カテゴリー別アーカイブ: 新潟

高井瑛子さん、坂元楓さん、2人の敬和卒業生が新潟の主要番組に登場

2017年4月から、敬和学園大学卒業生2人が、新潟の主要番組に登場した。登場したのは、2013年卒業の高井瑛子さんと2016年卒業の坂元楓さん。2人とも在学中からテレビにレポーターとして出演し、経験を積み上げていて、満を持してというところもある。

高井瑛子さんは、UX新潟テレビ21の土曜朝の番組「まるどりっ!」に出演。やまだみつるさんの人気コーナー「旅してちょーない」の5代目パートナーとなった。

まるどりっ! » 2017年4月1日放送 400万円つぎこんだ宝の山 ~長岡市~

高井瑛子さん

高井さんは大学卒業後、岩手朝日テレビのアナウンサーとして、岩手県で活躍。新潟のテレビ番組で見ることはほとんどなかったが、高校野球地方予選の番組を担当するなど、人気アナウンサーとして活躍していた。4年間の岩手での経験をへて、地元新潟に戻ってきた。「旅ちょ」1回目から「大食いキャラ」ぶりを発揮していたよう。「旅ちょ」も長らく続けてきて、ネタ切れになりかねないところがあるように思うが、やまだ・高井の新コンビで、新潟県の町から新たな話題を提供してほしい。

坂元楓さんは、NHK新潟放送局の「新潟ニュース610」に出演。4/3に外からのレポーターとして登場したようだ。今後キャスターとして登場するものと思われる。

NHK新潟放送局 | アナウンサー・キャスター | 坂元 楓 (さかもと かえで)

坂元楓さん

坂元さんは、大学卒業後、湯沢町の第54代ミス駒子として活動しながら、民放局の番組に出演していた。情報セキュリティワークショップ in 越後湯沢で、越後湯沢から新潟に戻ってきた新幹線で、ばったり会ったこともある。あきらめずに粘り強くがんばったことで、ローカルニュースの「大役」の座をつかんだ。NHKのニュースキャスターは、原稿読みを含めて、言葉遣いの正確さを、かなり厳しい目で見られている。これまでの経験を活かして、がんばってほしい。

卒業生二人の活躍について、自分がとりたてて何かをしたわけではなく、幾つかの授業を担当しただけだが、大学の情報メディア教育を担当するものとして、素直にうれしい。女子アナの任期は短いのだが、二人にはまずは今の場所で活躍し、そのまま息の長い活動を続けていってほしい。

ちなみに在学中に2人共、Keiwa Lunchに出演してくれたことがある。今となっては本人には「黒歴史」かもしれない(そうでないことを願っている)が、検索して見に来ている人がいるのだろう、どちらの動画も、Keiwa Lunchのアーカイブとしては、それなりの再生回数になっている。

Keiwa Lunch – Keiwa Lunch:毎週水曜日のお昼休み、敬和学園大学の学食から放送中

新潟観光を欧米テイストでまとめた映像「What to do in Yahiko Village | Niigata, Japan」

数年前まで、新潟のコンテンツをYoutubeで探しても、女子高生のスカートの短さを伝えるものやアルビレックス新潟のゴールシーンぐらいしかなかった。今はだいぶコンテンツが増えてきたが、海外からの観光客が増える中で、ようやく新潟の動画も英語で出てきたよう。

「What to do in Yahiko Village | Niigata, Japan」は、コンセプトが特別な番組ではなく、東京から上越新幹線に乗ってきて、弥彦、燕三条、寺泊をめぐる旅映像。日本人がつくるのとは違う欧米テイストの仕上がりで、カメラワークもすばらしい。

Learn about and explore what to see and do in the hidden gem of Yahiko Village in Niigata Prefecture, Japan. Completely worthwhile btw!
LET ME KNOW: If you went to Yahiko, what are you most interested to see/do??

Finally!!!! someone pays me to make a travel video! Thank you Yahiko Village for inviting me to your wonderful town and sponsoring this video!

