弘前ねぷたの「画風」問題


8月前半はゆっくり研究の時間にあてるはずが、なにかとあわただしく、また少し体調を崩したこともあって、あっという間に過ぎていった。2-4日の間は、弘前へ帰省。弘前ねぷたを今年も見ることができた。写真も動画も少し撮影できた。

我が家では、弘前ねぷたの近時の「画風」について、父を筆頭に非常に批判的な意見がこのところ出されている。たしかに葛飾北斎に範を取ったかつての画風と比べると、最近のねぷた絵は、素材も様々だし、画風もマンガ、劇画のような従来とは異なるものが増えてきている。今年も「大魔神」を大きく描いたり、一人の顔を大きく描いたり、従来の慣習にとらわれない、斬新な鏡絵(前側の武者絵)が多く見られた。

僕自身も、過去への郷愁とともにねぷたを見ている関係上、過去の作風と大きく異なるこれらのねぷたに、ある種の違和感を感じてはいる。しかし、ねぷた祭りもまた、現に今を生きる地域住民のための祭りだという理解に立つならば、父のような立場の人が少数派になりつつある限り、こうした変化もやむをえないものなのだろうという気持ちも持たざるをえない。

今回気がついたのだが、毎年の最優秀賞にあたる「県知事賞」は、7年連続茂森新町ねぷた同好会が受賞しているとのこと。出場する各団体にとって、これらの賞の受賞がどれほど大きな意味を持っているのかはよくわからないけれど、茂森新町は伝統的なものにこだわって運行をしているというのが、ウェブページからは見て取れるので、審査はこうした基準にのっとって行われているのであろう。だとするならば、「伝統」なるものを継承できている団体が、それだけ少なくなっているということを、これらの現象は示しているのかもしれない。

毎年ねぷたの時期に弘前市博物館で開催されている、「弘前ねぷた展」を今年ものぞいてきた。変わらない伝統を守っているかに見える弘前ねぷたも、実は江戸時代からさまざまな変化を続けていて、画風はもちろんのこと、かつては町内会同士で石を投げ合っていたとか、さまざまな変化を遂げていたことが分かる。また70年代、80年代のねぷたを見ると、たしかに父の言うとおり、かつてのねぷた絵は、今のものとは異なる「迫力」を備えていたということもわかる。何が正しいのかはわからないが、アーケードがなくなり、道路整備で街並みが一変してしまった弘前の街で、ねぷたが少しずつ変わっていっているのは、間違いがないようだ。

ちなみに、秋田にいる妹が、ねぷたがり屋というサイトが役立つというので、それを見ていたのだが、個々のねぷたの作品情報や運行位置など、リアルタイムで役立つ情報は、すべて携帯サイトのみで提供されていて、iPhoneでは全く役に立たなかった。弘前にはiPhoneその他スマートフォンユーザはいないのだろうか。来年には対応してくれているとうれしい。

また、作品ごとに描かれている登場人物のタグを生成し、たとえばWikipediaやGoogle検索などの検索結果を表示させることにより、今目の前で見ているねぷたが、どういう史実について扱った作品なのかを見ることができれば、玄人受けするように思うのだがどうだろうか?父は「画風」のことを問題にしているが、僕はひょっとすると「鏡絵」の題材に対する関心が薄れてきていることが、より本質的な問題なのではないかという気もしている。その意味では、題材についての関心を高めるための工夫が、実は大事なのかもしれない。

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