成都の風景1

四川省成都市。
大学関係者で行ったのはまだ僕と学長だけなので、周知の意味もかねて8月末に行ったときの様子をお伝えしよう。
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ホテルの窓から写した繁華街の風景。
手前に「太平洋百貨」奥のほうにイトウヨーカドー(伊藤洋貨堂)が見える。
中心街は非常にこぎれいだが、一歩路地裏に入ると工事現場で足場が悪いところも多い。「西部大開発」というのはこのようにして進んでいるのかと実感させられる。

Hotwiredのブログスタート

Hotwiredでブログがスタートした。
小倉弁護士とフリーライターの佐々木俊尚さんのブログがそれぞれ面白い。
小倉先生の「blogの隆盛と匿名主義の克服」は、全体としての論旨にも個人的に賛同できるし、それだけではなく、学生の皆さんに法律家のバランス感覚がどんなものなのか、読んで考えてみてほしい。これは法律家だけに必要なものではなくて、皆さん一人一人に持ってもらいたい感覚でもある。こういうことを自分自身の言葉で伝えられたらと思うが、まだまだ力不足で、うまく伝えられていないし、伝わっていない。
佐々木さんのSkypeの記事も面白い。P2Pを使った音声電話がどこまで浸透するのかは、これから注目だ。NTTなど既存キャリアのSkypeへの冷ややかな反応は、嵐の前の静けさにすぎないのだろうか。本当にこのサービスが既存の音声サービスを駆逐していったら、安定的にあまねく公平なサービスを提供することを原則としてきた電話のサービスは、どうなってしまうのだろう。災害時の通信手段の確保という点からは、遠い将来(ひょっとしたら近い将来)また新たな考慮が必要になってきそうだ。

歩く広告塔

ブラジャケというサービスがあることを知った。
ブックカバーをスタイリッシュな広告で作ってしまおうというもの。
「うちの大学」についても、会場で一番でかい袋をつくって、イベントなどで配ろうというのが、僕の以前からのアイデアなのだが、あんまり皆さんピンとこなかったようだ。街を歩く人が「広告塔」になる、というのは、田舎に暮らしているとたしかにピンとこないのだろう。しかしいかにも広告っぽい広告や、まして宣伝臭たっぷりでここぞとばかりあれもこれもと情報満載の広告というのは、あんまり高い訴求力を持たなくなっているように思う。商品・サービスの性質にもよると思うが。人づてにちらっちらっと見せる余裕こそが、大事だと思う。
直前に書いたことととも関連するが、「意識の隅っこに置かれる」ことを繰り返して、あるとき「そういえば」と思い出してもらえるような広告スタイルこそが、現代人にもっとも訴求するのではないか。たしかに妙に説得的な夜中のテレビショッピングにつられてしまう人もいるんだろうけど。
問題はこの手の「スタイリッシュ」広告というのは、広告を出す側にそういう余裕を要求しながら、しかも結構なお値段になるということだ。

