カテゴリー別アーカイブ: 映画・テレビ

高井瑛子さん、坂元楓さん、2人の敬和卒業生が新潟の主要番組に登場

2017年4月から、敬和学園大学卒業生2人が、新潟の主要番組に登場した。登場したのは、2013年卒業の高井瑛子さんと2016年卒業の坂元楓さん。2人とも在学中からテレビにレポーターとして出演し、経験を積み上げていて、満を持してというところもある。

高井瑛子さんは、UX新潟テレビ21の土曜朝の番組「まるどりっ!」に出演。やまだみつるさんの人気コーナー「旅してちょーない」の5代目パートナーとなった。

まるどりっ! » 2017年4月1日放送 400万円つぎこんだ宝の山 ~長岡市~

高井瑛子さん

高井さんは大学卒業後、岩手朝日テレビのアナウンサーとして、岩手県で活躍。新潟のテレビ番組で見ることはほとんどなかったが、高校野球地方予選の番組を担当するなど、人気アナウンサーとして活躍していた。4年間の岩手での経験をへて、地元新潟に戻ってきた。「旅ちょ」1回目から「大食いキャラ」ぶりを発揮していたよう。「旅ちょ」も長らく続けてきて、ネタ切れになりかねないところがあるように思うが、やまだ・高井の新コンビで、新潟県の町から新たな話題を提供してほしい。

坂元楓さんは、NHK新潟放送局の「新潟ニュース610」に出演。4/3に外からのレポーターとして登場したようだ。今後キャスターとして登場するものと思われる。

NHK新潟放送局 | アナウンサー・キャスター | 坂元 楓 (さかもと かえで)

坂元楓さん

坂元さんは、大学卒業後、湯沢町の第54代ミス駒子として活動しながら、民放局の番組に出演していた。情報セキュリティワークショップ in 越後湯沢で、越後湯沢から新潟に戻ってきた新幹線で、ばったり会ったこともある。あきらめずに粘り強くがんばったことで、ローカルニュースの「大役」の座をつかんだ。NHKのニュースキャスターは、原稿読みを含めて、言葉遣いの正確さを、かなり厳しい目で見られている。これまでの経験を活かして、がんばってほしい。

卒業生二人の活躍について、自分がとりたてて何かをしたわけではなく、幾つかの授業を担当しただけだが、大学の情報メディア教育を担当するものとして、素直にうれしい。女子アナの任期は短いのだが、二人にはまずは今の場所で活躍し、そのまま息の長い活動を続けていってほしい。

ちなみに在学中に2人共、Keiwa Lunchに出演してくれたことがある。今となっては本人には「黒歴史」かもしれない(そうでないことを願っている)が、検索して見に来ている人がいるのだろう、どちらの動画も、Keiwa Lunchのアーカイブとしては、それなりの再生回数になっている。

Keiwa Lunch – Keiwa Lunch:毎週水曜日のお昼休み、敬和学園大学の学食から放送中

サントリー角ハイCM、3代目のキャラクターは井川遥さん

サントリーの主力商品というべきか、イチオシとなった、角ハイボール。小雪さん、菅野美穂さんと続いて、3代目のイメージキャラクターは井川遥さんになった。CMは来月から放映されるようだが、すでにYoutubeにはアップされている。

Haruka Igawa

[井川遥]角ハイ・バーの3代目ママに 「憧れだった」 | マイナビニュース

「思わせぶり」感たっぷりのノリはこれまで通り(?)というべきだろうか。

しかし小雪時代はもう少しさらっとしていたかもしれない。と思ったが、そうでもないか。

テレビ東京「ワールドビジネスサテライト」のキャスター、4月から大江麻理子アナに

ワールドビジネスサテライトのメインキャスターが、4月から交代、局アナの大江麻理子さんに交代する。今日テレビ東京が発表した。

WBS

「ワールドビジネスサテライト」 4月からの新体制について: 番組情報 : テレビ東京

大江アナは以下の様なコメントを発表している。

このたび、ワールドビジネスサテライトのメインキャスターを務めることになりました。26年間、経済報道の第一線を走り続けてきた番組を担当することになり、身の引き締まる思いです。そして、心から尊敬している小谷真生子キャスターからバトンを引き継ぐことを大変光栄に思っております。丁寧に取材し、いま日本や世界の経済がどのような状況にあるのか、この先どの方向に進みそうなのか、真っ先に経済の「道を報ずる」番組であり続けるよう、努力してまいります。

