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CGTN

南京事件80周年報道と山本武「一兵士の従軍記録」

2017年12月13日は、南京大虐殺から80年。中国の英語チャンネル「CGTN」でも、南京大虐殺特集が組まれていて、南京事件当時の現地の様子を映像に記録したジョン・マギー氏の孫が登場したほか、南京大虐殺が起きた背景に関する専門家へのインタビューなどが放映されていた。

ジョン・マギー – Wikipedia

日本では、「習近平氏は、自ら演説しなかった」という点に着目、日中関係に配慮したのではないかという憶測/分析が流れた。

習主席、出席も演説せず=南京事件80年、対日配慮か-中国:時事ドットコム

日本人の動きについては、あまり記事をみなかった(もっとも当日の日本メディアをちゃんとチェックしていないのだが。)が、中日新聞が、福井県から南京での法要(仏教式なので、おそらく政府主催のものとは別)に参加した男性のことを報じている。

南京大虐殺、現地法要に福井の男性参列:福井:中日新聞(CHUNICHI Web)

1937(昭和12)年の南京大虐殺から80年の13日、父親が南京攻略戦に従軍した元鯖江歩兵第三六連隊兵士だった福井市の男性が、中国・南京で営まれた平和法要に参列した。日中韓の僧侶と共に追悼した男性は「これで許してもらえるとは思わない。これからも戦争をするなという父の言葉を伝えなければ」と話した。

山本富士夫さんの父、山本武さんは、南京事件の際にも従軍しており、そのときの記録を自費出版しているそう。

調べてみると、山本武「一兵士の従軍記録」という本で、自費出版であることもあり、入手は困難なようだ。福井県立図書館、福井市立図書館には所蔵されている。

山本武の「陣中日記」を読みたい。県立図書館や福井市立図書館で読めるとインターネットに書いてあった。 | レファレンス協同データベース

このほか、おそらくほぼ同じ内容の「翻刻版」として、隼田嘉彦「山本武の『陣中日記』」が、福井大学教育学部紀要に掲載されている。

CiNii 論文 –  山本武の「陣中日記」-上-

名鉄のホームで流れる曲が、中国の高速鉄道で流れる曲と同じだった

先週名古屋への出張があって、名鉄に乗る機会があったのだが、ホームで電車を待っていたところ、聞き覚えのあるメロディが流れた。この動画15秒ぐらいのところで流れるもの。

「なんだっけ?」と脳内の記憶をたどったところ、中国の高速鉄道で流れるものであった。どちらが先に使い始めたのかはわからないが、ほぼ同じといってよい。下の動画の39秒あたりで流れる。

こちらは未確認だが、東武鉄道でも同じメロディが流れるようだ。

The better beer festival 2017

クアラルンプールでクラフトビールイベントが中止に:マレーシアにおける「不寛容」の現れ方

2017年10月、マレーシア・クアラルンプールで予定されていた「ビール祭り」が、中止になったというニュースが流れてきました。

純粋なイスラム国家を目指す野党・全マレーシア・イスラム党(PAS)が最近、「世界からクアラルンプールがアジア最大のみだらな中心地と見なされる状況をこれ以上放置できない」と中止への圧力を強めていた。

日本語の記事では触れられていませんが、このイベントは、「The Better Beer Festival」のことです。2012年に小さくスタートしたこのイベントですが、今年は日本を含む世界各国の43のブルワリーから250種類のビールが出品される予定とアナウンスされていました。

日本からは「よなよなビール」で知られるヤッホーブルーイングが、参加予定だったようです。

The Better Beer Festival 2017

Better Beer Festival, Malaysia’s Biggest Craft Beer Event, Back In October

クラフトビールイベントは、日本でも全国各地で開催され、この数年でかなり規模を拡大しています。もちろんアルコールのイベントを開催すれば、酔っ払った来場者がある程度出てきてしまうのはやむをえないところ。筆者の暮らす新潟県でも、毎年3月に「にいがた酒の陣」という日本酒のイベントが行われます。普段コンベンションセンターとして使われている大ホールで、多くの人たちが日本酒を楽しんでいるのですが、終盤にはホールの床に座り込み、横になる人の姿も見られます。