Hebrew subs by: Ira chan!!! – https://www.youtube.com/watch?v=6BwOj8F0PSs

More info on Yahiko:
-https://www.odigo.travel/neighborhoods/577b2c4769702d0edf1f0000
-http://www.japan-guide.com/community/mfedley/report-1649
-http://www.e-yahiko.com/english-welcome

Subscribe to everyone on the trip:
Mao: https://www.youtube.com/channel/UCflli65jykYa6D0AU8JSuGA
R&J: https://www.youtube.com/user/MyHusbandisJapanese
Mimei: https://www.youtube.com/user/mimei
Joey: https://www.youtube.com/user/TheAn1meMan
Kasia: https://www.youtube.com/user/TheUwagaPies
Chris: https://www.youtube.com/user/okanochris
Me: https://www.youtube.com/happyinjapan

Keep up with Andrew:
►http://www.twitter.com/andrewdmarston
►http://www.instagram.com/andrewdmarston
►Snapchat: andrewdmarston

Follow/Sub Happy in Japan:
►http://www.youtube.com/HappyInJapan
►http://www.facebook.com/HappyInJPN

Camera gear: Nikon D750, GoPro Sessions, Sony A7SII, Canon G7X, Sony rx100m3, Nikon F2, nintendo64!!!!!
Software: Adobe Premiere Pro, After Effects, Photoshop, Illustrator

1964年の新聞の存在感を感じさせる「地震のなかの新潟日報」

新潟市立中央図書館で発見した、1965年発行の本「地震のなかの新潟日報」。Amazonでは古書としても購入できない。最初のところを少しだけ読んでみた。

目次
序文
– 新聞はこうして続けられた
– 原始との戦いー震災当日の本社
– 本社の被害は?ー同四支社
– 読者への使命感ー震災二日目
– 紙面不足に泣くー震災三日目
– 製作、ほぼ軌道へー同四日目
– 県紙の主導性ー二十日以後の活動
– 孤立と戦うー下越八支局の動き
– 焦燥に暮れる日々ー同上、中越十二支局
– 評価と教訓
編集後記

1964年(昭和39年)6月16日に発生した新潟地震の際に、新潟日報がどのように新聞を発行したかを淡々と報告している。この地震では、新潟市内は液状化で大きな被害が発生、建物の多くも倒壊している。信濃川沿いの集合住宅が倒れている様子、できたばかりの昭和大橋が崩れている様子が、よく紹介される。また、昭和石油新潟製油所から発生した火災で、黒煙がもうもうとまいあがる様子もまたよく知られている。火災の黒煙が市内全域を多い、煙と油のにおいにつつまれたという。

新潟日報では、「電力、電話、交通の途絶、活字のウマは倒れ、ガス、水道さえ出ない」という状況の中で、被災者に最新のニュースを届けるべく奮闘したという。地震発生直後、正面玄関に集まった社員を前にして、社長がPRカーの上から「いかなる困難をも克服して新聞を発行すべきであり、それが新聞に課せられた最高の使命」と述べた後、中野取締役が「天災地変に際してこそ新聞発行の意義は重大である。人心安定、秩序維持の役割りを果たすものは新聞をおいてないではないか。」と呼びかけている。

現在においても新聞社の人々は「人心安定、秩序維持の役割りを果たすものは新聞をおいてない」と思っているかもしれないが、実際のところ、今は「人身安定、秩序維持」に寄与するものは他にもたくさんあり、「人心安定」にはまずは新聞だと思っている人は多くないだろう。もちろん、「人身安定、秩序維持」を不安定にする情報も多数あるので、マスメディアがきちんと検証した情報を送り出すことが大事ではある。新潟地震でも、さまざまな流言飛語が飛び交っていたところ、それを新聞が打ち消したということはあるようだ。その意味では今も昔も、マスメディアが果たすべき役割りは本質的には変わらない。ただ当時の新潟日報の人々が負っていた責任というのは、今とは比べ物にならないほど、大きなものだったといってよいだろう。当時の新聞の社会的存在感の大きさを感じさせるフレーズであった。

当日のラジオがどのように実況していたか、録音した人がアップしているが、ここでは、以下の毎日映画社が掲載しているニュース映像を紹介しておく。

6月16日午後1時2分、新潟沖を中心とするマグニチュード7.5の大地震が発生。液状化現象で県営アパートや昭和大橋が壊れ、昭和石油新潟製油所のタンクが爆発し、燃え続けるなど、壊滅的な被害を与えた。※ナレーションでは「マグニチュード(M)7.7」とありますが、その後「M7.5」と発表されました。