これまでキャスターをつとめてきた小谷真生子さんは、BSジャパンの「BSニュース 日経プラス10」(月~金曜午後10時)のメインキャスターとなる。

「モヤさま」などバラエティ番組にも出演し、かねてからテレビ東京がきっての人気アナだったが、昨年4月にニューヨーク支局に赴任。ニューヨーク赴任自体が、次期WBSキャスターへの布石と見られていたので、ある意味既定路線ではあった。

ちなみに新潟県にはテレビ東京系列の局はないので、BSジャパンで深夜0時からの時間差放送を見るしかない。

ドラマ「足尾から来た女」谷中村住民の集団移住先は、北海道佐呂間町であった

1月18日と25日、NHK総合で放映される「足尾から来た女」。田中正造の紹介で福田英子宅に派遣された女性を軸にしたドラマだ。

足尾から来た女

土曜ドラマ「足尾から来た女」|NHKオンライン

明治末。栃木県谷中村は足尾銅山の鉱毒で田畑を汚染された。田中正造の闘いもむなしく、村は16戸にまで激減。国は住人に村を捨てるように命じ、残った家の強制執行に踏み切った。
この谷中村の娘が田中正造の仲介で社会運動家・福田英子宅に家政婦として派遣された史実をもとに、一人の女性が見知らぬ東京の地で石川三四郎や幸徳秋水ら社会主義者たち、さらに石川啄木や与謝野晶子など多彩な人物と交わる中で成長する姿を描く。
故郷を失う苦しみを味わいつつ人間としての尊厳を守り、たくましく生き抜くヒロインを、NHKドラマでは連続テレビ小説「カーネーション」以来の単独主演となる尾野真千子が演じる。

尾野真千子さんは、「カーネーション」以来の「単独主演」ということだが、先日放映された「夫婦善哉」でも、森山未來さんと二人で主演している。文字が読めない貧しい農村生まれの女性が、とまどいながら東京で暮らすという設定を、見事に演じている。
柄本明さん演じる田中正造は、なんだか本物に見えてくるようであった。

さて、強制的に廃村に追い込まれる谷中村の人々はどうなったのか。ちょっと検索してみたところ、北海道常呂郡サロマベツ原野に集団移住したとある。稚内の近く「サロベツ原野」があるので、似ているなと思ったが、そこではなく、現在の北海道佐呂間町であった(その後、妻がいろいろ調べてみていたようで、「サロベツ」も「サロマベツ」も、もともとはアイヌ語の同じ言葉が語源のようだと教えてくれた)。

佐呂間町に「栃木」という集落があり、ここが谷中村の人々が集団で移住してきて、苦労しながら開墾した土地だそうだ。札幌の開拓記念館だっただろうか、道北開拓の歴史に関する展示を見たのを思い出した。


大きな地図で見る

佐呂間町のウェブページに「もう一つの栃木」という、集団移住者の歴史に関するページがある。開拓の歴史がかなり詳しく記録されている。
大切なサロマの歴史|佐呂間町の紹介|佐呂間町

2013年に、読売新聞が栃木地区を取材した記事も残っていた。住民が「栃木」という地名にこだわりをもって、祖先が苦労して切り開いた土地を守っていこうとしていると報じている。

102年前 北の大地へ入植 : 伝える 北海道の栃木 : 企画・連載 : 栃木 : 地域 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