新潟淡麗 にいがた酒の陣2017

「にいがた酒の陣」は、「コンベンションセンターで酔っ払う」という意味では「異例」ですが、いちおう酔っぱらいだけをホールに封じ込めている形になるので、通りがかった人の気分を害することはほとんどありません。しかしビールイベントの場合には、開放空間が好まれ、それゆえに通りがかった人で、「酔っぱらい」を見て不快になる人もいるかもしれません。埼玉県で行われている、「けやきひろばビール祭り」は、屋外部分でビールを飲む形になっているようです(行ったことがないので違っていたらごめんなさい)し、新潟市内で行われている「新潟クラフトビールの陣」も、アーケード街で行われていますから、いずれも、「酔っぱらい」の姿は目に触れることになりそうです。

日本でもこうした懸念がないわけではないのですが、そもそも日本人は公の場所での飲酒に大らかだと言っていいでしょう。特に夏に屋外で、それも札幌大通公園のように開放的な空間で、ビールを飲むのは、風物詩として受け入れられています(少なくとも、批判的な世論が湧き上がってはいません)。

マレーシアの場合、イスラム教徒の保守的な勢力の声が、時に高まり、アルコールに対する強い拒否反応が出てきます。マレーシアの中でも、地方、とりわけマレー半島東海岸の地域は保守的とされていて、以前泊まったクアンタンのホテルでは、レストランの中でも屋内ではアルコールを提供できないと言われたことがあります。他の地方でも、たとえばマラッカ州では、イスラム教徒の多い地域ではコンビニでのアルコール販売を禁止しようという動きが出てくることがあります。

マラッカ州、マレー住民多数エリアでの酒類販売禁止へ | マレーシアニュース | マレーシアナビ!

スーパーでも、アルコールの販売にイスラム教徒が関わらないよう、豚肉を販売する「ノンハラル」コーナーの隣に売り場が置かれていたり、その売場も早い時間に閉店したり、しかし、ビールだけは例外で、通常のレジで会計ができたり、地域やお店によって、配慮の仕方が少しずつ違いました。

首都クアラルンプールはこうした地域差の中では、もっとも大らかで、街中のひと目につくところで、アルコールを飲んでいる人を割と見かけましたが、やはり「保守派」の人達からすると、眉をひそめる状況だったということでしょう。今回の会場は、The Square Publikaという、ショッピングモールに付属する屋外イベント会場のようなので、イスラム教徒の目にもつきやすいというのはたしかでしょう。

マレーシアなりの「不寛容」さが時に今回のように強くあらわれ、非ムスリムは我慢を強いられます。せっかく盛り上がってきた「クラフトビール文化」が、こうして座礁してしまうのは、おそらく主催者としてはとても残念だろうと思いますが、盛り上がってきて、6000人もの参加が見込めるイベントになったからこそ、反発も生まれたということなのだと思います。

社会の「不寛容さ」の現れ方は、国・地域によってさまざま。マレーシアは、マレー系、中国系、インド系を中心とする「多民族共存」の中で、互いの不満がときに強く現れます。アルコールを扱うような、許容可能な「ぎりぎり」の部分の仕事をする人たちは、非常に気を使うと思います。イスラム教徒優位の中で「多様性」をどう保証していくのか、マレーシアの人たちが時に直面するこうした課題は、日本の「多様性」問題とは前提が違う部分もある一方、私たちにも「多様性」や「寛容」のあり方について、示唆を与えているようにも感じます。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

中国女性の性格は、南北でかなり違うらしいという動画

上海発の「馬馬虎虎」という動画シリーズ。制作はTMD Productionとなっている。

中国でいろいろな人と話していると、標準語の中にも地域ごとの方言が混じりやすい地域があったり、そもそも考え方が違ったり、地域差があるという話をきくことがある。標準語である普通話が浸透する一方、全く違う言語だといういわゆる「方言」は、出身者の間でしか通じないともいう。日本人「方言」の感覚と、中国のそれはやや異なるのではないかと感じるが、いまだにうまく整理がつかない。

ともあれ、典型的な人間像が南北で違うというのもあるようで、女性の性格がどのように違うか、ステレオタイプとしての南北女性の違いを示しているのが以下の動画。英語の字幕もついているが、あまり読まなくても、趣旨は伝わるだろう。

気が強く、お酒も強いのが北の女性というイメージのようで、非常に興味深い。日本でも北のほうが、お酒が強いイメージがあるけれども、女性の気が強いというイメージはあまりないような。

