カテゴリー別アーカイブ: 学問・資格

1

敬和学園大学初の映像制作に関する授業「現代メディア論1」開講

8/6からの集中講義期間に、敬和学園大学初の映像制作に関する授業「現代メディア論1」が開講された。

1

この授業は、情報メディアプログラムのスタートにあわせて復活、映像制作を主として行う授業としてリニューアルスタートとなった。授業の担当は名古屋短期大学の高谷邦彦先生。一戸の前任校、稚内北星学園大学で、学生たちが作るNPO法人映像コミュニティムーブユーのスタートに関わった、「市民メディア」の専門家。稚内とはまた異なる、新発田という新しい環境で、映像を使った地域の発見と発信を、学生と行おうという考えに共鳴し、名古屋から出張してきての集中講義を引き受けて下さった。

敬和生の皆さんへ新規開講科目紹介1:映像作品を作ろう「現代メディア論」 | ICHINOHE Blog

当初は新発田をテーマにした映像制作を考えたが、今回は受講生も少なく、高谷先生自身が初めて新発田に来たということもあり、大学をテーマにした映像を制作することにした。3チームにわかれて、3つの作品ができあがった。

現代メディア論、絶賛編集中その3 #keiwa

講義は6日−9日の間に開催され、最終日に上映会を実施した。夏休みで、集中講義に参加している学生以外はあまり学内にいなかったのだが、それでも多くの教職員や学生が上映会に来てくれて、受講生たちの制作した作品を見てくれた。作品は学生たちの個性が溢れており、普段文字で書かれているレポートよりも、数倍の説得力があったように思う。撮影時に何をカメラに納めておくか、編集時にどこを注意すべきか、一つ一つのポイントは、横で聞いている自分にもとても勉強になった。映像制作という作業を通じて、学生たちのメディアリテラシーが高まっていくというのも、手に取るようにわかった。この授業を企画して、あらためて良かったと思う。

上映作品は近く、Youtubeで公開される。2月にも「現代メディア論2」が開講される。多くの学生の皆さんの参加を期待したい。

新潟で集中講義 – Life3.0 ~ 短大教員の雑想

講義期間中に、新潟大学の新潟デジタルメディア研究会が行われたので、高谷先生とお邪魔した。高谷先生の共著『市民メディア論』『市民メディア活動―現場からの報告』を読んでいる人がいて、ちょうど話と縁がつながった。これからも新潟で映像を軸にした学生交流などもすすめて行けたらと思う。

※共著書名は、『市民メディア論』ではなく、『市民メディア活動』のほうであった。お詫びして訂正します。

Goocus

Wikipediaでの「学び」を共有するアプリ「goocus」

 

ソーシャルラーニング・サービスを提供するキャスタリアが、新しいアプリケーション「goocus(グーカス」を発表した。iPhoneとAndroidアプリとして提供される。地味ながら面白いことに、公式サイトはTumblrで作られている。

Wikipediaでソーシャル「ラーニング」を実現する

Wikipediaと教育界の人々との相性は、今のところ正直あまりよくない。学生がコピペレポートを作成する一番のソースであることや、ソースがはっきりしない情報が多いことから、あからさまに「あんないいかげんなもの」と否定的な態度をとる教員も多い。しかし、いい加減な内容の場合もあると割り引いたうえで、中身を検証して利用するという留保をつけるにせよ、私たちの日常は、すっかりWikipediaに頼るようになっている。日常生活の中では、「ちょっとわからなかったこと」を検索するという、意思と能力がある人ならば、Wikipediaにたどりつく人は多いはず。博覧強記で、なんでもすぐに自分の頭の中を検索できるような人でない限りは、そのように「すぐに検索する」という態度は、むしろ推奨されるべきではないかと、正直思う。少なくとも、知らないことを知らないままにして、文脈をすっ飛ばして自分の言いたいことだけいうような態度よりは、よっぽどましだろう。

さてgoocusは、この問題に答えている。アプリを使ってWikipediaを検索し、その履歴を友達と共有するのだ。みんなのちょっとした「探究心」が力を合わせれば、集合知たるWikipediaをソーシャルで共有し、再びブラッシュアップした集合知にする。

何回か試してみたが、アプリ上でWikipediaを検索すると、その履歴は友達と共有されているようだ。また「学んだ」というボタンがついているのだが、これを押したものが共有されるということだろうか。設定の中に「検索履歴をシェア」という項目があり、これにチェックを入れた場合には、「学んだ」を押す前の検索履歴も、友人と共有されるということだろうか?(この辺がまだよくわかっていない)

