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私がそれでも新潟に住む7つの理由

ずいぶんと流行りつつある、「それでも◯◯に住む理由」エントリー。新潟に関するものもいくつか見かけたけれども、「青森ー東京ー稚内ー新潟」と渡り歩いた経験に思いを巡らせながら、自分も書いてみよう。新潟は誤解されている部分が多いけれど、潜在的には結構魅力のある都市ではないかと。

食べ物がおいしい
新潟といえば日本酒とお米のイメージが強く、その分他のイメージが弱いわけだが、実は肉、魚、野菜等、食の領域ではおいしいものがたくさんある。四季折々の旬の食べ物も豊富だ。北海道に比べるとかなり地味に見えるが、新潟県は面積も広く食文化が非常に多様なので、新しいものに出会える可能性が、なくなることはない。全国ブランドといえるものは少ないけれども、「自分らがうまいものを食べられるならそれでいいじゃないか」。地元の人がそう言っているわけではないけれど、肩に力の入っていない「地産地消」が新潟にはある。

海あり山あり
残念ながら日本海では、冬になると厳しい景色が広がるが、夏場は海岸線は美しくとてもよい雰囲気だ。しかも新潟駅から車で10分も行けば、海岸できれいな夕日を眺めることができる。渋滞なし、駐車料金不要。夏は浜茶屋が並び、ビーチで楽しい時間を過ごすことができる(らしいことを、Facebookでよく見かける)。
その一方で、山もまた豊富で、東京の人々がスキー・スノボで出かけてくるスキー場の多くは、新潟県にある。温泉も、すべて制覇するのは難しいぐらいたくさんある。

東京からも近い
このエントリーも新幹線で書いているが、新幹線を使えば、東京からも(東京へも)そんなに時間はかからない。最短で1時間半強。平均でも2時間ちょっとで東京までたどりつける。時間だけで見れば、都内への遠距離通勤者とそんなに大きく変わるわけではない。東京からの最終新幹線は21:40。二次会は無理でも、都内で研究会、懇親会と参加してからでも、なんとか家までたどり着ける。関西圏よりも東京への所要時間は短い(新幹線の本数は少ないが)。
北海道でも暮らしていたので、東京からのアクセスがこのレベルで確保されているというメリットは大きい。

新潟空港があって旅行にも便利
新潟空港は羽田路線がないのだが、大阪、札幌、福岡などの国内路線、ソウル、台北、上海、ハルビンなどの国際路線がある。スーツケースを持って電車移動をすることなく、ソウルや上海経由で多様な国への渡航が可能だ。最近ANAが新潟ー成田便も就航したので、成田経由での移動も楽になった。スターアライアンス会員としては大変ありがたい。大阪方面は伊丹にしか飛ばないので、関空経由での海外旅行はちょっと不便だったり、青森その他「地方ー地方」路線が貧弱だったり、完璧とはいいがたいのだが、「隣県からの利用者をどうやったら増やせるか」という議論が成り立つ程度の便利さを持った空港があるというのは、大きなメリットだろう。

雪は案外少ない
新潟市内の雪の少なさは、住むまで全く知らなかった。今でもあまり知られていないだろう。首都圏よりは降るし、日本海側特有の冬の天気の悪さはあるのだが、新潟市内にはほとんど雪が積もることがない。除雪の体制が十分ではないので、大雪が降った時には、東京同様に市内の交通が麻痺することがあるくらいだ(耐えられる積雪量はもちろん違うけれど)。

そこそこな都会感
人口80万人の政令指定都市。本州日本海側初の政令指定都市、だそう。政令指定都市になるために周辺と合併したということもあったようで、区ごとの雰囲気はかなり異なる(新潟市が「田園型政令指定都市」というのは、この状態を言い換えたものと理解している)。他の都市と同様、1)郊外のイオンに客が流れてしまって、中心市街地が力を失ってきていること、2)信濃川をはさんで、駅前・万代地区と古町地区に市街地が分散し、結果的にどこもあまり都会感がないこと、など、問題はいろいろあるが、都市として足りないものはほとんどない(と思う)。

お米とお酒はもちろんすごい
コシヒカリがデフォルトの新潟。「県外に出ると新潟の米のおいしさを思い知る」という県民は多い。最近は東北や北海道の米も品質が高いとよく聞くが、たしかに新潟人が要求する米の品質水準は、高いように思う。
新潟の酒蔵は約90、毎年3月に行われる「にいがた酒の陣」に行くと、500種類以上の新潟の日本酒が並ぶ。すべてを飲みつくすのは不可能な上に、選りすぐりのお酒も多数、その奥深さに圧倒される。

