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新津美術館で秋山庄太郎写真展

昨日、五泉のチューリップまつりの帰り、新津美術館に立ち寄り、秋山庄太郎の写真展を見てきた。

新津美術館の秋山庄太郎展 #niigata

写真家 秋山庄太郎 -女優 花 plus- 新潟市新津美術館

写真家 秋山庄太郎 -女優 花 plus-
平成25年4月2日(火曜)~5月12日(日曜)
午前10時~午後5時 (観覧券販売は午後4時30分まで)
観覧料 一般700円(560円)
大学・高校生500円(400円) 中学生以下無料 
( )内は20名以上の団体、SLばんえつクーポン持参の方の料金 
障がい者手帳・療育手帳をお持ちの方は無料(手帳をご提示下さい) 

秋山庄太郎は「女優ポートレート」「花」の写真家として知られ、美しいものをより美しく、秘められた「美」を引き出す審美眼と確かな撮影技術、そして包容力ゆたかな気さくな人柄で、戦後日本の写真界を牽引するとともに、写真芸術の大衆化につとめるなど、大きな足跡をのこしました。
1920(大正9)年、東京・神田に生まれた秋山は、13歳からカメラを手にし、早稲田大学商学部卒業後、陸軍に召集される直前に作品集『翳』(かげ)を自費出版、それを携えて通信兵として中国大陸を転戦。敗戦後は、東京・銀座に秋山写真工房の設立を経て、映画雑誌社写真部に勤務し、女優・原節子を初めて自宅で撮影することで頭角をあらわします。
1951年にはフリーの写真家となり、『週刊文春』『週刊現代』『週刊ポスト』など多数の雑誌の表紙撮影連載を長期にわたって担当し、「婦人科」と称されるに至ります。しかし、秋山はそれに甘んじることなく、肖像写真の体系化をめざし、とりわけ50歳代になってからは画家、文士、舞台俳優、政治家など多岐にわたる被写体にレンズを向けるようになります。またその一方で、秋山が精力的に取り組んだのは、ライフワーク「花」に代表される自主制作による写真芸術でした。
これまで当館では、1998年、2000年と、「花」を中心に据えた秋山庄太郎展を開催して参りましたが、今回は秋山写真芸術の真骨頂ともいえる人物ポートレートを中心に、若かりし頃から最晩年までの代表的作品からセレクトし、秋山写真芸術の背景や理念を探ります。

ポスターの吉永小百合の息をのむような写真に引きつけられて、会場へ。原節子から常盤貴子まで、女優たちのもっとも美しい、しかし個性の現れた写真たちが展示されていた。展示を見ていくと「婦人科」というフレーズが出てきた。女優ポートレートを撮り続ける秋山庄太郎が、そのように(おそらく軽んじられて)称されていたことを知った。もちろん被写体が女優であるという時点で、作品が目を引くことは間違いないのだが、女優の個性と向き合う秋山氏の姿勢があればこそ、これだけの個性ある作品が生まれたのだということが、写真から読み取ることができた。松本伊代、早見優など、80年代アイドルの写真は、商業誌で用いられたものも多いのか、やや凡庸な印象を受けたが、一方で、70年代以前の写真は、明らかにそれらとは異なる迫力を示していた。決して商業写真の枠内に留まらない、個性を引き出す写真が、多く生み出されたいた事がわかる。

秋山氏はすでにこの世になく、被写体の女優たち、作家たちの多くも亡くなっている。写真家と被写体の緊張感は、多くの写真に体現されているのだが、その多くは、そのときのことを誰も語り得ない状態になっている。写真に現れた若い女優たちの多くは、魅力的なみずみずしい表情を見せている。写真の中に見える、時代を超えたリアリティと、もはや誰も語り得ない過去になったという事実の間で、なんとも言えない不思議な気持ちになったのだが、「もっとも美しい表情」を撮り続けた、秋山氏の仕事は、決して軽んじて語られるべきものではないことは明らかだ。女優ポートレートを、そのような高い評価を与えられる域まで高めたということ自体が、秋山氏の功績というべきだろう。

慶應義塾大学の「グローバル動画」が話題に

東京の大手私大は、どこも「グローバル人材育成」を掲げ、留学生募集にも熱心に取り組んでいる。その中で、慶應義塾大学がとりわけ熱心だったという印象はないのだが、何も取り組みが無かったわけではないはずで、単に自分が知らなかっただけなのだろう。