ふせんで「気付き」を共有

どんな項目を検索して発見したか。これを友人と共有するだけでも面白いはず。大学の授業などで、わからない項目が出てきたら、誰かが調べて、その履歴を共有するという使い方もできるだろう。

しかしさらに面白いのは、調べた結果でてきた項目に「ふせん」という形でコメントをつけられるところ。

Goocus

Wikipediaの内容と先生の話はちょっと違っていて、それを比較検証した結果を共有するなど、単純に検索するだけでなく、コメントをつける形で情報を共有できる。Youtubeでいうところのアノテーションだし、ニコ動のコメントでもあるが、元のWikipediaのデータに手を加えるわけではなく、あくまでこのサービスの中での情報共有だ。

このほかに、「人々」という項目もあり、同じ項目を見たユーザの一覧も表示される。

Goocus

Facebookと連携

共有する「友達」は、ユーザ名で検索することが可能だが、Facebookと連携させると、Facebookの友人はサジェストされるようになっている。

またFacebookと連携することにより、「学んだ」ボタンを押した項目が、Facebookの自分のウォールにも投稿される。

今いる場所に関係する項目を検索

もう一つ面白いのが「現在地で探す」機能。たしかに旅先など、あまり土地勘のない場所で、見かけたものについて検索することはある。それを位置情報を使って自動化しようというわけだ。

デモ動画があった。

新潟市中心部では、こんな項目が出てくる。

Goocus

位置情報にもとづいて、Wikipediaで「今知りたいこと」が的確に出てくるかというと、そうすんなりとはいかない気もするが、それぞれのユーザのコンテキストにあわせて、適切な情報が表示されるというのは、面白いアイデアだ。遠足で行った先の情報を調べるなんていうのも面白いかも(小学生には無理かもしれないが、高校生ならば)。

アプリだけで提供

ともあれ、どんな項目を検索しているのかを共有するのは、なんとなくこわい。Googleでの検索結果それ自体が、いつのまにか共有されていたらと考えると、非常に気味が悪い。この点でgoocusは微妙なバランスの上に乗っかっていて、Wikipediaを検索して共有するためのアプリを利用して、最初から共有することを意図して利用する形式をとっている。したがって、こっそり「ムフフ」な検索をしたい場合には、このアプリをユーザは使わないだろう。非常にスマートな解決方法といえる。

「ふせん」の発展に期待

今後発展が期待されるとすれば、一つはコンテキスト検索。位置情報だけでなく、音、時間、気温その他のコンテキストから、、、どうすればいいのかな。まあ位置情報以外の要素も考慮した情報というのは他にもありそう。だが音声以外は時間がかかるか。もう一つは、「ふせん」。現在はWikipediaの項目ごとにしかふせんをつけられないが、本当は項目の中の特定部分にだけコメントしたいという需要はあるはず。そうなればgoocusでのソーシャルラーニングはさらに進化し、教室の中で他のメンバーの「ふせん」を見ながら学べるようになるはずだ。こちらはスマホで十分な操作性を実現できるかはわからないけれども、おそらく改善課題には入っているのではないか。今後に期待したい。

最近買ってきた「ソーシャルラーニング」の本。こちらは、キャスタリアメンバーの訳書。

20110714 Keiwa Lunch

敬和学園大学で新プログラム「情報メディアプログラム」スタート

敬和学園大学で、今春から、いくつかの新科目がスタートすると書いた。

実はもう一つ新しくスタートするものがある。既存の科目のうち「情報メディア」に関連する科目を履修することで、一定の能力があることを証明する「プログラム」として、「情報メディアプログラム」が4月からスタートする。人文学部一学科で、情報やITとは無縁に見えた敬和学園大学だが、このプログラムはその中では、大きな変化だ。新潟で情報やITといえば敬和が一歩進んでいる、あるいは特色がある、そういう認識を持ってもらえるよう、プログラムの充実を図っていきたい。このプログラムのスタートは、敬和の情報メディア教育全体を変革する「狼煙」のつもりだ。

20110714 Keiwa Lunch

Keiwa Girls

敬和には、従来から「日本語教育プログラム」などの独自認定の制度があったのだが、今回のプログラムはこれに追加する形。所定の科目のうち、32単位を修得することで認定される。現行カリキュラムのままのスタートなので、現在の在学生も認定を受けることができる。ただ現時点では、一戸の演習の単位を含めないと、32単位を積み上げるのは難しいかもしれない。まあ演習の参加者数は少ないので、他ゼミに参加している方でも(国際文化学科以外の学生でも)、時間割の調整がつくなら、どうぞご参加ください(お客さん扱いはしません)。

