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マラッカの魅力を手堅くまとめたExpediaの映像「Melaka Historical City – City Video Guide」

旅行サイトのExpediaのYoutubeアカウントには、世界各国の観光地のガイド映像が掲載されている。大ヒットするようなおもしろ映像が撮れているわけではないのだが、どれも観光地の特徴をとらえた映像と説明で手堅くまとめており、学生の映像制作を指導する立場から見ても、大変参考になる。

以下はマラッカの映像で、「穴場」は出てこないけれども、スタダイス、セントポール教会、マラッカ側、ジョンカーストリートなど、典型的な場所をきちんとつないでいて、落ち着いてみることができる。

マレーシアの他の都市の映像も見てみたけれども、Google Earthから入るやり方など、ある程度フォーマットができていて、量産されているという印象だ。

Prepare to walk back through the centuries on your visit to Melaka Historical City, located on the west coast of Peninsular Malaysia.

A Melaka Historical City tour will take you back through centuries of different rulers. Always a busy trading hub, Melaka Historical City has been ruled by the Portuguese, the Dutch, and the English over the last several hundred years. Each empire left its own stamp on the city, from architectural styles to cuisine. Spend an afternoon exploring the ruins of A Famosa, a fort that at one time was an emblem of Portuguese power. On the same day, spend the evening in the shadow of colorful Dutch buildings, some of which date back to the 1650s.

No matter what else you do during your Melaka Historical City sightseeing, don’t miss out on the Jonker Walk. This tour encompasses Jonker Street and the area around it, and includes the Cheng Hoon Teng Temple, a 17th-century structure believed to be the oldest Buddhist temple in the country. Additionally, if you’re visiting on a Friday or Saturday evening, the Jonker Walk Night Market is the perfect place to score a bargain on local food and artwork, as well as watch talented street performers.

What was your favorite part of Melaka Historical City?

Visit our Melaka Historical City travel page for more information or to plan your next vacation!

中国女性の性格は、南北でかなり違うらしいという動画

上海発の「馬馬虎虎」という動画シリーズ。制作はTMD Productionとなっている。

中国でいろいろな人と話していると、標準語の中にも地域ごとの方言が混じりやすい地域があったり、そもそも考え方が違ったり、地域差があるという話をきくことがある。標準語である普通話が浸透する一方、全く違う言語だといういわゆる「方言」は、出身者の間でしか通じないともいう。日本人「方言」の感覚と、中国のそれはやや異なるのではないかと感じるが、いまだにうまく整理がつかない。

ともあれ、典型的な人間像が南北で違うというのもあるようで、女性の性格がどのように違うか、ステレオタイプとしての南北女性の違いを示しているのが以下の動画。英語の字幕もついているが、あまり読まなくても、趣旨は伝わるだろう。

気が強く、お酒も強いのが北の女性というイメージのようで、非常に興味深い。日本でも北のほうが、お酒が強いイメージがあるけれども、女性の気が強いというイメージはあまりないような。

モッツァレラ星人につられてつい口ずさんでしまう「モッツァレラさき歌」

この数ヶ月、ムスメを中心に我が家で流行っている、東京ハイジというユニットの、オリジナル作品。今回は、明治の「さいておいしいモッツァレラ」のCMソング(といってもテレビでは流れず、Youtube上なのだろう)。チーズを「さいて食べる」というのは、そんなに新しいという気もしないのだけど、映像を見ているうちにだんだんハマってきて、すぐにムスメとスーパーに行って買ってきてしまった。

4月15日に公開されてまだ1週間だが、再生回数は3万回を超えている。さほど記事などで紹介されているようには思えないが、着実に再生数がのびているのは、うちのような子育て中の家庭に、東京ハイジが広く支持されているからだろう。

東京ハイジの一人ササキトモコさんが、この作品ができるまでを記事で紹介している。

ごらトモ 明治の「さいておいしいモッツァレラ」さき歌誕生!