「マレーシアの秋葉原」での暴動を増幅したソーシャルメディア

Photo by Dustin Iskandar on Flickr]

今日からマレーシアは、ラマダン明けのハリラヤ休暇に入りました。イスラム教徒マレー人たちが、1ヶ月に渡る断食を終えて、国中がお祝いモードになっています。

ラマダン期間中に、マレーシアではナジブ首相の不正疑惑が高まり日本でも報道されるに至りましたが、これを打ち消しかねない勢いで問題になったのが、Plaza Low Yatでの騒ぎです。こちらは日本でほとんど報道されていなかったのですが、Record Chinaなど、いくつかのウェブメディアが翻訳した記事を出しています。マレーシア社会ならではのできごとではあるのですが、ネット世論と社会の調和、またソーシャルメディアの発信者に対する規制に関連して、紹介します。

今月11日、マレーシア人の青年がクアラルンプールの携帯電話販売店で窃盗を働き、発見した中国系の店員が取り押さえて警察に引き渡した。ところが同日の夜、マレーシア青年の仲間7人は店に訪れ、中国系の店員を襲い、店を荒らした。これを発見した中国系の青年グループは店員に加勢し、マレーシア青年のグループと乱闘となった。

マレーシアで中国系青年と地元グループが乱闘、「反中」広が…:レコードチャイナ

Plaza Low Yatはクアラルンプールの繁華街ブキビンタンにあるビルの名前で、マレーシアで「デジタル」「IT」といえばここ、「マレーシアの秋葉原」というようなところです。大小様々な携帯ショップ、PCショップが入居しています。このビルに入ったことはなくとも、クアラルンプールを訪れた日本の人の多くも、この近くを通っていると思います。

万引きで捕まった青年が、仲間を連れて報復に来たという話ですから、治安上の問題に発展するほどのことはなさそうなのですが、暴動に発展してしまいます。

翌12日にはマレーシアのネットで関連の書き込みが集中。「中国系住民が経営する携帯電話販売店がニセモノを販売」「中国系住民が先に手を出した」といった真偽が定かではないコメントが寄せられ、反中ムードが漂った。そして同日夜に数百人のマレーシア住民が店の近くの広場でデモを実施。警察の出動で広場から撤退したものの、暴徒化したデモ隊は当初の200人から500人の規模にまで拡大。付近を行進し、バイクのヘルメットで華字メディアの関係者などに危害を加えた。さらに自動車や公共物を破壊、暴動は10時間近く続いた。

マレーシアで中国系青年と地元グループが乱闘、「反中」広が…:レコードチャイナ

Plaza Low Yatの従業員は中華系ばかりというわけではないと思うのですが、マレー系の人たちには中華系にだまされた経験がある人も多いということなのでしょうか。どちらでもない私は、マレーシアでこうした電器店にいくと「値段は交渉するもの」という意識でいかなければならず、大変面倒でもあり、しかしがんばれば値段も下がるので「Best Priceをくれ」と必ず言おうとも思っています。そもそも電気製品は、店頭で動かして見せる習慣があるほど、売手と買手の信頼関係が乏しくもあり、みなさんさまざまな経験をしているということなのでしょう。「ニセモノを販売した」という話はデマだったにもかかわらず、これに抗議するマレー系の人たちが集まり、暴動に発展したというわけです。

日本語の記事には出てきませんが、暴動に直接関わった人たちだけでなく、ソーシャルメディア上で人種間の対立を煽ったとされる人たちが、扇動法違反の疑いで逮捕されています。

Umno chief arrested over comments on Low Yat brawl | Free Malaysia Today

1人はPapagomoとして知られるブロガー、もう1人は与党UMNOペナン支部で幹部となっている人物で、容疑は必ずしも明瞭ではないのですが、ソーシャルメディア上の発言が人種間対立を煽ったということのようです(すでにUMNOの幹部は釈放)。また、Plaza Low Yat前に集まったマレー系の人々を前にして、人種差別的な演説をした人物も、同様に逮捕されています(彼もすでに保釈)。演説はマレー語なので、私にはわからないのですが、翻訳されたものを見ると、「ここはマレーの国だ。団結し、失礼な華人を倒せ」というようなことを行っています。たしかに穏やかではないのですが、私には警察が取り締まるべき問題には思えませんでした。