このプログラムの構想は、1年前からあった。1年前に学内調整用の資料として作ったスライドは以下の通り。提案段階での文書なので、詳細部分まで承認を受けたわけではない。個人的に作成した文書だと理解してほしい。

「副専攻」として情報メディアを学ぶ

敬和学園大学は、「リベラルアーツ大学」を標榜しているが、情報教育は従来「外付け」のポジションで、共通基礎科目の一角に、選択必修科目として置かれてきた。学生の情報リテラシーの向上や一般科目での情報機器、ネットワーク利用が広がる今日、この位置づけは徐々に変化していくべきだという考えも、このプログラムを設置を推進した背景にある。

学生たちにとって、このプログラムの修了証が、何か明るい未来を保証する手形になるかというと、そうではない。どちらかというと、「副専攻」のような位置づけで、情報メディア関連の科目をとらえて、高い意識を持って勉強をするきっかけにしてほしいと考えている。こうした意識と学び、さらにはこれに裏付けられた自信は、学生たちがITやメディアの領域への就職を目指す際の、後押しにはなるだろう。実はいまだに、自分を「アナログ人間」と位置付け、必修科目の単位が取れると、ネットあるいはPCから離れようとする学生がいる。しかもそういっている学生たちは、必ずしも「アナログ」ではない。こうした学生たちの向学心に対して、少しでも刺激になる枠組になればと思う。

どんな科目があるのか

今年度の段階では、新規開講はほとんどないのだが、現在開講されている科目をまとめただけでも、それなりに充実した科目が並んでいる。

情報処理論1、情報メディア論、情報法が一戸の担当。情報法はビジネス著作権検定に対応して今年実施し、初級については18人受験して14人が合格した。

情報処理論1情報メディア論1は、選択必修の初年次科目だが、ソーシャルメディアの利用を全面的に取り入れ、Twitter、Facebook、ブログを活用して展開している。情報メディア論については、既存メディアを含めたメディア環境の変容について、学生とともに調べて学ぶという授業になっている。これらの科目を通じて、ソーシャルウェブの最新事情について実践的に学び、そのメディア論的な意義について、考えを深めることができる。毎年アップデートし、新しいサービス動向について知り、考えることができる科目は、新潟では他にない(というつもりでやっている)。

情報処理論2は、新潟通信サービスの本間誠治先生が担当。ネットワークの基本について学ぶことができる。

メディア英語は、山崎由紀先生と学ぶ英語ニュースの読み方講座といったところ。単に英語を勉強するというよりは、それぞれのニュースの背景まで掘り下げて学ぶことが求められるだろう。履修条件がついているので、英語レベルの低い学生は受講できないようだが、むしろこれぐらいの英語や国際ニュースを理解できる程度の社会常識は備えてほしいと、情報メディアプログラムの側からもお願いしたいところだ。

視覚芸術論は、写真を用いたアート・プレゼンテーションを実践する。担当は吉原悠博先生。新発田市内の写真館、吉原写真館の館主であるとともに、アーティストとしても幅広く活躍されている。

メディア・コミュニケーション論は、新聞社OBの本間正一郎先生が担当。ニュースをめぐるお話が多いが、既存メディアとネットの融合やその課題といった視点でもお話をされているので、学生たちにも人気がある(というのが、学生たちのTweetからうかがわれる)。
現代メディア論は、高谷先生による映像制作の科目。情報管理基礎論は、清水先生によるウェブサイト制作の科目。ということはそれぞれ昨日のエントリーで紹介したところ。

これらに一戸が担当する演習(ゼミ)と、マイクロソフト オフィス スペシャリスト(MOS)関連の科目を加えたものが、4月からスタートするプログラムの全体像。

今後の拡充構想

さらに今後拡充したいもの。お金に糸目をつけずにやるならば、東京や新潟の魅力的な人たちに来てもらい、いろいろ指導してもらいたいのだが、当面は地元を中心に、選択と集中でプログラムの充実を図っていきたい。

一つは資格関係。決して資格至上主義ではないが、MOSと著作権検定だけではちょっとさみしい。文系の学生でも手が届きそうな資格に対応する講座を、来年度から開講できるよう研究と調整を進めている。もう一つは、「発信力」の強化。映像表現とウェブ制作については、今年から科目や担当者を補強した。写真についても吉原先生の講座がある。あとはウェブで検索し、さらに現地で調査して、ブログにまとめるといった、いわば「デジタルジャーナリズム」の領域がほしい。当面一戸自身も、演習などで取組を強めていくつもりだが、できれば経験豊富な方に指導していただく科目を作りたい。イメージとしては、伊藤穣一さんが慶應でやっていた科目だが、これは大学院の科目なので、もう少しレベルを下げるカスタマイズが必要だろう。あと、インフォグラフィクスのような、ビジュアル化に関連した科目も、教えて下さる方がいれば、ぜひ始めたい。プレゼン資料の作成を含めて、恐らくこれからの学生にはとても大事な能力になるだろう。