この製品がパッケージで提案している「さき方」の一つとして、「モッツァレラ星人」があり、これをメインに据えて作品にすることになったのだそう。東京ハイジが提案して作られた「さき方」ではないよう。最初はたんなるチーズスティックなのだが、これが「モッツァレラ星人」になったあとから、映像はエスカレート。「ミラーボールにゴーゴーダンサー」「怪しいキノコなコスモパニック」といった展開になっていく。「精神攻撃をしかけるタイプの宇宙人」なのだそう。たしかに精神攻撃に負けて、繰り返し再生しようとするムスメとともにだんだんモッツァレラの歌が頭のなかから離れなくなり、昨日はじめて見たにも関わらず、このチーズを買ってきてしまった。

これまでムスメはチーズをほとんど食べなかったのだけど、歌の力に見事にやられた結果、昨晩はチーズを一本、楽しく完食した。実はスーパーで並んでいる他のモッツァレラチーズと比較すると、ちょっと高めの価格設定。1パック4本なので、調子に乗って家族で「さきまくる」と、すぐになくなってしまうので注意が必要だ。

明治 さいておいしいモッツァレラ
価格:248円(税込、送料別)

がんばりすぎるマレーシアのガードマンの動画

マレーシアのコンドミニアムには、24時間常駐のガードマンがいて、「セキュリティも万全」というのをウリにしていることが多い。マラッカのように、一戸建てやリンクハウスが結構ある場合でも、新しく開発されたエリアでは、区画内に車で入るためにあらかじめ登録するか、居住者から許可証を発行してもらう仕組みになっているところがあった。一度大学の同僚の家におじゃました際には、居住者本人にかけあってもらったがダメだった。

こうしたガードマンが犯罪者と通じていて、彼らが強盗を敷地内に手引きするケースもあると、「安全情報」などには書かれていて、それだけ彼らが信用できるかどうかは安心して暮らせるかどうかの重要な基準となる。ただその一方で、ガードマンたちもまた、マレーシア特有の緩やかさの中で暮らしているわけで、あまりに厳格にルールを適用すると、滑稽な現象が起きる。

この動画は、最初の勤務日に、杓子定規にルールを適用してしまうガードマンのコント。

たしかにマレーシアの「撮影禁止」は、あまりまじめに取り締まられていないし、逆にルールの妥当性もあまり検討されていないような気がする。にもかかわらず、ルールを厳格に適用すると、何が起こるか、というもの。

おそらく英語がわからなくても、何をやっているのかはだいたいわかると思う。

新潟出身の漫画家が埼玉をおちょくるマンガ「翔んで埼玉」

新潟出身の漫画家魔夜峰央さんが、1986年に描いたマンガ「翔んで埼玉」が話題だという。埼玉の大学でも授業を担当している自分としても、ぜひネタとして(?)勉強しておこうと思い、早速買って読んでみた。爆笑しながらあっという間に読んでしまった。

新潟出身の漫画家魔夜峰央さんが、1986年に描いたマンガ「翔んで埼玉」が話題だという。埼玉の大学でも授業を担当している自分としても、ぜひネタとして(?)勉強しておこうと思い、早速買って読んでみた。爆笑しながらあっという間に読んでしまった。

表紙には「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」とかなり過激。ほかにも「サイタマラリヤ」「埼玉狩り」など、いや「架空」とはいいながら、これ大丈夫か?という表現が満載だ。昨今の世論は、こういう「笑い」を許さないような気がするのだが、「80年代に描かれたもの」ということでセーフということか。

実はこの復刻版が発売になる前に、ネット上でこの作品が話題になり、中古価格が跳ね上がっていたのだそう。

舞台となっている埼玉もノリノリ(?)のようで、新所沢パルコでは、「翔んで埼玉祭」を開催する。

渋谷パルコに『翔んで埼玉』の巨大看板が出現!「新所沢パルコ」から異例のオファーで、大規模コラボレーションが実現!|株式会社 宝島社のプレスリリース

 また、埼玉県の所沢市、行田市、飯能市の3市長から応援コメントをいただいたほか、上田知事からは「悪名は無名に勝る」といったコメントを寄せられるなど、県内自治体も歓迎ムードに沸いています。さらには、「一緒に新所沢を盛り上げてほしい」との新所沢パルコからのオファーを受け、異例のコラボレーションが実現。“翔んで埼玉祭”と銘打ち、2016年4月28日~5月8日の期間、コラボレーションしたポスターや看板、交通広告、新聞広告の実施、渋谷パルコpart.1 横にも巨大看板が出現するほか、魔夜さんのトークショー&サイン会などのイベントを開催するなど、県民の懐の深さを表しています。