フェリー三姉妹

佐渡汽船がフェリーを擬人化した「フェリー三姉妹」を発表

佐渡汽船が昨日4月28日、フェリーを擬人化した「フェリー三姉妹」を発表している。名前はフェリーの名前なので、「おけさ」「ときわ」「あかね」となる。

佐渡汽船旅行ツアー情報ブログ | フェリー三姉妹の残りがデビュー!
佐渡汽船旅行ツアー情報ブログ | あかねさんデビュー☆彡

どうやら「あかね」は昨年、2015年7月に発表されていたようだ。

佐渡汽船株式会社 – 「あかねさん」に続け! 佐渡汽船カーフェリー三姉妹がデビュー!!…

今後、クリアファイルやマグネットなどのグッズ販売も予定されている。すでにFacebookページには、「ただつくっただけで全然活用できていない」という厳しいコメントもついていて、なかなか前途多難だ。キャラクターを使ったプロモーションは、「頭の硬い」人たちの抵抗感を乗り越えながらの仕事なので、交通系の保守的な社風ではとくに苦労も多いだろう。よい成果が出るまで、粘り強くチャレンジしてほしい。

ネット選挙運動関連で取材協力などまとめ

11月に衆議院が解散、それからあっという間に選挙が始まり、14日に結果が出た。今回は「ネット選挙運動」が解禁されて初めての衆院選ということだったが、昨年の参院選同様、盛り上がりは今ひとつ。選ぶ方もネット選挙運動なるものに何ら期待していないし、建設的な使い方をするつもりがなく、選ばれる方もまた、ネットユーザにうまくリーチする手法がわからず、また余計なことを言って炎上させるぐらいなら、寝た子を起こさないほうがよいという思惑もある。

とはいえ、まじめに「対話」をしている人を評価したいと思い、新潟日報モアでは、「新潟ソーシャルメディア選挙」というサブタイトルをつけて、候補者の情報発信について、いろいろ論評する活動をしてみた。どれぐらい話題になったのかはよくわからないが、新潟2区の鷲尾さんのところからは、終盤で連絡をいただいたので、一応関係者には見てもらえたのかもしれない。

カテゴリ:選挙|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

新潟日報の紙版の取材も受けた。11/30の朝刊に、ネット選挙特集でコメントが掲載された。

ネット選挙 県内陣営歓迎、戸惑い|政治・行政|新潟県内のニュース|新潟日報モア

手法確立なお途上

 一戸信哉・敬和学園大人文学部准教授(新潟日報ソーシャル編集委員)の話

 衆院選では初めてインターネットを使った選挙運動が解禁となるが、まだ手法が確立されていない印象を受ける。前回の参院選では、共産党がネットをうまく使い、東京で無党派層を取り込んだ。各党が候補者をどれだけサポートできるかがテーマとなるだろう。

 公職選挙法では政治活動と選挙運動は区別されているが、実質的にSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)上では、連続している状態だ。以前からSNSを活用している人は、選挙に向けてスムーズに使いこなせているが、選挙のために始めた人は試行錯誤している。

その他、テレビでは新潟放送BSN(2014/11/28放映)、テレビ新潟TeNY(2014/12/11放映)のインタビューを受けた。BSNの番組では、3年ゼミにも取材にきていただき、学生たちと候補者のソーシャルメディア利用について見ていった上で、学生たちにもコメントをしてもらった。こちらの学生のコメントも、関係者には好評だったよう。

写真に眠る街の記憶と現代を生きる学生をつなぐ:「写真の町シバタ」プロジェクト

8/11、新潟県新発田市にて、「写真の町シバタ」プロジェクトの活動に、敬和学園大学の学生たちと参加してきました。このプロジェクトについては、以前に新潟日報モアのブログでとりあげたことがあるのですが、具体的な活動に参加するのは私も初めてです。

写真の町シバタ
「写真の町シバタ」:新発田の歴史と未来を「写真」で引き出す|ソーシャル編集委員 一戸信哉「新潟ソーシャル時評」|モアブログ|新潟日報モア

このプロジェクトでは、商店街の皆さんに古いアルバムに眠る写真から、城下町新発田の歴史や人々の記憶を掘り起こしています。

店頭展示の風景

商店街の方からとっておきの一枚を選んでいただき、これを引き伸ばしてきれいに額装し、店先に展示してもらうという活動のうち、今回は最初の写真の選定作業に学生たちが参加、その様子を映像取材させてもらいました(後日Youtubeで公開するほか、プロジェクトの紹介映像としても利用される予定です)。