このほか、インターンシップやスタディツアーなど、対外的な活動の位置づけ。これはこのプログラムに限らず、現地で経験するプログラムの学部教育への導入は、どこでも課題なのだが、本プログラムでも充実をはかっていきたい項目だ。

さて、プログラムの全体像をざっと説明してきた。もちろん欲を言えばきりがないのだが、少なくとも新潟の私立大学のプログラム、しかも「副専攻」のようなプログラムで、これだけ充実した情報メディア関連のプログラムは、他にはないはずだ。しかも、ソーシャルメディアを軸とする新しいウェブの潮流に掉さした科目を充実させているという点にも、ぜひ注目してほしい。構想どおり今後、統合・調整されたプログラムとして進めることができれば、新潟のITやメディアに関連する領域で、敬和生が幅広く活躍できるようになるだろうし、そうなるよう努力していきたい。

情報メディアとリベラルアーツ

ところで、これらの科目群とリベラルアーツとはどういう関係にあるのだろうか。大量の情報がネットワークで行きかい、人々がつながっていく時代にあって、これとは関係なく、教養教育が成り立つわけはない。ネットワーク以前の環境を生きてきた大人たちはともかく、これからの時代を生きる若者たちにとって、ネットワーク社会に対峙できるだけのITリテラシーは、必ず備えるべき教養といってよいだろう。しかもそれらは、「本の読み方」というような、ある程度固定化したスキルではなく、常に変化する環境の中にある。こうした流動的な環境下にあって、情報流通の仕組みを理解し、そこを行きかう情報を読み解き、自らもさまざまな形式で適切に発信し、他者とつながって活動するということは、まさしく現代のリベラルアーツに求められている、最重要課題だと思う。

とここまで書いてみて思い出したのが、前任校稚内北星の設置に関連して、丸山不二夫先生がよく書いていたフレーズ。当時の文書にはよく、「情報メディア教育は現代のリベラルアーツだ」という趣旨の発言が出てきた。検索したら出てきた。

稚内北星の情報教育が目指してきたこと

今ざっとメディアの歴史を駆け足で追って、電信からはじまって、我が国の25年前の 「超大型コンピューター」までざっとみてきました。僕の大学の情報教育の新しい展望を 語る前に、僕らが、これまでどういう関心をもって情報教育を行ってきたかを話させてください。 僕らは、地方の一短大ですが、「最北端は最先端」をキャッチ・コピーに、先進的な情報教育を 展開をおこない、全国的にも評価を受けるようになりました。 最近は、主に2つの関心がありました。第一は、「現代のリベラル・アーツ」として ネットワーク・リテラシーをきちんと学生に教えたいというものです。第二は、高帯域の ネットワーク・マルチメディア環境をつくるということです。

 

「現代のリベラルアート」を重視

最初の、「現代のリベラルアート」ということでは、次のようなことを考えていました。 まず、ネットワークへの自由なアクセスを、技術と環境の両面で学生に保障するということ です。また、メディアの情報を利用するスキルと、内容的には、それを批判的に受容する スタイルを確立すること。同時に、ネットワーク上で情報発信するスキルを育てること。これは、 煎じ詰めれば単なる技術の問題ではなく、表現すべき自己を確立することが重要だということに 行きつきます。そうして、感性の問題もあります。多様な情報を感性的に統合する技術とスキル を重視すること。僕は、「スキル」という言葉をよく使います。情報教育におけるスキルの 重要さを示す一番いい例が、タイピングのスキルだと思います。僕は、タイピングは、 コンピュータを使いこなす上で、非常に大事だと考えているのですが、そうした理解は、 情報教育の世界では、実践的には、必ずしも十分ではありません。たとえば、いつからタイピング を教えるべきかという問題が、あまり議論されているようには見えません。個人的には、 小学生の高学年から、タイピングの練習は可能だと考えています。

また検索の過程で、長崎県立大学の河又貴洋先生の論文「現代教養学としての「情報メディア学」-高等教育におけるリベラルアーツとしての情報メディア教育に向けて-」が出てきた。これまた大変興味深い。

自分自身は、与えられた現場で、担当した科目についてベストを尽くすという仕事しかしてこなかったので、リベラルアーツの中での情報教育の位置づけについては、それほど深く考えてこなかった。ただ時代が変われば変わるほど、「情報メディア」はリベラルアーツの中核に位置してくるような予感はある。それはもちろん、ツールとしての情報機器の操作自体は、大学教育の中では重視されなくなり、本来的な意味での「リテラシー」教育が、主軸となってくるのかもしれないとは思う。しかし、ハード・ソフトともに日進月歩で動く今日においては、「操作」についての習熟度も人それぞれという面があり、これらを含めた形で、「リテラシー」教育が必要になってくるのかもしれない。

