道都熱狂 響く「シンジテタ」 ビルの窓、沿道びっしり

リンク: 北海道新聞 道都熱狂 響く「シンジテタ」 ビルの窓、沿道びっしり

いかに札幌初の出来事とはいえ、ここまで人が集まるとは。。。

新潟の人はアルビレックスへの愛着が強いようだ。

青森で育った僕にとっては、地元球団が存在する街は立派な都会だった。当時青森県の高校野球は、10何年も甲子園で勝つことができずにいたので、高校野球の強い県は、結構都会だと思っていた。したがって、当時の僕にとって、四国は、東京・大阪と同じとはいわないまでも、結構な都会なのであった。

札幌の人は、毎年のジャイアンツの円山遠征もあったりして、少し感覚が違うのかもしれないが、それでもあれだけ寒いところで「地元球団」ができるとは夢にも思っていなかっただろう。だからこそのこの熱狂、なのかもしれない。

とりあえずmini DV

10月に「 ICHINOHE Blog: Windowsムービーメーカーで作る学校紹介ビデオ制作入門.」というエントリを書いて、その後稚内方面からアドバイスをいただいたりしていたところ。先週稚内に行くことができ、はてぶ事件で疲弊しつつも、ムーブユー、中央大松野研、JFNなどの動きが理解できた。地理的に新潟は間隙なので、JFNに参加できるような形に育ててみる価値はある。

新潟に戻って学科の同僚にアイデアを持ちかけたところ、これまた好意的な反応をいただいた。新発田も郊外のほうにいくと、熊が出たり猿が出たり、その他諸々、取材していけば面白いところがたくさんありそうだ。

僕が過去にやったことは、ムーブユーの監事だけ。実働での経験は皆無だ。最初からまともなことができるとは思えないが、とにかく見よう見まねで始めてみるしかない。

というわけで、るー原田のアドバイスにしたがい、LANCのついたSony DCR-HC96を一台目を購入、これにあわせて、ソニーのリモコンのついた三脚を買った。ハイビジョンやHDDタイプなどもあったが、まずは普及品からスタートだ。あとは、広角レンズとプレミアか。まあとりあえず練習を積み重ねなくては。

asahi.com:メガネでネパール支援、8年2500本寄贈 盛岡の会社

非常にデリケートで、コメントしにくいのだが。

リンク: asahi.com:メガネでネパール支援、8年2500本寄贈 盛岡の会社

日本とネパールの間では、こういう篤志家の活動がもっとも話題になりやすい。それほどネパールという国は、魅力的なんだけど、どうしようもなく貧しく、しかも日本円を使えば、比較的少ない金額で、大きな成果があげられる。

が、人々はSupport Meの精神にどっぷりつかってしまい、努力をしなくなる。援助漬けがネパールを蝕んでいるのは、少し人々と付き合ってみると、非常によくわかる。

そして一番気になるのは、日本人はネパールのそういう構造的問題に目を向けないということ。篤志家のお話と、トレッキング、そこには関心があるけれど、この間の政治状況について知っている人はほとんどいなかったし、マスコミもほとんど報じなかった。ビザの発給についても、ネパールは要注意国の一つとなっていて、その有様をみれば、日本が彼らに対して手を差し伸べようとしているとは、とても思えない。篤志家の努力には頭が下がる。しかし、篤志家の情報を消費して自足してしまう、自分たちのマインドについては、よく考えてみる必要がある。