大学とともに、共同で試験を実施しました。新聞に写真が載るのは、主要会場となる国公立大学であることが多いのですが、センター試験は県内私立大学の多くも会場となっています。敬和学園大学と新潟リハビリテーション大学は、どちらも小さな規模の学校ですので、例年教職員ほぼ総出で実施しています。

センター試験に最後のゆとり世代|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア

新潟大でリスニングトラブル|社会|新潟県内のニュース|新潟日報モア

今年も県内会場で、リスニングのトラブルがあったようです。敬和学園大学では、今までリスニングでトラブルが起きたことはないのですが、毎年ハラハラしながら実施しています。私達監督する側も、受験生と同じようにとはいいませんが、それと同じぐらいの緊張感を持って、試験にのぞんでいます。

試験本部には、新潟日報を含めて、県内メディアから頻繁に電話がかかってきて、「トラブルは起きていないか?」と質問されます。大事な試験を実施する機関として、真摯に回答することにしていますが、「順調ですか?」「順調です」という、お決まりの会話を繰り返すさまは、なんとも滑稽です。トラブルは大学入試センターに報告されるわけで、そこに情報は集約されるのですが、記者の皆さんは互いに競い合って、個別に「ネタ」を探すわけです。結果、「メディアの数×実施機関の数×回数」の電話が、新潟県内の試験会場で鳴り続けることになります。正直に言えば、問題ない場合には、企業のカスタマーサポートのように、「センター試験の実施状況についてのお問い合せは、0番」として、録音した音声で対応したくなるぐらいです。

何らかのトラブル・不祥事があって「対応に追われる」立場になれば、大抵このような状態になる(電話だけでなく、押しかけてくる)のでしょうし、センター試験は受験生の運命を決める重要な試験でありますから、この現象は特に驚くべきことではないのかもしれません。しかしながら、普段メディアに注目されているわけではなく、静かな環境に置かれている大学関係者からすると、非常に不思議な光景です。

記者の皆さんが、他社と競いあうことにより、報道の質が向上するということは、もちろんあるでしょう。記者が「足でかせぐ」ことで、よいネタを拾うことができることもあると思います。情報提供を大学入試センターだけに統一したら、それこそ「大本営発表」だということになるのかもしれません。とはいえ、全国のメディア関係者のエネルギーが、地元試験会場に電話をかけるという単純作業に費やされている現状は、あまり生産的ではないなあと感じてしまいます。

新潟ソーシャル時評:「しょっぺ」をいかそう新潟

(2014年01月18日新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」から転載。)

連載「2014 私の初夢 ◯◯のまちづくり」で、1月11日、新潟大学法学部長の田村秀先生のインタビューが掲載されました。駅前楽天地の写真とともに「しょっぺ飲食店街」をまちづくりに活かそうという提案です。

新潟に引っ越して来たばかりの頃、ウェブ上の「新潟しょっぺ店番付」というページを見つけて、掲載されている店をいくつか訪ねました。当時はこの言葉「しょっぺ」の意味がわからず、今でも「しょっぺ」の意味は正確に定義できませんが、「おしゃれ」とは程遠いが、飾らない、「古き良き」ものを表す言葉だというのは、理解できます。その後この番付を見てお店に出かけることは減りましたが、いろいろな方に連れて行っていただいた店が、結果的にこの番付に入っている店だったことも多いです。

しょっぺ店番付

好きな店はいろいろありますが、私が一番よく行くのは「喜ぐち」。餃子やご飯物、麺類、そしておつまみもすべて揃っている、下町の雰囲気あふれる楽しいお店です。

しょっぺ店・喜ぐち

最近知り合いが「駅前楽天地」に進出、クラフトビールのお店を出したので、「駅前楽天地界隈」にも出かけるようになりました。これまでも存在は知っていたのですが、一見さんが立ち入ってはいけない雰囲気を感じて、長らく近づくことはありませんでした。中に入ってみると、新旧のお店が混在しており、あらゆる世代が楽しめる、楽しいエリアになっていることがわかりました。

昨年、ゼミの学生たちと青森まで行ったのですが、途中の秋田駅で、学生たちが「秋田は都会だ!」と言い出したのに驚きました。よく考えてみると、秋田駅前は整備が進んでいて、新潟駅万代口に比べると、駅舎とそれに連なる商店街ができあがっているように思います。学生たちは、たぶんその印象から、秋田は都会だと言い出したのでしょう。逆に言えば新潟は、駅前を含めて、都市の規模の割に都会的な雰囲気が少ないのかもしれません。

駅前開発で「都会感」を出さなかった一方、街には「しょっぺ飲食店街」が残りました。「都会的」とはいえませんが、伝統ある「しょっぺ店」と新しい店が混在して、一種独特の雰囲気を出しているとはいえそうです。古くて味わいのある店は他の都市にもありますが、「しょっぺ」という、わかるようなわからないような用語でその雰囲気を現しているのは、新潟だけかもしれません。標準語でも、「しょっぱい」という言葉が、似たような意味で使われることがあるようにも思いますが、「愛すべきもの」というニュアンスは、あまりないように思います。

「しょっぺ」を軸にした街づくり、たしかに可能性を感じます。

都市の公共空間とTwitterは「ステージ」

新宿駅を通り過ぎる際に、ホームをハイスピード撮影した映像。まるで時が止まったように、ホームにいる人々の姿を切り取っている。

新宿駅をハイスピード撮影した動画が、人間模様を映し出していてすごい

Adam Magyar, Stainless – Shinjuku from Adam Magyar on Vimeo.