日本でもヘイトスピーチ規制が取り沙汰されていますが、マレーシアではすぐに治安問題に発展しかねないので、ソーシャルメディア上での人種差別発言に厳しく対処している様子が見てとれます。メディアに対する政府のコントロールも強いマレーシアで、コントロールしにくいソーシャルメディアについても、このように取り締まりの手が伸びてきています。そこに危うさを感じていないのか、非常に気になるところです。

「偏った」新聞をつぶせという意見が出る日本ですが、たとえ偏っていてもそれがただちに私たちの平穏な生活を脅かすことはありません。逆にマレーシアでは、治安への懸念が大きいために、表現の自由を担保する重要性が、軽んじられているところがあります。人々はこれを国柄ゆえのやむをえない制約と考えているのか、それとも実はなんとか変えていきたいと思っているのか、もちろん人それぞれとは思いますが、なかなか空気を感じ取ることはできません。

ただ面白いのは、警察側もまたTwitterを使っているところ。警察トップIGPのTan Sri Khalid Abu Bakarさんが、この問題を人種問題に転化させるべきではないといったと英字紙Starが伝えています。元のTweetはマレー語なので詳しい内容まではわからなかったのですが、警察トップがTwitterで(少なくとも見かけは)個人的に「発信」しています。日本では見られない現象でしょう。

IGP: Don’t turn Low Yat Plaza melee into a racial issue – Nation | The Star Online

いろいろ制約がありつつも、ソーシャルメディアが社会の中に浸透し、手を焼きながらも、政府もまたそれを使わざるを得ないという状況と見ることもできそうです。

この騒動のあと、対立をとりなすように、中華系の若者たちがマレー系のハリラヤソングを歌っている動画が、ソーシャルメディアで広がりました。これが政府のキャンペーンだったらと疑えばきりがありませんが、少なくとも多くの人々が、人種間の融和を大事に、社会を運営していきたいという気持ちは読み取れるような気がします。

After Low Yat clash, clip of Chinese youths singing ‘Selamat Hari Raya’ warms hearts on Twitter | Malaysia | Malay Mail Online

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

検閲を避けて潜る中国のソーシャルメディア、炎上を恐れて退潮する日本のソーシャルメディア

中国版Twitterと呼ばれている微博(weibo、ウェイボー)が、 米ナスダック市場に上場しました。ロイターは、微博自身による米ナスダックへの「デビュー」とならんで、微博の著名ユーザであって懲役8カ月の刑で服役していたチャールズ・シュー氏が釈放されたという、もう一つの「デビュー」について報じています。

2つの出来事のタイミングは偶然の一致に過ぎないが、上海に拠点を置く微博にとっての根本的な試練を浮き彫りにした。すなわち、中国で驚異的なマイクロブログの伸びによって発展を遂げた微博が、国際的なソーシャルメディア企業の一員として定着できるかどうかだ。

焦点:米上場の「微博」、中国政府の検閲への対応が課題 (ロイター) – Yahoo!ニュース BUSINESS

FacebookもTwitterも、株式市場に上場して「表舞台」出てくる段階では、すでにユーザ数の伸びも「踊り場」に差し掛かっていたという印象ですが、今回の微博も中国での盛り上がりのピークは過ぎていたという見方があります。

過去1年間はネット上で影響力を持つ評論家の身柄拘束が相次ぎ、そのおかげで微博のユーザー数が減少した可能性があるとする調査結果も出ている。

英テレグラフ紙と上海の華東師範大学が1月に発表した調査によると、政府がコンテンツ投稿の際に実名の表示をユーザーに義務付けたことを受けて、微博の投稿数は2012年のピークに比べ70%も減少したという。

焦点:米上場の「微博」、中国政府の検閲への対応が課題 (ロイター) – Yahoo!ニュース BUSINESS

FacebookやTwitterは、中国からのアクセスが制限されていることはよく知られています。情報流通をコントロールしたい中国政府にとって、政権の安定をゆるがすような発言が、コントロール不可能な状態で流通することは、なんとしても避けなければならないということでしょう。一方、微博はTwitterに類するサービスでありながら、中国国内でのアクセスが認められ、成長してきました。微博は中国政府によるコントロールが及びやすい中国国内の事業者です。実際政府を批判する発言が削除されることもあります。チャールズ・シュー氏のように買春の罪で起訴されるようなケースでも、これまでの微博での発言がチェックされていたと見られているようです。