竹内旅館

竹内旅館でお話
[[image:image02|center|竹内旅館でお話]]

出演してくれた学生メンバーは全員新発田出身なのですが、これまで商店街との接点は少なかったようです。これも地方都市新発田が抱える現実でしょう。とはいえ、学生たちにとっては、自分の住む新発田市の街の人々に出会い、写真を通じてその歴史を知るなど、さまざまな発見をする機会となったかと思います。

田中時計店
田中時計店で写真選び

学生たちは10−20代。プロジェクトのメンバーや自分は30−40代。訪問先でアルバムを引っ張りだしてくれる人は、若い方もいるのですが、写真自体は明らかに60代以上の人々のもの。この世代間ギャップを埋めるのはつくづく大変だなと感じました。写真で語られている内容を理解するには、新発田のまちなかで暮らしている人たちが共有しているコンテキストを理解する必要があり、世代間ギャップも超える必要があります。プロジェクトに関わっている、私と同世代のメンバーが、「翻訳」をしてくれる場面もあり、同世代の役割の重要性も非常に感じました。

新発田市は城下町であり、その後も軍都として栄えた歴史があります。こうした街にはさまざまな歴史的な記録、繁栄の記録が残っています。残念ながらそれをそのまま取り戻すのは非常に困難ですが、今を生きる学生たちが、新発田が繁栄していた時代を知り、それを別の形で継承していくために、写真を通じてバトンを受け取ることはできるような気はします。若者のライフスタイルと記録の中に残っている「繁栄」の間にある、ギャップは大きいのですが、豊かな文化があったということを知ること、さらにはその時代を知る人達とつながることで、学生たちの地元新発田に対する見方を、少しは変化させられたのではないかという気がします。

撮影の最後には、ちょうどお盆前ということで、市内で開催されていた、お盆前の伝統的な市「花市」を見学。これまた新発田出身の学生たちにとって、全員初めての「花市」体験となりました。さらに「花市」に出ていたちんどん屋についても、「あれは何ですか?」と学生たちにきかれて、説明することに。なるほど、自分ももう10数年とちんどん屋をみた記憶がなかったわけで、学生たちが知らないのも無理ないのかもしれません。

花市
ちんどん屋

実は私も最近まで、この新発田の「花市」のことは知りませんでした。かつては花屋などの露天が道を埋め尽くしていたようですが、今はポツポツと間が空き、静かなローカルイベントになっていますが、これはこれでよい雰囲気の、風情あるイベントでした。タイの郊外で見かけた観光化されていないナイトマーケットを思い出しました。ここにはまだ、写真だけでなく、現実のイベントとして残っている、街の記憶がありました。

花市/にいがた観光ナビ

写真に眠る街の記憶と現代を生きる学生をつなぎ、その先に何があるのか。実はまだよく見えないのですが、古い写真を媒介にして、地域の人々が世代を超えてつながることはできるのではないか。充実感あふれる学生たちの表情から、少し期待感を持ちました。

【追記】当日の様子をまとめた短い動画をYoutubeにアップしています。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

新潟ソーシャル時評:Newsナビ参加の敬和生が、日本新聞協会のウェブサイトの「特派員」に

(2014年06月27日新潟日報モア「新潟ソーシャル時評」から転載。)

今月から、日本新聞協会のウェブサイト「よんどく!」で、新潟日報の記事を紹介する「特派員」として、Ustream番組「敬和×日報『Newsナビ』」のメンバーが参加させてもらうことになりました。

「古町芸妓薫風舞う 新人お披露目会 初の県外出身者も」HAPPY NEWS | 新聞には気づく、感じる、考えるがいっぱい。日本全国、新聞から見つけたHAPPY NEWS募集中!!

