日本サイワールド、動画共有サービス開始 – CNET Japan

「新規参入」の続く動画共有サービス、Cyworldも参入するようだ。

リンク: 日本サイワールド、動画共有サービス開始 – CNET Japan.

Youtubeが最強である構図は、そうそう崩れそうに無い。しかしTaggyのような横断検索が一般化すれば、どこにアップするかは関係なくなるかもしれない。Rimoも横断化すると便利になるか。一方、ニコニコ動画のようなツッコミ機能は、かく乱要因にはなりそうだ。さきほど、名古屋大学長尾研究室のやっている、以下のサービスも発見した。これにもツッコミ機能がついているようだ。

リンク: トップ – Synvie Public Beta Service.

「横断化」、あるいはアグリゲーションというのは、一昔前の「フレーム内リンク」に似ていて、元のサービス提供者にとって、あまり気分のいいものではないかもしれない。サービス提供者としては、権利侵害者となるリスクを犯しているのに、実際にはみんなTaggyやRimoを玄関口にするのでは、あまりメリットは感じられなくなる可能性がある。

目指すは「検索させない検索エンジン」–タグ検索のTAGGYがリニューアル – CNET Japan

以前も本ブログで紹介したTAGGY。
いま一つ理解できずにそのまま僕自身が放置していた。

リンク: 目指すは「検索させない検索エンジン」–タグ検索のTAGGYがリニューアル – CNET Japan.

 今回のリニューアルでは、「操作が難しい」というユーザーの意見を反映し、今まで動画やニュースなどさまざまな種類のコンテンツが一覧表示されていたイ
ンターフェースを一新。動画、ニュース、画像などコンテンツの種類別に表示できるよう、タブによるコンテンツの切り替え表示を実現した。

たしかにだいぶ分かりやすくなったので、RSSなどに仕込んである「定点観測」用のキーワードを、こっちにもいろいろ入れてみようと思う。今のところ、他と比べても「エロノイズ」が多すぎるような気がするので、その辺が課題かな。

黒木ルール

実名/匿名論争に出てくる、東北大の黒木玄さんによる「黒木ルール」というのを拝見した。99年に制定されたもので、「その筋」(?)では有名なようだが、僕は名前だけしか知らなかった。若い世代はもっと知らないだろう、というわけで再掲。

リンク: 黒木のなんでも掲示板:利用上の注意.

筆者が運営している math.tohoku.ac.jp 内の掲示板においては、「匿名」で他人を批判することを禁止します。批判が的を外していた場合には、恥をかくことで責任を取ってもらいたい。

ただし、ここで「匿名」とは、自分自身の趣味・嗜好を明らかにせず、自分の所属も E-mail address も web site の
URL も公開してない方のことです。最終的に「匿名」であるか否かの判定は管理者の主観によって行なわれますが、その基準は大体以下の通り。

実名や所属を隠し、ハンドルを用いている方であっても、自分の趣味・嗜好を十分に表現している方は「匿名」とはみなしません。例えば、ウェブ検索エ
ンジンでハンドルを検索することによって、他の場所で自分の趣味・嗜好を十分表現していることを容易に確認できる方は「匿名」とはみなしません。もちろ
ん、作家のペンネームなども「匿名」とはみなしません。

一方、たとえ実名であっても、それが有名でもなく、所属も E-mail address も web site
も公開してなくて、趣味・嗜好を明らかにしてない場合は「匿名」とみなします。
(そもそも、実名であるか否かを調べることは困難なので、判定基準に用いることはできない。)

また、所属のわからない E-mail address もしくは中身のない web site
の公開だけでは、趣味・嗜好を明らかにしているとは言えないので、「匿名」とみなすことがあります。自分がどこの誰なのか隠したい方は、全力で自分の趣
味・嗜好を明らかにするよう努力して下さい。それができないのなら、他人を批判せずに穏当な発言のみをするようにして下さい。

つまり、「実名」だけではなく、「趣味趣向を明らかにしているかどうか」により、批判の可否を決定しようということだ。「実名を明らかにしての批判ならば卑怯ではない」ということではなく、ある程度氏素性が明らかになっていなければならない。したがって、誰も知らないような、しかもその正しさが保証されないような、「実名」を名乗ったところで、それだけでは「卑怯ではない」ことにならない。「実名」が無名の人は、「実名」であっても所属等の氏素性か、さもなくば「趣味趣向」を明らかにする必要が生じる。

この試み全体が、「実名だけで、ネットの平和は確保するわけじゃないよね?」という見解の、シニカルな表明のように見えなくもない。

批判の対象と対等な立場に立ったといえるぐらいに、自分のことを明らかにしてくれ、ということを、「趣味趣向を明らかにする」という形で表現されているのであろう。今日的文脈で考えると、そうした効果をもたらすような、つまり氏素性を明らかにするような、「趣味趣向」を持っている人は少ないような気がするので、「趣味趣向」の部分で具体的に何を要求するかが大事になってきそうだ。