「幸せの理由」と怪奇大作戦

With my brother, 1981

病気闘病中だった弟のn#あるいはnaoyaiが、昨日、息を引き取った。
彼のオンラインでの控えめな闘病宣言は、以下の通り、ごく短いものであった。
リンク: InTheSpiral: hospitalized – on my own will!.

hospitalized – on my own will!


々ご心配ありがとうございます。来週に入る予定だったけど、実は自ら予定を早めて今日からhospitalize生活です。
手術とかあるから面倒と言えば面倒なんですが、これ一発であとは大丈夫って話だし、ちょうど仕事の合間に当たってラッキーな感じです。
詳しいことは後で個別に話しますが、えー、今痛いんだけど後が興味深そうです。グレッグ・イーガンの『幸せの理由』とか『ディアスポラ』が関係あります。

   

オンラインだけでなく、僕ら家族にも平静を装って病気に立ち向かい、手術からわずか1週間、32年の短い一生を終えた。僕は、彼が装った「平静」の裏にあるものを、結局最後まで見破ることができなかった。

彼が最後に書き残している「ディアスポラ」と「幸せの理由」を、僕は病院に持ち込み、彼の回復を待つ間に「幸せの理由」だけを読みきった。脳が保証してい
る「自分」という存在の危機に対し、SF好きな彼が、彼なりの解釈をしていたことは、十分にうかがい知れた。弟が世を去った今、
その解釈の正しさを確認することはできないし、たとえもう一度会うことができて、話すことが許されたとしても、彼は僕の分析を否定し、依然平静を装うと思
う。

With my brother, 1981

With my brother, 1981
Originally uploaded by shinyai.

小学生のころ、早朝の子供番組枠で、「怪奇大作戦」という番組の再放送をやっていたことがある。円谷プロがウルトラマンシリーズをスタートさせる前に作っ
ていたもの。この枠を僕らはとても楽しみにしていて、そのために朝早くからおきてテレビにかじりついた。ただこの視聴行動は僕が先導したもので、4つ年下の弟は、
おそるおそる見ている感じだったのかもしれない。

ある日の夕方、テレビで何年ぶりかの皆既月食のことが報じられていて、僕と母は、社宅のベランダから、その様子を感動しながら眺めていた。だがなぜか、幼い弟は興味を示さず、一人部屋の中に残っていた。
数分後、室内の弟が突然泣き出した。よく事件を起こす弟のこと、母は慌てて室内に戻ったが、別に変わったことは何も起こっておらず、ただ大声で泣くばかり。しばらく母が原因を追及する質問を続けた。

結局彼が泣き出した原因は、「かいき」げっしょくという、オカルトな出来事が起こる中、一人で室内に放置される恐怖感におびえたからであった。ベランダに出ず部屋の中にいたのは、「かいき」に興味が無かったのではなく、怖かったのである。

生前、弟をからかうときによく使われたこの、「かいき事件」についても、彼は笑って受け流し、今の自分自身の人格とは何も関係の無い、子供の頃の出来事だといわんばかりであった。おとなしく座っていたが、恐怖に耐えられず、ついに泣き出した、「かいき事件」にみられる彼の性格は、プライド高き成人後の彼の性
格の内奥にも引き継がれ、今回の突然に「見える」出来事となって現れたのかもしれないと思う。兄である僕は、弟の中にある「恐怖感」、それをとりつくろう「強がり」、そして最後にやってくる「大爆発」、といういつもながらのシナリオを、結局今回も全く予測することができなかった。

「かいき」を予測できず狼狽した母は、当時30代前半。今回の母は、彼の爆発を予感し、いてもたってもいられずに上京、手術前日、まだ意識のあった弟と、面会することができた(僕と妹たちは、とうとう入院後の彼と会話することができなかった)。当たらなくてもいい予感が当たってしまったのは残念だが、何か不思議な力の働きを、感ぜざるをえない。

7日通夜、8日葬送式。それぞれ、目白聖公会にて。プライド高き我が弟は、最後のエントリーに、「詳しいことは後で個別に話します」と書いている。それにしたがい、「詳しいことは個別に」お知らせします。

# 追記。怪奇大作戦は、「円谷プロがウルトラマンシリーズをスタートさせる前に作っ
ていたもの」という記述はまちがいで、ウルトラセブンの後だったようだ。明日弟のところに行って、教えてあげよう。「えっ、そうだよ。知らなかったの?」っていうかも。
リンク: 怪奇大作戦とは?.

 

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3 件のコメント

  • 信也さんの日記をよんで、また泣いてしまいました
    本これから探して読もうと思います
    ありがとうございます

  • 大学の同窓生です。
    しょうこうの紹介でここへ来て、この文章が読めてよかったです。
    学生時代、かなりの時間を共有したはずなのに、個人的に話した時間は多くなく、それなのに強烈な存在感を残しているnaoyaの人柄が、子供の頃から、そして今も誰に対しても美しいものだったと知れて、少し寂しさがまぎれました。
    私も本、読んでみたいです。

  • しょうこうさん、シュカさん、
    コメントありがとうございます。
    葬儀の際にいろいろな方にお会いして、弟の人柄に対する解釈は、人それぞれいろいろあるんだなと感じました。大人になってからの彼を主に見ていらっしゃる方と、子供の頃を主に見ていた家族では、表面的なレベルでの見え方は違っているようです。
    ただ、当然といえば当然ですが、二つあるかのような人格は、どこかでつながっているわけですね。その「つながり」が、「いきなりなんかやらかす」というものだ、と断定すると、弟としては納得しがたいでしょうけど。残された家族は、勝手にそうやって納得しているわけです。

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