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Google Glassでヒマラヤの旅:Glassでつなげたいもの、つなげたくないもの

Google Glassをかけて来店した客を、レストランが入店拒否してはいけないのか。その店はどんな評価を受けるのか。
都市におけるプライバシーとGoogle Glassの関係が、ますますクローズアップされつつあります。

携帯電話禁止やドレスコードを設けるレストランがあるということは、グーグルグラスに関してもの申すレストランが出てきても不思議ではありません。が、残念ながらそのようなお店では、支持者と反支持者がうまれ、バトルが始まるようですが…。

グーグルグラス着用で入店拒否のレストラン、店とユーザー間でバトル勃発 : ギズモード・ジャパン

レストランは、Yelp、食べログなどでつねに評価を受けています。ウェアラブルデバイスの利用について、社会的合意がない中では、「Google Glass禁止」のポリシーが、お店にとってプラスに働くのかどうか、まだまだよくわからないところがあります。

Google Glassで、どれだけのプライバシー情報が目の前に可視化されるのか、まだ使ってはいない私には想像するしかありません。
昨年度開催した情報ネットワーク法学会の研究会では、交際ステータスなど、前を歩いている見知らぬ人達の情報が、Glassに簡単に表示されるのではないかという「未来」が、予想されました。

グーグルグラスですれ違った女性の情報がだだ漏れに? | 情報ネットワーク法学会

また、都市がこれまで保証してきた匿名性が、ソーシャルメディアの普及によって失われ、匿名性がもたらしてきた、都市の創造性も奪われるのではないかという指摘もありました。

ソーシャルパトロールが都市の創造性を奪う? | 情報ネットワーク法学会

飲食店やコンビニなど、近隣のお店の多くで学生に遭遇して息苦しい、というのは、地方勤務の大学教員がよく体験しています。都会から地方に引っ越して10数年経った私は、その環境にすっかり慣れましたが、たしか最初は、いつも監視されているような気分でした。同じ状態がソーシャルを通じて、都会でも発生するということなのでしょう。ただし、地方で起きていたのは「どこにでも知り合いがいる」という状態なのに対して、ソーシャルがもたらすのは「知らない人にも素性がバレる」ということなので、実はちょっと意味合いが違います。「知らない人の素性」というのは、普段は誰も気にかけない情報なのですが、何かの拍子で注目されると、その人の「素性」への注目度が一気に上がるということでしょう。いい面も悪い面も、白日の下にさらされる(というよりは、もともと見えているものに周りが注目する)ことになります。

というわけで、「つなげる」とろくなことが起きないという長い「前振り」となりましたが、全くつながっていない場所に行くと、価値を持つこともあるという映像が、Googleから公開されています。Glassのマーケティング担当者が、Google Glassをかけてネパールとブータンを旅してきた時の映像です。両国とも、先進国と同じ環境で、高速インターネットが利用できる環境ではない、といっていいでしょう。

「つながっていない」国を旅する中で、出会った人々や風景を撮影してしまうと、貴重なそのシーンを自らの目に焼き付けられなくなることがあります。「撮ってないで自分の目に見ろ。」という話です。しかしGoogle Glassならその点を意識することなく、見ているものをそのまま撮影できるのだ、ということなのでしょう。たしかに貴重な体験の数々が、きわめて自然に、美しい映像でまとめられています。

都市では、狭い空間に人々が暮らしていく中で、互いに距離を保つ術を確立してきたわけですが、それが徐々に壊されつつあるという危機感が、醸成されつつ有ります。しかしちょっと場所のコンテキストを変えると、状況は異なるのでしょうか。映像の中に出てくる、ネパールやブータンの人々の権利はどうなのか、考えてみるといろいろ問題もあるのですが、少なくとも撮る側の感じるプレッシャーは、大きく変わります。ブータンの子どもたちにとって、Googleの動画に写り込んでいることは、どんな意味があるのか。意味はあると思いますが、それは、日本国内の小学校で撮影された子どもたちの写真とは、意味が違うように見えるわけです。

その究極の形が、北朝鮮の人々を「隠し撮り」した、エリック・ラフォルグさんの一連の写真でしょう。

北朝鮮の地方の姿、フランス人カメラマンが隠し撮りでとらえた【画像】

リアルな北朝鮮を伝えるEric LafforgueさんのFlickr | ICHINOHE Blog

これは場所だけでなく、時間を変えた場合にも同じことが言えます。過去の写真や映像の場合、関係者もいなくなり、プライバシーへの配慮よりも、リアリティを人々は求めます。したがって、プライバシーに配慮した結果、モザイクだらけになっている最近の記録写真や映像は、少なくとも後の世代には、不満足な記録になってしまうのではないかと思います。