中国政府は、コントロールしやすいはずの国内事業者微博での投稿ですら、手を焼いているということでしょう。反政府的な発言、少数民族問題などにとどまらず、鉄道事故などでの政府対応への批判や公務員の汚職の告発などもあるようです。今回、ユーザの投稿数が激減した背景には、動画投稿に対する実名登録の義務付けなど政府による規制強化の影響があると見られています(とはいうものの、アクティブユーザはむしろ増加していると、微博側は発表しています)。

微博を去ったユーザはどこに行ったのか。受け皿になっているのはメッセージングサービスの微信(ウィチャット)です。私も先月の中国出張を契機に、出張先のカウンターパートとのやりとりに、このサービスを使ってみることにしました。微信は、日本のユーザに普及しているLINEの中国版というべきサービスで、世界的には、Facebookに買収されたWhatsAppをあわせて、世界を三分しているメッセージングサービスの一つです。「三分」とはいうものの、微信の場合には圧倒的に中国、LINEも日本での強さが際立っている状態です。メッセージングサービスですので、LINE同様に友人同士の閉じたコミュニケーションに使うのが一般的ですが、「モーメンツ」という、LINEでいう「タイムライン」のような機能があり、これがFacebookのタイムラインのような、近況を広く友達に伝えるためのツールになっています。

日本がLINE、中国が微信と、サービスこそ違いますが、全公開のソーシャルメディアから友達間の閉じたコミュニケーションに閉じ始めている点では、共通した傾向が見て取れます。欧米でもWhatsAppが普及してきていますので、ひょっとすると全世界的に、「ソーシャル疲れ」が出ているのかもしれません(日本の場合には、閉じているLINEが、閉じているがゆえにいじめの温床になったりもするわけですが)。オープンなソーシャルメディアの「退潮傾向」は、世界的な流れというべきなのかもしれません。

ただし中国の場合には、政府からの検閲をまぬがれて情報を交換しようという人々の欲求があり、そのために使われるサービスが微信に移りつつあるという側面があるでしょう。その証拠に中国政府は、本来プライベートであるはずの微信でのメッセージのやり取りまで、監視しているという報道も出ています。

WeChat(微信)を使うと、中国国外のユーザも当局の検閲下に – THE BRIDGE

日本の場合には、Twitterでのうっかり発言で炎上し「私刑」を受けるという現象があり、これもまた、メッセージングサービスに人々が移行している原因の一つではあるように思いますが、政府による「検閲」を恐れてメッセージングサービスに移行するという人は皆無でしょう。しかし、モラルに反することを書くのはけしからんといわれるのと、社会秩序を乱すことを書くのはけしからんといわれるのは、同一線上にあるようにも思います。「けしからん」というのが権力なのか社会全体なのかという点はもちろん大きな違いなのですが。「けしからん」と社会から糾弾される個人を、完膚なきまでに叩き潰そうとする「炎上」現象に対し、何らかのセーフティネットが用意できないという点では、日本もあまり褒められた現状にはありません。

また、日本のメッセージングサービスも、青少年保護の観点で、監視への圧力が高まっているように見えます。つまり青少年への犯罪行為につながるメッセージングサービスでのやりとりを、事業者側がきちんと監視する必要があるのではないかという議論です。実際、ソーシャルゲーム上でのやりとりについては、実質的なチェックが行われています。これもまた、中国と日本で、違う観点ながらパラレルに起きている現象です。青少年保護のために一定の仕組みが必要であるにしても、それが受忍できない個人の権利侵害につながっていかないよう、注意が必要です。

これから微博というサービスは、株式市場でもきちんと評価を受けるよう「オープン」で「自由」なプラットフォームであることを強調するでしょうし、株式市場もまたそれを厳しくチェックするでしょう。日本人としては、中国のサービスに対して向けられる厳しい視線を横目で見ながら、日本の言論空間の自由さをあらためて噛みしめるところもあるでしょう。とはいうものの、中国の現象を見ながら、日本もまた襟を正して、日本のネット言論空間を検証していくべきだとも感じます。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

台湾の「日本語世代」の人生に迫るドキュメンタリー映画「台湾アイデンティティー」

「台湾アイデンティティー」、新潟シネ・ウインドでの上映最終日に、見てきた。冒頭のシーンは、数年前に訪れた、阿里山の風景から始まった。奮起湖駅で買った弁当の味が思い出されたが、もちろんこの映画は「旅番組」や「グルメ番組」ではなく、日本統治下をいきた「日本語世代」の人生を描いたドキュメンタリー。派手さはないが、とてもよい映画であった。