情報共有

数日前の「郷土愛」の弊害には、いくつかコメント、トラックバックをいただいた。ぼかした書き方をしたのと、いくつかの論点を一度に書いたので、コメントのポイントもいろいろだった。
まず稚内にも「外から見える稚内」についてちゃんと考えている人がいる、という意見。
それには同意する。でも、その少数の良識が全く通じる気配がないというのが問題だ。それと、良識なんかなくてもなんとかなる、という楽観的な立場に稚内がいないということがまず大前提になる。「観光」がなければどうにも立ち行かないというのは、都市の構造として非常に悲観的な状況だし、その頼みの綱の「観光」をなんとかする機運もないというのは、もはや絶望的だ。で、いいたかったのは、にもかかわらず「地域に根ざしてくれ」という大学へのリクエストは無茶苦茶なのだということ。何に根ざしたらいいのだろう?そんなに何もないんだったら「大学に根ざしてくれ」とこちらからもいいたくなるというのものだ。IT産業の集積について、何か考えていただいたことはあるのだろうか?学生の起業支援なんて話は、全く聞こえてもきません。
情報共有のチャンネルを作っていくことが大事というもう一つの意見。そう思う。
GREEのサービスを使って感じるのは、非常に都会的な情報共有スペースだということ。これは都会のユーザが多いという意味ではなくて、他人との濃淡のある付き合い方や濃淡のある情報共有があるという意味だ。東京では、電車の中や喫茶店などで、いやおうなしに他人の情報が入ってくる。しゃべっている内容が聞こえたり、服装が目に付いたり。で、他人のことは大して気にはしていないのだが、ちょこちょこ意識せずにいろいろな情報が入ってくる。また人ではなくても、たとえば電車の中吊りとか街に出ている看板から入ってくる情報もある。それらはそんなに集中して情報を取り入れる対象にはなっていないが、自然に入ってくる情報として意識の隅っこに置かれることになる。田舎にいると他人を凝視していろんな情報を得る人たちがいる一方で、自分にかかわりのない情報がちょろちょろ入ってくることが極端に少ない。情報が少ないから他人のことをよく見ているのかもしれない。
GREEは友達の意外な一面がわかるだけでなく、友達の友達のことがだいたいの人となりまでわかるようになる。Blogやおすすめの本の情報もちょこちょこ入ってくる。それらは必ずしも自分の興味の範疇に入るわけではないが、まさに「意識の隅っこ」に置かれることになる。「外の世界」を感じたからといって、一足飛びに「田舎者」でなくなるわけではないが、「中吊り広告」のない街の人には、結構大きなインパクトがあるように思う。
まず稚内掲示板の書き込みに、知性のかけらもないという状態は、なんとかなるかしら。2ちゃんねるの稚内版と割り切るにしても、あまりにもひどい。

Koyote

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GREEのグループはいつまでたっても二人のまま。
「ヨン様」ブームもこちらにはあまり波及効果がないようだ。
というわけで、少しずつ韓国のみならずアジア音楽の紹介もしていこう。
ちなみに、アジアのCDや洋書は、GREEのおすすめには掲載できない。アマゾンのデータベースに入っていないようだ。
最近再度のマイブームが訪れたKoyoteは、一戸ゼミ生で僕の車に乗ったことがある人なら、「歌手名は知らないけど曲は知っている」というアーティストだ。一戸車からときどき爆音が出ているアレです。非常に韓国的な古典的なメロディを時折取り込んだダンスミュージック。男女混声ユニットで、メインボーカルのシンジ(女性)の伸びやかなボーカルが印象的。ソウルの街角や歌舞伎町で耳にしたことがある人も多いだろう。
興味をもたれた方は、公式サイトまで。韓国語がわからなくとも、「Video Clip」のリンクを上から適当にクリックすれば曲が出てきます。
また日本語での詳しい情報は、Turbo Clubにて。丹念な日本語訳にはいつもながら頭が下がる。

中森明夫講演会

大学の学園祭で、中森明夫講演会をやることになった。
光文社「女性自身」の編集部副編集長田邉さんの紹介で、お二人で稚内に来てもらうことになった。
さて。
いかなるイベントであれ、稚内というところは集客に苦労するところだ。
いかに高名な先生がきても、あんまり高尚な企画には、街の人がついてきてくれない。今まで「大入り」だったのは、アニメの上映会だけ。そのときは親子連れが大挙して文化センターに押し寄せた、と学生たちが言っていた。
つまり「大衆」的なイベント以外はなかなか成立しづらいということだ。
中森明夫氏は、「Newsな女たち」をSpa!で連載していた人。
サブカルチャーに詳しい人なので、切り口によっては「大衆」的にもなるし、そうじゃないようにもできる。
まして「女性自身」はきわめて「大衆」的。田邉さんも非常に教養のある方であったが、こちらも「大衆」的でもそうじゃなくもできるだろう。
僕のやりたいことは、大衆的ではないほうなのだが、客入りを考えると大衆的な方向に行かざるを得ない。
さてどうしましょう。今週中には枠組を決めて、告知に入る予定。