内容は「差別された埼玉県民の逆襲」とでもいうべきもので、逆襲が成功したのか失敗したのかなど、話は完結していないのだが、まあ完結することが重要な内容ではない。80年代の世論の中にあった、「ネタとしての埼玉」を徹底してギャグにしているところがポイントで、それは今でも多くの人達に共有されているところなのだろう。同様に茨城もさらに「下層」の人々として描かれている。ただ当時はほとんど話題にならずに終わった作品なのだそうで、こういうニッチなものが爆発させるには、ソーシャルメディアの口コミが必要だったということなのだろう。

ところで魔夜峰央さんは、新潟出身の漫画家の代表格の一人。漫画の街を自称する新潟市としては、ぜひ新潟も話題にして欲しいところなのだけど、さて、埼玉同様に新潟をおちょくるような内容を描くことはあるのだろうか。新潟については、以下の記事で言及されている。

魔夜峰央さんが語る『翔んで埼玉』未完の本当の理由 〈dot.〉|dot.ドット 朝日新聞出版

――ご出身の新潟県はおちょくっていませんが、どんな県民性を感じていますか?

新潟はとにかく一年中曇っているんですよ。雲一つない青空というのは、所沢に引っ越して生まれて初めて見たような気がします。新潟は大きくてすてきな都市ですが、一年中暗い感じなので、やはり県民性も若干重いんじゃないかなと思いますね。だから下手に新潟をおちょくったりしたら、どわぁ~ん、じゅわぁ~ん、とね……。決してガーガー文句は言わないでしょうけれど、黙って五寸くぎでわら人形を打ってくるんじゃないかと思います(笑)

自分も新潟に来て10年近くたち、学生をはじめ、「ガーガー文句は言わない」人たちと長らく付き合ってきたので、おそらくその間にいくつもの「五寸くぎをわら人形」に打たれてきたのではないか。そんな気分になった。

ともあれ当時、首都圏の中でのおちょくり合いは、たしかに東京発メデイアにはあふれていたが、首都圏の外にある自分たちは、そういうものとは全く関係ないところにいた。こうした首都圏の中でのからかいを遥かに超えた田舎で生活している中では、たとえば青森の人々だと、吉幾三の「おら東京さ行くだ」にあらわれているように、田舎っぷりをむしろ自虐的にアピールしているようなところもあった(あるいは、そのようなアピールする一部勢力を、苦々しく思っている青森県民もいたかもしれない)。

よく作品の中を見ると、一箇所だけ「新潟県人はいいのか」というくだりがあるほか、巻末のコラムでは「裏日本随一の大都会、新潟」という表現が出てきている。「首都圏の中でのおちょくりあいをギャグ化する新潟県人」というおかしさを、魔夜さん自身も感じていたようにも読める。

トンネルを抜けた先にある「裏日本随一の大都会」も、首都圏とは異なる異質な「惑星」として、作品になりそうだが、「どわぁ~ん、じゅわぁ~ん」な体質なので、おそろしくておちょくれないかもしれない。

スプーンたん

80年代アイドル風子どもの好き嫌いをなくす歌「スプーンたん」

マレーシアから帰国して半年、ムスメがどんどん日本語を解するようになり、子供向けの動画をYouTubeで再生する機会が増えた。マレーシア時代は、弘前ねぷたを見たり、K-POPの動画を見たり、つまり内容が理解できないものでもよかったのだが、言葉が理解できるようになった今は、子どもでも理解できるような内容がよいということになった。
その結果、Youtubeの「あなたへのおすすめ」も子ども向け動画にうめつくされている。

Youtube発のコンテンツで、ムスメがハマったのが「東京ハイジ」シリーズ。子供向け動画としては結構前から人気だったようだが、我が家ではこの半年で一気に人気となった。最初に偶然見たのは、「はみがきの歌」。はみがきをやめてくれと懇願するバイキンさんの懇願を一蹴して、口の中からバイキンを追放するという斬新な内容で、すでに4000万回再生されている大ヒット動画だ。