最初の回では、6月9日の番組で紹介した「古町芸妓薫風舞う 新人お披露目会 初の県外出身者も」について、NewsナビMCの小池まどかさんが紹介しています。

Ustream配信に向けて、学生たちはニュースに対する関心を深め、準備をするよう、これまでも取り組んできました。今後は「よんどく!」にコメントするというアウトプットも磨いていって、読者の皆さんに新しい独自の視点を提供できるようになって欲しいです。

「地元」に残った学生とローカルニュースのいい関係?:敬和×日報「Newsナビ」から考える(一戸信哉) – 個人 – Yahoo!ニュース

敬和×日報「Newsナビ」

「まちあるき」から一歩進んで、コンテンツを生み出す「フォトウォーク」を始めよう

昨今ニュースでも、「まちあるき」という言葉を聞くことが増えました。今や全国各地で「まちあるき」の取り組みが生まれ、これに関するニュースを聞かない日はないといってもいいぐらいでしょう。今回はこの「まちあるき」と、私が取り組んでいる「フォトウォーク」の違いについて、書いてみたいと思います。

「まちあるき」は、「定番」となった観光資源でなくとも、さまざまな地域の資源を「磨き上げ」ていこうという文脈で、注目されているように感じます。まちの「お宝」を再発見する「まちあるき」を推進するため、ガイドブックも多数作成されています。私の勤務校敬和学園大学のある新潟県新発田市でも、「新発田市歩く旅のまちづくり推進協議会」が最近、市内の寺院を巡るためのガイドブック「巡る。」を作成し、ニュースになっていました。

新発田市が中心となってつくる「新発田市歩く旅のまちづくり推進協議会」は、市内の寺院14か所とその周辺を案内するガイドブック「巡る。」を発行した。寺院を回りながら町歩きの楽しさを知ってもらうのが狙い。大型連休中に同市を訪れた観光客らに好評で、担当者は「寺という切り口から、新発田の魅力を見つけてもらえれば」と話している。

新発田の寺巡る冊子 市街地活性化狙い発行 : 地域 : 読売新聞(YOMIURI ONLINE)
[http://www.city.shibata.niigata.jp/view.rbz?cd=14919 寺町等寺院専門ガイドブック「巡る。~御城下新発田寺巡り~」好評配布中です。 | 新発田市ホームページ]

新発田でいうならば、新発田城や月岡温泉はいわば「定番」なのですが、全国の「定番」同士の競争は激しく、個人客もどんどん来るようなブランド化や個性化が見られなければ、客足は伸びません。カスタマイズされた、ひとりひとりの「発見」をサポートするのが、こうした新しい切り口のガイドブックであり、これによる「まちあるき」観光ということになるのでしょう。また、一方で地域の人々に、「こんなの別に特徴なんてないし、、、。」と思っているものを再評価してもらい、「磨き上げ」につなげていくのが、地元の人達により「まちあるき」です。

これに関連して、私自身が2009年から新潟で続けている類似の活動が、フォトウォークです。フォトウォークは、同じように「まちあるき」をするのですが、参加者はみなカメラを持ち、風景や出会った人々、あるいは参加者同士を撮影します。

新潟フォトウォーク| Niigata Social Media Club / 新潟ソーシャルメディアクラブ

フォトウォークは、日本ではまだ認知されていない言葉ですが、英語版のWikipediaには「Photowalking」という項目があり、世界のフォトウォークのスケジュールをまとめているサイトも有ります。

Photowalking – Wikipedia, the free encyclopedia

Scott Kelby’s Annual | Worldwide Photo Walk

国内では、2008年ごろから関東圏でフォトウォークを開催しているグループ「テクテクパチリ!」がありますし、Google+の中に、関東圏でフォトウォークを行っているコミュニティができているようです。

テクテクパチリ!

私が企画に関わっている新潟フォトウォークは、すでに21回目。5月10日に南魚沼で開催しました。今回は南魚沼市観光協会さんに協力をいただいて、清酒八海山の八海醸造さんが運営する雪室のある「魚沼の里」、「まちあるき」でも最近注目されている塩沢地区の牧之通り、雪室を利用してワインを作っている越後ワイナリーを訪問、撮影を行いました。新潟県の場合、市街地以外をめぐって撮影をする場合、途中の移動を徒歩だけでなく、車を利用することになりがちで、今回もバスを使って移動する時間が長くなりました。