栃木の谷中村の痕跡については、産経に記事があった。
【ロケ地巡りの旅】ドラマ「足尾から来た女」渡良瀬遊水地 昔、ここに村があった 水塚や墓石…ヨシ原の中にわずかな痕跡+(1/2ページ) – MSN産経ニュース

岩手朝日テレビ高井瑛子アナ、Naverまとめができていた

昨年春に敬和学園大学を卒業し、岩手朝日テレビのアナウンサーとなった、高井瑛子さん。その後、夏の甲子園県大会に関するローカル番組で、メインキャスターをつとめるなど、(テレビでは見ていないのだけど)ウェブで活躍の様子を見ていた(たまに全国放送にも出ているみたいだが)。

岩手ではなかなか人気の様子であることがうかがえるのだが、最近Naverまとめにもページができているのを発見した。

画像【女子アナ】IAT高井瑛子(たかい えいこ)アナウンサーの画像など岩手朝日テレビ – NAVER まとめ

在学中の高井さんを一戸が撮影した、Keiwa LunchやMiss Cut in Campusの様子なども、まとめに掲載されていた。

昨年Miss Cut in Campusで優勝した後に、Keiwa Lunchに出てくれた時の映像も、少しずつだが再生数が増えているようだ。

ちょっと検索してみたら、秋から子供番組「ゴエティーニョ!」に出演し、えいこお姉さんとしても活躍していることがわかった。

ゴエティーニョ! | IAT岩手朝日テレビ

「子供の頃『ゴエティーニョ!』のえいこお姉さんに憧れてました」と、高校球児に言われるまで、ぜひ頑張っていただきたい。

えーこの~えぇこと!

屠畜という営みを素直に受け止められる映画「ある精肉店のはなし」

先週末、埼玉での授業が終わった後、東中野へ移動、ポレポレ東中野で「ある精肉店のはなし」を見てきた。上京して最初に住んだのが新宿区の落合斎場の近くで、東中野駅から10分位だった。新宿駅に出るのによく使ったこの駅近くには、24時間営業のモスバーガーが山手線沿いにあり、よく夜中に勉強するのに使ったし、食事もしたし、オウム真理教の選挙運動にも遭遇した。しかし今はもう、今の東中野駅前には、当時を思わせるものはほとんど残っていなかった(山手通りを渡った先の商店街には、まだ何か残っているような気もしたけれど、当時あまり行った記憶がない)。

ある精肉店のはなし

映画は大阪府貝塚市の精肉店「肉の北出」を描いたドキュメンタリー。親の代から肉屋を営む北出兄弟とその家族の実像に迫ったものだ。北出さんは、単に肉を売っているだけではなく、自ら牛を飼育し、これを近所の屠畜場で処理して一頭まるごと食肉として売っている。この昔からの一連の営みは、市営の食肉処理場の閉鎖に伴い、途絶えることになった。最後の屠畜が行われる日の様子も、映像に収められている。

牛が屠殺されるシーンも、それらが肉になっていくシーンもすべて出てくる映画で、最初はかなり「構えて」見に行ったのだが、実際の印象は全く違っていた。「牛を割る」という行為は、昔から被差別部落の人々の仕事とされ、それ以外の人々は、「屠った動物の肉を食べている」という感覚を、どこかで隠して生きてきた。現在はYoutubeでも屠畜の現場は映像として流れていて、「流れ作業」で動物が殺されるシーンが、多数紹介されている。その多くは「流れ作業」で動物が殺されていくことへの批判的な意味合いが込められているのだが、この映画の映像を見るとあきらかに違う印象を持つ(少なくとも自分にとってはそうだった)。人間が生きていく上で避けては通れない、他の生き物の「いのちをいただく」という行為に対して、避けることなくきちんと向きあおうという気持ちにさせられた。そう思わせてくれたのは、長らく向き合ってきた屠畜や精肉店の営みについての北出家の皆さんの語り口、あるいは、その気持を見事に映像にのせることに成功したこの作品の力ということになるのだろう。