ここ数日話題にのぼっているのが、以下の動画。

最初は「大学生が作った」という体裁なのかなと思ったが、そうではなく、Director/Producer/Editorは、Tim Whiteという著名な映像作家であった。出演している男性が、慶應義塾大学の留学生ということなのだろう。一見してプロの作った映像だとは思ったが、ひょっとして学生が全部作ったのかな?と思ってしまった。教員の名前が「Thanks to」にずらっと並んでおり、当然大学側もかなり制作に関わっているのだろうが、制作はTim White氏をはじめとする外部スタッフのようだ。

Tim White氏はオーストラリア出身で、おそらく東京生活の経験はほとんどないのではないかと思う。新旧の東京のエッセンスをうまく拾い上げて統合し、そこに六大学野球など、慶應での大学生活を重ねあわせている。「これでは『東京ライフ=慶應義塾ライフ』ではないか」というツッコミが他校から入りそうなところだが、そこはあえて無視をして、大胆に東京生活と慶應義塾大学を融合させている。たぶん東京生活の長い人であれば、このように大胆に慶應義塾と東京を結び付けられないような気がする。

ともあれ、映像の力は強く、「東京体験」「日本体験」へのワクワク感を、うまくかき立てている。新潟を含む地方都市や地方都市の大学は、自分たちの独自性を、これとは別のアプローチで考えてみるべきところだ。残念ながらこの作品と同じクオリティを出せるところはそう多くはない(プロに頼んでも難しいだろう)だろうが。

まずは、留学生が大学のある街を紹介する、このパターンの動画から作ってみるべきか。

弘前市が中国語の観光PR動画を作成:ナビゲータは弘前大学の留学生 | ICHINOHE Blog

Jiangsu, China, 201303

中国江蘇省の高校で敬和学園大学説明会

3/7−9の日程で、中国江蘇省を訪問、毎年恒例となった中国での大学説明会を行なってきた。江蘇省は、上海周辺の沿海部で、先に経済発展を遂げた豊かな地域だ。訪問先は、南京の江蘇卓越日語専修学院とその提携高校。今回は訪中メンバーのスケジュール調整の結果、滞在期間が2泊3日と短くなったが、賞味1日半の滞在で、南京の学院本校に加えて、鎮江、常州の高校3校、あわせて4校で説明会を行うことができた。南京の学院は、1年間で日本留学を目指す集中型の日本語学校で、このコースが江蘇省の高校に「フォーマット販売」されており、いわばフランチャイズの高校が、省内各地で展開されているという状況だ。本当は省内の高校全部を回りたかったのだが、今回は3校のみの訪問となった。
だいぶ事情もわかってきたので、今回は少し説明内容にも変化を加えてみたところ、大変好評で、各会場とも笑顔がたえない楽しい説明会となった。

Jiangsu, China, 201303

敬和学園大学説明会 in 鎮江 #zhenjiang #china #keiwa

敬和学園大学説明会 in 鎮江 #zhenjiang #china #keiwa

Keiwa Lunchのダイジェスト映像は、成田に向かう電車と南京行きの飛行機の中で制作したのだが、これも好評であった。

たまたま学院を訪問してくれた昨年秋から留学している学生も参加してくれて、敬和、新発田、新潟での大学生活について、非常に丁寧に語ってくれた。震災から2年が経過し、日本留学の分布も、西日本偏重から元に戻りつつある。もちろんそうなっても、学生たちの多くは東京や関西を目指すはずで、地理的に新潟のプライオリティは低い。しかし新潟という場所は、「住めば都」の典型なので、先輩の口コミが非常に大事な場所だ。説明に来てくれた彼の言葉には、みんな真剣に耳を傾けていた(でもしっかり笑いもとっていた)。

Jiangsu, China, 201303

「近くて遠い国」という関係は、日中双方にとって、それぞれ当てはまる言葉だ。
北京の大気汚染が懸念される中国だが、上海や江蘇省といった沿海部はさほど深刻な状態にあるわけではなく、マスクをしているのは日本人ぐらいであった。震災直後の中国のパニックぶりと今の日本人の騒ぎ方には、どこか通じるものがあるように感じた(それぞれどの程度シリアスな状況なのかは違うかもしれないけれど)
日本留学をとりまく環境はかなり深刻だ。現地では昨年の暴動以降、日中武力衝突の可能性が煽られて語られており、それは共産党内部の権力闘争の反映だと思っている人も少なくないようだが、そういってもみんなメディアには影響される。留学を目指す学生・生徒たち、さらには保護者にしてみれば、留学先で敵国民として嫌がらせを受けたり、暴力を振るわれたりするのではないかと感じてしまうのだろう。日本留学を目指す学生・生徒たちの間には、今回もかなりの動揺が広がったという。

こうした苦難を乗り越えて、数カ月後の試験に備えてがんばっている学生・生徒たちには、ぜひよい環境で日本留学をスタートしてほしいと思う。

冬を彩る光のまち 弘前(中国ウェブニュースサイト「日本大観」)

