@nifty:NEWS@nifty:研修外国人、5年で8千人超失跡…労働力扱いに反発?(読売新聞)


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研修ビザというのは、知れば知るほど不可解な制度だ。きつい仕事に従事する外国人労働者を求める民間事業者と、単純労働者の受入を渋り続ける入管の、妥協の産物のようなものだ。妥協のツケは労働者につけまわされる。それでも、現地通貨に直せばそこそこの賃金に見えるのだろう。この制度で日本に潜り込もうとする人は後を絶たない。

入管が外国人労働者の受入に消極的になる背景には、際限のない外国人の流入によって仕事をうばわれたり、治安の悪化を懸念する、国民の漠然たる意識があるということになるのだろう。

この記事を見て、研修に来ている人を、単純労働力として扱うなんて、と思う人もいるかもしれない。そこから失踪するなんて、なんて不真面目な外国人なんだと思う人もいるかもしれない。でもこの制度はもともとそのように利用されるべくして利用されているんだと思う。雇う側から見れば、研修という名目で安く人を使えるし、入管から見れば、単純「労働力」ではなく、この人たちは研修に来ているだけなんだから、ということで、大量流入へのある種の歯止めをかけられる(少なくともそのような体裁にはなる)ということになる。同床異夢の変な制度だということだろう。

本当に日本人が途上国に技術移転することが目的ならば、どうして日本人の労働力が足りない分野でばかり、研修生を受け入れるのだろうか?途上国の人には、農業・漁業の技術を学ばせればそれで十分だってことだろうか。

就労ビザは特殊な能力をもった人たちに、留学ビザは日本語がしゃべれるお金持ちに、研修ビザは誰でもいいよ、というのが日本の入国管理制度の原則のように思える。これは、「人間一生勉強だ」という、古くからの美徳を全く無視し、お金のない人には学ぶ機会を与える気がない。実際には、研修という美名の下に、単純労働力としているだけのことだ。それも用が済んだら帰せばいいという発想に立つ。そういう国に生きていながら、「国際交流」とか、「国際文化」とか、その手の美しいキーワードを、しかも日本語で語ることに、どれほどの意味があるのだろう。

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