以下のインタビュー映像の中で、纐纈あや監督が「上映後、お肉を食べたくなったいうお客さんがいてうれしかった」と語っている。自分自身も、食肉を嫌悪するような気持ちは全く起こらず、むしろおいしい焼肉屋でも行きたい気分になった(内臓の処理過程を見て、ホルモン焼きも食べたくなったぐらいだ)。肉好きを自称する皆さんに、むしろ見てもらいたい映画だ。

映画は被差別部落、部落解放運動の話も、避けることなく切り込んでいる。青森生まれで、(実はなかったわけではないのだが)あまり馴染みのなかった自分にとって、部落差別問題はどのように触れていいのかもよくわからない問題なのだが、結婚において問題が起きていないのかとか、この地域の祭りで太鼓を使わないのは藩から禁じられていたという説があるなど、具体的な表現がいくつか出てきて、なんともいえないざわざわとした気持ちにさせられた。ネットでなんでもわかるこの時代に、お店・家族まるごと映画に登場するということが、どれぐらいの覚悟を要するのかは、想像するしかない。ひょっとすると、部落解放運動に長らく関わってきた北出兄弟だからこそ、その意義を受け止めて、あえて登場したということなのかもしれない。また部落差別をめぐる現状もまた、いろいろ変化しているということもあるように感じた。とはいえ、この点もまた、映像では「からっと」描いていて、むしろ部落差別の現状について、少し勉強してみようかなという気持ちにさせられた。

今後の上映日程はこちらに。東京、大阪が現在上映中で、今後名古屋、神戸、福岡、京都、札幌、広島、長野、静岡まで決まっているようだ。新潟でもシネ・ウインドでの上映を期待したいところ。

上映劇場情報 – ある精肉店のはなし

こちらに貝塚での屠畜を見学した時の様子が、ブログで紹介されていた。
貝塚市の屠場に行ってきました。

台湾の「日本語世代」の人生に迫るドキュメンタリー映画「台湾アイデンティティー」

「台湾アイデンティティー」、新潟シネ・ウインドでの上映最終日に、見てきた。冒頭のシーンは、数年前に訪れた、阿里山の風景から始まった。奮起湖駅で買った弁当の味が思い出されたが、もちろんこの映画は「旅番組」や「グルメ番組」ではなく、日本統治下をいきた「日本語世代」の人生を描いたドキュメンタリー。派手さはないが、とてもよい映画であった。

台湾アイデンティティー

ドキュメンタリー映画『台湾アイデンティティー』

1895年(明治28年)から1945年(昭和20年)までの半世紀、日本の統治下にあった台湾で日本語教育を受けた「日本語世代」といわれる老人たち。本作は舞台を台湾、ジャカルタ、そして横浜へ移しながら、市井の老人たちの人生に寄り添います。日本の敗戦で「日本人になれなかった」と言う人、台湾に帰れなかった人、シベリア抑留のおかげで二二八事件に巻き込まれずに済んだと笑う人、白色テロによって父親を奪われた人、青春の8年間を監獄で過ごさねばならなかった人、「本当の民主主義とは」を子供たちに伝え続けた人。第二次世界大戦、二二八事件、白色テロという歴史のうねりによって人生を歩み直さなくてはならなかった彼らが自らの体験を語るとき、私たちに問いかけることとはーー。

台湾は食べ物がおいしい、台湾は「親日」。若い世代を中心に、多くの日本人の台湾に関する認識はそこまでだろう。あるいは、多少歴史の知識があったとしても、台湾のことを語ると中台関係の影響もあり、イデオロギー的な要素が入りがち。興味があっても語りにくいというところもある。

しかし映画に出てくる、台湾の「日本語世代」の生の声に耳を傾けてみると、日本の文脈での「右」とか「左」という立場からは、この問題は見えてこないように思う。台湾の「日本語世代」が、日本統治のことを悪く言わないのは、その後の白色テロの時代がひどかったからともいえるし、事情はもっと複雑なのだ。監督の酒井充子さんは、インタビューでこんなことを言っている。

INTERVIEW 『台湾アイデンティティー』監督に訊く、台湾の「日本語世代」と考える日台関係  « WIRED.jp

──取材を通して日本に対する恨み言は聞かれませんでしたか?

