デシベル代理戦争


ココロは新人 – 上流設計88の課題と解決法: オピニオン = 「デシベル」 or 「情」
「そういえば似たようなことが書いてあったな」と思い出して、読み直している。
「代理戦争」はやだなあ。
「彼ら」には関係ないんだから。
でもあのやり方はどうなんだ?
ということを、毎年この時期ちょっとだけ思っていた。
そもそも制度趣旨にあまり賛成できないので、大して興味がないのだけど、「彼ら」の不利益にならないよう、できる限り客観的な目で、デシベル派の意見を眺めようと思っている。デシベル派といっても、デシベルだけじゃなくて、それなりに予防線、伏線のある、巧みな戦術で来るので、他のメンバーが「良識ある人々」を表面上標榜している限りにおいては、なかなかその戦術を覆すのは難しいし、そもそも他のメンバーはあまり関心がなく、穏やかにその場が流れればいいと思っているようなふしがある。
「彼ら」に火の粉が飛ばないようにしているつもりだけど、でもそれは「知らぬが仏」というだけのこと。実際には毎年ちょっとずつ、ただれさせてしまっている。申し訳ない。
といいながら、僕も「彼ら」予断を持って接していて、彼らのうちの近くにいる者たちだけに、ああやって愛情を注いでしまっちゃうことがあるんだろうなあ。少なくともそういう風に見られてしまっている可能性はあるなあ。と「他山の石」でもある。
小さな世界の小さな出来事にこだわらない。
というモットーを掲げてはいるのだけど、たまにやってくるこの手の「せつなさ」には、どうしても抗いがたい。考えれば考えるほど、「代理戦争」を回避しながら、有効な外交的解決ができたんじゃないかということになり、眠れなくなってしまう。
「個人-小集団-大集団」という構造の中にあって、個人の恣意性を排除するために小集団を作ったはずなのに、結局は「集団」の中で「個人」が横行してしまう。強力な指揮命令系統を持たず、システマティックであることよりも「ほんわか」とした柔軟性が愛されてしまうような小さな組織では、実は「個人」のおかしな理屈があちこちでまかり通ってしまい、結果周りの人たちがぐったりしてしまうことも多い。もちろん「ぐったり」にとどまらず、組織自体もおかしな相矛盾する行動準則をどんどん量産してしまい、迷走することになる。
実は組織や組織構成員の間のバランスオブパワーとかポリティクスには、もっとも関心がなくて、むしろ長期的関係を維持している「顧客」としての「彼ら」の未来のほうがよっぽど心配な僕なのであるが、デシベル代理戦争から距離を置こうとしても、結局はデシベルに侵されてしまっているのかもしれない。で、それを間接的に解決するような組織のあり方について、一番関心がないのに一番考えてしまっているのかな。なんだかばかばかしい。
UMLの話がこの前も出たのだけど、SMEs内部で「個人」を尊重しながら、適切な意思決定を行うためのサービスってできないもんですかね。技術は「利用者本位」で、というのは、こういうところでもあてはまる。

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