しばらくは試行錯誤というか、方向性を考えながら、「情報メディアプログラム」を構築していくことになる。ともあれ、この領域に関心を持ち、ともに学びを深めるとともに、将来ITやメディア領域で活躍することを目指す学生たちが、一人でも多く集ってくれることを願っている。

大学の自由とは「考える自由」:立教大学総長の言葉

「リベラルアーツ大学」である敬和学園大学で仕事をはじめて、5年が過ぎた。いつのまにか入試広報の仕事を任されて数年がたつ。地方の「実学志向」の中で、「リベラルアーツ」の学校が学生やその父兄にアピールするのは大変なこと。自分自身は「実学志向」に近いところにいる人間なので、仕事の中で「リベラルアーツ」をアピールする作業(さらにそれによって成果を出す作業)は、正直かなり骨が折れる。「リベラルアーツ」という言葉は、わかっているつもりでも、説得力のある説明が、なかなかできないのだ。

以下は3月24日に行われた、立教大学大学院の学位授与式における、吉岡知哉総長の言葉。「考える」技法を習得するための訓練体系である「リベラルアーツ」を、立教大学はなぜ重視しているのか。非常に説得力ある説明をされている。

卒業生の皆さんへ(2011年度大学院学位授与式) | 立教大学

では、大学の存在根拠とはなにか。
一言で言えばそれは、「考えること」ではないかと思います。
大学とは考えるところである。もう少し丁寧に言うと、人間社会が大学の存在を認めてきたのは、大学が物事を徹底的に考えるところであるからだと思うのです。だからこそ、大学での学びについて、単なる知識の獲得ではなく、考え方、思考法を身につけることが大切だ、と言われ続けてきたのでしょう。

現実の社会は、歴史や伝統、あるいはそのときどきの必要や利益によって組み立てられています。日常を生きていく時に、日常世界の諸要素や社会の構造について、各自が深く考えることはありません。考えなくても十分生きていくことができるからです。あるいは、日常性というものをその根拠にまで立ち戻って考えてしまうと、日常が日常ではなくなってしまうからだ、と言ったほうがよいかもしれません。
しかし、マックス・ウェーバーが指摘したように、社会的な諸制度は次第に硬直化し自己目的化していきます。人間社会が健全に機能し存続するためには、既存の価値や疑われることのない諸前提を根本から考え直し、社会を再度価値づけし直す機会を持つ必要があります。

大学は、そのために人間社会が自らの中に埋め込んだ、自らとは異質な制度だと言うことができるのではないでしょうか。大学はあらゆる前提を疑い、知力の及ぶ限り考える、ということにおいて、人間社会からその存在を認知されてきたのです。
既存の価値や思考方法自体を疑い、それを変え、時には壊していくことが「考える」ということであるならば、考えるためには既存の価値や思考方法に拘束されていてはならない。つまり、大学が自由であり得たのは、「考える」という営みのためには自由がなければならないことをだれもが認めていたからに他ならない。大学の自由とは「考える自由」のことなのです。
言葉を換えると、大学¥は社会から「考える」という人間の営みを「信託」されているということになると思います。

「スキル」や「技術」に特化した「実学志向」は、大学に「考える」という社会的役割が、もはや期待されなくなってしまったことの表れではないか。この点を、以下の通り強く危惧しているように思う。

しかしさらに考えてみると、大学への不信はもっと以前から存在していたのではないかと思われます。ある時期から、もはや大学には「考える」という役割が期待されなくなったのではないか。
社会が大学に求めるものが、「考える」ことよりもすぐに役立つスキルや技術に特化してきたことはそれを示しているのではないでしょうか。大学について語る場合の語彙も、「人材」、「質保証」、「PDCAサイクル」など、もっぱら社会工学的な概念に変わってきています。
近年、大学の危機が論じられることが多くなりましたが、その際問題になるのは、「グローバル化」と「ユニバーサル化」です。しかし、人間社会が大学に、考える場所であることを期待しなくなっているのであれば、そのことのほうがずっと深刻な危機ではないでしょうか。

