カテゴリー別アーカイブ: naoya

Sakura flowering tunnel

naoyai逝去から5年

弟naoyaiが、GW真っ只中の5月4日に亡くなって、5年が過ぎた。それまでGWに青森に帰省することはあまり無かったのだが、以来5年間、毎年帰省し、家族で弟の墓を訪ねている。GWは弘前さくらまつりの時期にあたるので、毎年桜の開花状況を確認することができる。また、墓地はりんご畑の隣にある。桜の開花が早い年には、りんごの花が咲いていることもある。墓参の後、毎年山菜採りに訪ねている相馬(旧相馬村、現在弘前市)には、家族写真を撮っている遅咲きの山桜があり、こちらの開花状況も確認することになる。

今年りんごはまだ色づいておらず、相馬の山桜もまだつぼみ。弘前公園の桜が葉桜、というタイミングであった。

依然弟のFlickrアカウントは健在なので、6年前のGWに弟の撮影した、弘前公園の桜が、今もネット上に残っている。そしてもちろん弘前公園の桜は、6年前と同じく、しかし毎年少しずつ違うタイミングで、春の訪れを弘前の人々に伝えている。

2006年GWの弘前公園(naoyai撮影)

Sakura flowering tunnel

Sakura flowering in old castle

2012年GWの弘前公園(shinyai撮影)

Hirosaki, Aomori, 20120504

Hirosaki, Aomori, 20120504

過去記事:

naoyaiを偲び、弘前公園の桜を撮る | ICHINOHE Blog

naoyai、二度目の逝去者記念日 | ICHINOHE Blog

naoyai逝去者記念礼拝 | ICHINOHE Blog

相馬にて、山菜採り、MVE育成 | ICHINOHE Blog

すぺーす小倉屋

最近叔母の一周忌で上京した母が、谷中を訪ねてみたことを先日知った。大学を出て就職した後、弟naoyaiは、しばらく谷中に住んでいた。

僕は詳しいことを知らなかったが、弟が住んでいたのはアートスペースの「すぺーす小倉屋」というところだそうで、母はこのアートスペースのご主人、つまり大家さんにお会いしたそうだ。ご主人は、髪の長い店子であった弟のことを、覚えていてくださったとのこと。

リンク: すぺーす小倉屋トップページ.

私どもすぺーす小倉屋は江戸期(1847)質屋店舗建物,大正期(1917)土蔵を活用存続するためにアートスペースとして平成5年より開放致しております。古い建造物内で様々なジャンルのアートが楽しめます。さらに当方の施設はどなたでもご利用できます。

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IMG 4838

naoyai、二度目の逝去者記念日

今年のゴールデンウィークも、実家のある弘前に戻り、、弟naoyaiの二度目の逝去者記念日(4日)を過ごした。家族が集まったし、弟の同僚だった皆さんも、弘前まで来てくださったので、今年もまた、弟のために弘前に人が集まった形にはなった。でも僕は、一昨年とはもちろん、昨年とも、何かが違うような気がした。

仏教的には「三回忌」なのだそうだが、特に特別なことをは行わず、墓地を訪れた後、夕方教会で、記念日のお祈りをしていただいた。

IMG 4838
 

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「この世」と「あの世」の断絶とiPhone

oosawatechnicaこと、「つゆ」さんが、iphoneの購入を検討しながら、弟naoyaiのことを思い出してくれた。弟の死から1年以上たったいまも、こうして言及してくださることに感謝するとともに、思うところは非常に多い。

リンク: 死んだ友人は、日本で iphone が発売されたことを知らない。 – Geekと割烹着.

naoyai は、iphone の日本発売を知らない。1年半前、あの時間に止まったままだ。私は想像する。きっと彼は意地でも blackberry を使ったことと思う(私が知る限り彼は一度も ipod を購入していない)。でも、あれ程にタブレット型PCを愛し、PDAをいくつも買い換えていた彼のことだから、さすがに買ったかもしれない。でも、shinyai さんが早々に買ったことだし、ここはあえて買わない動きをするかもなあ。

久々にいろいろ思うところを書いてみたが、まとまらない。とにかくこの世から退場してしまった人はiPhone 3Gについて語らない。語れない。そういう次元にはいない。でも弟ならば皮肉っぽくiPhone 3Gの音質の悪さを論評したいはず。

生死とiPhoneを同時に語ることの滑稽さに笑ってしまう一方で、僕は結局、「この世」と「あの世」の、絶望的なまでの断絶の前に、いまだに呆然と立ち尽くしているのだと、あらためて感じる。

Naoya’s Birthday

今日2月23日は、昨年この世を去った、弟naoyaiの誕生日だ。
彼の誕生日は、いずれ天皇誕生日として祝日になる予定だった。いや、自ら自分の誕生日が祝日になった日をこの世で体験できなかっただけで、彼の誕生日はいずれ祝日になるのであろう。

33歳の誕生日をこの世で迎えることのできなかった弟に対して、僕は何かを言ってやりたいのだが、うまい言葉は見つからない。僕が彼の代わりを生きることは不可能だが、彼の生きた足跡を覚え、彼と交わりのあった人々とのつながりを絶やさずに、生きていく。それぐらいしか、いえることもできることもない。僕が彼から引き継いだものは、まだ何の形にはなっていないけれども、その後の僕の生き方に、少なくない影響を与えはじめているとは思う。

悲しみの淵から僕らが完全に立ち直るには、まだまだ長い時間が必要だと思うけれども、弟夫婦、両親、妹たち、みんなそろって平和にすごしてきたこれまでの時間を思い、それだけの時間を与えてもらったことを感謝して、家族それぞれが前に進んでいくべきなのだろう。

弟がうまれ、僕らが4人家族になった、1975年の今日を覚えて。

ヘビメタCDの中から

弟の残した大量のCDは、ほとんどが濃い目のメタル系(詳しい分類はよくわからない)なので、遺品とはいえ両親は聴く気になれず、結局実家でほこりをかぶっている。今回弟の高校時代の友人が訪ねてきてくれて、何か「掘り出し物」がないか二人で探した。結局僕は、一枚だけFoo FightersのCDを見つけたので、聴きはじめている。

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悲しみの共有

新潟で一泊し、今日は東京へ移動。徐々にこのスタイルに体を慣らしていきたいが、荷物を減らせない性分は何とかならないものか。いま新幹線に乗り込んだが、すでに汗だくだ。

スタディツアーの間はいろいろと忙しく、フィードがたまりまくっていて気がつかなかったが、上の妹が埋葬のときの感想をこんな風に書いていた。

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Naoya's Burial Ceremony

naoyaiの肉体は土に還った

昨日、青森県弘前市で、僕の弟、naoyai、n#こと一戸直哉が埋葬された。台風は北海道に抜け、弘前には見事な青空が広がった。

落合の火葬場で見た彼の肉体は、たしかに昨日、津軽の土に還った。さまざまなドラマ、さまざまな思いを重ねた弟の人生は、5月に終わりを告げ、そしてその魂が世にあるための肉体もまた、昨日、「自然」に、土に還っていった。生きた年月が長かろうと短かろうと、楽天的だろうと悲観的だろうと、成功しようと失敗しようと、結局僕らは最後土に還るために走り続けているにすぎない。あらためてそのことを確認した。そして、彼がもうこの世にいないということを受け入れるためのプロセスが、また一つ終わった。もちろん、今後も長期間にわたり、繰り返し確認作業を行わなければ、実感など持てるはずもない。

Naoya's Burial Ceremony

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