それが言わない、だから切ないんです。「日本人になれなかった」という彼は、日本時代を批判する視線をもち合わせていないんです。「日本人になりたかった」自分のまま、ずっと戦後を生きてきました。当時の日本による教育が純粋培養的に保たれているんです。そこが本当に切ないですね。ただし、日本がよかったわけではないんです。「日本時代のほうがよかった」と、思わなければならない時代があったということです。

──日本では東日本大震災後の、台湾からの大規模な義援金などの影響もあり、台湾を「親日」とくくる見方があります。中国や韓国との関係が悪化しているいま、相対的に台湾をもち上げている印象を受けます。

日本人はわきまえてほしいです。台湾に生まれた彼らが、なぜインドネシアや日本にいるのかを、考えてほしいのです。それは日本抜きには考えられないこと。わたしは日本人に、台湾という国を中国や韓国と比較せずに見てもらいたいのです。

台湾には日本統治時代があり、あの時代を背負って生きてきた人たちが、いまも住んでいます。「何となく親日な感じがする」ではなく、日本統治時代があって、台湾のいまがあるのです。日本人にはそれを知ったうえで台湾と向き合ってほしい。そう切に願います。

映画の中で、李登輝さんがかつて語った「台湾人に生まれた悲哀」というフレーズが出てきた。結局台湾人は、いまだに自分たちの政府や国を持つことができなかったということなのだが、その「悲哀」というフレーズの意味は、この世代の「生き様」をきいてみると、非常によく分かる。台湾独立派としての立場を鮮明にする人、独立運動に当初から懐疑的だった人、残留日本兵としてインドネシア独立のために戦った人、それぞれの人生に「悲哀」が反映されていた。
一方、現実に報道されている、台湾独立の是非という「大文字言葉」の文脈では、高齢の台湾人たちのこの「気持ち」はよく見えない。さらに中国の人たちと話してみると、彼らは「一つの中国」を当然の事として考えているので、政治的な文脈を離れて、こうした台湾の人々の独自のアイデンティティーを、理解するのは難しいように感じる。

日中国交正常化以後、台湾問題に日本政府は関与しない立場にあるし、メディアでも台湾の歴史が語られることは少ない。しかしこの映画は、難しい政治的文脈を離れて、まずは激動の時代を「日本語世代」の人生を振り返り、何が起きたのか、人々はどう生きたのかを知ることを可能にしている。日本人が今後の台湾との関係(あるいは台湾の人々との付き合い方)を考える、非常に貴重なドキュメンタリー映像と言えるだろう。

酒井さんの前作「台湾人生」は、すでにDVD化されているので、今度見てみようと思う。

「吉田類の酒場放浪記」、青森県をめぐるシリーズを放映

11/19から5回にわたり、BS-TBSの「吉田類の酒場放浪記」が青森シリーズを放映した(録画してみているので、先週17日の放映を昨日見た)。青森市が1軒、八戸が2軒、弘前が2軒。どの店もいったことがない店であったが、津軽弁、南部弁、それぞれ出演する人々はイントネーションを残したまま話をしていて、行ったことがないのに懐かしいシリーズであった。