このお話は、大学院生を前に話されている。学部生の卒業式では、少し違う内容でお話しされたようだ。

社会が揺らぐ中にあって、それぞれの大学が自ら存続しつつも、あるいは存続するために、特徴を出そうと躍起になっている。その中で「考える自由」、あるいは大学の自由をどのようにとらえるか。さらにはその自由をどのように学生に享受させ、一人一人の未来につなげていくのか。吉岡総長の言葉が、この時代の波をせき止めるパワーを持つのか、それは正直未知数だが、少なくとも「反時代的・反社会的な」発言としては、非常に大きな力を持っているように感じた。

Osaka Castle Park

情報処理学会電子化知的財産・社会基盤 (EIP) 研究会、今年度最後の研究会

昨日追手門大学大阪城スクエアにて、情報処理学会電子化知的財産・社会基盤 (EIP) 研究会の第55回研究発表会が開催された。2008年度から4年間にわたり、幹事というお役目をやらせていただいたが、昨日の研究会で任期が終了。来年度からは運営委員として参加させていただく予定だ。同じタイミングで幹事となった、徳島文理大学の橋本誠志先生も退任する。

EIP研究会

昨日会場となった追手門大学大阪城スクエア。大阪城が見える、素晴らしい眺望であった。

Osaka Castle Park

 

情報処理学会は、その名の通り情報分野の老舗学会の一つで、「理系」の研究者が多い学会。学会の運営体制等も、手作り感たっぷりの人文社会科学系の学会とはかなり違ったので、新しい世界を勉強させてもらった。ただEIP研究会は、社会科学系の研究者が比較的多く参加しているので、情報処理学会の中では特殊な、文系寄りのポジションではある。研究会は現在年4回開催。年に1,2回研究大会をやるという、人文社会科学系の学会から見ると、かなり活発に活動があり、幹事の忙しさも破格。ただその分、発表の機会は多数用意されているということなので、文系の若手研究者の皆さんにもぜひご参加いただければと思う。

情報処理学会の制度はわかりにくいが、情報処理学会に入会していただき、その上で各研究会に登録していただく、という形をとる。他の研究会と合同で研究会を行うこともあるので、いろんな分野の研究者の皆さんとお知り合いになれるのもメリットだ。

研究分野のスコープは、創設時の文書からは以下のように定義されている。

EIP研究会:設立趣旨

研究の分野

知的財産権一般(勉強から意見主張まで)
特許(ソフトウエア, デジタル技術)
著作権問題(ソフトエウア、 フリーソフト、データベース、ネットワーク)
倫理問題、
パソコンネチケット、
インターネットロット、
越境データ流通の問題、
ネットワークサーバの国内、国外での法律的差の問題、
コピープロテクション、
非標準化技術、
応用(アプリケーション)問題、
電子図書館、
著作権集中処理システム、
著作物クリアリングシステム、
カスタムテキストブック、
著作物のセキュリテイ、
通信のセキュリテイ、
暗号技術、
防衛技術、
電子貨幣、
エレクトロニックコマース、
WWW、
コンピュータウィルス技術とその対策及び発見技術、
コンピュータ不正アクセス技術とその対策及び検出技術、
ピア・レビュー、
表現の自由、
スキップジャック、
プライバシー保護、通信の秘密
など、上記デジタル技術革命がもたらす制度的、法的問題、 および、それらの関連技術一般を扱う。

 

現在文系研究者の報告は、知的財産関連、情報セキュリティなどが多いが、さまざまな分野を取り扱った研究発表がある。昨日も、「クリシェとしてのビッグデータ」「情報まちづくり論の試み」「リソース指向アーキテクチャによるカラーマネジメント」「石造遺物デジタルアーカイブ構築のための撮影手法の開発」といった幅広いテーマでの報告があった。招待講演も、京都大学の憲法学専攻、曽我部真裕先生から、「インターネット上での児童ポルノ流通対策における法的問題」。非常にバラエティに富んでいるのがおわかりいただけるだろう。

第55回情報処理学会 電子化知的財産・社会基盤研究会

来年度も11月に新潟開催を予定しているので、新潟近隣の方はぜひ発表の機会としていただきたい。

日仏先端科学シンポジウムで、ソーシャルメディアについて報告

フランスニースで開かれた日仏先端科学シンポジウムに参加してきた。

先端科学シンポジウム-日本学術振興会

このシンポジウムは、「平成17年3月27日の日仏首脳会談において、次世代のための日仏学術交流強化について合意された事項の一つとして、平成18年度からフランス政府との間で、実施」しているもの。日本側のアレンジは、独立行政法人学術振興会が行っている。