弘前市が中国語の観光PR動画を作成:ナビゲータは弘前大学の留学生

弘前市が制作した、冬の弘前観光に関する、中国語のPRビデオ。共同通信が監修し、新華社のウェブサイトでも公開されているという。弘前大学の学生がナビゲータになっている。

冬を彩る光のまち 弘前(中国ウェブニュースサイト「日本大観」)

雪灯篭まつりから始まり、温泉、ホタテの貝焼き、けの汁、イカメンチ、地酒、津軽三味線、坐禅(住職は、自分の高校同期です)などでまとめられている。弘大生二人の表情がなかなかよい。

以前から、新潟や新発田でも、留学生と一緒にこの手の映像を作りたいと思っていたのだが、なかなか実現できなかった。映像編集の体制も整ってきたので、一度チャレンジしてみたいと思う。

ニューヨーク・タイムズ記者のビザ更新問題で中国政府が見解

中国政府が、ニューヨーク・タイムズの記者のビザ更新を拒否した問題で、中国外務省がコメントを発表している。温家宝首相一族の蓄財問題を、昨年10月、ニューヨーク・タイムズ紙が報じており、この件との関連が指摘されている。

Chinese flag

米紙記者のビザ申請「規定に合わず」 中国報道官、正当と主張 – MSN産経ニュース

米紙ニューヨーク・タイムズのクリス・バックリー記者が中国で報道ビザの更新を受けられなかった問題で、中国外務省の華春瑩報道官は4日の定例記者会見で、手続き上の問題からバックリー氏のビザ申請は「中国の規定に合致しない」と述べ、ビザを延長しなかったことは正当だと主張した。

 報道官は「バックリー氏はほかの外国メディアの記者証を所持しており、雇い主がどの報道機関なのか分からない」と説明。このため、バックリー氏のニューヨーク・タイムズ紙記者としてのビザ申請は規定に合わないとしている。

日本の報道では、「中国の規定」としか言っておらず、正確な法令についての言及はなさそうだ。これだけの懸念が表明されている以上、具体的な事実関係を、可能な限り明らかにしたほうが、中国政府にとっても国際的信用を失わずによいように思われるのだが(と、日本語で書いても仕方がない)。

全く本題と関係ないけれど。いろいろ情報を調べていてわかったのだが、、Wikipedia日本語版に書かれている情報によると、華春瑩報道官は同世代の人であった。

Windows Live Messangerが終了し、Skypeに統合

長らくインスタントメッセンジャーの標準であったWindows Live Messengerが、サービスを終了して、Skypeに統合される。Techcrunchの記事で知った。

 

ひとつの時代の終わり―Windows Live MessengerはSkypeに統合されて引退へ

Facebookとスマートフォンの台頭以前に育ったわれわれにとってはこのニュースはほろ苦いものだ。われわれの最初のオンライン・ソーシャル体験はAIMやICQ、WindowsLive(当時はMSN Messenger)のようなインスタント・メッセージによるものだった。しかしMirosoft自身もブログで認めているとおり、プラットフォームはソーシャル・サービスとモバイル・インターネットへと変化した。高機能なSkypeへの転換は必然的だといえる。

すでにSkypeやWindows Liveのブログでも公式に発表されている。

Skype – The Big Blog – Talk to your Messenger Contacts on Skype

The Windows Blog

個人的には、Windows Live Messengerからはスパムメッセージが増えてきていたし、周りに使っているユーザもあまり多くなくなったので、だいぶ前からすでにログインすることがなくなっていた。ともあれ、ICQからはじまったインスタントメッセージは、SkypeとWindows Messengerに移行し、片方が引退となった。実はSkypeも、個人的にはあまり使っていない。音声通話をすることが少ないので、結局Facebookメッセージのほうが便利になってしまった。LINEもある(こちらはまだそんなに使ってないけれど)。

ちなみに中国のみ、サービスが継続するそうだ。

日中の首脳が困難を乗り越えた様子がよくわかるドキュメンタリー「1972年“北京の五日間”こうして中国は日本と握手した」

田中角栄総理と大平正芳外相が訪中し、周恩来総理、姫鵬飛外交部長と厳しい交渉の末日中共同声明を出すまでの5日間について、関係者へのインタビューを中心に構成したドキュメンタリー。日中国交正常化40周年記念で放映され、中国各地でデモ・暴動が起こる中で放送された。

NHKオンデマンド | BS1スペシャル 「1972年“北京の五日間”こうして中国は日本と握手した」(前編)