魚沼の里
牧之通りで集合写真
牧之通り
越後三山

フォトウォークの特徴は、写真コンテンツの共有と蓄積、それとコミュニティ形成です。「まちあるき」の場合には、個人であれば歩いて終わりですが、イベントの場合だと「ふりかえり」があります。フォトウォークはここからさらにもう一歩進んで、コンテンツの共有をしています。たとえば、今回の南魚沼でのフォトウォークでは、Flickrでのタグを「npw20140510」とし、Instagramでは「#npw20140510」としました。これは毎回の慣行なのですが、必ずやらなければならないというものではないですし、まして、誰かがみんな写真データを集めて一つの場所に集積するというものではありません。参加者が当日の打ち合わせにしたがい、それぞれがアップロードする際に、自主的につけたタグがつながり、その日の成果が自然に共有されるというものです。

ちなみに、5月10日のフォトウォークで撮影されたもののうち、Flickrで共有された写真。このようにいろいろなユーザの写真が、自然につながって見えるようになっています。

Flickr: “npw20140510”

Instagramで共有された写真。

#npw20140510 | listagram

Facebookでも共有されています。

#npw20140510

現在、写真共有の標準的なサービスが定まらないので、どのサービスで写真を共有するかを指定するのはなかなか難しいのですが、それでも毎回かなりの枚数が、それぞれのサービスで共有されます。参加者は、帰宅した後で、それぞれが撮った写真を見ながら「異なる撮り方」「異なる視点」を実感しますし、もちろん撮影テクニックも学びます。同じコースを歩いているのに視点が違えばこんなに違うのか、あるいは、この態勢で撮影していたのはこういうアングルをねらっていたのかなど、毎回学ぶことは多いです。

寝撮り

またこうしてゆるやかにタグでつながった成果は、ネット上に蓄積され、地域の写真データとなります。新潟のような地方では特に、農村部にカメラが入っていって撮影し、アップロードしている人が少ないので、将来に向かって貴重な資料が蓄積されていくのではないかと思います。

「まちあるき」の成果を個人の中に埋没させるのではなく、みんなで共有しようとはいうものの、成果物をまとめて発表するというのは大変です。その点フォトウォークは、成果をまとめる必要はさほどありません。オンライン上でアップロードされたものが自然につながって、蓄積されていきます(もちろん、いいまとめ役がいて成果物としてまとめていくと、もっといいとは思いますが)。私のように一向に腕の上がらないユーザも、プロはだしのカメラマンも、みんな同じ方法で写真を共有し、それらに対する「いいね」などの「ソーシャル」な評価で、秀作が浮かび上がってくる仕組みになっています。

さらにフォトウォークでは、コミュニティもスムーズに形成されます。もちろんフォトウォーク当日に、参加している皆さん同士でお話をするのはもちろんですが、その後もアップロードされた写真を通じてコミュニケーションが続き、また次のフォトウォークで再会するというサイクルができます。オンラインとオフラインを行き来した、「ソーシャルメディア」的なコミュニティが、スムーズに形成されていくと思います。

ソーシャルに蓄積されていく成果と、形成されていくコミュニティ。特に前者の仕組みが理解しにくいために、フォトウォークは、「カメラ好きのまちあるき」という評価にとどまりがちです。しかし本来「まちあるき」を推進している人たちが目指している要素は、フォトウォークにすべて含まれています。もちろん同じことは、映像撮影でもできると思います。重要なことは、コンテンツが共有され、自然に蓄積されていくという営みが、自然に実現されていくという点です。プロの作るコンテンツがものの見方を定めるのではなく、アマの視点の集積により、意外な視点があぶりだされます。これこそ、手詰まり感のある地方の人たちが、待っているコンテンツではないでしょうか。

(ひょっとすると、保守的なコミュニティでは、コンテンツが「自然に蓄積されていく」という、ハプニングを許容する性質を許容できないために、フォトウォークやこれに類するものが定着していかないのかもしれません)

「まちあるき」に取り組む地域の皆さんにも、ぜひ「フォトウォーク」を始めてみてほしいと思います。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

新潟観光の「眠れる獅子」、佐渡は変われるか?:佐渡市が「観光」「広報」の戦略官を採用

4月から佐渡市が採用した、「観光」と「広報」の戦略官について、朝日新聞がインタビューを行っています。
この件は一度別のところでも書いているのですが、インタビューが出たので、あらためてYahoo!個人にも書いてみることにします。