研究領域は、Earth Science/EnvironmentからSocial Sciences/Humanitiesまで、8分野にわたり、それぞれの分野の研究者が、両国の先端的な研究成果を発表するとともに、分野を超えた議論を行うというもの。8分野といっても、「文系」の領域は、Social Sciences/Humanitiesの1領域のみで、ほかは「理系」の各領域。今年のSciences/Humanitiesのテーマがネットワークということになり、このテーマで話ができそうなスピーカーとして、お声をかけていただいたという次第だ。人文社会科学を代表する1人として、と考えると荷が重いが、「ネットワーク」について人文社会科学の立場から話す、と気が楽になるよう解釈して、お受けすることになった。

自分以外のメンバーはほとんどが国公立、それも東京大学、京都大学などのトップ校に所属している理系の研究者たち。フランス側も国立の研究所に勤めている人が多かった。正直なところ、数学、物理、生物、医学等他分野の研究内容を十分消化できたとは言い難いが、それでもいくつかの領域では、いまぶつかっている課題がある程度理解できた。同じ「科学」ということではあるのだが、人文社会の立ち位置は(少なくとも見かけ上は)特殊。さらに、地方私大にいる自分のような立場からすると、期待されている仕事の内容、経験、与えられた環境、いろいろなものが違うなあと感じた部分も多かった。もちろん、そうした要因と、シンポジウムで与えられた期待とは無関係であるので、自分なりに準備して臨んだつもりではある。

人文社会のセッションでは、限られた時間の中で、1) 世界的なFacebookやTwitterの勢いが、各地の社会運動を後押ししていること、2)独自の環境を維持していた日本や韓国も変わりつつあるが、日本ではそれが社会運動につながる機運はほとんど見られないこと、3)東日本大震災はこうした状況下で起こり、ソーシャルメディアの重要性を、別の意味で認識せしめた、といった話をした。震災から1年弱の間に、シンポジウムなどで他のパネラーから教えていただいたことを踏まえ、自分なりに考えたことを述べた形だ。

自分なりに分かりやすさや長さを考え、話す内容を調整するとともに、「食べログ」問題など新しいトピックも適宜盛り込むようにした。結果的に時間を超過してしまったが、それなりに言いたいことは伝えられたとは思う。その後ゲーム理論を応用したフランスのスピーカーからの報告があり、さらに60分にわたる長時間の質疑応答となった。自分が提起した問題については、恐らく多くの人が理解してくれたように思うが、僕自身が質疑応答で柔軟に対応できる言語能力を持っていなかったため、それぞれの人の質問が求める方向性を今一つ正確に把握できず、残念ながら議論を十分に尽くせたとはいいがたかった。これは大きな反省点。チェアとして仕切ってくださったNII上田先生や、PGMの東京大学岡本先生の力により、なんとか乗り切ることができた。

以下は利用したスライド。タイトルはセッション全体のものなので、ちょっとズレている感じがすると思うがご勘弁を。

会場となったホテルは、ニースの海岸に面したリゾート地。もちろん全セッションに参加するため、セッションの間は会議場に缶詰めになるのだが、朝や昼の休憩時間には、少し散歩する時間をとって、散歩をしたり写真を撮って歩くことができた。時差ボケもあり、妙に早起きだったのだが、残念ながら冬のニースの朝は暗く、7時半を過ぎないと明るくはならなかった。土日をはさんでの開催だったので、週末を楽しむ観光客に遭遇したのはつらかったが、シーズンオフのニースが奇跡的に好天に恵まれたようで、少しだけニースの楽しい雰囲気を感じることはできた(のだと思う)。また、到着してすぐや終了後の自由時間で、周辺の様子を見ることはできた。

Nice, France

今後もこの取組に参加させていただけるかどうかは分からないが、少なくとも今回経験させていただいたことをベースにして、国際的な研究交流の文脈で、自分なりの発信を続けられるよう、努力を続けていきたいと思う。

以下は休憩時間や早朝に撮った写真。

Appleが1月19日「教育イベント」を開催、電子教科書で新たな動き?

Appleが電子教科書事業に大きく踏み込むのか。憶測が広まっている。

iPad Writers

Photo by BarbaraLN

アップル、1月19日に「教育イベント」を開催へ – CNET Japan

同社は米国時間1月11日、報道機関宛てに招待状を送付し、「Big Apple(ニューヨークの愛称)で開催する教育関連の発表会に参加」するよう求めた。発表内容は明かされていない。イベントは、ソロモン・R・グッゲンハイム美術館で開催される予定。

FoxのClayton Morris氏は2012年1月に入ってから、Appleが2011年に教育関連イベントをニューヨークで開催しようと計画していたが、2012年に延期したと報じている。Morris氏は、情報筋らの話として、1月のイベントはAppleの「iTunes University」プログラムに関するものになると述べた。