この動画を契機に、我が家では東京ハイジの動画をすべてチェック済み。どれもムスメに人気があるのだが、我々大人の間では「スプーンたん」という歌の評価が高い。スプーンを擬人化し、スプーンたんが子どもたちの嫌いな食べ物をおいしく食べさせてあげるという歌。80年代のアイドルソングを思わせる曲調に、私たち夫婦も親近感を覚えた。

スプーンによって味が変わるというのは、燕の小林工業で、異なるスプーンでアイスクリームの味を食べ比べ(?)るという体験をしたことを思い出した。いいスプーンを使うと、たしかに味もよくなった(ように感じられた)。

LUCKYWOOD|小林工業株式会社

東京ハイジは2月にCD・DVDのセットを発売していて、初回版にはトートバッグがついてきた。こちらも購入し、CDはムスメが乗っている時に車内で常時再生、トートバッグもときどきお出かけの際にムスメが持ち歩いている。

Keiwa Lunch2015年度卒業制作「みんなの4年間」

3月18日、敬和学園大学では卒業式が行われた。
半年間の私自身の在外研究があったため、4年ゼミに最後残ったメンバーは4名に減ってしまったが、みんな無事に卒業することができた。またKeiwa Lunchに出演していた学生たちも5名が卒業となった。

2013年度のゼミ生が、4年間の敬和での経験について、同期の学生たちにインタビューした映像を制作し、「敬和 ひとりひとりの4年間」として公開している。

敬和学園大学での4年間を振り返る「敬和ひとりひとりの4年間」、卒業式に合わせて公開 | ICHINOHE Blog

これを見た今年のKeiwa Lunchのメンバーも「自分たちも作りたい」として企画し、インタビューを撮影し、編集してきた。今回出来上がった映像も、前回同様卒業記念パーティで上映させてもらった。

前回のときにも感じたが、学生たちが大学4年間をどうすごしたか、それは同時に、自分たち教職員が、彼ら彼女らをどのように支えることができたか、という意味でもあろう。この映像には両方がよく表れているように思う。
完成度については、いろいろ言いたいことはあるのだけど、素人っぽさがまた、内容にリアリティを加えているようにも思う。

今回はかなり多くの学生にインタビューしていたようだが、うまく工夫して、(インタビューに応じてくれた)全員が出てくるようにしたときいている。あまり饒舌とは思えない学生たちからも、うまくホンネを引き出すことができたのは、聞き手となったKeiwa Lunchチームの力だろう。

半年間大学をあけている間も、自分たちで企画をして番組を続けてきてくれたKeiwa Lunchの4年生達。比較的長いつきあいとなった学生たちが多く、外での活動でもかなり活躍してくれた。卒業後もそれぞれの場所で、元気に道を切り開いていってほしい。

「スター・ウォーズねぶた」に見る地域社会の迷い

今年の青森ねぶた祭で、スター・ウォーズねぶたを運行すると発表され、大きな反響を呼びましたが、どうやら反発も大きかったようで、運行は8月1日の前夜祭だけになるようです。

ところが実行委の一部から「子どもねぶたは町内会や地域に根ざしている生協などが運行する枠なので、他の団体を出すことはできない」「運行団体以外の広告物は好ましくない」などのクレームがあり、運行を断念。運団協が主催する前夜祭のみに登場する。

<ねぶた>SW運行は前夜祭だけ?の怪 (河北新報) – Yahoo!ニュース

ソーシャルメディア上での反応を見ると、「スター・ウォーズねぶたの提案というせっかくのチャンスを、みすみす逃すのか」という声と、「ねぶたはもともとの姿でやるべきで、今までと異なる題材は不要」という声、大きく2つに分かれているように思います。

記事の方では、ねぶたの運行計画に関わるところで、「地域枠に他の団体を入れることはできない」という理由と、「運行団体以外の広告物は望ましくない」という理由が、併記されています。実行委員会では両方の意見が出たのでしょう。地域の子供たちのねぶたを押しのけてまで、スターウォーズねぶたをやるべきとは思いませんが、どうにもならないほど枠が逼迫していたのかどうか、外から見ている立場では、よくわかりません。今回の記事は、河北新報からの記事ですが、地元青森での報道があったのかどうか。今のところネットに出ている記事では見当たりません。