新潟淡麗 にいがた酒の陣2014

以上の項目を挙げてみた。「そこそこ」で目立たないポイントが多いのだが、多くの人が満足して暮らしているのが、新潟というところではないか。大学人としては、「県外流出」が大きな課題なのだが、東京で新潟の良さに気がついて、戻ってくる人も増えているそうで、これは良い傾向だろう。18歳の受験生たちにも、新潟の魅力に気づいてもらえると、大学人としてはなおよいのだが。

青函連絡船の時代を知る一冊:金丸大作「写真集 青函連絡船」

実家の本棚から引っ張りだしてみたら、予想外に面白かった一冊。1984年出版なので、廃止される前に出版された本。実家にいた時代にもパラパラめくってみていたはずだが、あまり印象に残っていない。

写真は昭和30年代を中心に掲載されており、青森と函館を往来する人々の姿、船を運行に関わる船員その他の表情などをリアルに伝えている。個人的最も興味深かったのは、景福丸。「景福」といって思い出されるのは、ソウルの「景福宮」なので、韓国と何か関係が?と思ったら、その通り。関釜航路から、青函航路にうつってきた船だそうだ。空襲で、青函航路の船の多くが被害を受け、他の航路から船を確保したそうで、稚泊航路からも「宗谷」が応援に入ったという記述もあった。

景福丸は戦後引退し、函館港に係留され、日本で唯一の船上旅館としてしばらく営業していたという。景福丸が解体後も函館ハーバービューホテルの一角に、船上旅館を運営していた鉄道弘済会によるお土産店「景福」がしばらく残っていたそうだ。

 

「函館市史」通説編4 7編1章コラム14

景福丸 – Wikipedia

景福丸 – 函館鉄道写真館 – Yahoo!ブログ

1984年に出版されたものと同じ写真で再度2006年に出版されたのが、「青函連絡船の記録」だそうだ。

Daegu, Korea

友の眠る街、韓国大邱市を訪問

昨年6月に突然世を去った友人Jungさんの一周忌で、韓国大邱市に行ってきた。昨年6月に亡くなった友人の一周忌が、なぜ5月末に行われるかよくわからなかったのだが、旧暦では、この日が命日ということになるからだそうだ。旧暦で命日を考えるやり方は、韓国でも都会ではあまり一般的ではない風習のようだった。

Jungさんのこと: ICHINOHE Blog

彼が葬られているのは、大邱市内にある仏教研修所のようなビルの中の納骨堂。
Daegu, Korea

한국불교대학(구.영남불교대학)에 오신것을 환영합니다.
ロッカーのようなスペースの、奥の方に骨壷が入っていて、触ることはできるが、鍵がかかっている状態。手前側には写真などをしまっておいて、訪ねてきたときに取りだしてみることができるようになっていた。日本の納骨堂と同じような感じなのだろうか。

いずれにしても、東京での元気な姿しか知らず、突然の訃報に接した僕にとって、一年越しに見た現実は、依然として茫然と眺めるしかないものであった。
昨年東京でお会いしたJungさんのご家族にも、再会できた。日本人の奥さん以外には、言葉が通じない私たちだが、Jungさんの人生を知り、ともにこの世に生き続ける関係として、交流を続けていきたいと思う。

かつて新宿でお世話になった朴さんにも再会した。大学院に入ったばかりのころ、Jungさんに連れて行かれた、在留韓国人向けのお店を経営していたのが、この朴さん。僕は顔を見てすぐにわかったが、朴さんは、髪の毛が白くなり、髭をはやした僕のことをみても、すぐにはわからなかったそうだ。こうした再会もまた、なんだか複雑ではあるが、故人が引き合わせくれた縁を、大事にしたいと思う。

一周忌の行事は、自宅で行われ、遺影の前にさまざまな料理が並べられた。料理の種類、並べ方については、家ごとのならわし、地域ごとの風習があるそうだ。正しいやり方については、成均館大学が定めたものがあるのだが、それに家庭や地域のしきたりが加味されるため、結局いろいろなやり方が乱立してしまうのだろう。

大邱はりんごの街であった。Jungさんとは、りんごの街出身だというのが共通項であった。いつか一緒に旅したいと思っていたが、残念ながら僕が大邱を訪れるのは、彼が亡くなって1年も経ってからとなってしまった。