Apple、1月19日にメディアイベントを開催 電子教科書関連か – ITmedia ニュース

会場がシリコンバレーではなく、教科書関連の出版社が集中している地域であるニューヨークであるというのも、意味があるだろうという見方だ。

最近、日本での電子教科書をめぐる議論を追いかけているわけではないのだが、「アップルに全部持っていかれるぐらいなら日本独自仕様で」というような、日本の出版業界に見られるような動きすらも、見当たらないように思う。単なる不勉強だろうか。高校までの教科書には「検定」があり、その「護送船団」の下で使用されているのであるから、電子教科書に向かうのか、そのときのフォーマットはどうするのか、恐らく行政の意向が強く働くのであろう。高等教育については、高い教科書を学生が買わないというのが問題があり、たとえばiTunesが米国でデファクトスタンダードの地位を確立し、これが日本に流れ込んでくるとするならば、恐らく圧倒的な価格競争力を持つわけで、大きなブレークスルーになる可能性はあるだろう。もちろんアップル以外の別のプラットフォームでもかまわないのだが、ハードウェアではiPhone、iPadが人気を維持し、それと親和性が高いのがiTunesという構造が崩れないとするならば、そして学生に使わせるということを考えると、アップルのプラットフォームに乗っかるのは楽だし、そちらに流れる可能性は高い。

日本の教育界でこの動きに注目している人の割合は、かなり低いと思われるが、実際には日本にもかなり影響のある発表なのかもしれない。とりあえず、19日の発表を待ちたい。

孫正義のデジタル教育が日本を救う  角川SSC新書 (角川SSC新書)デジタル教科書革命

サルマン・カーン「ビデオによる教育の再発明」

大学教員には講義形式に固執する人がまだ少なくない。もちろん講義を全否定するわけではないが、学生の理解力にばらつきが大きくなる今日、すべての授業を一方向型の講義でやるべきかどうか、考えてみる価値はあるだろう。
以下のカーン氏の講演は、大学というよりも初等中等教育に関する話。視覚的に工夫されたビデオを家で見てきて、学校で教師とともに「宿題」をやるというもの。従来の授業形式では落ちこぼれていた子どもたちが、優等生の層よりやや遅れつつも、途中からぐっと理解度をあげて、成績が上がってくるのだとか。
ICTの導入により、個人に応じた授業展開が可能になり、教員はむしろ一人一人が個別に課題に取り組むのに寄り添うようになる。ICT教育がもたらす可能性を、カーンアカデミーもまた、示しているように思う。
教育へのICTの導入を、「非人間的」と先入観を持って眺めているたちに、ぜひ見てもらいたい講演だ。
サルマン・カーン「ビデオによる教育の再発明」 | Video on TED.com

Salman Khan | Profile on TED.com

授業開始:KMD Digital Journalism(慶応義塾大学のデジタルジャーナリズム講座)のシラバスを読む

今週から敬和での授業がスタートした。
本当は先週金曜からだが、僕の担当分は今日から。

今日は3,4年のゼミと情報メディア論。
ゼミには新メンバーの加入があったので、どちらの時間も、ブログ、Twitter、Friendfeedの基本的な設定をしているうちに、時間が終わった。

ソーシャルメディアを使いこなし、自らも情報発信をしながら、既存ジャーナリズムへのソーシャルメディアのインパクトや制度的な課題について考える。3,4年でそこまでいけるように努力しているのだけれども、これまでのゼミは留学生が多く言葉の課題もあり、なかなか難しい年が続いた。今年の2年生は意識の高い学生が多いように感じるので、少し雰囲気が変わるだろうか。

ちょっと前にTwitterで流れていた、慶応情報メディア研究科での「デジタルジャーナリズム」のシラバスのことを思い出し、授業開始に合わせて、ざっと読んでみた。担当はJoiさん。

リンク: Summary and Links ‎(KMD Digital Journalism 2009)‎.

続きを読む

YouTube、大学チャンネルをまとめたYoutube EDUをスタート

Youtubeが大学の公式チャンネルの「ハブ」となるYoutube EDUをスタートさせた。以前から大学の公式チャンネルというのはあったのだが、それをまとめたということなのか。

リンク: YouTube Blog – 日本.

Earlier this week, we announced the launch of YouTube EDU (youtube.com/edu), a hub for videos from over 100 of our leading university and college partners. Think campus tours, news about cutting-edge research, and lectures by professors and world-renowned thought leaders. There are also 200 full (and free!) courses, in a range of subjects, from some of the world’s most prestigious universities, including IIT/IISc, MIT, Stanford, UC Berkeley, UCLA, and Yale.

100以上の大学が参加しているとなっているが、日本の大学が含まれているかはよくわからない。少なくとも文面には出ていない。

続きを読む