スター・ウォーズは「ねぶた祭にあわない」というのは、私も感覚的にはわかります。ついでにいうならば、こちらは前ねぶたとして運行がきまっている「ラブライブ」もあわないかもしれません。

青森県のねぶた、ねぷた祭りに「ラブライブ」 立体のねぶたに期待 /青森 (みんなの経済新聞ネットワーク) – Yahoo!ニュース

しかしねぶた祭自体、今の形になったのはここ数十年の話です。もともと灯籠を持って町内を練り歩くという程度のものだったわけで、実は「伝統的なスタイルを崩すな」というのは、それほどの根拠があるわけではありません。
青森ねぶたが現在の形になるまでの経緯について、詳しいことはわからないのですが、弘前ねぷたについては以前、弘前市立博物館の展示で見たことがあります。現在の三国志や水滸伝を題材とする画風は、昭和のねぷた絵師である竹森節堂という画家によって確立されたとされています。ねぷたそれ自体は、江戸時代からあったものの、現在の画風は、昭和になって徐々に形作られていったものだといってよいと思います。津軽藩の中で、青森、弘前、五所川原など、各地でまつりが行われていく中で、さまざまな形に分かれていったのだとすれば、組ねぶたである青森ねぶたも同じ系譜の中でとらえていいでしょう。もちろん、昭和からの流れを「伝統」といっても構わないとは思いますが、少なくとも、ねぶたの由来とされる坂上田村麻呂の時代まで遡るようなものではないということです。

ソーシャルメディアの反応を見ると、地域社会の現状を踏まえつつ、どんな祭りを作っていくのか、青森の人々の迷いが現れているように思います。青森ねぶたの場合、ねぶたが大規模であることもあり、以前からスポンサーの名前が大きく表示されたものもありました。一方、ここ十数年で着実に人気を高めつつある五所川原市の立佞武多では、すでにアニメやゲームのキャラクターが採用されたことがあるようです。特にアニメ・ゲームなどのキャラクターとつながりを持つと、これまでの祭りのファンとは違う人達を惹きつけることが可能です。たしかに、三国志、水滸伝、日本の戦記物でおおよそ構成されてきた、ここ数十年の青森ねぶたの形とは異なるものではありますが、それをどう評価するのか。

たとえ、地域社会の縮小とともにまつりも縮小していくとしても、地域住民の祭りの形にこだわるべきか。それとも新しい要素を柔軟に取り入れて、新しい世代を取り込んだ祭りを模索するのか。今後、大幅な人口減少が予想される地域は、新しいものを取り入れる柔軟性を持ちつつ、「本丸」の伝統は守るというしたたかさを求められるわけですが、今回の措置はその考え方に沿ったものなのか。それとも保守的な考え方に押し切られたものなのか。非常に考えさせられるところです。

「キャラクターの話題性では、観光客の急激な増加は見込めない」という担当者のコメントは、すでに当日のホテルは満室でしょうから、ある意味正しいのですが、「スター・ウォーズをどのようにねぶたに取り込めるか、取り込むべきか」、あるいは、「青森はどのように外とつながるのか」という問題を、短期的な集客の問題に矮小化しているように見えます。保守的な考えに押し切られた関係者が、やむをえずひねり出した理由付けかもしれません。

この記事を書いている間に、「モンスト」がねぶたに登場するというニュースが出てきました。

「モンスト」のキャラが“ねぶた”になって「青森ねぶた祭」に登場 – 4Gamer.net

こちらは青森山田学園のねぶたの「前ねぶた」という位置づけ。各参加団体の本体のねぶたの前に配置されるねぶたについては、このように自由な設定が可能です。ではどうしてスター・ウォーズだけがこうなったのか、最初から前ねぶたでという解はなかったのか、さらに疑問が深まるところであり、同時にまた、柔軟な対処は不可能だったのかと思うところです。
(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

マレーシア、首相の公金不正疑惑を追及する「サラワクレポート」をブロック

マレーシアナジブ首相の公金不正疑惑について、この問題を追及してきた告発サイト「サラワクレポート」へのアクセスを、マレーシアの通信マルチメディア委員会がブロックしました。政府系金融機関の多額の資金が、ナジブ首相の個人口座に振り込まれたというもので、サラワクレポートに加えて、ウォール・ストリート・ジャーナルが報じたことにより、国際的にも大きなニュースとなり、日本でも報じられるに至りました。

