チャット荒らし

10年ほど前、「チャット荒らし」というのが、チャットユーザの間で問題になった。むかしむかし、みんな家ではダイアルアップ、テレホーダイっていう時代の話だ。

まだスクリプトを扱える商用サービスは少なく(高価だったかな)、CGIをつかったウェブ「チャットルーム」は、ごく限られた数しか存在しなかった。いくつかのサービスに人々が集い、常連、「住民」化し、ある種のコミュニティができあがっていた。もちろん、ircだってあったわけだが、WEBのほうが障壁が低く、入りやすかったのだろう。

「チャット荒らし」というのは、こうしたコミュニティに入り込んできて、文脈に関係ない言葉でログ流しをする行為をいい、ユーザたちはほんとに怒っていた。ちなみに、当時のWEBチャットでは、当時発言者のIPが画面に出たり出なかったりということはあったが、それ以外表面的には匿名性が守られていた。

はてな「村民」という言葉を見て、上のような当時の出来事を思い出した。
今回の出来事が、はてなの脆弱性というべき事柄なのかどうか、それについてコメントするのは差し控えよう。が、コミュニティの秩序に配慮してくれというご意見は、その頃のチャットユーザのマインドに通じる何かがあるんだなと思った。

うまくまとまらないが、電車の時間につき、とりあえずここまで。

案の定

案の定

本日稚内空港は多分、全便欠航。一日一便の「稚内-東京」便は欠航が決まった。

またしても、地獄のJR移動だ。

現時点でのANAフライト情報。

本日は、発達した低気圧の影響で、北陸以北では風の強い状況が続き、日本海側では雨や雪となる見込みです。道東を中心とした北海道では、特に風の強い状態が続くとともに、雨や雪も予想されます。
現在のところ、稚内、女満別、根室中標津、釧路空港発着便の運航への影響が懸念されます。その他の空港では、現在のところ、平常通りの運航を予定しております。

ということは、、、そろそろ本州でも雪になるということか。

稚内と根室中標津、少なくともこの二つの空港でのフライトキャンセルは、とんでもないことになるのである。JRでもバスでも、時間はかかるし、本数は少ない。たいていの場合、東京まで帰ることはできない。今日も日曜だから、団体客に大きな影響が出るかもしれない。

稚内にて

稚内というところは、やはり独立王国だ。
ここの静かな風景を見ると、そのたびに人生観が変わる気がする。

「お疲れさま会」の間に、談笑しながら片手間でブログをいじっていて、最新投稿をうっかり消してしまった。ありゃ、と思ったがもう手遅れ。できる限り修復するようにつとめたのだが、ココログでのバックアップ読み取りにも失敗、一週間分ほどの記事、コメント、トラバ・コメントが一旦消えてしまった。「固定リンク」は消えたけれど記事自体は復活できたと思う。

昨日の騒ぎ、もう一つの論点は、ブログに実名登録をさせるのはどうかという話であった。
これも批判の趣旨はよくわかる。真摯に受け止めたい。そのように「させた」のではないが、そのような行為を助長してしまう言動をしたのも確かだ。授業が評価を伴う活動である以上、どこかで個人とのリンクをつけなければならないが、もちろんそれは裏でやってもかまわないし、僕が手を抜かなければいいだけの話だ。ただ、ブログ自体が実名なのか匿名なのか、それは「本来」個人が選択すべきことなので、たとえ授業の中にあってもあまり画一的なやり方にはしたくなかった。中国でのブログ実名制のような話(あれは顕名ではなく登録だが)に賛同するものではないし、ミクシーでの問題も承知している。が、匿名/顕名が発言の信頼性に関わるのも確かで、最終的には本人が、自分の発言にどんなラベルをつけるか判断するしかない。と、学生に説明しろというご批判だと思うが。

結局、はてなのブックマーク→ダイアリー(と、トラックバック)という「リンク」が、本来、最北の小さな大学でひっそりと行われている出来事だったはずのものに、関心をひきつけ、その性格を変化させたということになる。そこははっきりいって、判断ミス。状況判断が甘かった。そのとき、これ自体もジャンクであったはずのわずかな個人情報が、それ以外の属性データと連携していく可能性、口ではわかっているはずのそのそら恐ろしさについて、現実的に感じることとなった。

こういう諸々のことを理解させるというのは、実はかなり骨が折れる。
その意味では今回いろいろといただいたご批判やご提案には、これから自分で取り組むべきことのヒントも転がっていて、個人的には勉強になった。この手の「副作用」の話は、学生が現実的に理解しにくいものの一つだ。とりわけ、大学の授業をただの通過儀礼として考えている学生(どこの誰がそういう学生かはいわないが)は、(僕の分析では)さっさと事を済ませたいので、「とりあえずどうすればいいか?」(どうやったら解放されるか?)ということに注力しがちなのだ。そうであるからこそ、実践の中で学んでもらうしかないので、あんまり「プライベート」な「お砂場」においておきたくないという気持ちもある。たしかに僕にとっても、それはいつもジレンマだ。
いつ「お砂場」「教習コース」から「公道」に出すか、その判断による、ということになるだろう。そうした見際めをする場所が大学なのかどうか、本来的にはそうじゃないと思うけれど、高校「情報」の履修もれもある現状にあっては、まあそれもやむをえないのかもしれない。

今日は久々に、外の暴風雨との戦いになりそうだ。