naoyaiの肉体は土に還った

Naoya's Burial Ceremony

昨日、青森県弘前市で、僕の弟、naoyai、n#こと一戸直哉が埋葬された。台風は北海道に抜け、弘前には見事な青空が広がった。

落合の火葬場で見た彼の肉体は、たしかに昨日、津軽の土に還った。さまざまなドラマ、さまざまな思いを重ねた弟の人生は、5月に終わりを告げ、そしてその魂が世にあるための肉体もまた、昨日、「自然」に、土に還っていった。生きた年月が長かろうと短かろうと、楽天的だろうと悲観的だろうと、成功しようと失敗しようと、結局僕らは最後土に還るために走り続けているにすぎない。あらためてそのことを確認した。そして、彼がもうこの世にいないということを受け入れるためのプロセスが、また一つ終わった。もちろん、今後も長期間にわたり、繰り返し確認作業を行わなければ、実感など持てるはずもない。

Naoya's Burial Ceremony

埋葬に先立って行われた礼拝では、佐藤忠男主教が説教をされた。家に戻ってから父が、「自分の今たどりついた境地と同じ話だった」と言っていた。格調高く、でもわかりやすく、そして遺族の気持ちを見事に汲み取った、完璧で、心を打つ説教だった。弟の生涯が短かったことを嘆くのではなく、彼を神から与えられ、ともに時を過ごすことができた幸福に、目を向けることもできるのではないか。そのように考えるべきだ、というのではなく、そういう考え方もできるのではないか、という表現だった。

墓には「God be with you till we meet again」が刻まれた。「かみともにいまして」の原詞だ。裏には弟の名前とともに、両親の名前。来世を信じるクリスチャンとして、息子を失った両親は、「かみともにいまして」の一節を送り、いずれまた会おうといっているわけだ。また会う日まで、神に守られて待っていてくれ、ということだ。

God be with you till we meet again

現世に残された両親は、このまま、自分の体の一部をえぐられたような気持ちで、残された人生を送ることになるのだろう。「少し気持ちの整理ができた?」というまわりからの慎重な問いかけに母は、「この苦しみは死ぬまで続くのよ」と答えていた。そんな母にとって、「来世で息子にまた会える」という希望こそ、これからの生を支えるものになるのだろう。
弟が死ぬちょうど一年前に、いとこが亡くなったのだが、その両親である叔父・叔母も、同じ苦しみを抱えている。叔父もまた、早く自分もこの世を離れて、息子のところに行きたいと思っているそうだ。

埋葬の後の食事会では、父がおそらく今まででもっとも饒舌に、人前で弟のことを語った。それだけ弟の記憶の一つ一つが大事なものになっているということだろうし、現役時代にはあまり知ることのなかった家族のエピソードの多くが、とりわけ弟の記憶が、母から父に対して、あるいは僕らから父に、多く語られ、累積しているということなのかもしれない。今回僕はまたお酒を飲みすぎて、家族の間でエピソードを残した。一方、弟のエピソードは、これ以上増えることはない。しかしだからこそ、彼の記憶は繰り返し繰り返し語られ、濃縮され、僕らの記憶の中にとどまり続けるだろう。

僕もまた、いつの日かまた弟と語り合えると信じ、「かみともにいまして」を胸に、傷を負った両親ともども、残りの人生を大事に生きていこうと思う。

 

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