八戸に行く機会はそうそうなさそうだが、弘前の土紋や鳥ふじは、歩いていけないこともない距離で、いい雰囲気のお店なので、ぜひ一度行ってみたいと思う。

#509 青森「鎌蔵」吉田類の酒場放浪記 BS-TBS | お店情報

#510 本八戸「ばんや」吉田類の酒場放浪記 BS-TBS | お店情報

#511 本八戸「居酒屋 あきちゃん」吉田類の酒場放浪記 BS-TBS | お店情報

#512 弘前「土紋」吉田類の酒場放浪記 BS-TBS | お店情報

#513 中央弘前「鳥ふじ」吉田類の酒場放浪記 BS-TBS | お店情報

映画「ゆめのかよいじ」栃尾でのプレミア先行上映に行ってきた

長岡市栃尾を舞台に撮影された、映画「ゆめのかよいじ」が、まもなく長岡、新潟で公開。これに先がけて2日、撮影の舞台となった栃尾でプレミア先行上映会が行われた。以前一度ブログでこの映画を紹介したのが縁で、五藤利弘監督からご招待いただいたので、15時からの一回目の試写会に参加してきた。平日の午後ということだったが、道の駅とちおに併設されたホールは満杯、開場時間に行ったら、地元の皆さんがたくさん列を作って待っていた。

映画の「ストーリー」は以下のとおり。

ストーリー|映画「ゆめのかよいじ」公式サイト

夏休みが明けた頃、東京から母親の故郷である新潟の山あいの高校に転校してきた宮沢真理(石橋杏奈)。最愛の父と死別し、また都会で傷ついた少女の真理には、昔のままの木造校舎や、雄大な自然の風景が、とても新鮮で、安らぎを感じ、心の底から魅かれていく。

ある日、その木造校舎で、見馴れない制服を着た、美しい少女の岡部梨絵(竹富聖花)と出会う。

神秘的な目でじっと真理を見つめる梨絵は、「帰ってきたの?」と言い、戸惑う真理に抱きつき、不意に口づけをしようとする。呆然と立ち尽くす真理。

気がつくと梨絵は、その場から消えていた。

梨絵は時のはざまにさまよう精霊だった。梨絵は戦後まもなく大切な人をなくして自らも命を絶ち、数十年の時を越えて現代にも残る古い木造校舎に居つく精霊。

はじめは受け入れられなかった真理だったが、次第に真理と梨絵は不思議な交流を重ねていく。魅かれあう二人・・・。

お互い大切な人を失い心が空洞化した少女2人が不思議な交流を重ね、過去から未来へ続く人々の絆、古いものの大切さを実感し、互いの苦しみを理解しながら再生へと向かっていく。

五藤監督の強いこだわりで、棚田や雁木通りなど、栃尾の風景が全面的に使われている。「ご当地もの」としては完璧な出来栄えになっている。もちろん「油揚げ」も出てくる。ヒットすれば、撮影地の巡礼が行われるだろう。映画の内容は、原作もあるわけで、おそらく栃尾でなければ撮れない内容というわけではないのだが、栃尾に何らかのゆかりのある人であれば、おなじみの栃尾の風景とともに、映画を楽しむことができるだろう。

栃尾の皆さんは上映中、「どこで撮影しているか」に興味津々で、とりわけ街中での撮影シーンでは、「○○さんのうちのところだね」といった、固有名詞までひそひそ会話にまじっていて、笑ってしまった。

転校先でなかなかなじめずにいたが、その後何かのきっかけで仲良くなっていき、地元のコミュニティにも溶けこんでいく、という展開は、自分が転校して歩いていた子供の頃のことを思い出させた。より複雑化した(ように見える)コミュニケーション環境にある、現代の若者たちにも、この部分は共感できるのかどうか。田舎にいる若者は都会に憧れ、都会につかれた若者は田舎にくるとほっとする。現代社会では、田舎から都会への向けられるまなざしのほうが、より強いように思うが、はたしてどうか。この辺は、五藤監督の描き方に共感しつつも、今の若者に響く普遍性があるのかどうかは、若い人に見てもらわないとなんともいえないように感じた。