台湾アイデンティティー

ドキュメンタリー映画『台湾アイデンティティー』

1895年(明治28年)から1945年(昭和20年)までの半世紀、日本の統治下にあった台湾で日本語教育を受けた「日本語世代」といわれる老人たち。本作は舞台を台湾、ジャカルタ、そして横浜へ移しながら、市井の老人たちの人生に寄り添います。日本の敗戦で「日本人になれなかった」と言う人、台湾に帰れなかった人、シベリア抑留のおかげで二二八事件に巻き込まれずに済んだと笑う人、白色テロによって父親を奪われた人、青春の8年間を監獄で過ごさねばならなかった人、「本当の民主主義とは」を子供たちに伝え続けた人。第二次世界大戦、二二八事件、白色テロという歴史のうねりによって人生を歩み直さなくてはならなかった彼らが自らの体験を語るとき、私たちに問いかけることとはーー。

台湾は食べ物がおいしい、台湾は「親日」。若い世代を中心に、多くの日本人の台湾に関する認識はそこまでだろう。あるいは、多少歴史の知識があったとしても、台湾のことを語ると中台関係の影響もあり、イデオロギー的な要素が入りがち。興味があっても語りにくいというところもある。

しかし映画に出てくる、台湾の「日本語世代」の生の声に耳を傾けてみると、日本の文脈での「右」とか「左」という立場からは、この問題は見えてこないように思う。台湾の「日本語世代」が、日本統治のことを悪く言わないのは、その後の白色テロの時代がひどかったからともいえるし、事情はもっと複雑なのだ。監督の酒井充子さんは、インタビューでこんなことを言っている。

INTERVIEW 『台湾アイデンティティー』監督に訊く、台湾の「日本語世代」と考える日台関係  « WIRED.jp

──取材を通して日本に対する恨み言は聞かれませんでしたか?

それが言わない、だから切ないんです。「日本人になれなかった」という彼は、日本時代を批判する視線をもち合わせていないんです。「日本人になりたかった」自分のまま、ずっと戦後を生きてきました。当時の日本による教育が純粋培養的に保たれているんです。そこが本当に切ないですね。ただし、日本がよかったわけではないんです。「日本時代のほうがよかった」と、思わなければならない時代があったということです。

──日本では東日本大震災後の、台湾からの大規模な義援金などの影響もあり、台湾を「親日」とくくる見方があります。中国や韓国との関係が悪化しているいま、相対的に台湾をもち上げている印象を受けます。

日本人はわきまえてほしいです。台湾に生まれた彼らが、なぜインドネシアや日本にいるのかを、考えてほしいのです。それは日本抜きには考えられないこと。わたしは日本人に、台湾という国を中国や韓国と比較せずに見てもらいたいのです。

台湾には日本統治時代があり、あの時代を背負って生きてきた人たちが、いまも住んでいます。「何となく親日な感じがする」ではなく、日本統治時代があって、台湾のいまがあるのです。日本人にはそれを知ったうえで台湾と向き合ってほしい。そう切に願います。

映画の中で、李登輝さんがかつて語った「台湾人に生まれた悲哀」というフレーズが出てきた。結局台湾人は、いまだに自分たちの政府や国を持つことができなかったということなのだが、その「悲哀」というフレーズの意味は、この世代の「生き様」をきいてみると、非常によく分かる。台湾独立派としての立場を鮮明にする人、独立運動に当初から懐疑的だった人、残留日本兵としてインドネシア独立のために戦った人、それぞれの人生に「悲哀」が反映されていた。
一方、現実に報道されている、台湾独立の是非という「大文字言葉」の文脈では、高齢の台湾人たちのこの「気持ち」はよく見えない。さらに中国の人たちと話してみると、彼らは「一つの中国」を当然の事として考えているので、政治的な文脈を離れて、こうした台湾の人々の独自のアイデンティティーを、理解するのは難しいように感じる。