規制緩和

カテゴリに迷うが、「学問」というほどのものではないかな。
「約束のトラックバック」になるかどうかわからないけど。
いろいろ世の中について考えはじめた人(たち)へ。
卒業していった皆さんがどうしても読んでくれなかった、レッシグ先生の「コモンズ」を今ゼミで読んでます。昨日読んだところに、リソースのコントロール方法についての記述がありました。リソースのコントロールの方法には、法や規範、市場、技術という種類があると述べられているいうことはおさえておこう、卒業生諸君。彼の議論は、非競合的なリソース(誰かとわけあっても減らないっていうこと)である知的財産の保護方法として、法が適切な機能を果たしているのかにここから向けられていくのだけど、ちょっとそれは置いておきます。ここで取り出したいのは、市場が世の中をコントロールするという考え方について。この本では、「前提」になる部分です。
「何でもかんでも国が勝手に決め付けすぎ」ということについて、考え始めたようですね。そうやってまずいろいろ考えてみることが大事です。
大まかには、そういうことを「規制緩和」というテーマで、世間では議論してます。
一般市民、一般企業の商売を国が邪魔すべきではない、というのは、まず原則として今の社会の基本原則です。憲法上も、営業の自由が保障されています。これは市場(しじょう)がバランスを取ってくれるという考え方に基づいています。つまり。高過ぎるものは売れないし安いものは売れる。売れたらちょっと値段上げてもいいかなと売るほうは考える。また、値段だけじゃなくて、品質のいいものは売れるし、悪いものは売れない。そうやって、世の中というのは、競争を促すことによってだいたいバランスがとれるもんだという考え方が、基本にあるわけです。この基本を貫くならば、人の商売に政府が口出しするのはけしからん話なのです。問題はその先。
でも「いいもの」ってなにかわかりますか?世の中、自分の商品やサービスを売りつけるために、いろんなうそをつく人もいるわけです。それを見抜くことは、我々消費者にできますか?たとえば電気屋さんに行って、店員のパソコンについての適当な説明をきいたときに、「ああこういう適当なトークにだまされて買う人もいるんだなあ」と思うことはありませんか?あるいは自分もよくわからないで口車に乗せられたりする人もいるかもしれません。肉の産地が偽装されていたり、BSE感染していたり。これは普通見抜けないよね。
それから、それを売り買いすることが社会的に望ましくないものもあるでしょう。麻薬とか銃とか。これも「いいものは売れるし、悪いものは売れない」という仕組みでは、排除できません。
それとここから先はもう少し複雑ですが。たとえば、先日市内のある本屋が突然閉店しました。どうやら新しく進出してきたビデオ店に併設された書店に、だいぶ客を取られていたようです。それが「競争」だといえばそれまでです。でも、そうやって地元の店が駆逐された後に、やっぱりここじゃ商売にならないからやめるわ、といって、外から進出してきた店も撤退してしまったらどうなるでしょう?どっちも人の商売だからほうっておいていいのだろうか。
どれについても答えをここで書くつもりはありません。でも、国が何も決めなかったらそれはそれで困りそうですよね。今のこの国のムードとしては「国がなんでも規制しすぎる」という雰囲気があります。おおむね僕もそれには賛成です。ただできれば、これをきっかけに、上にあるような問題について、もう少し考えてみてくれるとうれしいですね。
ああなるほどと思った人、もし日本国憲法のテキストを捨ててしまっていなければ、経済的自由に関する記述のところをもう一度眺めてみて。「あー、あいつの講義では何のことやらさっぱりだったけど、そういうことか」と少しは理解してもらえるような気がします。
大学って、「振り返ればそういうことも勉強したかも」っていうことが多いと思います。

新潟から。ソーシャルメディアの今。ネット社会のこれから。敬和学園大学から。