長岡市中心部から一山超え、独立した感じの強い栃尾という町で、「時のはざまにさまよう精霊」が登場するというあたりは、ストーリーと栃尾の雰囲気がマッチしていた。栃尾の地理的な特性が、映画の中でどこまで読み取れるか。自分はすでに土地のイメージがあったので、その点はなんとも言えないが、過去と現在が木造校舎は自然につながっていた。

撮影された木造校舎は、現在の栃尾高校ではないのだが、この映画に出てくる高校生活は、栃尾高校生にどのように映るのかも知りたいように思う。以前大学に、栃尾高校に別の町から通学していたという学生がいたが、彼はバス通学に時間がかかったせいか、栃尾のことをほとんど知らなくて驚いた。地元から通っている生徒の生活ぶりはまた違うだろうが、現代の高校生に対して、栃尾という街がどのように見えているのかは、大変興味があるところ。

上映会の後には、舞台挨拶も行われた。五藤監督、主演の石橋杏奈さんと竹富聖花さんの二人、主題歌の笹川美和さんが登壇した。撮影からだいぶ時間がたったせいか、主演のお二人は、かなり印象が変わっていた。笹川美和さんは、できあがった映画をすべて見てから、主題歌「プリズム」を作ったといっていた。笹川さんは新発田市(旧紫雲寺町)出身で、敬和学園高校の卒業生でもある。

舞台挨拶の後、登壇した4人が客席側に降り、観客とともに記念撮影をすることになった。各社のカメラで撮影されていて、どこを向いたらいいのかよくわからなかったのだが、実は自分のすぐ後ろに出演者の皆さんがいたようで、今朝の新潟日報で、眼鏡に手をやっている自分の姿がはっきり写っていた。地元のおじいさん・おばあさんと映るべきシーンで、なんか変にうつりこんですみません、という感じだ。

栃尾で先行上映会|新潟日報netpark

今後の上映スケジュールは、長岡と新潟だけが決まっている。T・ジョイ長岡は17日、T・ジョイ新潟万代では24日から公開の予定。新潟県民にまずは公開ということなので、特に栃尾に行ったことがある人は、見に行ってみるといいのではないかと思う。

映画「ゆめのかよいじ」公式サイト 石橋杏奈、竹富聖花、白石隼也、浅野かや

ちなみに2010年10月に栃尾で行った、新潟フォトウォークの写真も、以下にはりつけておこう。映画に出てくる風景も、たくさん撮影したので、非常に感慨深かった。

「負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~」

土曜の夜に放映されていた「負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~」が終了した。最初の回以外はすべて見ることができた。基本的にはフィクションということになっているが、渡辺謙が演じる吉田茂はなかなかリアリティがあり、GHQとわたりあって戦後日本の礎を作った人物の姿が、非常に明瞭に浮かび上がった。

NHKオンデマンド | 土曜ドラマスペシャル 負けて、勝つ~戦後を創った男・吉田茂~ 第1回

 

最終回では、再軍備を迫るダレスをのらりくらりと交わしながら、最終的に保安隊の創設、日米安保条約の締結を約束する。さまざまな矛盾を受け入れながら、GHQ・アメリカとの間で「落とし所」を探る姿勢、粘り強さが、一貫して描かれたこのドラマ。最終回でも、再軍備を食い止めようと必死で抵抗しつつ、最終的な妥協点を探しだすまでが描かれている。それは決して華々しい戦績を誇るようなものではなく、GHQ・アメリカとギリギリの交渉をして成果を得ても、国内からは批判され、石を投げられかねない。強い意志、胆力、使命感を持っていなければ、やり遂げられない仕事であったというのがよくわかる。

焼け野原となった東京から、吉田外交の力で復興のきっかけを作りだした日本。周辺諸国の台頭により、次第に市場、プレゼンス、自信を失いつつある現代日本だが、吉田茂のような老獪さを発揮すれば、まだまだ巻き返しは可能なのではないか。そういう気分にさせられるドラマであった。