日中国交正常化以後、台湾問題に日本政府は関与しない立場にあるし、メディアでも台湾の歴史が語られることは少ない。しかしこの映画は、難しい政治的文脈を離れて、まずは激動の時代を「日本語世代」の人生を振り返り、何が起きたのか、人々はどう生きたのかを知ることを可能にしている。日本人が今後の台湾との関係(あるいは台湾の人々との付き合い方)を考える、非常に貴重なドキュメンタリー映像と言えるだろう。

酒井さんの前作「台湾人生」は、すでにDVD化されているので、今度見てみようと思う。

蘇州大学の中の東呉大学

今年6月、蘇州大学を再訪した。昨年短期留学プログラムを作った後、蘇州で暴動が起きてしまい、プログラムの遂行が難しくなってしまったところ。今後どのように再開をしていくか、有意義な話をすることができた。

蘇州大学の中に、「東呉大学」と書かれた門がある。東呉大学は、現在台北にある大学だ。東呉大学は、1900年にキリスト教宣教師たちにより設立された大学で、国共内戦ののち、1954年に台北で再スタートしている。

蘇州大学

蘇州での説明では、関西学院大学と同じ人が創立者だということであったが、関西学院大学のウェブでの説明は、やや異なる。もちろん同じ教会の人たちが深く関わっており、関連性は深いのだろう。

中国語研修(蘇州大学) | CIEC 国際教育・協力センター Kwansei Gakuin University Center for International Education and Cooperation

前身の東呉大学は本学と同じ南メソジスト教会の宣教師によって創立され、本学創始者のW.Rランバス先生の妹夫婦がその創立に大きく関与しています。

その後残ったキャンパスは、再編を何度か経て、1982年から「蘇州大学」になっている。1900年当時の建物がいくつも残っていた。

南京でゆったりできる場所、先鋒書店

昨日から出張で南京へ。仕事の後、昨年見つけた先鋒書店という雰囲気の良い書店に行ってきた。今回初めて気がついたのだが、もともとは地下駐車場だったところ。真ん中の線が中央線だということに、ようやく気がついた。

先鋒書店 #nanjing #china

ブログ記事などを見ると、どうもさらに元をたどると防空壕だったようだ。「南京大学の第二図書館」とも呼ばれているとか。非常に広い店内には、オリジナルの絵葉書その他のグッズも豊富においてあり、本の種類も、中国風の商業的なものばかりではなく、思想、歴史、宗教、芸術など、いわゆるインテリ向けの本がそろっている。また店内にはソファーも多数完備され、飲み物を持ち込んでゆっくり「座り読み」をしている人が多数いる。しまいには居眠りしている人もいるのだが、犯罪が起きるような雰囲気はない。中国の都市にありがちな、落ち着きの無さとは無縁の場所だ。

東京で言うと「青山ブックセンター」のイメージ。だが、私の知っている東京の書店にはないぐらい、さらに上をいくゆったりさだ(外とのギャップのせいかもしれないが)。

トークイベントを行うイベントスペースもある。前回来た時には、クラシック音楽についてのトークイベントが行われていて、音楽評論家なのか、アーティスト然とした人が、コンサート映像を映しながら、若い世代とワークショップ形式で対話をしていた。

今回はイベントが行われていなかったが、明日台湾の詩人がやってきて、上海交通大学の教授らと対談するイベントが組まれていた。店頭でポスターを見た若い女性が友だちに電話をかけて、「有名な上海交通大学の教授が来る。どうしても聞きたいから一緒に行こうよ」と話していた(とあとで教えてもらった)。

先鋒書店 #nanjing #china

併設されたカフェもゆったりした空間。おそらく書店内の本を持ち込んで、カフェ内で「座り読み」もできるのではなかろうか。

先鋒書店珈琲館 #nanjing #china

今日はローズコーヒーという謎のコーヒーを試してみた。バラの香りのする、甘いコーヒーだった。

Rose Coffee #nanjing #china

南京では、場所柄、日本人出張者はどうしても、緊張をしいられることになる。しかし先鋒書店に行くと、日本の小説の訳書や日本をテーマとした本がたくさん取り扱われているし、知性の高い人達が集まっている雰囲気なので、かなりリラックスすることができる。もと防空壕ということで、少し「隠れ家」っぽい雰囲気もあるので、南京の知識人コミュニティに、自分自身が守られているような気持ちにもなる(勘違いかもしれないが)。