マレーシアの通信マルチメディア委員会は、昨日、国家の安定を乱す行為があったとして、サラワクレポートへのアクセスをマレーシア国内でブロックしています。サラワクレポートは、「サラワク」と、東マレーシアの地名を使っていますが、ロンドンに拠点を置く告発サイトで、ナジブ首相のこの疑惑を追及し続けています。政権トップの不正を告発するサイトをブロックするというのは、よっぽどのことで、それだけ影響が広まることを恐れているとも言えます。

Sarawak Report

昨日このサイトへのアクセスがブロックされたと、マレーシアの各ニュースサイトが報じ、今日はガーディアンなど海外メディアにもニュースが出ています(日本のメディアには出ていないようです)。

Sarawak Report whistleblowing website blocked by Malaysia after PM allegations | World news | The Guardian

サラワクレポートのFacebookページでもこの状況を確認しています。すでにサラワクレポートからの情報は、他のニュースメディアにもフォローされ、確認済みであり、通信マルチメディア委員会は、サラワクレポートからの更なる情報提供を恐れているのではないかとしています。

Sarawak Report – Sarawak Report has learnt that the so-called…

マレーシアのウェブサイトへのブロッキングは、ISPを通じて行われており、海外アダルトサイトのいくつかは、常時ブロックされています。ブロックされたサイトにアクセスしようとすると、「MAKLUMAN(警告)」と書かれたページが表示されます。
ブロックといっても、DNSサーバの設定によるものなので、プロキシサーバを利用したり、DNSサーバの設定を変えるだけで簡単に回避できるので、あまり深刻な問題とは認識されていないように感じます。アダルトコンテンツには厳しい国柄ということもあるのでしょう。

アダルトの規制が入り口となって、権力を監視する言論にも規制の手が伸びてくる、とよくいわれます。今回のマレーシア政府の措置は、首相の疑惑に関わる情報を提供するサイトに対して、不確実な情報を振りまいているとして規制するもので、アダルトサイトへの規制と同じ仕組みが、政権トップを批判するサイトに適用されたことになります。これに対しては、すでに弁護士などから批判が出始めています。

Art Harun: Sarawak Report ban is laughable and tragic | Free Malaysia Today

閣僚の一人、農業・農業関連産業大臣イスマイル・サブリ氏は、「マレーシア憲法は表現の自由を保障しているが、名誉毀損、扇動、事実の改ざんや国家への反逆は認められない」として、さらに法的措置をとることを支持しています。

Sarawak Report block: MCMC can stop spread of malicious propaganda | Astro Awani

この記事を書いている間に、サラワクポストへのアクセスが回復したと、The Starが報じました。これで自体は一旦収束すると思いますが、今後の議論にも注目したいと思います。

Sarawak Report accessible again – Nation | The Star Online

(Yahoo!ニュース個人掲載記事を転載)

Gemas War Memorial

日本人の忘れた戦地:グマス近くSungai Kelamahの記念碑

マレーシア南部の交通の要衝グマスをめぐる戦いについて、マレーシアに来る前の自分は、何も知らなかった。マレー侵攻作戦についても、あまり詳しいことはしらなかったというのが正直なところだ。マレー半島を南下して、シンガポールを陥落させた頃は、日本軍も日本国民も「まだまだいける」と戦意が高かったという印象がある程度だ。

グマスの戦いについては、日本語ウェブにもあまり情報がない。戦記物の本から転載したのかなあという文章で、「マレー侵攻作戦」についてのウェブサイトがいくつかあり、グマスのことがちょっと出てくることはあるが、非常に短くでている程度。

Youtubeに、1971年放映のアニメンタリー「決断」の「マレー突進作戦」の回があったので、見てみたが、ここでもグマスの話は出てこない。

アニメンタリー 決断 – Wikipedia

マレー侵攻は、日本海軍が英国海軍を破って制海権を握り、ジョホールバルからシンガポールを陥落させて、最終的に英国を降伏させるというあたりが(日本人にとっての)クライマックス。途中で苦戦したグマスの話は、端折られがちな情報なのだろう。