1972年に「日中共同声明」が締結されて40年。北京での5日間の交渉で、田中角栄、大平正芳、毛沢東、周恩来という“名優”が、いかに困難を乗り越え調印に至ったのか。米中和解と日中国交正常化を中国が相次いで求めた動機は何だったのか。中国側当事者と共産党中央党史研究室へのインタビュー、残された会談記録や回顧録から解き明かしていく。(前編)

現在も日本の世論は対中強硬派が主流。中国側も表面的にはそのように見える。40年前の両国の力関係は、現在と異なるけれども、日中それぞれの代表者が、それぞれ脆弱な国内基盤を懸念しつつも、合意できる突破口を探し、決断していった様子が非常によく理解できた。もちろん、「ご迷惑」発言が波紋を広げるなど、日中の思わぬ行き違いには、日中の立場の違いを理解する難しさも感じさせられる。

添了麻煩 – Wikipedia

日本側を代表した田中・大平両氏が、難しい状況をどのように突破し、現場で決断したのか、その決断力・胆力を覗きみることができる。国内だけで勇ましいことをいうだけでなく、相手の立場を踏まえて、外交で突破口を見つけるというのも、政治家の大事な能力であろう。このご時世の中でとりわけ、強く感じるところだ。

後半では、中ソ対立の中で追い込まれていた中国の立場が、文革の様子とともに、詳細に紹介されていて、これまた面白い。

朗読を担当した林丹丹さんは、オスカープロモーション所属の女優で、お父さんが日本人、お母さんが中国人とのこと。日本語、中国語、英語での朗読をそつなくこなし、北京の街かどや日中の交渉に使われた場所を訪問していた。全体のストーリー展開を邪魔することなく、非常に自然に番組の中に溶け込んでいて、好感を持った。

 

林丹丹オフィシャルブログ&プロフィール Powered by beamie

【可愛い】林丹丹の画像【美人】 – NAVER まとめ

Suzhou, Jiangsu, China

蘇州、同得興のラーメン

暴徒化している反日デモで、一番大きく被害を報じられた街の一つが蘇州。今年の3月に蘇州大学を訪問してから半年をかけて、ようやく短期留学プログラムがまとまろうとしていた矢先に、最悪の事件が起きてしまった。現地で恐怖に怯えている人たち、工場や店舗を破壊されてしまった人たちから見ると、私たちが被った被害など微々たるものだが、正直ショックは隠せない。

ただ、起きてしまったものはどうしようもない。日本人が古都蘇州を安心して訪ねられる日が戻ってくることを願いつつ、蘇州のおいしいラーメンやさんを紹介。

Suzhou, Jiangsu, China

Suzhou, Jiangsu, China

Suzhou, Jiangsu, China

3月に初めて蘇州を訪ねた際に食べたのがこちらの同得興の麺。上海ナビを見ると、お昼までの営業だそう。いわゆる「朝ラー」の店だ。3月に食べたのは紅麺といわれる黒い醤油ラーメンの方。ちょっと濃い目ながら、大変深みを感じる醤油味であった。

同得興 (蘇州)[トンダーシン] | 上海グルメ・レストラン-上海ナビ

もう一つの白湯のほうが定番のよう。日本人好みの澄んだ塩ラーメンといった趣。これもぜひいつか試してみたい。

蘇州-同得興(十全街)|アジアグルメ図鑑

同得興 蘇州はハオチー

中国で楽しむ 蘇州のラーメン「同得興」

同得興 【トリップアドバイザー】

在中国日本大使館の新浪微博、「足袋」のポストが炎上

尖閣問題で緊迫する日中関係だが、在中国日本大使館のWeiboでは、あえて文化的なアプローチで「足袋」についてのポスト。しかしながら、内容に関わりなく、尖閣問題に関するコメントで溢れかえっている。

日本国驻华大使馆的微博 新浪微博-随时随地分享身边的新鲜事儿

Source: weibo.com via Shinya on Pinterest

 

 

 

【日本传统】“足袋(tabi)”,日本式短布袜,袜尖分为大脚趾和其他脚趾两个部分,袜腰到踝部,用挂钩固定。穿传统的草履、木屐时穿“足袋”。 庙会等庆祝活动中,抬神轿和推祭神用彩车的人也穿“足袋”。布袜有各种颜色和花样,正式场合一定要穿白色。“足袋”虽小,可也是日本的传统服饰呢。

現時点でコメントは700件近く。基本的には、「釣魚島は我が領土」とか「釣魚島を返せ」というような内容だ。関係ないポストでもなんでも、とにかく攻撃的なコメントで埋め尽くす。日本人も似たようなことをやっているのかもなあと、少し冷めた目で見ている。