新潟ソーシャル時評:湯沢の南雲純子さんが佐渡の観光戦略官に | ICHINOHE Blog

佐渡市が4月、新たな非常勤特別職「戦略官」を設けた。全国的に知名度の高い観光地でありながら、来客は落ち込むばかり。島のPRも上手とは言い難い。市は民間で10年以上の職歴を持つ女性2人を戦略官に任命し、佐渡の振興に期待をかける。

新潟)佐渡市戦略官登場 島外女性2人が描く佐渡再興:朝日新聞デジタル

新潟は観光地として大きな可能性を秘めながら、地味さをなかなか払拭できていないということは、以前も書きました。

観光地としての新潟は「地味さ」を解消できるか(一戸信哉) – 個人 – Yahoo!ニュース

新潟県内はみな、似たような状況にあるのですが、その中でも特に、大きな潜在的可能性を秘めつつも、観光客の落ち込みに苦しんでいる「眠れる獅子」として、佐渡を挙げることができます。世界遺産をめざす佐渡金銀山など鉱山遺跡をはじめ、自然も文化も豊かな場所なのですが、残念ながら新潟県内での認知度もさほど高くなく(修学旅行で金山の蝋人形を見て、それ以外を知らない人も多いようです)、県外からのアクセスも良いとは言いがたいです。団体旅行中心の集客からうまく脱却できなかったのが、落ち込みの原因と指摘する声も聞きます。記事の中でも、「佐渡島の観光客は1991年の121万人をピークに2011年には53万人に減っている」としています。

そこに報酬1日5万円×月8日の特別職を採用して、テコ入れをしようというのが、今回の佐渡市の試みです。実際、募集の段階で、私の周りでも、ソーシャルメディアを介して話題になりました。記事を見ると、佐渡の中でも賛否両論がある中、最終的に甲斐市長が決断したということのようです。

新たな特別職導入には、市議会から「月8日間ではなく常勤が良いのではないか」「報酬1日5万円の費用対効果はどうか」といった疑義もあった。だが、甲斐市長は戦略官着任の記者会見で「(導入は)私が決めた。佐渡には素晴らしいものがあるのに戦略がない。2人には大変期待している」と話した。

新潟)佐渡市戦略官登場 島外女性2人が描く佐渡再興:朝日新聞デジタル

外から戦略官を採用するということですから、地元には「お手並み拝見」という空気もあることでしょう。実は、発表直前の3月末に知ったのですが、観光戦略官は、越後湯沢でご縁のあった南雲純子さんでした。新潟県湯沢町を拠点に、リクルートで湯沢観光の仕事をされていたのですが、私が大会委員長として関わっている[http://www.anisec.jp/yuzawa/ 情報セキュリティ・ワークショップ in 越後湯沢 ]の中で、地元との交流イベントの企画を、数年間一緒にやらせていただきました。

彼女の視点も、個人向けへのシフトという点に注がれています。

――佐渡観光の弱点は

 素晴らしいものがありすぎて情報が整理できていない。個人旅行のプランがつくりづらく、交通の便がいい定番コースを選びがちだ。一般的に観光施設に行く客は「1度でいい」となるので、趣味や興味を軸にしてリピーターを増やす。

 季節変動も大きい。オフシーズンを短くし、ピークとオフの間の「ショルダー期」にも力を入れる。佐渡なら6、7、9、10月がポイントだ。

――なぜ佐渡は自ら弱点を克服できなかったのか

 旅行会社がパッケージを組んで団体客を送り込んできた。船賃からも、その方が安い。だから個人客の対応が遅れた。市民も観光事業者がやればいい、と思われていたのではないか。

――何から着手するか

 ワークショップを開き、観光素材の棚卸し。それをエリアや興味別などに整理。そしてターゲットを想定する。仕事ばかりで会話のない東京在住の父と小学5年息子と、仕事に疲れた新潟市の30代独身女性ではおすすめルートは違う。トイレ整備も必要。佐渡は悩みや不安を抱えている色々な人を楽しませる力がある。観光素材を磨きあげたい。