韓国の高速鉄道KTXは安く、ソウルから2時間弱で大邱まで行けるようになった。これではストロー現象がさらに進み、地方の大学が苦しくなるのもよくわかる。もっとも、日本から行く場合、釜山から移動するとさらに楽だという話。釜山エアーが新潟からも飛んでくれるといいんだけど。KTXは、日本の新幹線に比べて、座席スペース、とりわけ、前後のスペースが狭いように感じた。

大邱式のぺたんこ餃子。どういう食べ方が正しいのかよくわからないが、あっさりした味。
Daegu Dumplings

Jungさんのお姉さんが作ってくださったチムタク。

チムタクもまた、Jungさんに連れて行ってもらった、大久保の店で食べたのが最初だ。今は渋谷にもお店ができたようだ。

鳳雛 チムタク 大久保店 ボンチュチムタク – 東新宿/韓国料理 [食べログ]

大久保のお店の味は、コチュジャンが聞いていて甘い味だったが、今回いただいたのはかなり辛いものであった。しかしこれも、辛さ控えめだと言われた。

ソウル、釜山以外の街としては、大邱はインチョンにつぐ規模だそうだ。地下鉄もあり、それなりの都市インフラが整っている印象だが、せわしなさよりも少しゆっくりした空気を感じた。KTXに乗って移動しないと来れないというのもよい。韓国好きの大学生はかなり増えたが、韓国エンタメを入り口としつつも、さらに立体的に韓国に触れるには、日本語でほぼ不自由なく暮らせるソウルを離れて、大邱のような地方を訪れて、しばらく勉強するのがいいんじゃないかと思った。

海外で知る日本の大地震

(南京からメール投稿)
中国に向かう途中、トランジットでソウルにいるときに、日本で大地震が起きたことを知った。
その後しばらくして、津波の情報が入り、徐々に状況がわかってきた。iPhoneのおかげで、海外でも状況が把握できた。
中国に入り、TwitterやFacebook等へのアクセスは困難な状況が続いているが、ソフトバンクのiPhoneだけは制限がないようで、ほぼリアルタイムでニュースを知ることができている。
実家の弘前は丸一日停電しており、両親とは連絡がつかなくなっていたが、電力が復旧後、連絡がついた。
青森にせよ、被害甚大の宮城、岩手などにせよ、(行ったことのあるなしに関わらず)青森県で育った僕には馴染みのある町が多い。太平洋側の町が壊滅しているさまにはコメントのしようがない。これらの町では孤立している人。胸がつまる。壊滅した町はどうやって復旧できるのか。今はそんなことを考える余裕はないのだが、この先のことまで考えると、本当に暗澹たる気持ちになる。
福島原発の状況も深刻だ。これも今の危機を乗り越えることが第一だが、原発の安全神話は崩壊したといってよい。月曜からの計画停電という話が出ているが、それはいつまで続くのか。どうやって復旧できるのか。まだ道筋は見えない。
Twitterで情報は取れるが、「ゆるいつながり」なるものは、完全に消え、ふざけたTweetは控えろという「自粛ムード」となっているように見える。デマも飛び交っていて、RTをどのように行うべきかという議論もある。Twitterのデマは、結局検証されて否定されていくのであるが、災害時には、この検証プロセスでは間に合わないと考えるべきなのだろう。
東北地方太平洋沖地震、ネット上でのデマまとめ
– 荻上式BLOG

Igarashi Tei Garden, Agano, Niigata

スワンレイクの飲める五十嵐邸ガーデンにて、敬和学園大学の送別会

昨日、長い教授会の後、今年退職される先生方の送別会が行われた。

先日書いたとおり、新井明学長が退任される。それとともに、矢嶋直規先生とMark Frank先生も、3月末で退職されることとなった。

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Open Web Asia ‘08

Open Web Asia ‘08は10月14日ソウルで開催

かねてから計画が進んでいた、アジア全域にまたがったウェブ関連イベント、Open Web Asiaの第一回目の予定が発表された。

ソウルのSheraton Grande Walkerhillにて、10月14日の開催だそうだ。期間は一日。参加費用は200US$。

 リンク: » Home | Open Web Asia ‘08.

Open Web Asia ‘08


from shinyai

2泊3日で行けないこともないな、と、考え中。

IMG 9775

韓国:米国産牛肉の輸入再開反対運動

米韓FTAの批准に伴う、米国産牛肉の輸入再開について、ソウルで大規模な抗議行動が起こっている。Flickr上でもpwalks氏が臨場感あふれる写真をアップしている。

リンク: US Beef Demonstration Seoul – a set on Flickr.

 

IMG 9775

from pwalks

 

Anti US beef import demonstration

from pwalks