答えはありません。しかしGoogle Glassのようなウェアラブルデバイスの進化は、「つなげるもの」と「つなげないもの」の線引きについて、さらに考えを深めていくことを要求しています。今は主に、「便利だよね」と「こわいよね」の間でせめぎあっていますが、場所や時間を超えて、何を共有すべきなのかというのもまた、一つの論点なのではないかと思います。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

Summer School in Kathmandu 2005

ネパール帰国前の再会

前任校の仕事で、ネパールに行っていた頃に知り合った「友人」が、近く帰国するというので、赤坂で会ってきた。

「友人」と、今ではそのように形容するしかないが、最初会った時に彼女はネパールの高校生であった。お父さんがネパール人、お母さんが日本人。当時から、日本語とネパール語と英語を話していた。東海スクールネット研究会が主催する、ネパールの高校生を集めたイベント「Summer School」で、彼女に出会ったのが最初であった。研究会の教員の皆さんはネパール渡航歴の長い人たちだったが、日本語ができる彼女は、参加者でありながらある種特別な存在で、イベントの成功に、大きな力となった。当時から、話の仕方もとても落ち着いていて、安心感、安定感があった。

2005年、Summer Schoolの開会式。
Summer School in Kathmandu 2005

しばらくした後、ネパールで彼女のお母さんと、彼女の進学についてお話ししたりしていたのだが、最終的に彼女は、早稲田大学に進学することになった。またこれも、いつどのような経緯で話したのか忘れたけれど、入学後彼女は、一戸が大学1年の頃参加していた国際交流のサークルのメンバーとなり、そこでも充実した時間を過ごしたようだ。ただ大学に在籍している間、彼女に会うことはほとんどなく、SNSでときどき近況を知る程度。あっという間に大学を卒業、その後南アジア圏でビジネスを展開する企業で活躍した。

という彼女、日本人の男性と結婚し、二人で「実家」のネパールに帰国する。お相手はてっきり大学の同級生なのかなと思ったがそうではなく、しかし出会いのきっかけは、自分もよく知っている場所で、とても親近感がわくなれそめであった。ネパールに共に渡るお相手の男性は、新しい環境に苦労すると思うが、落ち着いた彼女の様子を見ていると、なんとかなるんじゃないかなあという気になってくるのも、よくわかる。ほかにも、日本での仕事の話、日本とネパールの社会の違い、教育の違い、ネパールの電力事情、いろいろな話をした。彼女の日本での仕事は順調で、将来の幹部候補生として期待されていたことがうかがわれた。それだけに、今回の決断は傍目には思い切ったものに見えるが、おそらく彼女の頭の中では、いずれ帰国するというシナリオが、できていたのではないかと思う。

2時間ほど楽しくお話しして、赤坂駅前で別れた。次に会う場所はたぶん、アンナプルナ連峰の麓であろう。帰国後に行われる結婚式にうかがってお皿をプレゼントする(という慣例らしい)ことはできないと思うが、いずれまたネパールに行き、ご家族に会える日がくればと思う。

ネパール稲門会ってあるのかな?

彼女の進学が決まった時にも、一度記事を書いていた。
早稲田のネパール人留学生 | ICHINOHE Blog

Shinsen Station

佐野眞一『東電OL殺人事件』 (新潮文庫)

6月7日に東京高等裁判所が再審を決定した、「東電女性社員殺害事件」。97年当時、センセーショナルな報道があったことは記憶にあるが、あまり強い印象はなかった。おそらく自分の身の回りのことだけで精一杯だったのだろう。

Shinsen Station

Photo by yattsan.

