旧グマス駅

マレー鉄道が交わるGemas / グマス駅をたずねた

マレーシア南部、マラッカから数十キロの内陸部に、グマスという街がある。マラッカに来て車にのるようになり、初めて東海岸まで車で行った際、道中にやたらと出てきたGemas(最初は「ゲマス」と読んでいた)という表示が気になった。あとで調べてみたら、第二次世界大戦で、日本とオーストラリアが激戦を繰り広げた場所であった。

ハリラヤ休暇の今、混雑を避けて、あまり人が集まっていないだろう(?)、グマスを訪ねてみた。

グマスはヌグリ・スンビラン州に属する小さな町で、人口は3万人弱。駅前の様子を見る限りは、これといった特徴はないのだが、東海岸と西海岸をそれぞれ縦断するマレー鉄道が合流して、ジョホールバルへ連なっていく「交通の要衝」といってよい場所だ。東海岸から来た人たちが、ここで一泊ということもあるのだろう(今でもあるのか?)、駅前には歴史を感じさせるホテルがあった。

グマス駅前旅館

マラッカは鉄道の路線から外れているので、特にそう感じるのかもしれないが、マレーシアは鉄道よりも車の利用率が高い。かつて多くの乗客を運んでいたマレー鉄道は、都市間の移動手段としての存在感は、あまり高いようには見えない。日本の小さな町でも、「駅前旅館」がどんどん消えていっているように、グマスの駅前ホテルもまた、歴史的な役割を終えようとしているように見えた。

グマス駅を訪ねてみると、人影がほとんどなく、薄汚れている。

旧グマス駅

ハリラヤ休暇だからか、売店もあいていない。マレー鉄道もあまり本数は多くないようなので、こんなもんかなあ、でもチケットカウンターに人もいない。ホームにはゴミが落ちている。

旧グマス駅

旧グマス駅

旧グマス駅

思いながらカメラを持って中に入って行くと、なんと線路がなくなっている。日本最北端で、線路が終わっている、稚内駅のようだ。なぜ?東西の路線が一度ホームに入り、後ろ向きに出ていって、ジョホールバルに向かうのか?

旧グマス駅

と思ってよく見たところ、向こう側に線路と新しい建物が。

実は駅舎と線路が新しいものに切り替わっていた。新しい駅舎は、特に特徴はない新しい建物。あとで、マラッカに一番近い駅タンピン駅(Pulau Sebang駅)にも行ってみたら、全く同じ構造の駅舎であった。

グマス駅

グマス駅

このグマスをめぐり、シンガポールを目指して南下する日本軍と、これを食い止めようとするオーストラリア軍が、激戦を繰り広げた。

実は日本語では、検索した程度では、あまり詳しい情報は出てこない。日本が快進撃を続けた「マレー侵攻作戦」の文脈で、グマスのことがちょっと出てくることもあるが、その程度だ。マレー侵攻は、日本海軍が英国海軍を破って制海権を握り、ジョホールバルからシンガポールを陥落させて、最終的に英国を降伏させるというあたりが(日本人にとっての)クライマックス。途中で苦戦したグマスの話は、ウェブではあまり情報が出てこない、端折られた情報なのだろう。しかし英語版のウィキペディアには、グマスの項目のところに、日本とオーストラリアの戦いについて書かれているし、Battle of Gemasという項目もある。調べてみると、この戦いをめぐる戦跡に、記念碑(慰霊碑?)が建っているという。

Gemas – Wikipedia, the free encyclopedia

Battle of Gemas – Wikipedia, the free encyclopedia

グマス駅前で検索してみると、グマスの戦いの跡は、グマスから11キロ離れたSungai Kelamahというところにあり、ナビアプリでは戦跡は出てこなかったが、この集落のモスクが出てきた。マラッカからグマス駅に向かう途中で、通り過ぎてきたらしい。戻って探してみることにした。

(長くなったので、戦跡訪問は別項目で)。