制作したのはベルリンに住む、ハンガリー人の写真家、Adam Magyarさん。作品のコンセプトについて「この作品は、写真と動画の境界に位置づけられるもの。延々と続く、電車待ちの人たちの姿はまさに、生ける彫刻なんだよ」と語っている。

話題になったこの動画に対して、「たつをのChange Log」は以下のように、この動画の面白さを十分に理解しつつある種の「難しさ」をやんわり指摘している。

[を] 肖像権やらプライバシー保護やらでアートを否定したいのではなく自分も同じことをやりたいわけです

でも、これって、肖像権やプライバシーの問題が残ります。撮影された人の許可は間違いなく取ってないだろうからほぼアウト。カメラを向けて拒否されなかったからOK、みたいな話は隠し撮りだから通らない。風景の一部、というには無理がある。これが許されるならグーグルストリートビューで顔をぼかさなくていいよね。

なんかこのへんがクリアされてないとモヤモヤします。

ぐちゃぐちゃ言ってるけど、私はこういうアートを否定したいのではないのです。むしろこれがOKなら自分もこういうことをやりたいと思っているのです。有名アーティストならおとがめなしだけど個人ならダメ、みたいな世界は嫌なのです。

以前、新津美術館の「おんな写真展」を見に行った。過去から現在にかけて、女性たちがどのように生きていたのかを写真で振り返ることができた。非常にリアルな写真が多かったのだが、90年代途中のある段階から、様子が少し変わった。「時代の流れ」で自然な姿を撮影するのが難しくなったと書いてあった。

新津美術館のおんな写真展 | Flickr – Photo Sharing!

というわけで、有名アーティストの側もまた、ストリートで撮影するのは実際にはいろいろと難しい環境にあるように思う。一方、秋葉原では小型カメラがたくさん売られていて、これを使って、極秘に撮影することが可能になっている。有名アーティストであれ個人であれ、まっとうな人は、技術の進化によって「表現者」としての地位を獲得したにもかかわらず、実は撮影することをためらう場面があるということだろう。逆にそんなことは気にしない「ならず者」は、やりたい放題になっているのかもしれない(実際カメラの高機能化の結果、駅での盗撮で逮捕されているケースは少なくない)。

都市に暮らす人々は、匿名化された「群衆」の一人として生活している。自分は東京から離れて10年以上がたち、お店に行けばバイトしている学生に会い、道を歩いていると知り合いに会うという環境にすっかり慣れてしまったが、最初はとても息苦しかった。東京に出張で出てくると、ほっとしたのをよく覚えている。今でも、東京を歩いていると、人の目を気にしないでよくなるために、ちょっとだけ気分が楽になったと感じることはある。

この「匿名化」された空間は、「冷たい」とはいうもののどこか居心地がよいところもあり、そこにどかどかと入り込んで撮影するというのは、権利以前に、撮られる側には抵抗がある行為なのだろう。もちろん、田舎の村にどかどかと入り込んで撮影するのも抵抗はあるだろうが、田舎の場合には「入り込む」という段階で「抵抗」がはじまり、「あんただれ?」という状態になるので、やや状況が異なる。新潟の都市部では村のようにはならないが、街を歩いていて知り合いに会う可能性は決して低くないので、完全に「匿名化」された気分で街を歩いている人、電車に乗っている人は少ないはず。

匿名化されているはずの都市住民のプライバシーは、突然何かの拍子で暴かれる。悪気がある場合もそうでない場合もある。この現象は、個人的に使っているつもりのTwitterアカウントでの発言が、ある時突如として注目を浴び、RTされ、まとめページに掲載されていくというのに、構造は似ているように思った。

ステージに上がっているつもりは全くないのに、突然スポットライトを浴び、幕が開き、多くの観客の前にさらされる。どちらのケースもその点では似ているのではないか(自分でTweetした結果か、勝手に見知らぬ誰かに撮影されたかという違いはあるにしてもだ)。だからどうすべきだということはないけれども、都市の住民というのは、公共空間ではいつ幕が開いているかわからないという状況にあり、それはある意味でやむをえない部分があるということを前提にした上で、たとえばそれが意に反する形で別の情報と結び付けられないようにする方法を考えるとか、実質的な悪影響を最小限にとどめる仕組みを、考え始めたほうがいいのかもしれない。