検索してみたら、以下のような記事が出てきた。

「先鋒書店」―南京のインテリさん御用達:南京日本人会事務局だより:So-netブログ

EALAI:東京大学/東アジア・リベラルアーツ・イニシアティブ | コラム

先鋒書店 | nihao!南京

先鋒書店には、Weiboのアカウントがある。

南京先锋书店的微博 新浪微博-随时随地分享南京先锋书店的新鲜事儿

新津美術館で秋山庄太郎写真展

昨日、五泉のチューリップまつりの帰り、新津美術館に立ち寄り、秋山庄太郎の写真展を見てきた。

新津美術館の秋山庄太郎展 #niigata

写真家 秋山庄太郎 -女優 花 plus- 新潟市新津美術館

写真家 秋山庄太郎 -女優 花 plus-
平成25年4月2日(火曜)~5月12日(日曜)
午前10時~午後5時 (観覧券販売は午後4時30分まで)
観覧料 一般700円(560円)
大学・高校生500円(400円) 中学生以下無料 
( )内は20名以上の団体、SLばんえつクーポン持参の方の料金 
障がい者手帳・療育手帳をお持ちの方は無料(手帳をご提示下さい) 

秋山庄太郎は「女優ポートレート」「花」の写真家として知られ、美しいものをより美しく、秘められた「美」を引き出す審美眼と確かな撮影技術、そして包容力ゆたかな気さくな人柄で、戦後日本の写真界を牽引するとともに、写真芸術の大衆化につとめるなど、大きな足跡をのこしました。
1920(大正9)年、東京・神田に生まれた秋山は、13歳からカメラを手にし、早稲田大学商学部卒業後、陸軍に召集される直前に作品集『翳』(かげ)を自費出版、それを携えて通信兵として中国大陸を転戦。敗戦後は、東京・銀座に秋山写真工房の設立を経て、映画雑誌社写真部に勤務し、女優・原節子を初めて自宅で撮影することで頭角をあらわします。
1951年にはフリーの写真家となり、『週刊文春』『週刊現代』『週刊ポスト』など多数の雑誌の表紙撮影連載を長期にわたって担当し、「婦人科」と称されるに至ります。しかし、秋山はそれに甘んじることなく、肖像写真の体系化をめざし、とりわけ50歳代になってからは画家、文士、舞台俳優、政治家など多岐にわたる被写体にレンズを向けるようになります。またその一方で、秋山が精力的に取り組んだのは、ライフワーク「花」に代表される自主制作による写真芸術でした。
これまで当館では、1998年、2000年と、「花」を中心に据えた秋山庄太郎展を開催して参りましたが、今回は秋山写真芸術の真骨頂ともいえる人物ポートレートを中心に、若かりし頃から最晩年までの代表的作品からセレクトし、秋山写真芸術の背景や理念を探ります。

ポスターの吉永小百合の息をのむような写真に引きつけられて、会場へ。原節子から常盤貴子まで、女優たちのもっとも美しい、しかし個性の現れた写真たちが展示されていた。展示を見ていくと「婦人科」というフレーズが出てきた。女優ポートレートを撮り続ける秋山庄太郎が、そのように(おそらく軽んじられて)称されていたことを知った。もちろん被写体が女優であるという時点で、作品が目を引くことは間違いないのだが、女優の個性と向き合う秋山氏の姿勢があればこそ、これだけの個性ある作品が生まれたのだということが、写真から読み取ることができた。松本伊代、早見優など、80年代アイドルの写真は、商業誌で用いられたものも多いのか、やや凡庸な印象を受けたが、一方で、70年代以前の写真は、明らかにそれらとは異なる迫力を示していた。決して商業写真の枠内に留まらない、個性を引き出す写真が、多く生み出されたいた事がわかる。

秋山氏はすでにこの世になく、被写体の女優たち、作家たちの多くも亡くなっている。写真家と被写体の緊張感は、多くの写真に体現されているのだが、その多くは、そのときのことを誰も語り得ない状態になっている。写真に現れた若い女優たちの多くは、魅力的なみずみずしい表情を見せている。写真の中に見える、時代を超えたリアリティと、もはや誰も語り得ない過去になったという事実の間で、なんとも言えない不思議な気持ちになったのだが、「もっとも美しい表情」を撮り続けた、秋山氏の仕事は、決して軽んじて語られるべきものではないことは明らかだ。女優ポートレートを、そのような高い評価を与えられる域まで高めたということ自体が、秋山氏の功績というべきだろう。