その後ネパールと関わるようになり、ネパール人たちの東京での生活ぶりや日本での彼らの立場についても、いろいろ知るようになった。それでもこの事件について深く追求することはなかったのは、なぜなのだろう。自らの想像力の欠如を、正直恥ずかしく思う。

再審決定を契機として、一体何かがあったのか、ひとまずウェブで調べてみた。どうも佐野眞一氏の本が、かなりこの事件を深く追求しているということがわかったので、本屋の近くを通る機会があって買ってきた。

ウェブを検索するだけでも、事件の概要はもちろんのこと、事件にまつわる場所の写真なども出てくる。神泉界隈は、正直あまり縁のない場所だったが、渋谷にはよく行っていたので、97年当時を思い起こすことはできる。また、マイナリ氏は自分とそんなに年齢の変わらないので、15年間異国の地で彼が受けた苦難は、いかばかりであったかと、あらためて思う。

Keiwa Foreign Language Speech Contest, Keiwa Fes 09 / #kfes09

多文化の行き交う第5回 外国語スピーチ・コンテスト終了 / #kfes09

敬和学園大学の学園祭は、無事終了した。今年はスピーチコンテストを担当していたのだが、こちらも無事に終わった。

リンク: 敬和学園大学-第5回 外国語スピーチ・コンテスト出場者募集のご案内 (2009年度).

担当といっても、ほとんどのおぜん立てを国際交流係のNabeさんがやってくださったので、僕は当日の司会をしただけなのだが。

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Igarashi tei Garden

第三回新潟フォトウォーク、2009年10月17日、水原・五頭温泉郷 で開催:秘湯と釜めしと地ビールを撮る

ネパールから帰って、膨大な写真を整理している間に、きょうはもう新学期。
いろいろと話題がありつつも、夏の間、ブログはほとんどサボってしまった(その間もTwitterはずっと更新していたのだが)。

というわけで、今日から再開。

10月の新潟フォトウォークのお知らせ。今回は、かねてより候補に挙がっていた、水原・五頭温泉郷(阿賀野市)を10月17日(土)に訪問する。

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3年ぶりのネパール

明日から3年ぶりにネパールへ行くことにした。

3年前は仕事で、いろいろなプレッシャーを受けながらの訪問だったが、IT業界(Java業界?)の有名人たちと一緒で、にぎやかでもあった。今回は、自分の人生の区切りの時間を、なじみのあるネパールで、しずかに過ごすことにした。

僕がネパール(つまり稚内)での仕事から離れたあと、いろいろな人たちがwakhokからネパールに派遣され、ネパールからもwakhokに人々がやってきた。経験やつながりをこれからどのように生かしていくべきなのか、これまでゆっくり考える時間はなかったけれども、今回再び考えはじめるきっかけにできればいいという気持ちもある。

その間王制が終わってネパールの国の体制は大きく変わった。ロイヤルネパール航空の「ロイヤル」はなくなった。政治状況は前に比べればかなりましになったようだが、あんまり大きく改善したわけではないようだ。

全くの偶然だが、かつてネパールでともに可能性を追求していた丸山先生が、最近Twitterでネパールのことを語っていた。僕にとっても丸山先生にとっても、ネパールという国のインパクトは強かった。そのインパクトをどこかにつなげていくには、経済格差があまりにもありすぎ、具体化は難しいのだけれども。

この時期は雨期で、天気はあまり期待できないけれども、その分電力供給は比較的安定しているはず。ろうそくで過ごす時間はないに越したことはない。ネットワークは遅いので、Flickrの更新は、ほとんど無理だろう。CFカードを余分に持ってきた。

ネパールのニュースを配信するTwitterアカウント「News From Nepal」

王制が廃止されてマオイスト政権が誕生したネパールだが、経済的な貧しさはまだまだ変わらず、乾期の長時間の計画停電には驚かされる。

そんな状態なので、ネットワークインフラも貧弱で、Twitterで常時接続するにも環境は整わないので、ユーザはまだまだ少ないように思う。

が、今日たまたま、ネパールのニュースを配信するTwitterアカウントを発見した。

BBC Nepal、eKantipur、nepalnews.comのフィードをtwitterfeedで配信しているようだ。残念ながら、元のサイトの方のタイトル部分の処理が、一部よくないようで、同じタイトルのリンクが連続して出たりしているが。

僕はFriendfeed RoomにNepalというのを設定してある。こちらは日本語と英語、混在で、ネパール関係の情報を集約している。お気軽に参加して、フィードバックをもらえるとうれしい。

世界53カ国・地域のトップ5twitterユーザ

Twitterholic.comを用いて、53カ国・地域のTwitterユーザのトップ5をまとめたという記事。自身がシンガポールでトップのXavier Lurさんによる。トップ5というのは、フォロワーの数で決めているが、所属国については、国名が明示されていないものについても、都市名などで補正しているという。

リンク: Top 5 Twitterers of Each Country in the World Based on Number of Followers : TechXav.

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