大向一輝「ウェブがわかる本」


情報教育の現場では、1)基本的な機器操作能力、2)情報倫理、著作権などの知識、3)ウェブツールの理解と利用、などのそれぞれ着眼点が異なる要請を、すべて受けとめざるをえない状況にある。もちろん、情報系の専門教育を行う大学では、これに専門教育が加わる。1)や2)については、小中高で段階で学習されてきて、大学に入る頃にはだいたい基本的な理解はあるものと想定されているのだが、情報科目は不得手な教員が多く、受験科目ではないので軽視されがちだ。高校の履修漏れの対象にもなっていた。なおかつマスコミが「危ないインターネット」を誇張するものだから管理者側が過敏に反応している面もある。

敬和で教えるようになって、「僕はパソコン操作を覚えただけではいい成績をつけない」と何度言ったことだろう。学生たちとの意識のギャップは、なかなか埋まらない。彼らは手っ取り早く「操作の仕方」だけをならって、手っ取り早く単位をとりたいので、そこから先、僕が何を伝えようと思っているのか、なかなか考えてくれない。実はそれを考えさせるには、パソコンから離れて、「今日はパソコンのことを本を読んで考えます」という風にしなければならないのかもしれないなあと思いはじめている。

ただインターネット環境がないところで、今ウェブ社会で起こっていることをうまく説明するのもまた、これはこれで難しい。高校でときどき話をするときに、よくそう思う。共通のユーザとしての経験を持たない人たちに、いくらウェブで起こっていることの実態を話したところで、なかなか伝わらないのだ。

そういう難しいチャレンジをするときに、手ごろな本というのが、実はなかった。そんななか、大向一輝「ウェブがわかる本」が出版された。このような初心者向けの良書を、僕はさがしていた。来年度から、いやこの秋からでも、僕の授業をとった学生には、全員に読ませたい。

『ウェブ進化論』も、「あまりウェブのことを知らない人のための本」としては共通しているが、『進化論』がどちらかというと、エグゼクティブ層の中年層をターゲットにしているのに対して、「わかる本」は高校生から大学1年ぐらいに伝わるように書かれている。ウェブをめぐる社会の動きや、学生生活でのウェブの生かし方について、深くは理解できないけれども、全体的に俯瞰できるというのは貴重だ。僕が普段深く立ち入りすぎて学生を置いていってしまうようなトピック(著作権やプライバシー)についても、微妙なバランスを保ちながら、平易な表現でまとめてくれている。

単に技術の話に終始せず、第4章には「ウェブを使ってレポートを書こう」という、より文系的な実践にページを割いているのもいい。

長い時間をかけて、ついにレポートは完成です。せっかく作ったレポートを、課題を出した先生にだけ読んでもらうのは、もったいありません。できるなら、自分のブログで公開してみましょう。多くの人の目に触れる機会をつくると、思いがけない反応があるかもしませんし、まず自分がいいレポートを書かないと格好がつかないので、気合が入ります。もちろん、公開するとなれば、ほかの人の文章や画像を使う場合には、正しい引用のしかたをする必要があります。

このようにしてつくられた知識というのは、自分にとってかけがえのないものになるだけでなく、みんなにとっても役に立つものになります。そして、コメントやトラックバックといった直接の反応が得られることもあれば、検索エンジンにランクインすることで間接的に自分の貢献がわかることもあります。

そしてまた、どこかで誰かが世界遺産のレポートを書こうとしたときに、きっとあなたの知識が使われることになるのです。(132ページ)

絶妙な力加減で、やる気を起こさせる文章だ。これでもやる気にならない学生はもちろんいるけれど、一定割合の学生がやる気をだしてくれるような気がする。そしてまた、コピペやめるようにさとすやり方も、非常にいい。

… そういうレポートをつくることに、何の意味があるでしょうか。情報を切り貼りすることで、本人は時間を節約できて満足かもしれませんが、大きな視点で見れば、それは情報に切り貼りさせられているだけというような気がします。
(中略)
ウェブによって、調べものをするための時間は劇的に短くなりました。そのぶん、何を調べるべきか、調べたものをどう組み合わせるかを考えるために時間を使ってください。いまのところ、ウェブには、自分で何かを考える機能はありません。人間の仕事は、考えることにあるのです。(134ページ)

(中略)の部分には、検索したらすぐにわかっちゃうんだから、ということが書いてあるのだけれど、それとは別に「情報に切り貼りさせられているだけ」とか「人間の仕事は、考えることにある」とか、非常にうまく読者をのせようとしているように見える。これは単なるコピペであって、あなたの書いたものではない、とか、創造性がまったく発揮されてない、とか、すぐにばれるんだからやめておけ、とか、そういう言い方になりがちだが、「ウェブは考えられないんだから、考えるのは人間の仕事だ」という風に、ポジティブに表現するやり方はすばらしい。僕も見習いたいと思う。

1 個のコメント

  • うちのゼミ生にも読ませねば(笑)
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