しかし英語版のウィキペディアには、グマスの項目のところに、日本とオーストラリアの戦いについて書かれているし、Battle of Gemasという項目もある。調べてみると、この戦いをめぐる戦跡に、記念碑(慰霊碑?)が建っているという。

Gemas – Wikipedia, the free encyclopedia

Battle of Gemas – Wikipedia, the free encyclopedia

グマス駅前で検索してみると、グマスの戦いの跡は、グマスから11キロ離れたSungai Kelamahというところにあり、ナビアプリで戦跡は出てこなかったが、この集落のモスクが出てきた。マラッカからグマス駅に向かう途中で、通り過ぎてきたらしい。戻って探してみることにした。

走ってみると、Sungai Kelamahの表示のあたりで、幹線沿いに記念碑のようなものが見つかった。行ってみると入り口に鍵がかかっていたが、横から入っていけるようになっていた。

Kelamah River War Memorial

元日本軍の関係者も、ここを訪れるとウェブにはあったが、記念碑には、オーストラリア軍視点で記述がなされていた。1942年1月14−15日の2日間、日本軍のグマスへの進軍を防ぐべく、オーストラリア軍が激しい攻撃をしかけた。

Kelamah River War Memorial

Kelamah River War Memorial

マレーシア(あるいは州?)が用意した多言語で説明文の書かれた碑に、かろうじて日本語が書かれているが、内容は要領を得ない。

Kelamah River War Memorial

記念碑の奥には、川に降りていくことができる階段があり、そこには橋の跡のようなものが残っている。この橋のところで、オーストラリア軍が日本軍を待ち伏せしていて、橋を爆破、奇襲攻撃をしかけたという。この残骸はそのとき爆破された橋なのだろうか。

Kelamah River War Memorial

Kelamah River War Memorial

Kelamah River War Memorial

Kelamah River War Memorial

爆破された橋はGemencheh Bridgeといわれている。今の地名と一致しないが、その関係はよくわからない。帰りに通った隣町の名前がGemenchehであった。

Wikipediaでは、グマスの戦いでの日本側の犠牲者(死傷者)は1000、オーストラリア側は81と、日本側の犠牲が大きかったとある。現場には川の中に入って両軍入り乱れて戦っている様子が、絵に書かれている。

Kelamah River War Memorial

この状態で1000人もの日本兵が死傷したということか。もちろん話が端折られるぐらいなので、その後日本軍は序盤の苦戦を挽回、最終的にオーストラリア軍を破り、ジョホールバルへ進軍している。

オーストラリアは、マレーシアへの観光客も多いところで、自分もマレーシアにいる間に一度オーストラリアに行きたいと思っていた。だが調べてみると、マレーシアからの所要時間は、日本までとあまり変わらない。母国を遠く離れた、日本とオーストラリアの人々が、マレーシアの川の上で戦いを繰り広げたということになる。

日本を遠く離れ、故郷を思いながら亡くなった兵士は無数にいる。南方の島々のジャングルをさまよった兵士も多い。それに比べると、グマスでの戦いには、そこまでの悲惨さはない。しかし多くの兵士が、(Wikipediaにある通り)ここですでに亡くなっているのだとすれば、それにもかかわらず、そのことが現代日本において、ほとんど顧みられないというのは、なんだかひどい話のように感じられた。

いやそれをいうなら、あっちにもこっちにも、たくさんの兵士が亡くなったにもかかわらず、顧みられていない場所はあるはずだ。さらにいえば、そうやって日本人が顧みるべき場所は、日本人が亡くなった場所だけなのかといわれれば、さらにその範囲は広がる。

ただ、原爆や空襲、その他日本国内で起きたさまざまな出来事は、今でも共有されていることは多いけれども、それに比べて、日本の外で起こった出来事については、圧倒的に語られることが少ない。日本軍のマレー侵攻後にマレーシアやシンガポールでどんなことがあったのかも、あまり知られていない。こちらにいる間に、できるかぎり学び、行けるところには行ってみたいと思っている。

(追記) 日本側の「犠牲者」というのは、1000 casualities、「死傷者」数であるので、表記を一部訂正しました(2017年9月26日)。