新潟)佐渡市戦略官登場 島外女性2人が描く佐渡再興:朝日新聞デジタル

すでに南雲さんは、 佐渡旅(sadotabi)というブログをスタートさせていて、佐渡の知られざるおもしろスポットの紹介記事や、知っている場所だけど見る目が変わる紹介記事を、1日1本のペースで書かれています。彼女のいう「磨きあげ」の一環でしょう。「トイレ整備」の話が出てきますが、ブログを作って広報するのは彼女が孤軍奮闘すればできるのですが、観光に必要なインフラ整備には、関係部署の協力が不可欠。市長肝いりの戦略官とはいっても、実際どこまで後ろ盾できるのか。新潟大学の田村先生が「採用側の行政は戦略官の良さを引き出し、受け入れる態勢があるか。」という指摘をしています。試されるのは、戦略官本人の力だけではなく、地元の覚悟ということになるでしょう。

ブログでの情報発信は、すでに興味を持っている人が、さらに深堀りしようとしてたどり着く場所です。この点は、多くの人々の生活空間になっている都会とは大きく異なり、いくらいい記事を書いていても、全く佐渡に興味のない人は、なかなかこのページにたどり着くことはないのでしょう。

その意味では、広報戦略官の田中雅子さんの働きも合わせて、佐渡そのものへの関心をどのように高めるかも、大きな課題になると思います。

私も一昨年の夏、ゼミの学生たちとともに、1泊2日で佐渡を一周しました。一周200キロ余り、実際にはあちこち寄ったのでもう少し距離は走っているのですが、佐渡の広さを実感する旅でした。学生たちがゼミ合宿のタイトル(?)を「のへさど」(ゼミ名である私の名前をもじった)として、ダイジェスト動画を作成してくれました。夏の佐渡の雰囲気を感じてもらえるかと思います(「ダイジェスト版」を作ったところで満足してしまい、完成版は公開されていません)。

2日目の午後になって、一部の学生が「吉野家食べたいよね」と言い出しました。自然豊かな佐渡にも、ファーストフードやチェーン店のようなものも一部あったと思いますが、なにせ広いですから、場所によっては簡単に行ける場所にあるわけではないのです。ファーストフードに飼い慣らされてしまった学生の様子に半ば呆れつつも、一方でこうした均一化された食習慣に対応できないのは、離島にとっては大きなハンデなのだろうと感じました。その一方で、均一化された食習慣に慣らされた地域に暮らしている立場からすれば、そうではない佐渡には、大きな魅力があるようにも見えます。

このギャップをどのようにとらえて、それを埋めながら、観光を含めて、「眠れる獅子」佐渡の魅力を発信していくのか。二人の戦略官は定期的に島外から通って仕事をするそうですが、「よそもの」として仕事に、今後も期待して見ていきたいと思います。

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

敬和学園大学の学生が撮った新発田:新発田中心街の課題を探る「新発田散策~下町に行こう~」

2013年度後期に、集中講義「現代メディア論2」の中で制作された映像、2本目を紹介。今回は、稚内のNPO法人映像コミュニティ・ムーブユーから、牧野竜二先生にきていただいて、学生たちが指導を受けた。2本目は「新発田散策~下町に行こう~」

こちらは「結果社会派」というべきパターン。オープニングの山本くんのしゃべりやタイトルで分かる通り、最初のコンセプトは「旅番組」風。学生たちは新発田の中心市街地が寂れてきていることは知っていたかもしれないが、それについて深く考えたことはなく、最初はなんとなく「四ノ町」界隈を訪ねて終わるつもりだったのが分かる。しかし撮影に出かけてみて、川の上に立つ「公設市場」などでインタビューしてみると、郊外店舗に押され、人通りも少なくなっている事情に気がつく。結果的には、新発田の中心市街地の課題を明らかにし、一方で新たな再興のための取り組みも紹介するという、「社会派」の作品に仕上がっている。

主な編集は一戸ゼミの保田景祐くん。

制作: 山本健太郎、保田景祐、佐久間瑞希
協力: 新発田市歩く旅のまちづくり推進協議会、佐藤さなえさん、池田裕一さん、松井エミさん­、寺田雄一さん、西村純子さん、萩原藤枝さん、新発田市民のみなさん
監修: 牧野竜二、一戸信哉(敬和学園大学准教授)

現代メディア論で制作された他の作品はこちらの再生リストから。