古賀絵里子さん、結婚を発表していた

「おんな酒場放浪記」に出演している、写真家の古賀絵里子さん。以前、新潟の「古町どんどん」といイベントにいらしたときの記事に、このところアクセスが増えていて、何があったのかなと思っていたのだけど、ようやく気がついた。

新年最初のブログ記事で、結婚を発表していた。

迎春 2014 | information | 古賀絵里子

新年あけましておめでとうございます。昨年中は大変お世話になりました。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。また、このたび結婚いたしましたことをご報告申し上げます。このご縁を大切に、人生をより豊かなものとしていきたいと思います。本年の皆さまのご健勝とご多幸を心よりご祈念申し上げます。

おめでとうございます。

古町どんどんに古賀絵里子さん登場「番組最後の締めコメ、記憶にないことがある」 | ICHINOHE Blog

現役学生の語る敬和学園大学:新しい中吊り広告が掲出されています

先週から、敬和学園大学の新しい中吊り広告が、新潟県内JR各線の社内に掲出されたようだ。今回も、新潟美少女図鑑で知られる、「Cool Local」がモットーの、テクスファームさん制作で、広告でありながら非常にハイセンスに仕上がったと思う。

株式会社テクスファーム|TEXFARM

実は先週、一度電車にのる機会があったのだが、まだ掲出されたという情報を知らずに見逃した。新潟県の皆さんはぜひ、電車に乗る機会に探してみてください。

今回はKeiwa Lunchと国際ダンスサークル、それぞれ一戸が撮っている写真によく登場してくる二人が、これまでの大学生活を語ってくれた。協力どうもありがとう。

国際ダンスサークル

Keiwa Lunch

これと合わせて、教員採用試験の合格率などの具体的な数字を挙げた「実務的な」広告を合わせて掲示しているようだ。こちらもさらに、効果的な数字の出し方を工夫していきたい。

敬和学園大学は、上位校を目指す受験生からすると、物足りないレベル感であるのはたしかで、大学に入ったら実際どんな様子なのかまで、なかなか興味を持ってもらえない。これは仕方がない面もあるのだが、担当者としては、最大限工夫をして、目にとまるようにしたい。実際には、教員一人あたりの学生数は少なく、かなり注意を払って一人一人の学生の成長を確認することができる状態にあり、才能が埋没しない仕掛けは整っている(この点は、現場の教員サイドからすると、「もっと強調してくれ」ということになるのだが、一番表現が難しいポイントだ)。具体的な数字とあわせて、せめてこうした点はもう少しうまく伝えたい。ただ小規模校では、数字は大げさなものにはなりにくいというのが正直なところ。

というわけで今回は、実際の学生たちに登場してもらって、「群衆」の一人では、成長できなかったかもしれない学生が、どんな風に成長してくれたのかを、表現してみたということだ。この広告に表現できないところで、挫折感やコンプレックスを乗り越えて、一人一人がどのように成長の波に乗ったのか、というストーリーも無数にある。それをどうやってうまく盛り込んでいくのか、大学広報としては今後の課題の一つといえるだろう。

長女の生後100日写真をStudio Roopで撮ってもらった

昨年マタニティフォトを撮っていただいたStudio Roopで、娘の生後100日の写真を撮っていただいた。Studio Roopは新潟美少女図鑑を撮影しているPhotographerのチーム。雑誌などの撮影のほか、各種の家族写真にも対応してくれる(妻が出産した竹山病院にも、写真が展示されていて、撮影プランなども提供されているが、うちは全くそれとは関係なく、独自にお願いした)。

studio Roop blog

100日目はちょうど年末だったので、年があけて1週間ほど過ぎてからの撮影となった。今回はStudio Roop代表のCoziさんに撮影していただいた。どうもありがとうございました。

Studio Roopは入居していた古町のビルが老朽化して移転、鳥屋野のビッグスワンやエコスタジアムの近くにある、Roop Villageというカフェ施設に併設する新しい拠点で、撮影していただいた。ペレットストーブがあったり、前回同様非常に気の利いたおしゃれなスペースで、しかしゆっくりくつろぎながら撮影してもらうことができた。

赤ちゃんが泣かないように、おもちゃを用意したり、手順を踏んだ撮影にも工夫が凝らされていたこともあり、娘はほとんど泣くことなく、かなり笑ってよい写真を撮っていただけたと思う。娘は娘で、外に出かけている時には、あまり泣かない傾向があり、今回に至っては、シャッター音が鳴り出すと、カメラの方を見て、時折笑うように努めているように見えた(あくまで見えただけですが)。

もちろん我々夫婦と一緒に3人で撮影したり、マタニティフォトの続編っぽいカットを撮ったり、撮影自体も非常に楽しかった。Coziさんに撮っていただいたものは、近日送られてくる予定。こちらではとりあえず、私が撮った写真を何枚か載せておきたい。

長女が生まれました | ICHINOHE Blog